月光の希望-Lunalight Hope-

再会とこれから

目の前に広がる荒野。
背に大きなリュックを背負い、改めてやせ細り、資源に乏しい大地を見回す。
そうしてから、ルルーシュは隣でぬいぐるみを抱きしめるC.C.へ顔を向けた。
「さて、どこへ行くつもりだったんだ?」
「そうだな。手始めにこの国を回ろうかと思っていたんだが」
C.C.の答えに、ルルーシュは瞠目した。
それから、呆れたように息を吐き出す。
「具体的な目的地も決めずに動くつもりだったのか」
「仕方ないだろう。ここは300年も前に分かれた地。神殿以外の情報なんて、持っているはずがないのだからな」
「だからって、もっと計画性というものをだな……」
何故か胸を張る彼女に、説教を始めようとしたそのとき。
「情報が必要なら持っているけれど、手伝おうか?」
とてもとても耳に馴染んだ、懐かしい声が聞こえた。
「え?」
耳にしたその瞬間は、信じられなかった。
だってそれは、あの日まで確かに隣にいた存在の声。
あの日別れてしまって以来、ずっと聞くことのなかった声。
驚いたのはC.C.も同じようだった。
琥珀色の瞳を大きく見開いた、その顔。
「お前は……」
その唇が、呆然と言葉を紡ぐ。
それを見て、ルルーシュは恐る恐る振り返った。
そこにいたのは、よく知る青年だった。
乾いた風に、光を弾く銀の髪が揺れている。
こちらを見る瞳は、ルルーシュよりも濃い、よく知っている紫色。
「ライ……!?」
あの日、ルルーシュと共に『ゼロ』に討たれ、死んだはずの彼が、そこにいた。
「お前、どうして……」
震える声で尋ねたのは、ルルーシュではなくC.C.だった。
「どうしてと言われても、これとしか」
ライは苦笑を浮かべ、首元を隠していた布を引く。
砂にまみれた布を、外套のように着たライの首、左側に赤い刻印が刻まれていた。
それはかつて、彼の目に宿っていた印と同じもの。
C.C.やルルーシュの体に刻まれているものと同じ、コードだ。
「違う!生きていたのなら、どうして今まで現れなかったんだと聞いているんだ!」
「現れたくても現れられなかったからだな」
掴みかかりそうな勢いで、C.C.が詰め寄る。
彼はそれに驚いた様子もなく、以前と変わらぬ態度で軽く答えた。
その答えに違和感を感じて、ルルーシュは眉を寄せる。
「どういうことだ?」
尋ねると、ライはこちらを見て、少し困ったように笑った。
「僕も、君と同じだったから」
ライの言葉に、C.C.がはっと息を呑む。
その意味に気づき、ルルーシュも驚いたように彼を見た。
2人の視線を受け、それでもライは笑うだけだ。
「身体の再構成に成功したのは、本当についさっき。それまで、ずっとCの世界にいたんだ」
「お前も……?」
「ああ」
ルルーシュの問いに、ライは静かに頷いた。
「C.C.が迎えに来るまで、君と一緒にいたんだ。ルルーシュ」
ルルーシュの紫玉の瞳が、大きく見開かれる。
その言葉の意味は、あるひとつの事実を示していた。
「だけど、どうして、今まで……?」
それならば、何故あのとき一緒に戻ってこなかったのか。
それを尋ねようとしたとき、ライは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「C.C.が君を迎えに来たとき、君と一緒に戻ろうと思った。けどそのとき、Cの世界にナナリーがいることに気づいた」
ルルーシュははっと息を呑む。
そうだ。
ルルーシュが目覚めたときには、もうナナリーはシャムナの元にいたはずだ。
「だから、向こうに残ってナナリーを守ろうと思った」
そう言ったライは、とても優しい顔をしていた。
久しく見ることがなかった気がするそれを見て、ルルーシュは無意識のうちに安堵の息を吐き出す。
