黒の王と二色の騎士
前編
それは、本当に偶然だった。
その日、たまたまカレンはトレーラーの2階に上がった。
ラクシャータに渡された、どうしても急ぎでゼロの承認が必要な書類のサインを貰おうと、彼の部屋にやってきたのだ。
扉を叩こうとしたそのとき、中から聞こえた予想もしなかった声に、彼女はぴたりと動きを止めた。
「ちょ……っ!待てっ!本気か、ライっ!」
「本気じゃなかったら、今の君相手にこんなことするわけないだろう?」
「……っ!だからっ!やめろと言って……っ!」
「ん?何?」
「ライ……っいい加減に……っ!」
扉の向こうから、小さな悲鳴が聞こえた。
その瞬間、カレンは勢いよく扉のボタンを押していた。
「ちょっとライっ!あんたゼロに何を……」
その途端、がらんと足元に何かが転がった。
視線を落とせば、そこにあったのは見慣れた仮面。
「「あ」」
「え?」
同時に聞こえた声に顔を上げれば、目の前にあったのは二対の紫。
片方は見慣れた銀色が揺れ、もう片方には綺麗な黒髪が流れ落ちた。
その黒髪の人物は、自分が敬愛するゼロの服を身に纏っていて。
その胸元は、何故か肌蹴ていて。
いや、そんなことはどうでもいい、今は。
問題なのは、その服装の人物の仮面が外れていて、素顔を晒してしまっているということで。
その顔は、カレンのよく知る少年のものだった。
「え……?え、ええっ?ル……」
「わぁぁぁぁっ!!叫ぶなカレンっ!!」
「お前もだっ!この馬鹿者がぁっ!!」
叫びかけた口を、銀の少年――ライに勢いよくふさがれて。
その銀に、黒髪の少年の拳骨が落ちた。
司令室の扉のロックを確認して、ライが部屋の奥のソファに腰を下ろす。
その隣に腰を下ろした黒髪の少年には、申し訳なさそうな顔をするライを睨みつけた。
「……扇たちは?」
「C.C.に誤魔化してもらってる」
「ディートハルトは……?」
「ギアスかけた。丸一日分の記憶を忘れて眠っている」
3人の叫び声に、真っ先に飛び込んできたのはディートハルトだった。
飛び込んでくるなりカメラを構えてゼロを撮影しようとした彼を、ライが取り押さえ、とっさにギアスをかけてC.C.に引き渡した。
ずるずると大男を引きずっていったC.C.いわく、近くの肥溜めに捨ててきたらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はそんなカオスの存在よりも、目の前の問題をどうするかに集中しなければならない。
そう、ゼロの素顔を目撃してしまった、紅蓮の騎士を。
「それで?これってどういうことなの?」
2人の目の前に座るカレンの空色の目は、完全に据わっている。
敵を射抜くような視線に、ライはますます小さくなる。
「いや、その……」
「見てのとおりだ」
何とか誤魔化そうとするライとは反対に、素顔を晒したゼロ――ルルーシュははっきりと言い返した。
「……あんたが、ゼロだったの?」
「……そうだ」
肯定した途端、カレンがかっと目を見開いた。
「……でもっ!あんたはあの時……!!」
「バスルームでの電話は、録音だ。協力者に電話をかけさせて、流してもらった」
咲世子にギアスをかけ、流された録音。
それを聞いたカレンは、今日までルルーシュとゼロは別人だと信じていた。
けれど、それがこんな簡単なトリックだったなんて。
「じゃあ、何?あのときから、あんたはずっと私たちを騙していたの……っ!!」
「結果的に日本も解放される。いいろだろう?それで」
「……っ!!あんた……!!」
思わずカレンが手を振り上げたその瞬間、2人の間に銀が割り込んだ。
ルルーシュを庇うように両手を広げ、カレンの前に立ちはだかる。
その姿を見たルルーシュとカレンは、同時に目を見開いた。
「ライっ!!邪魔しないでっ!!」
「断る」
「こいつはっ!私たちをずっと騙してたのよっ!!」
「……ああ、そうかもしれないな」
ライがそう言った瞬間、ルルーシュの胸にずきっと小さな痛みが走る。
その痛みを誤魔化すように、ぎゅっと組んでいた腕に力を込めた。
「でもな、カレン。君はその理由を考えたことはあるか?」
「……え?」
「ゼロが決して顔を見せなかった理由を、正体を隠してゼロであり続けた理由を、考えたことはあるか?」
「り、ゆう……?」
ライの紫紺の瞳が、真っ直ぐにカレンを射抜く。
戦闘中にしか見たことのないその表情に、思わず息を呑んだ。
「ライ、やめろ」
「駄目だ」
「ライっ!」
それ以上話をさせたくないルルーシュが、必死にライを止める。
けれど、彼は首を横に振ると、首だけで振り返った。
「僕が嫌なんだ」
振り返った紫紺が、今度はルルーシュを射抜く。
そのあまりにも真剣な色に、彼は思わず目を見張った。
「カレンが君のことを誤解したままでいるなんて、僕が嫌なんだ」
至高の紫が、大きく見開かれる。
銀の向こうにある空色の瞳も、同じように見開かれていた。
「ライ……」
「ら、い……」
ほんの少しだけ、紫紺の色が和らぐ。
ルルーシュがそれに気づくまもなく、ライは目の前の少女に向き直った。
「ねえ、カレン。ルルーシュの言葉を聞いてくれ。ルルーシュも、怖がらないで、話してくれ」
「何、を……」
「君は怖いんだろう?信じてもらえないかもしれないことが。信じて、裏切られることが」
ルルーシュの瞳が、大きく見開かれる。
無意識に背がソファに押し付けられ、体が震える。
それを懸命に抑えようと歯を食いしばる。
「大丈夫。真実を話して、カレンが離れていってしまっても、僕はここにいる」
ライの言葉に、ルルーシュがはっと顔を上げる。
カレンに向けられていたはずの顔は、いつの間にかこちらへ向けられていた。
「僕は、僕だけは、君を信じる。他の誰が信じなくても、離れていっても、君をずっと信じてる。ずっと、傍にいる」
だから、どうか怖がらないで……。
紫紺の瞳が、そう語っているような気がして。
呆然とした様子でそれに見入っていたルルーシュの唇が、僅かに震えた。