好きという気持ち
しとしとと雨が降る。
シャーリーとカレンは、生徒会室で静かにその音を聞いていた。
カレンは必死に試験勉強をしていたが、もうすぐ卒業のシャーリーは、彼女に付き合って残っているだけで、特に何もしていない。
まだ学校は修復中だったけれど、帝都ペンドラゴが消失している以上、東京が一番住みやすい街に変わりはないからと、この都市に残っているブリタニア人も多い。
その誰もが、気づいていないだろう。
この租界だった都市が、そんなにも早く復興が進んでいるのは、生前のルルーシュが何処よりも力や財力を注いでいたから、だなんて。
知っている人は、ほんの一握りしかいないのだ。
ここが、私たちの住んでいる場所だから、少しでも前みたいに暮らせるようにしてくれたんだよね……。
降り続ける雨音を聞きながら、そんなことを思う。
いなくなってしまった、今でも大好きな人。
ほんの一握りの、自分とジェレミアと、あとあの魔女と名乗った人しか知らない場所で眠っている、彼。
雨の日は、どうしても彼を思い出してしまう。
いいや、思い出さない日がないなんて、嘘。
いつもよりも、強く意識してしまうだけ。
「シャーリー?」
ふと呼ばれて、シャーリーははっと視線を窓から離す。
見れば、顔を上げたカレンが、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「どうかした?」
「ううん。何でもない」
「そう?」
「うん」
微笑んで答えれば、カレンはそれ以上突っ込んでこない。
これがミレイなら、たぶん違っていたのだろう。
「それより、カレンはどうなの?勉強進んでる?」
「う。うーん。ちょっとは、かなぁ?」
「ちょっとだけ?」
へらりと笑いながら、カレンは首を傾げる。
一言断って、そのノートを覗き込めば、本当に進んでいなかった。
「カレンって成績よくなかったっけ?」
「シュタットフェルトの頃は、その、ね?」
視線を逸らしてひきつった笑いを浮かべるカレンを見て、シャーリーはため息をついた。
「ずるしてたのね」
「あ、あはは」
「もぉー」
シャーリーが、頬を膨らませ、腰に手を当てて怒ったような顔でカレンを睨みつけた。
付き合ってもらっているのに悪いと思ったのか、カレンはすまなそうに身を縮こめる。
「ブリタニアの歴史は、どうも苦手で……」
「気持ちは分かるけど、駄目だよ。これからの世界は、みんなで、手を取り合って進んでいくんだから」
わざと手を取り合ってという部分を強く言った。
その意図に気づいたらしい。
カレンははっと息を飲むと、神妙な顔つきになる。
「ええ。わかってる。がんばらないとね」
ぎゅっとシャープペンを握り締めるカレンの目つきが、変わった。
姿勢を正すと、改めて教科書とノート、買ってきた補足問題集に向き直る。
「ねぇ、シャーリー。ここなんだけど」
「ん?ああ、ここはね……」
呼びかけられて、問題集を覗き込む。
指摘されたところは教科書の何処に書いてあるかや、去年のその先生はこの辺りを試験問題に出してきたなど、思い当たることを教えていく。
そんなことをしていて、ふと思い出す。
こういうことを、いつかの試験の前に、ルルーシュとスザクがしていたと。
思い出してしまったら、手が止まってしまった。
「シャーリー?」
カレンが教科書から顔を上げ、不思議そうに覗き込んでくる。
それでも、言うことは出来なかった。
だってカレンは、黒の騎士団だった。
シャーリーは知っている。
ゼロだったはずのルルーシュが、どうしてブリタニア皇帝になったのか。
ルルーシュが、本当に願っていたものと、決意を。
でも、それを知らないだろうカレンに、彼の話をしていいのかわからなかった。
けれど、いつまでもこれでは駄目なのだと思う。
いつまでも、ルルーシュの話ができないままでは駄目だ。
だから、意を決して、口を開いた。
「ねえ、カレン」
「何?」
「ルルのこと、どう思ってたの?」
「え?」
我ながら突然すぎたと思う。
カレンは、何を言われたのかわからないという顔で、シャーリーを見つめてた。
やがて、漸く言葉が頭に染み込んだのか、視線を落とし、手元を見つめ、黙り込んでしまう。
やはり聞いてはいけなかったのかと、シャーリーが不安に思い始めたそのとき。
「……どう、思ってたんだろう。よく、わからないかも」
普段の彼女からは考えられない、まるで病弱を装っていた頃のーーそれよりも少しだけ強かったけれどーー弱々しい声で、答えた。
「よくわからない?」
どういうことだろうと首を傾げながら聞き返す。
カレンは少しだけ顔を上げて、頷いた。
「最初は嫌みな奴って思ってて、でもゼロは尊敬していて。ゼロって知って、こんがらがってわからなくなって。でも・・・…」
「好きだった?」
かつては何度も疑って、尋ねて、否定されてきた疑問。
それをもう一度尋ねる。
すると、カレンはほんの少しだけ目を見開いて、すぐに視線を逸らしてしまう。
「そう、かもしれないわ」
少しだけ間が空いて、先ほどよりも少しだけ小さな声で、答えが返ってきた。
「そう……」
ほんの少しだけ、ほっとした。
同時に、もやもやとした想いが沸き上がる。
自分もカレンも、同じ想いを抱えている。
それならば、言おうと思った。
それがきっと、C.C.と名乗ったあの碧い女の人から真実を聞いた自分の役目だ。
「カレン。私ね」
真っ直ぐに顔を見たまま呼びかける。
俯いていたカレンは、おどおどとした様子で顔を上げた。
目が合ったのを確認して、それから口を開く。
「今でもルルが好き」
はっきりと、そう告げる。
その途端、カレンは驚いたように息を呑んだ。
驚く彼女に、笑いかける。
「たぶん、もう一生好きなんだろうなって思うんだ」
「シャーリー……」
「こんなこと、外では言えないけどね」
世界中の憎しみを一身に受けた魔王を好きだなんて、生徒会以外の誰かに聞かれたら、きっと酷い批判を受けるだろう。
それはルルーシュも望んでいないと思うから、外では絶対に言わない。
それでも、この気持ちに、彼に伝えたこの想いに、嘘はつけないから。
彼の想いを、願いを受け取って、貫き通すと決めたから。
だけどせめて、同じ想いを抱えている人には、伝えたいと思った。
「だから、カレンもルルのこと、好きなままでいてもいいと思うよ」
カレンに向けて、にっこりと微笑む。
「私は……」
カレンは戸惑ったような表情で俯いてしまった。
理由は、わかっている。
彼女は、皇帝ルルーシュと敵対する黒の騎士団だった。
気持ちの整理がつかないことは、理解できる。
だから、困ったような笑顔を浮かべて、謝る。
「ごめん。難しいよね」
「ううん」
カレンは首を横に振った。
そして、顔を上げて、微笑んだ。
「ありがとう、シャーリー」
どこか安心したような、泣きそうな笑顔で。
それを見て、心の中で安心した。
ねえ、ルル。
私たちは、覚えているから。
あなたの願いを、想いを。
だから、どうか見守っていてね。
私たちの明日を。
2人が仲がいいと良いと思いました。