「そうか……。ナナリーの意識が失われなかったのは、お前が守ってくれていたからか」
あんな場所に剥き出しの心で眠っていたあの子が、無事だった理由。
それが彼だと知っただけで、こんなにも心に安堵が広がる。
顔に出ていたのか、ライがふっと微笑んだ。
「礼はいらない。僕がやりたくてやっていたことだ。それに、僕はすぐにこちら側に戻ってくることができなさそうだったし」
「どういうことだ?」
ライが困ったように頭を掻く。
彼のそんな仕草は珍しいと暢気に考えていると、衝撃的な答えが返ってきた。
「そもそも僕の体、埋葬されたらしくて」
「え゛」
「あ」
隣からC.C.の間の抜けた声が聞こえた。
「C.C.……」
理由を悟ってそちらに目を向ければ、C.C.はぬいぐるみを抱きしめたまま、さりげなく目を反らした。
「いや、そういえばすっかり忘れていたと思って」
「忘れていた?」
「ジェレミアから受け取ったのは、お前だけだったものでな」
C.C.がぼそりと呟くように言った。
それが聞こえたのか、ライが盛大にため息を吐き出す。
「元の肉体をいったん向こう側に引っ張りこんで再構成するの、結構大変だったんだが」
額に手を当て、本当に疲れたと言わんばかりに吐き出されたそれに、苦笑いを変えそうとして、ルルーシュはその不自然さに気づく。
「というか、向こう側から干渉できるものなのか?」
「さすがに、シャルルのシステムがあった頃ならまだしも、今は……」
「できないな」
きっぱりとそう言ったのは、ライ自身だった。
「僕が干渉できたのは、自分の体だけだった。それはたぶん、ずっとC.C.がやっていたことと同じことをしただけだからだと思う」
どういうことだとルルーシュが首を傾げようとしたそのとき、隣からぽんっと手を打つ音が聞こえた。
見ると、C.C.が合点がいったと言わんばかりの顔でライを見つめていた。
「なるほど。私が肉体をCの世界のものと入れ替えるのと同じ方法で、向こう側とこちら側で体を入れ替えたのか」
「元の場所と別の場所に構築できたのは、たぶん自分が知るコードのある場所を強く意識したから、かな?」
そんなことができるのかと思い、C.C.を見る。
彼女はぶんぶんと首を横に振った。
生前もたびたび規格外のことをやってのけたこの男は、どうやらここでも規格外のことをやったらしい。
思わずじとっとした目でライを見ると、彼は不思議そうに首を傾げた。
きょとんとしたその顔に、すぐに申し訳なさそうな表情が浮かんだ。
「できたのは本当にそれだけだった。本当に干渉できていたなら、もっと君の力になれたかもしれないのに」
「え?」
「君がこちら側に還った日からずっと、僕はあちら側から世界を観ていたから」
その言葉に、ルルーシュは驚きに目を見開く。
ライは困ったように微笑むと、その視線を足下へと落とした。
「シャムナのギアスも、早い段階で知っていたんだ。でも、それを伝える術が、僕にはなかった。伝えられれば、戦況をもっと早く変えられたかもしれないのに……」
「いいや」
ルルーシュのその答えに、ライは驚いた様子で顔を上げた。
そして、息を呑む。
ルルーシュは、今まで見たこともないほど、穏やかな顔で微笑んでいた。
「たとえ早く知っていたとしても、時間を戻されて、俺たちが忘れてしまったなら意味はなかっただろう。お前がそんなに気に病む必要はない」
シャムナのギアスが、シャムナだけの時間が巻き戻るものなのか、周囲の時間も巻き込んで戻すものなのかどうかは、もうわからない。
シャムナが生きていたとしても、確かめる術はないだろう。
それに、これ以上の深入りが必要だとも思わなかった。
全ては、もう終わったことだ。
それよりも、伝えたいことがあった。
「ありがとう、ライ」
「ルルーシュ?」
