月光の希望-Lunalight Hope-

休息の夢

降り注ぐ光に眩しさを感じて、目を開ける。
気づけば、真っ白な空間にいた。
「ここは……」
「おはよう、ルルーシュ」
声がして、まだ眩しさに慣れない瞳を動かす。
向けた先には、光に透ける銀と、柔らかな光を湛える紫紺。
「ライ」
認識してそう呼んだ途端、ぶわっと風が吹いた。
一瞬目を閉じて、再び開けば、そこは蒼い空の広がる草原だった。
「草原……?」
「というか、Cの世界だな」
ライにそう告げられ、思い出す。
この場所について。
そして自分がここにいる理由を。
「そうか、俺は……」
ゼロレクイエム。
世界中の憎しみを一身に受けた悪逆皇帝が、仮面の英雄ゼロに討たれ、消える計画。
もうずいぶんと昔に感じるそれの後、同時に仮面の英雄に討たれたライと共に世界を離れ、ここにいる。
そして、世界の記憶の集まるその場所で、見続けている。
いろいろな可能性の、夢を。
「今回はずいぶん長く眠っていたけれど、いい夢は見られたのかい?」
隣に座るライに声をかけられ、漸くその身を起こす。
夢とは言っても、起きたら消えてしまうようなそれではなくて。
こうして目が覚めても鮮明に覚えているのは、ここ場所の特性なのだろうき。
「そう、だな……」
混乱しそうな頭を整理して、辿る。
とても、そっくりな夢だった。
自分たちが辿ってきた道と、何処までも似ていた。
けれど、決定的に違う店が、ひとつ。
「シャーリーが生きていた」
「え?」
ぽつりとそう答えた途端、ライが驚いたように目を瞠った。
当然だろう。
シャーリーの件は、ライには全て隠さず話していた。
何よりも、シャーリーを喪ったあの瞬間、彼はその場に居合わせていた。
「俺たちが辿ってきた過去と同じような夢だったんだが、ナリタでシャーリーの父親が巻き込まれていなくて、マオにも出会わなくて」
シャーリーの運命を狂わせてしまった、一連の出来事。
その出来事が、なかったのに。
ミレイやリヴァルと同じように、何も伝えたことなんて、なかったのに。
「シャーリーが、ずっと味方でいてくれた。そんな夢だった」
ただひたすら、何も言わなくても、彼女はルルーシュを好きだと言ってくれた。
忘れてもまた好きになったと、生まれ変わっても好きになると言ってくれたときと、同じ温かさを向けてくれた。
「……そうか」
答えるライの声が、とても柔らかい。
その優しい声が、とても胸に染み込んで。
そして、気づいた。
その夢の中で、自分が大切な存在にしたことを。
「なにか、とても難しい顔をしているけど、どうかしたのか?」
「いや……。夢の俺は、ロロにとても酷いことをしていたなと」
顔を覆うように片手で押さえ、もう片方の手で文字どおり頭を抱える。
ライは不思議そうに首を傾げる。
それはそうだ。
言わなければわからないだろう。
「シャーリーが生きているのに、現実と同じことをロロにしようとしていた気がする」
そう告げれば、漸く思い当たったのか、小さく驚きの声を上げた。
現実の過去で、ルルーシュがロロを殺そうと心に決めたのは、シャーリーの死があったからだ。
ロロはシャーリーの敵。
その怒りが、ロロとギアス嚮団への憎しみになっていたはずだったのに、夢の中の自分は、それがないのにロロを殺そうとしていた。
自分の計画でロロに渡したロケットにまで怒りを向けて。
我ながら、本当に酷い奴だと思う。
「あとスザクの当たりがめちゃくちゃきつかったような……」
「あははは。まあ、スザクはなぁ」
げんなりとしながら呟くと、ライは苦笑した。
たぶん、自分とスザクの関係を一番近くで見ていたのは彼だから、何かしら思うことがあるのだろう。
「その夢が現実と少し変わっていたって言うなら、スザクにだって変化はあったんだろう、きっと」
「そう、なのかもしれないな」
そういえば、夢の中では、飛燕四号作戦でルルーシュが記憶を取り戻した後、超合集国の結成式典の後に電話をかけるまで、スザクはルルーシュの前に姿を現さなかった。
中華連邦ではランスロットは現れなかったし、ジノとアーニャが転校してきたときも、彼はE.U.に行っていたらしい。
その頃に、何かあったのだろうか。
現実に戻ってしまったルルーシュには、それを知る手立てはないけれど。
そこまで考えて、ふと気づく。
そういえば、その夢の世界は、現実の過去にとてもよく似てはいたけれども。
「ああ、それと」
「ん?」
「お前がいない世界だった」
ライが一瞬だけ目を見開く。
「……そうか」
返ってきたのは、とても寂しそうな、そんな一言だった。
ルルーシュの見る夢には、ライがいないことがある。
それを告げれば、ライはとても切ない表情で、いつもそれだけ返すのだ。
それを見たルルーシュもまた、胸が締め付けられるような切なさを覚える。
こんなに大切な存在がいない世界なんて、夢でも見たくないと思うのだ。
そんなことを考えていると、ライが唐突に、ふっと息を吐き出した。
そして、それまでの表情なんてなかったかのようににっこりと笑う。
「落ち着いた?」
「ああ、すまない」
尋ねられて、ルルーシュは漸く、夢の影響でごちゃごちゃになっていた感情が落ち着いていることを時間する。
夢を見て目覚めた後は、記憶が混乱しかけてしまうのだけれど、ライはこうやっていつもルルーシュを落ち着け、見るべき現実に引き戻してくれるのだ。
「本当にここに来てから、君はいろんな夢を見るな」
「それはお前もだろう?」
「そうだな」
ルルーシュと同じように、ライも夢を見るらしい。
それはここまでの課程で辿ってきた過去によく似た、別の結果を迎えた世界の夢。
ルルーシュと誓約を結ぶことなく別れてしまう夢や、ブリタニア軍に入って、スザクの隣で黒の騎士団と戦う夢を。
その理由も、原因もわからない。
もしかしたら、この場所――Cの世界という場所の影響なのかもしれない。
「もしも選べるなら」
「え?」
そんなことを考えていると、ふと声がかかった。
顔を上げれば、ライは目を細めてこちらを見ていた。
「ルルーシュは、どの夢の続きが見たい?」
とても切ない笑顔で、尋ねられる。
ぎゅっと胸が締め付けられるような気がした。
「俺は……」
ライから視線を外し、手元に落とす。
無意識のうちに、拳を強く握り締めていた。

