星と願いと永遠と
家の中を歩き回って、目的の人物を探す。
人里離れた山の中にあるこの家は、3人で暮らすには少々大きいくらいだ。
だから見つからないときは本当に見つからなくて、ルルーシュは思わずリビングで見つけたもう1人の同居人に声をかけた。
「C.C.!おい、C.C.!」
声をかければ、ソファで寝そべっていた同居人はのそりと起き上がった。
「どうした?」
「ライを知らないか?」
「ライ?」
探している人物の名を口に出して尋ねれば、C.C.はこてんと首を傾げた。
そのまま暫く考えるような仕草をし、「ああ」と今思い出したと言わんばかりにぽんっと手を打った。
「あいつなら、買い物に行くと言って町に降りていったぞ」
「買い物?買い出しならこの前言ったばかりだろう?」
「個人的に買いたい物があるんだそうだ」
あっさりとそんな答えが返ってきて、ルルーシュは思い切りため息をついた。
買いたい物があるから里に下りたいと思うのは、仕方がないと思う。
その欲求自体を否定するつもりはないけれど。
「あいつは……。俺たちが人里に降りることがどんなに危険かわかってるのか?」
「わかってるつもりだけど?」
「ほわあ!?」
突然背後から帰ってきたその答えは完全に予想外で、思わずおかしな声を上げてしまう。
慌てて振り返れば、そこにはきょとんとした表情を浮かべたライがいた。
「ラ、ライ!?」
「ただいま。ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
「い、いや……。今のは俺が悪かった……」
申し訳なさそうに苦笑するライに、ルルーシュはふるふると首を振る。
ルルーシュのその反応に安心したのか、ライはほっと息を吐き出した。
「おいライ。お前、それは何だ?」
「え?」
その途端、尋ねたC.C.のその言葉に、ルルーシュは初めてライが何かを抱えていることに気づく。
細長い、緑色の、それ。
それを見た瞬間、ルルーシュは目を見開いた。
「お前、それは……」
「笹だよ。前に買い出しに行ったときに市場の人に頼んで取り寄せてもらったんだ。あんまり期待してなかったけど、結構いいのが来たんで驚いた」
「驚いたって……。お前、何をする気だ?」
「何って、もちろん七夕に決まっているじゃないか。ほら。短冊用の紙も買ってきたんだ」
ライは笹を壁に立て掛けると、もう片方の腕で抱えていた紙袋の中から色紙を取り出す。
何枚もあるそれを見た途端、C.C.が思い切りため息をついた。
「まったく……。思ったより乙女チックだな。お前、こんなものを信じているのか」
「信じているよ。だって叶ったしね」
「え?」
ライのその言葉に、ルルーシュは思わず彼を見る。
目が合った瞬間、彼は綺麗に微笑んだ。
「前に生徒会で七夕やったときに書いた願いが叶ったんだ」
すごく嬉しそうなそれに、ずきんと胸が痛む。
その顔を見ていたくなくて、ルルーシュはふいっと視線を逸らす。
それでも、どうしても気になって尋ねた。
「何だ?その願いって……?」
ライが生徒会にいたときにみんなで七夕をしたのは、ただ一度だけ。
まだ彼が学園にやってきたばかりで、自分が行動を始めたばかりの、シャーリーもスザクもナナリーも一緒に笑っていられたあの頃だけだ。
その頃、彼が願い、叶ったそれを、どうしても知りたかった。
今自分とこうしていることが、その彼の願いを踏みにじってしまうかも知れないと、そう思ったから。
俯いてぐるぐるとそんなことを考え出したルルーシュを見て、ライは苦笑を浮かべる。
彼がネガティブなことを考え始めていることは、言われなくても気づいた。
あの日以来、彼は何かと自分の幸せを否定する傾向がある。
それを知っていたからこそ、ライはわざとらしいくらいに優しい笑顔を浮かべて微笑んだ。