突然礼を告げられ、ライが戸惑ったように首を傾げる。
そんな彼に向けて、ルルーシュはふわりと笑った。
「ナナリーを守ってくれていたんだろう?」
「それは、僕が勝手に」
「それだけじゃない。あの日からずっと、俺の側にいてくれたこともだ」
ライが口にしかけていた言葉を、はっと飲み込む。
「C.C.に呼び戻されて目覚める直前、温もりを感じた。とても安心できる温もりを。あれは、お前だったんだな」
抱き締められているような、そんな感覚がした。
すぐにこちら側に引っ張られてしまったけれど、あのとき確かに、それを感じていた。
その正体が、彼だったのなら。
それは、本当に心から喜ばしいことなのだ。
だって、それは。
「約束を果たしてくれて、ありがとう」
ライが、その紫紺の瞳を大きく見開いた。
それは彼との誓約。
そして、彼があの日、最期に口にした、約束。
『僕だけは、ずっと君の側にいる』
意識が途切れる本当に直前に、聞こえた言葉。
ライ自身も、まさか届いていたとは思わなかったのだろう。
「ルルーシュ……。あのときの、聞こえて……」
「ああ」
震える声で発せられたその問いに、はっきりと頷いた。
その途端、こちらを見つめる紫紺の瞳から涙が零れる。
頬を伝ったそれを慌てて拭うと、ライは一度、きつく目を閉じた。
「僕の方こそ」
開かれた紫紺は、やっぱり涙に濡れていた。
「約束を果たさせてくれてありがとう」
それでも、こちらに向けられたライの顔は、先ほどC.C.が見せたものによく似た、泣き出しそうで、けれど、本当に嬉しそうな笑顔だった。






「それで、だ」
止まらない涙をひとしきり拭った後、真っ赤になった目のまま、ライはこちらを見た。
「漸く戻ってこられたんだ。僕としてはこのまま約束を果たしたいんだが」
ルルーシュとC.C.のよく知る顔に戻ったライが、くるりとC.C.に向き直る。
「一緒に行っていいかな?C.C.」
にこりと、先ほどまでの素の笑顔ではなく、明らかに作った笑顔で尋ねられたC.C.が、不機嫌そうにライを睨みつける。
「何故私に聞く?」
「ルルーシュに聞いたら良いって言ってくれるに決まっているだろう」
「お前……」
はっきりと言い切ったライに、ルルーシュは思わず呆れて声を漏らした。
それに驚いたように、ライはこちらに顔を向ける。
「え、駄目か?」
「いや、そんなことは、ないが……」
不思議そうに首を傾げられ、思わずたじろいでしまう。
どんなときも隣にいてくれた彼を、どんなに離れても必ず側に戻ってきてくれた彼を、今更突き放せるははずもない。
ライだって、それがわかっているのだろう。
冗談だと言ってすまなそうに微笑むと、もう一度C.C.に向き直った。
ふと、ライの顔からふざけた表情が消えた。
真剣な瞳を、真っ直ぐにC.C.に向ける。
「君がこの1年、どれだけ必死だったか、わかっているつもりだ。僕もあの頃、そうだったんだから」
C.C.が驚いたように彼を見て、目を細める。
ルルーシュにはぴんと来ないその言葉を、けれど彼女は何の話か、しっかりと理解しているようだった。
おそらくは、ブラックリベリオンの後、ルルーシュが記憶を取り戻すまでの間の話なのだろう。
ライを世界に呼び戻したのは、C.C.だという話だったから。
「一緒に行きたいのは僕の我が儘だ。その我が儘で、君の願いの邪魔をするのは本意じゃない。だから、君が駄目と言うなら、僕は別行動をしようと思う」
「ライ……!」
ライの申し出に、ルルーシュは驚く。
思わず止めようとした途端、ライがにやりと笑った。
「ただし、1年だけ」
「……は?」
思わず声が零れたのは、ルルーシュだけではなかった。
C.C.も、何を言っているのだと言わんばかりの目でライを見る。
それを見て、ライはますます笑みを深めた。
