月光の希望-Lunalight Hope-

最後の嘘

「……いC.C.!C.C.っ!起きろぉーっ!」
「んぅ……」

耳元で怒鳴られ、C.C.は目を覚ました。
むくりと起き上がり、編み込んだ髪を無造作に掻きながら欠伸をする。
ここ数か月身に着けていた拘束服は、既にない。
ひらひらとした、普通の少女の服を身に着けた彼女は、荷馬車の下から顔だけを覗かせている少年を睨みつけた。

「何だ……。邪魔するな、ライ。せっかく人がいい気分で寝ていたというのに……」
「あのなぁ……。君、人に御者なんてやらせといて、言うことはそれか!」
「仕方ないだろう。お前はただでさえ目立つんだ。髪と目を隠さなければどうにもなるまい?」

銀の髪がすっぽりと隠れる麦藁帽子を押し上げて怒鳴るライに、C.C.は当たり前だと言わんばかりに告げる。
確かにそのとおりであったため、ライは思わず言葉を飲み込んだ。
それに勝ったとばかりに口元に笑みを浮かべると、C.C.は藁の上に座り込んだまま、ライを見下ろした。

「それで、一体何の用だ?」
「ああ、そうだ。着いたよ、目的地」
「ん?」
ライの示す先に目を向ければ、そこには一軒の家があった。
普通の家より少し大きめの、白い家。
その地方の農家独特のその家に、C.C.は思わず目を細める。
周囲の広大な土地は、全て畑のようで、そこも綺麗に手入れがされていた。
「ここなら、自給自足ができるだろ?」
「お前、よくあんな状態でこんなものを用意できたな」
ここ数か月の忙しさを思い返し、C.C.は思わず感嘆の声を漏らす。
その言葉に、ライは薄い笑みを浮かべた。

「ナイトオブゼロ、ライ・エイドはダモクレスとの決戦で海に落ち、消息不明。その後2か月も時間があれば、このくらい見つけられるさ。変装する必要はあったから、大変だったけど」

そう、あの決戦で、ライの乗るランスロットクラブ・アルビオンは、スザクのランスロット同様皇帝の下へと戻らなかった。
最後の、ダモクレスでの戦闘の際に翼を折られ、遥か下方の海へと消えたのだ。
そのまま、ダモクレス内部で紅蓮に撃たれたスザクと共に、ライは戦死扱いとなった。
そうして姿を消したあと、彼はルルーシュに一方的に連絡を入れ、暫くの間姿を見せなかったのだ。
その間に、まさかこんなものを用意していたなんて、C.C.ですら予想することができなかった。

「それはそうと、彼は?」
「ん?ここにいないか?」
「へ?」
ライの問いに、C.C.は隣を見る。
それにつられるように、ライの視線が動いた、その瞬間だった。

「……う、うわ、あああっ!?」

妙なテンポの絶叫が、周囲に響く。
思わず耳を押さえたC.C.に向かって、ライは怒鳴る。
「ちょっ!C.C.空気棒抜けてるぞっ!!」
「おや?本当だ」
「ちょ……っ!おいっ!ちょっと!生きてるかっ!!」
荷馬車によじ登ったライが、慌てて積んである藁を掘る。
少しの後に見えてきた白い腕を掴み、それを勢いよく引っ張り上げた。

「ぶはっ!」

同時に藁の中から、1人の少年が救い出される。
完全に藁塗れになった黒髪を振り乱すと、ぎっと紫玉の瞳で目の前に座る少女を睨みつけた。
「……っの魔女っ!俺を窒息させる気かっ!!」
「さすがにその程度で死ぬような柔ではないだろう?」
「死ぬわっ!!俺はまだ人間だぞっ!!」
ばんばんと藁を叩いて叫ぶ彼に、ライは胸を撫で下ろす。