いろんな夢を見た。
シャーリーが生きている世界。
行政特区日本の式典の惨劇をライが防いで、ユーフェミアと手を取り合うことができた世界。
戦争なんて全く関係ない、普通に学園生活を送っている世界。
バンドなんてやっている世界もあった。

答えることが出来ずにいると、不意に隣からため息が聞こえた。
「すまない。ずるい質問をした」
顔をあげると、ライが困ったような顔で笑っていた。
「選べるわけがない。わかってる」
「ああ。それに俺たちが選んできた道にも、後悔はない。そうだろう」
「そうだな」
尋ねれば、迷いのない答えが返ってきた。
「本当に、すまない」
もう一度謝るライの言葉を、でも、とルルーシュが遮った。
その言葉に、ライは驚いたような顔で彼を見る。
その顔が何度かおかしかった。
けれど、それは別の理由で、ルルーシュは笑う。
「願うなら、大切な人たちが、笑顔でいられる優しい世界がいい、かな」
それは、本当はいつだって願っていたこと。
覆い隠してしまっていたゆえに、気づくのが酷く遅れてしまった、ルルーシュの本心。
「同感だ」
それを聞いたライが、笑って頷く。
その笑顔のまま、ライは右膝を立てたかと思うと、その上に頬杖をついた。
「次はどんな夢が見たい?」
「どんな?」
「たとえば普通の学生をしてたりバイトしてみたり。ああ、C.C.が普通に転校してきて、マリアンヌさんの知人で、なぜかルルーシュが家庭教師をしていたりとか?」
「なんでそんなに具体的なんだ。しかも本当にありそうなんだが」
「あり得たかもな」
「やめてくれ」
頭の中に妙にリアルな情景を描いてしまって、ルルーシュは頭を抱える。
それを見て、くすくすと笑うライは楽しそうだ。
彼はルルーシュを全面的に信頼して、包み込んでくれるのだけれど、こういう意地悪な面が本当に玉に瑕だと思う。
「さてと」
笑っていたライが、突然立ち上がる。
うーんと声を漏らしながら、両手を頭上に伸ばして伸びをする。
それが終わったかと思うと、彼は立ったままルルーシュを見た。
「振り返るのはそろそろ終わりにするかい?」
「……え?」
突然何を言われたのか、一瞬わからなかった。
きょとんとして見上げると、ライはふっと微笑んだ。
「僕らが欲しいのは、昨日でも今日でもなかっただろう?」
その言葉に、ルルーシュは一瞬目を瞠る。
そして、理解した。
ライが、何を言おうとしているのかを。
「ああ、そうだな」
ふっと微笑んで、頷く。
そろそろ、傷を癒すために眠り続ける時間は、おしまいだ。
「俺たちが欲しいのは、明日だ」
「そう。だから」
ライがこちらに体を向ける。
少し腰を屈めて、手が差し出された。
「明日へ歩き出そう。ルルーシュ」
「ああ。また共に歩いてくれるんだろう?ライ」
「ああ、もちろん。僕はずっと、君の隣にいる」
にっこりと笑って伸ばされた手を掴む。
ぐっと力を込められて、ひっぱり上げられるように立ち上がった。
ぶわりと風が吹いて、草原が消え去る。
残ったのは真っ白な世界と、見覚えのある扉。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
扉がゆっくりと開き始める。
それに向かって、2人揃って歩き出した。
あの日の先を、大切な人たちに託した明日を、見届けるために。




TVシリーズ終了後のルルーシュとライが、Cの世界でいろんな可能性の世界の夢を見ていて、劇場版もその可能性の一つ。
そんな解釈で書いたもの。



2018.06.10