「『ルルーシュと一緒にいたい』」
ライのその言葉に、一瞬耳を疑った。
驚いて顔を上げれば、目の前には柔らかい笑顔のライがいて、優しく細められたその紫紺の瞳は、真っ直ぐにルルーシュを見つめていた。
「さすがにあの時は駄目かと思ったけど、それでも叶ったから」
「ライ……」
ライの言う『あの時』がいつのことなのか、知っている。
ルルーシュがその存在の全てをかけた計画の、最後の最後。
その最後の時でも、ライが自分と一緒にいることを望んでくれた。
けれど、今となって、本当にそれでよかったのかと悩むことがあった。
自分はいい。
あれは身勝手な自分が導いた結末だったのだから。
でも、ライは。
ライまで巻き込んでよかったのかと、本当はずっと考えていた。
「何を不安そうな顔をしてるんだ?」
「え?あ……。いや……」
その考えすらお見通しなのかも知れない。
ライは戸惑うルルーシュを見てくすりと笑みを零すと、おもむろに手を伸ばしてルルーシュの腕を掴み、それを強く引いた。
「わっ!?」
突然のそれにルルーシュが踏ん張ることができるはずもなく、彼はそのままライの腕の中に収まった。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
何が起こったのかと戸惑っていると、不意に抱きしめられて、耳元で囁かれた。
その酷く優しい声に、体が震える。
「この先何があったとしても、僕は君の側にいる。引き離されたって、絶対に君に会いに行こう」
その言葉に、ルルーシュは目を見開いた。
それは、聞いたことがある言葉だった。
それはもう2年も前になる、あの日。
生徒会で七夕をやることになる日の放課後に、昔を懐かしんで1人で七夕をしようとていたライと話をしたときに、彼自身が告げた言葉。
『引き離される運命だったとしても、その運命に反逆して、君に会いに行く』
真っ直ぐにルルーシュを見てその言葉を口にしたときと同じように、ライはルルーシュを見つめていた。
向けられた眼差しは、あの頃と全く変わらない。
違うのは、あの頃はただ真剣だったその目に、優しさが浮かんでいたことだろう。
その目をじっとしていたルルーシュは、ふいに表情を緩めると、ふうっと息を吐き出した。
「お前は変わらないな」
「そうかな?」
「ああ。変わらない」
あれから2年しか経っていないというのに、いろいろなことが変わってしまった。
一番変わったのは、きっと自分だろうと思う気持ちもある。
けれど、その中で、ライだけは変わらなかった。
あの頃のまま、ずっとルルーシュを信じ、支え続けてくれている。
今だって、どれだけライの存在にルルーシュが救われているのか、きっとライは知らないだろう。
ずっと彼が向けてくれる想いに、甘えてばかりではいけないと思った。
今の自分が、彼にできることはきっと少ないけれど、それでも、この想いだけはきっちり返したいと思った。
だからルルーシュは顔を上げた。
自分を抱きしめ、幸せそうな顔をしているライを、真っ直ぐに見つめる。
「なあ。俺の分も短冊あるか?」
「え?」
「書きたいんだ。俺の願いも、確かに叶ったから」
ルルーシュのその言葉に、ライは一瞬驚いたように目を見張った。
けれど、その顔はすぐに嬉しそうな笑顔になる。
「ああ。どうぞ、いくつでも」
「ありがとう、ライ」
腕を解き、ルルーシュを解放したライが、笑顔で細長く切った色紙を差し出す。
それを受け取ると、ルルーシュは静かに目を閉じた。
「なあ、ライ」
「ん?」
呼びかければ、笹を移動させようとしていたライは笑顔でこちらを見る。
その顔を見た瞬間、急に恥ずかしくなった。
伝えたい言葉は確かにあったはずなのに、恥ずかしいという気持ちに気づいてしまえば、もう伝えられなくなる。
だから、つい視線を逸らしてしまった。
「いや、何でもない」