「C.C.が必死になっていた1年だけ、ルルーシュの隣を譲るよ。それ以上は譲る気はないけど」
「お前……」
呆然とした様子でライを見たC.C.は、やがて諦めたようにため息をついた。
「そうだな。お前はそういう奴だったな」
「伊達に狂王やら悪魔やら呼ばれていなかったからな」
えへんと言わんばかりに胸を張るライに、言葉が出ない。
呆然と2人のやりとりを見つめていると、ついにC.C.が折れた。
「勝手にしろ」
呆れたようにそう言って、ぬいぐるみだけを持って歩き出す。
その後ろ姿を見たライは、満足そうに笑った。
「じゃあ改めて」
呆然とやりとりを見守っていたルルーシュは、ライの視線がこちらを見たことに気づいて我に返る。
紫玉の瞳を見つめ返すと、ライはふわりと笑った。
「僕も一緒に行っていいかな?ルルーシュ」
そても柔らかな、否定されるとは微塵も思っていない笑顔。
それを見て、断れるはずもない。
ひとつため息を吐き出すと、ルルーシュは呆れたようにライを見つめ返した。
その口元に笑みが浮かんでいることに、彼自身は気づいていない。
「この状況で、俺が断れると思うか?」
「思わないな」
「なら聞くな」
自信満々に答えるライに、もう一度ため息を吐き出す。
そうしてから、改めて彼の格好を見て、頭を抱えそうになった。
「とりあえず、まずは着替えてこい」
「え?」
「え?じゃない。お前、その格好でついてくるつもりか」
首を傾げたライは、視線を自らの体に落とすと、「あ」と間の抜けた声をもらう。
体を包むように羽織った布に隠れていてすぐには気づかれないだろうが、彼の服は最期の瞬間に身につけていたもの――ナイトオブゼロの騎士服のままだったのだ。
「そうだな。さすがにまずいな」
「俺の服だから、お前には少し小さいかもしれないが、街に着くまでは我慢しろ」
「ああ、ありがとう」
リュックの中から自分の着替えを取り出し、ライに押しつける。
C.C.に連れ回されていたのだから、あるとは思っていたのだが、その考えが正解で助かった。
ふと、視界の端に若草色が目に入って、ルルーシュは慌てて声を上げた。
「おい、こら!先に行くなC.C.!」
「うるさい。置いて行かれたくなかったら早く来い!L.L.!」
「あいつを連れて行くなら着替えさせないとまずいだろうが!R.R.!お前はさっさと着替えてこい!」
「え?」
くるりと振り返ってライに向かって叫ぶと、ライは目を丸くした。
重たいリュックを背負いながら、ルルーシュは思わず眉を寄せた。
「俺もお前も、名前がそのままだとまずいだろう。それにお前、俺と同じなんだろう?」
「あ、ああ。どうやらギアスも、使えるみたいだ」
「そうか」
戸惑った様子でライが頷く。
背負ったリュックの重さにひっくり返りそうになりかけたのを悟られないように足を踏ん張って耐えると、ルルーシュは小さく安堵の息を吐き出す。
それから、それを悟られないように、そっと自身の鎖骨の上、首の付け根に手を触れた。
「何故俺たちがこうなったのか、それも調べないと行けないな」
「そうだな」
ライはくすりと小さく笑っていたから、自分のそんな小さな誤魔化しはお見通しだっただろう。
指摘をしないでいてくれる彼に甘えることにして、ルルーシュがびしっと人差し指を突きつけた。
「とりあえず、その辺の岩陰で着替えてこい。C.C.!待てって言ってるだろう!!」
そう言いつけてから、何故か拗ねたように頬を膨らませ、先を歩くC.C.を追いかける。
「ありがとう、2人とも」
耳に入ったその声は、聞こえないふりをした。
ふと振り返ってみたライは、本当に嬉しそうに笑っていた。




前回の続き的なお話。
ルルーシュは「なり損ね」なのか「理が変わった後のコード所有者」なのか、どっちなんだろう。



2019.2.25