月光の希望-Lunalight Hope-

バースディパニック

後編

ライがゼロの衣装を身に着け、マントを羽織る。
部屋の中にあった姿見で自分の姿を確認すると、傍のテーブルに置きっ放しにしていた仮面を手に取った。
口元のマスクを上げながら、床で膝を抱えているルルーシュを見下ろす。
ライの騎士団服を身に着替えた――というより着替えさせられたルルーシュは、暗雲を背負ってたそがれていた。
別にそんな酷いことをしたつもりはないのに、なんてちょっぴり傷つきながら、ライは扉の前に立つ。

「それじゃあ、僕がみんなをひきつけるから、その間に特区の外へ」
「あ、ああ。わかった」

小さく、それでもはっきりと聞こえた返事に小さく笑みを浮かべると、ゼロの仮面を被る。
そのまま扉に顔を寄せ、周囲の様子を探る。
誰の気配もないことを確認すると、ロックを解除し、そのまま廊下へ飛び出していった。

ライが行ってすぐに、今度はカレンが立ち上がる。
未だ哀愁に俯いているルルーシュを見下ろすと、不安そうな目を向けた。
「私、幹部のみんなの目を誤魔化しに行くわ。くれぐれも気をつけてよ?ルルーシュ」
「ああ。お前も気をつけろよ」
思い切りため息をついてから、ルルーシュは漸くこちらを見た。
その言葉に、カレンは軽く目を見開いた。
「あら?心配してくれるの?」
「い、一応な」
意外そうに尋ねれば、ルルーシュはぷいっ顔を背ける。
長めの髪の間から、朱に染まった頬が見えて、カレンはくすりと笑みを零した。
ルルーシュが、自分を心配してくれた。
それだけのことが、こんなにも嬉しい。

「ありがとう。それじゃあ、後で」

にっこりと笑顔を浮かべると、カレンは軽い足取りで扉へ向かう。
ライと同じように外の気配を探ると、部屋を駆け出していく。
妙に上機嫌なその姿を、ルルーシュはぽかんとした表情で見送った。






2人が出て行ってから、10分後。
そろそろいいだろうと判断し、ルルーシュは部屋を出る。
その手には、何故かライが持っていたらしい、整備担当者用として制服に合わせて作らせた帽子と、やはり何故かカレンが持っていた伊達眼鏡を持っていた。
念のためにと残されたそれを身に着け、慎重にいつも特区出入りするときに使う更衣室へと向かう。
さすがにゼロの衣装のままで特区の外に出ることはできず、また『ルルーシュ』のまま特区に入ることも問題だと考え、ユーフェミアに協力してもらい、秘密裏に用意したゼロとその騎士専用のゲートに備え付けられたそこを目指して歩く。
もう少しで、目的地に辿り着こうと言う、そのときだった。

「まあ!ルルーシュっ!?」

背後から聞こえた声に、びくりと肩を震わせる。
この、耳に馴染んだ声は。
自分の後姿を見ただけで名前を呼んだこの声は、ライでもカレンでも、ましてやC.C.でもなかった。
ならば、残りはただ1人。
共にこの特区の代表として立つ、慈愛の姫と呼ばれる異母妹しかいない。

……ユフィっ!?

帽子を深く被り、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには予想どおり、桃色の髪を靡かせた、ドレス姿のユーフェミアが立っていた。
幸いにも、スザクのいない日に護衛として彼女の傍にいるダールトンはいない。
だからと言って、黒の騎士団の一般隊員のふりをしている今、この特区の代表を務めているユーフェミアを無視するわけにはいかなかった。
覚悟を決めると、ルルーシュは帽子と眼鏡はそのままに、振り返る。
体を驚愕の表情に浮かべているユーフェミアに向けると、恭しく頭を下げた。