これだけ元気ならば大丈夫だろう。
今、彼を他人と会わせることはできないから、大事になっていたらどうしようかと思った。

「はいはい。いいから2人ともさっさと降りてくれ。荷物が降ろせないよ」
先に荷馬車から下りたライが、ぱんぱんと手を叩き、2人を促す。
その言葉に、漸く2人はそこから降りた。
チーズ君を抱え、自分の荷物を持って飛び降りたC.C.とは対象に、もう1人は情けないことに何とか地面に足を着こうと片足を伸ばしている。
手伝ってもよかったのだけれど、そのあまりにも可愛らしい姿に、暫く放っておくことにした。
暫くして、漸く馬車から降り、服についた藁を払っている彼の姿に微笑むと、今度は藁を剥がしにかかった。
ライの手により、藁はどんどん取り外され、代わりにその下に隠されていた荷物が現れる。
ビニールシートでしっかりと包まれたそれは、当面の3人の生活必需品だった。
「よくこんな偽装までできたものだな」
「2か月酷く暇だったもんで」

あの決戦から2か月、『ゼロ』という仮面を引き継ぐことが決まっていたスザクは、そのための準備に忙しかった。
けれど、ライは。
何も引き継ぐことなく、C.C.と共に世界を回るはずだったはずの彼は、何もすることがなったのだ。
書類上死んだことになっている身では、ルルーシュの騎士を続けることもできず。
必ず連絡がつくようにしておくことを条件に、ライは一度ルルーシュの下を離れた。
そうして戻った彼は、いつの間にかこんな家と荷物を用意していたというわけだ。

「それにしても、よくもあんなことが思いついたな」
感心したように呟くC.C.に、2人の少年が視線を向ける。
視線が絡み合ったその瞬間、C.C.は本当に楽しそうな笑みを浮かべた。

「まさか、あの場に居る全ての人間にギアスをかけるとは思わなかったぞ、ライ」

あの日――あの時、蘇った仮面の英雄ゼロに、悪逆皇帝として名を馳せたルルーシュが、殺される瞬間。
一般人としてあの場に紛れていたライは、ギアスを使った。
その場にいる全員に、全力でたったひとつの命令を下したのだ。

『悪逆皇帝ルルーシュは、ゼロに殺されて死んだ。それを疑うな』と。

「俺もだ。まさかお前があんな暴挙に出るとは思わなかった」
「悪かったな。あれでも必死だったんだよ」
そのときのことを思い出して、黒髪の少年がため息をつく。
その言葉に、むっとした表情でライが反応する。
以前と、少しも変わらないやり取り。
それを眺めていたC.C.は、ふとここにはいないもう1人の騎士の姿を思い出し、目を細めた。

「だが、よかったのか?スザクはお前が生きていることを知らないんだろう?ルルーシュ」

彼女のその言葉に、ライと黒髪の少年――ルルーシュが彼女を見た。
紫紺と紫玉はすぐに逸らされ、足元へと落ちる。

そう、スザクは、知らないのだ。
ルルーシュが、ここにこうして、ライとC.C.と共に生きていること。
だって、ライがそうギアスをかけた。
ゼロレクイエム決行の数日前に、寝ている彼に向かい、気づかれないように、そっと。
ルルーシュを殺さないという命令と、その事実を忘れて、殺したのだと思い込めと、命じた。
だから、スザクは知らない。覚えていない。
彼が、本当はルルーシュを殺していないこと。

「あれは、ライが勝手にやったことだったからな」
「よく言うよ。自分だって承諾したくせに」
「お前が、俺が死ぬなら一緒に死ぬとか言い出すからだろう」
「当然だ。一体僕が何のためにこの世界に戻ってきたと思ってるんだ」

ライの紫紺が、ぎろりとルルーシュを睨みつける。
それを受け止めた紫玉が、ほんの僅かに見開かれたあと、呆れたように細められた。

「俺と共に生きるため、か」
「ついでに、それを先に僕に願ったのは君だ、ルルーシュ」
「そうだったか?」
「覚えてないって言うのなら、体で無理矢理思い出させてもいいけど?」
「……俺がお前を呼び出して、先に言った」