「途中でやめられると気になるんだけど」
「後で読め。ここに書くことと同じことだから」
そんな言い訳をして、この場を逃げようとした。
そう、どうせ伝えようとした言葉は短冊に書くのだから、後でいい。
今から恥ずかしい想いをすることはないと、そう思ってやめたというのに。
「ルルーシュ」
「な、なんだ?」
突然呼ばれ、ルルーシュは動揺したまま振り返る。
ライと目が合った瞬間、彼はふわりと微笑んだ。
「君が望んでくれる限り、ずっと側にいるよ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
それが先ほど伝えようとしてやめた言葉への答えだと気づき、一気に顔に熱が集まる。
ぼんっと音が聞こえそうな勢いで顔を染めたルルーシュは、慌ててライから視線を逸らしした。
「後でと言っただろう……っ」
「後でも今でも、どうせ伝えるなら同じだと思ったから」
「お前は……っ」
にこにこと笑うライを、鋭い視線で睨みつける。
それすら嬉しいと言わんばかりに、ライは浮かべた笑みをますます深めた。
そんな彼の反応を見ているうちに、勝手に怒っている自分が馬鹿のように思えた。
それを自覚してしまえば、もう一方的に怒ることなんてできなくなる。
ふいっとライから視線を逸らすと、ルルーシュは深いため息をついた。
けれど、それは決して不快感から出たため息ではなかった。
ちらりと視線を戻せば、ライはこちらを見てにこにこと笑っている。
その笑顔にもう一度ため息を吐き出すと、ルルーシュも薄く微笑んだ。
「……ありがとう、ライ」
小声でそう告げれば、ライは嬉しそうに笑う。
その笑顔がとても幸せそうだったから、ルルーシュの心も温かくなった。
「ところでお前たち」
「ほわああっ!?」
突然視界の外から聞こえた第三者の声に、ルルーシュは思わず甲高い悲鳴を上げた。
驚きの表情で振り返れば、ソファから起きあがったC.C.がじっとこちらを見つめている。
「し、C.C.……っ!?」
思わず名前を呼んだ途端、彼女は思いため息を吐き出した。
「お前たち、さっきからずっと私がいること、忘れてるだろう?」
「そ、それは……」
「大丈夫だよC.C.。僕は敢えて無視してただけだから」
本気で慌てるルルーシュの隣で、ライがにっこりと笑って爆弾発言を落とす。
けれど、それはルルーシュにとっての印象であって、C.C.にとってはそうではなかった。
ルルーシュがいないときは当たり前のように交わされる『いつもの』答えに、C.C.は思わず顔を引き攣らせる。
「相変わらず性格悪いな、ライ」
「何とでも。僕が性格よくなるのはルルーシュに対してだけだからな」
「夜は別として、か?」
「わかっているなら聞くな魔女」
にやりと笑ったC.C.に、ライがルルーシュに向けているのとは全く別の笑顔浮かべて返す。
C.C.がいたことを思い出して慌てていたルルーシュは、C.C.とライの一言にびしっと固まった。
その顔が、見る見るうちに真っ赤に染まる。
その家は、3人で住むには広く、部屋数もある。
だから1人に一部屋寝室を用意して、かつC.C.と自分たちの寝室は離したはずだ。
それなのにまさか、C.C.に夜のことまで知られているとは思わず、ルルーシュは完全固まる。
その様子に気づいたライが、不意にこちらを見た。
「あれ?どうかしたルルーシュ。顔が赤いけど……」
ライがそう指摘した瞬間、ルルーシュの脳は限界に達した。
ぶつっと何かが切れるような、聞こえるはずもない音が聞こえ、ライがまずいと思ったその瞬間。
「お前たち……。いい加減にしろおおおお!!!」
麓の町にまで響くのではないかと思うほどの大声とともに、ルルーシュの雷が2人に向かって炸裂した。
1年前の七夕話の続き的な七夕ライルルとおまけ(酷)