「こ、これはこれはユーフェミア総代表閣下。ご機嫌麗しゅう存じます」
「ええ、御機嫌よう。……って、そうではなくてっ!!」

反射的に挨拶を返したユーフェミアが、ずかずかと近づいてくる。
その姿を見た途端、ルルーシュはあっさりと観念した。
最初から、彼女を騙せるとは思っていない。
ばれたらばれたで、それでいいのだ。
だって、ユーフェミアが自分にとって不利益なことはしないと、知っているから。

そんなことを考えているうちに、傍に寄ってきたユーフェミアに、がしっと肩を掴まれる。
「一体何をしているんですか!?ここで仮面を外したりしたら、あなたの素性が……」
「大丈夫だ。スザクは今日は休みで、コーネリアも来ていない。君が話さなければ、俺の正体に気づける人間はいない」
「それは、そうですけど……」
それでもひっきりなしに周囲を見回すユーフェミアに、ルルーシュは笑みを漏らす。
この異母妹は、こんなにも自分を心配してくれている。
それは、素直に嬉しい。
嬉しいのだけれど。
「心配してくれて、ありがとう。でも、ユフィ。元はといえば君のせいだ」
「わ、私の?」
「君が朝礼であんなことを言うから、ゼロは特区の人間に追いかけられる羽目になった」
「ふふっ。凄い人気ね、ゼロは」
一瞬きょとんとしたユーフェミアは、すぐに楽しそうに笑みを零す。
それに思わず米神を押さえたくなったのを堪えて、はあっとため息をついた途端、ユーフェミアは不思議そうに首を傾げた。
「あら?でも、それじゃあ先ほど工区で目撃されたゼロは……?」
「あれはライだ」
「まあ。どおりでおかしいと思ったわ」
ぱんっと、ユーフェミアが胸の前で手を叩く。
彼女の言葉に、今度はルルーシュが首を傾げた。
「おかしいって?」
「だって、工区で見かけたゼロは、とても足が速かったって話だったもの」
はっきりと告げられた言葉に、思わず顔が引き攣ったのが自分でもわかった。
そのままぷいっと顔を背ける。
「……悪かったな、体力がなくて」
「え!?あ、あら?ち、違うのよルルーシュ!そういう意味じゃ……っ!それに、すぐに疲れちゃうところも可愛いって言うか……」
「……もういい」
「いやぁんっ!!ごめんなさいルルーシュっ!怒らないでぇっ!!」
いつもより低いと自覚できるほどの声で言い捨てると、そのままユーフェミアから離れようとする。
それに気づいたユーフェミアは、必死に謝りながらに縋りついてきた。
勢いよく抱きつかれ、ルルーシュは再びため息をつく。
「……もういいと言っているだろう。君に悪意がないことは十分わかっているさ」
「あーん!本当にごめんなさいっ!」
ルルーシュの腕に抱きついて必死に謝るユーフェミアの姿に、ルルーシュは三度ため息をついた。
けれど、こんなにも必死に謝ってくるのは、本当に悪かったと思ってくれているからだろう。
だから、それ以上言葉は重ねずに、頭を撫でてやる。
その途端、ユーフェミアは驚いたように顔を上げた。
微笑んでやると、一瞬笑顔を浮かべたユーフェミアは、しかしすぐに表情を曇らせ、俯いてしまう。
「ユフィ?」
不思議に思って名を呼べば、下に落ちていた視線が、ゆっくりとこちらに向けられた。

「……本当はね、こんなはずじゃなかったの」

ぽつりと呟いたユーフェミアを覗き込もうとする。
そうする前に、ユーフェミアは顔を上げた。
その顔に浮かんでいたのは、いつものような花の咲いたような笑顔ではなく、少し困ったような笑顔だった。

