月光の希望-Lunalight Hope-

Love for ever

花火の上がる音がする。
青い空に、昼間でも見えるようにと作られた専用の光の花が咲いている。
窓の外、ここから離れた場所に、それを見上げる人たちが見えた。
ガラスに手を触れ、その人たちを見つめていると不意に後ろから抱き込まれた。

「……なんだ?R.R.」
「無理にそう呼ばなくていいよ」

俯いて尋ねれば、返ってきたのは優しい声。
その声に、ずっと堪えていた暑い雫が目から零れ落ちる。
それに気づかれたくなくて俯いたけれど、きっと効果なんてない。
どんな嘘も、いつだって彼には見抜かれてしまっていたから。

「……なあ、ライ」
「なんだい?ルルーシュ」

呼びかければ、帰ってくるのは優しい声。
何の戸惑いもなく本当の名前を呼んでくれる彼の腕に触れ、ぎゅっと握る。
嫌がるそぶりを見せるどころか、ますます抱き締める腕に力を込めてくれる彼に、縋ってしまいたくなる気持ちを抑えることに必死になりながら、聞きたかった問いを口にする。

「みんな、笑ってくれているか?」
「うん。笑っているよ」
「ナナリーも?」

最期に酷く傷つけてしまった最愛の妹は、泣いてはいないだろうか?

「うん。一緒に暮らしていたとき以上かも」

くすりと小さな笑みと共に彼が答える。
その穏やかな声に、彼が嘘をついていないと知り、安心する。
もっとも、彼はこういうことでは自分に嘘をつくことは絶対にないけれど。
疑ってしまったのは、ほんの少しでも不安があったからだと思う。

「そうか……。カレンも?」
「うん。カレンは全然変わってないなぁ」

彼と仲が良かった少女は、今もあの元気な笑顔を見せてくれているのだろうか。
そんな思いを込めて問いかけた言葉には、呆れたような言葉が返ってきた。
それに思わず笑みを零して、さらに問いかける。

「会長と、ニーナは?」
「笑っている。ニーナ、落ち着きが出てきたのかな?何だか綺麗になった」
「……リヴァルとジノは?」
「能天気なくらいだよ」
「……スザク、は?」

最愛の妹以外に、最も気がかりな人のことを尋ねる。
その声は震えていなかっただろうか。

「さすがに、あの仮面の下はわからないな」

ほんの少しトーンの落ちた声が返ってくる。
その変化にびくりと体を震わせれば、小さな笑みと共に「ごめん」という言葉が返ってきた。
体を包む温かい腕に、さらに力が込められる。

「でも、きっと皆と同じ顔をしていると思うよ」
「そうか……」

その答えに安堵し、ほうっと息を吐き出した。
完全に想定外の出来事が起こってしまったとはいえ、結局彼に、後のことを全て押し付け、自分たちは雲隠れをするという形になってしまったから。
あんな願いを押し付けてしまったけれど、本当はいつか仮面を外し、彼らと共に笑っていて欲しい。
みんなと同じように、幸せになってほしい。
本当は、スザクに対してもそんな思いを抱いていた。

「ルルーシュ」

ぎゅっと目を閉じた途端、耳元に優しく名を呼ぶ声が届く。
腕に触れる手に力を込めることで答えれば、抱き締めてくれる彼はほんの少しだけ声に切なげな響きを込めて口を開いた。

「会いたいなら会いに行く?」
「まさか。できるはずがない」
「みんなは許してくれると思うよ?」
「いいんだ」

確かに、彼らは許してくれるだろうと思う。
最初はきっと思い切り怒られて、罵られて、それでもきっと、最後は笑って許してくれる。
けれど、それに甘えてはいけない。
帰りたいと思う場所に帰らず、隠れて生きること。
それは生き延びたことを知った後、考えに考えて辿り着いた、自分への罰なのだから。
そう。だから……。

「皆が笑っていてくれる。それを知ることができたから、もういいんだ。それに……」

抱き締められたまま、くるりと顔だけで後ろを振り返る。
すぐ傍にあった誓約者の顔に手を伸ばし、指先で頬に触れた。

「俺には、お前がいてくれるだろう?」

にやりと笑って尋ねれば、彼は一瞬驚いたように目を丸くする。
けれど、それはほんの一瞬で、整ったその顔はすぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
それは無言の肯定。
言葉なんてなくても、彼が自分の言葉に頷いてくれたのだと知り、満足して微笑む。
同時にちょっとした悪戯を思いついた。

「そう言うお前こそ、本当は会いに行きたいんじゃないか?」
「まさか」

からかうつもりで口にした言葉に、あっさりと否定が返ってくる。
それに驚く間もなく、彼はその紫紺の瞳を細め、綺麗に微笑んだ。

「ルルーシュがいてくれるから、僕はそれで十分だよ」

柔らかい笑顔でそう返され、頬に熱が集まるのがわかった。
視線を逸らそうとした途端、体から彼の腕が離れる。
そのまま頬に片手を添えられ、引き戻された。
正面に現れた、銀と紫。
近づいてくるそれに目を奪われ、反射的に目を閉じた。