「お昼にささやかなパーティを開いて、少しでもあなたに楽しんでもらえばって、そう思っていたのよ」
「え……?」

ユーフェミアの言葉に、ルルーシュは目を瞠る。
それに、ユーフェミアはやっぱり困ったように苦笑した。

「誰よりもがんばってるルルーシュに、少しでもお礼ができればいいなって思ったの。まさか、こんなことになるとは思わなかったから」

「ユフィ……」
にこりと笑うユーフェミアの名を、思わず呼ぶ。
それにくすりと笑うと、ユーフェミアはそれまでとは違う、柔らかい笑顔を浮かべた。

「ルルーシュ、お誕生日おめでとう。あなたとナナリーが生きていてくれたことが、私はとても嬉しいわ」

ルルーシュのよく知る、花のような笑顔。
それを浮かべたユーフェミアの言葉に、ルルーシュはその紫玉の瞳を大きく見開いた。
徐々に心の中に染み渡る、その言葉。
湧き上がった感情を認識したその時、ルルーシュはその目を細めた。

「……ああ」

ぎゅっと、ユーフェミアに掴まれていない右腕の拳に力を込める。
溢れ出しそうになるその感情を何とか抑えて、ユーフェミアに精一杯の笑顔を向けた。

「ありがとう、ユフィ。俺も、君とこうやって同じ道を歩いていけることが嬉しいよ」

日本に送られたばかりの頃は、テロリストとしてブリタニアと敵対していた頃は、こんな風に彼女の隣に並ぶことは、二度とないと思っていた。
けれど、そのありえないと思っていた未来が、ここにある。
それが、言葉にできないくらい、嬉しい。

「本当に、君と手を取り合うことができて、よかった」

腕を掴むその手に触れて、にこりと微笑む。
その笑顔に、ユーフェミアも同じように満面の笑みで微笑んだ。

「ありがとう、ルルーシュ。これからも、よろしくね」
「ああ。よろしく、ユフィ」

向き直って、握手を交わす。
彼女と共に歩むと決めたときのように。
彼女と共に歩むと決めたときよりも、ずっと強くその手を握り返した。
それに、満足したようにユーフェミアが笑う。
本当に嬉しそうな彼女に、ルルーシュも笑顔を返した。

「ところでルルーシュ、明後日までお休みよね?明日は暇?」
握手を交わした手を放した途端、ユーフェミアが小首を傾げて尋ねた。
「え?あ……、すまない。明日はナナリーと約束があるんだ」
「そう……。残念だわ。ルルーシュとゆっくり過ごしたいと思っていたのに」
しゅんとうな垂れてしまったユーフェミアの姿に、つきんと心が痛む。
せっかくの笑顔が消えてしまったことに焦りながら、ルルーシュは必死に言葉を探した。
この優しい異母妹を、悲しませたくない。
そのためには、どうしたらいいのか。
そう考えて、気がついた。
彼女の言ったとおり、ゼロの休暇は、明日だけではないと言うことに。

「明日は駄目だけど、明後日なら……」

慌てて告げたその言葉に、ユーフェミアが顔を上げた。
驚いて目を瞠る彼女に、ルルーシュはにこりと微笑んだ。

「明後日なら、時間はあるぞ」
「ホント!」
「こんなことで嘘をついてどうするんだ?」

くすくすと笑うルルーシュに、ユーフェミアの笑顔がますます明るくなる。
その嬉しそうな笑顔を見ていると、ライとカレンと一緒にいるときとはまた違う温かさで心が満たされていくような気がした。
それが何だか嬉しくて、ルルーシュはさらに深い笑顔を浮かべた。

「君の誕生日には何もできなかったからな。1日付き合うよ」

そう告げた途端、ユーフェミアの顔がぱあっと明るくなる。

「やったぁ!約束ですよ!ルルーシュっ!」
「ああ、約束だ」

手を上げて喜ぶユーフェミアに、ルルーシュは笑顔で答えた。













(どうしよう……。出るに出て行けないわ)

(いいんじゃないか?もう少しここにいても。ルルーシュ、嬉しそうだし)

(……そうね。もう少しだけ、待ってましょうか)




2008.12.7