「と・こ・ろ・で」

唐突に室内に響いた第三者の声に、ルルーシュは体をびくりと震わせた。
ライの手から力が抜けたそのタイミングで、勢いよく後ろへ飛びのく。

「いつまで私の存在を無視しているつもりだ、お前たち」

声がした方に顔を向ければ、教室の扉が開いていて、そこに緑髪の少女が立っていた。
不機嫌な金の瞳が、じっとこちらを見つめている。
その姿を見て、ライが大きなため息をついた。
「いたのか、C.C.」
「ああ、ずっとな」
ちっ、と小さな舌打ちが聞こえたような気がしたのは気のせいだろうか。
いや、たぶん気のせいではないだろう。
C.C.の眉が、ますます不機嫌に釣り上がったのだから。
今にも口喧嘩を始めそうな様子の2人に、思わずため息をつく。
とりあえず、あっさりと言うことを聞いてくれそうにない方から先に宥めることを決め、ルルーシュはため息をひとつ吐き出した。
「C.C.、そう怒るな。落ち着いたらピザを作ってやるから」
「ほう。珍しいな。お前がそんなことを言い出すとは」
「俺のわがままに付き合ってもらったからな」
そう言えば、C.C.はほんの少し目を瞠った後、ふわりと苦笑のような笑みを浮かべた。

そう。今日ここに来たいと言ったのは、ルルーシュのわがままだった。
本当はC.C.を通してジェレミアに『遺言』という形で花火の打ち上げを託して、さっさと他国に身を隠すはずだったのだ。
自分たちにとって、今この国が一番危険だと言うことはわかっている。
それでも、もう一度、遠くからでいいから、大切な人たちをこの目で見たかった。
そのわがままを、ライとC.C.は嫌な顔ひとつせずに叶えてくれた。
ならば、ピザを作れというC.C.のわがままも叶えるべきだ。

けれど、だからと言って、今の状態でピザが作れるはずもない。
だからC.C.に向かってびしっと指を突きつけ、宣言する。
「ただし、材料を買出しに行くのはお前自身だぞ、C.C.」
「何!?私をパシリに使うつもりか!?」
「パシリって、お前……」
「仕方ないよC.C.。僕らは数年は人前に出られないから」
苦笑しながら告げたライの言葉に、C.C.は思い切りため息を吐いた。

ルルーシュもライも、あのゼロレクイエムの日に死んだことになっている身だ。
いつの間にか継承したコードがなければ、2人ともここにはいなかっただろう。
そのコードを隠すため、ルルーシュは胸の開く服は着ることができなくなったし、ライも首につけた太目のチョーカーを外せなくなってしまった。

「仕方ない。その代わりに最高級のピザを作れよ」
「善処する」
ふんぞり返るC.C.に、ルルーシュは珍しく快く返事を返す。
それに満足したのか、C.C.は一度にんまりと笑うと、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、これからどうするんだ?いつまでもここにはいられないぞ?」
「そうだね。何処に行こうか?」
「とりあえず、俺たちが悪逆皇帝と悪魔の騎士本人だとわからない程度に年月が経つまでは、人目につかない場所でないとならないが……」
「ああ。なら私がいいところを知ってるぞ」
腕を組んで場所を思案しようとした途端、C.C.が思い出したように口を開く。
その言葉に、ライが不思議そうに首を傾げた。
「いいところ?」
「ああ。EUの北部に、私が昔使っていた隠れ家がある。人気の少ない山奥だ。だが、町までの便も悪くない。家が健在なのも確認済みだ。そこはどうだ?」
人差し指を立てて出された案に、ルルーシュとライは顔を見合わせた。
「EUか……」
「EUならブリタニアも超合集国もまだまだ手が出せないし、いいんじゃないか?」
EUも書類上は確かに超合集国の加盟国だが、加盟したのはゼロレクイエムの直前。
それまではブリタニアとも超合集国とも、政治的な関係は薄かった。
今の自分たちにとって、世界で一番安全な国だと言えるかもしれない。
「そうだな……」
灯台下暗しという日本のことわざもあるが、見つかったときのリスクを考えれば、EUに行くのが一番いいだろう。
様々な方向から考えを巡らせた結果、そんな結論を導き出したルルーシュは、さして抵抗をすることもなく頷いた。
「なら決まりだな」
「じゃあ、行こうか。ルルーシュ」
「ああ」
にこりと微笑んだライが差し出した手を取る。
最後にもう一度、大切な人たちがいる場所を振り返る。
そこにいる人たちを目を細めて見つめると、ルルーシュはその窓へと背を向けた。



ライ、C.C.と共に教室を出たその直後、青い空にそれまでのどれよりも大きな光の花が咲いた。
それまではただの花でしかなかったそれが、文字を描き出す。
それを見た瞬間、その場にいた少年少女たちは目を見開き、涙を流した。

『We love you for ever』

浮かび上がったそれは、ルルーシュとライが空に託した、彼らへのメッセージ。
それを見つめながら、2人と魔女は学園を抜け出す。
新しい世界を生きる大切な人たちが、ずっと笑っていられるようにと願いながら。




旧サイト1周年企画「DVD最終巻イラストドラマの設定のお話で、ルル生存設定でライルル+C.C.が別の所で花火を見るメンバーを眺める」。
書こうと思ってDVD最終巻見直したらそれどころじゃなくなった(涙腺崩壊的な意味で)
最終巻は駄目だー。まだまともに見られません。
ギアスで花火は本当にやばい(学園編&TURN7的な意味で)



2009.6.16