ライのとんでもない発言に、今度こそ目を見開いたルルーシュは、瞬時に不満そうな顔を浮かべ、ほとんど呟きに近い声で答える。
あっさりと自分の言葉を認めたルルーシュに、ライは満足そうに笑った。

「スザクは、君が死んだと疑わない。彼はちゃんと、君の胸を刺したと認識しているから」
「実際はルルーシュの体を逸れていて、撒き散らされた紅は、お前の用意した血糊だったわけだが」
「さすがに世界全てにギアスをかけるのは無理だから。演出は必要だろう?」
「まったく……」

にこりと微笑むライに、C.C.は呆れたようにため息をつく。
けれど、その表情は穏やかに綻んでいた。

ちなみに、血糊はラクシャータにギアスをかけて作らせた特別製だ。
彼女が現場の調査に加わらない限り、ばれることはないだろう。
ルルーシュは、自ら葬ると告げたゼロによってあの場から連れ出されたため、その体を調べられてはいないし、あの日着ていた服は、全て燃やしてしまったから。

「それにさ、義務があると思ったんだよ、ルルーシュ」
「義務?」
「君が創った世界を、見届ける義務」
ライの言葉に、ルルーシュは再び目を見開く。
そんな彼に、ライはにこりと微笑んだ。

「死んだら、見ることなんてできないだろう?」

そう告げるライの瞳は、何もかも見透かしているようだった。
だって、それはきっと、ルルーシュが心のどこかで願っていたことだったから。
世界を、自分がいなくなった後の世界を見たいと、心の奥底で、確かに願ったことがあったから。
けれど、ゼロレクイエムを行う以上、それは不可能で。
だから、全部託した、スザクに。
最初で最後の親友に、全部全部託したのだ。

「……お前……」
それすら見抜いているといわんばかりに微笑むライに、言葉が見つからないまま口を開こうとしたそのときだった。
ぽんっと、ルルーシュの肩に柔らかい手が置かれる。
振り返れば、口元に笑みを浮かべたC.C.が立っていた。

「まったく……。厄介な奴に愛されたな、ルルーシュ」
「君が言えることじゃないと思うよ、C.C.」

にやにやと笑いながら告げるC.C.に向かい、さっさと荷降ろしを始めたライが言う。
その2人をきょろきょろと見比べていたルルーシュは、ふいにふうっと息を吐き出した。

「いや、C.C.の言うとおりだ」

呟いた言葉に、C.C.が「お?」と反応し、ライがびたっと音が聞こえそうなほどの動作で立ち止まる。
それに思わず吹き出しそうになるのを堪えて、微笑んだ。

「厄介な奴を愛してしまったもんだ」

その言葉に、隣に立つC.C.が大きく目を見開く。
一瞬遅れて、ライの手からばざっと音が立てて、衣服を入れた袋が落ちた。
「お、おいっ!何やってるんだ!?」
「……反則……」
「ライ?」
「勝手にやってろ」
「C.C.?」
口元に手を当て、顔を背けるライと、ふいっと視線を逸らして傍から離れるC.C.。
「何だ?2人とも一体どうした?」
2人の行動の意味がわからなくて、首を傾げていると、今度はライが両肩にぽんっと手を乗せてきた。
「ルルーシュ、君は本当そのままでいいよ」
「は?」
「そうだな。これがこいつだな」
「え?」
意味がわからず聞き返そうとしたけれど、その前にライは手を放し、離れてしまう。
まるで追求を逃れるかのようにぱんぱんと手を叩くと、さきほど落とした衣服の袋を拾い上げた。
「ほら!それより早く引越し終わらせないと!こんな山奥だから結構古いんだ。全員で掃除やらないと、今晩寝られないぞっ!」
「何っ!?」
「君もちゃんと手伝えよ、C.C.」
大げさに驚くC.C.にきっぱりとそう告げると、ライはさっさと家の中へと荷物を運び始めた。
不思議に思いながらも、自分もできる限り手伝おうと荷馬車へ向き直る。
そのとき、ふと今まで通ってきたのだろう道が見えて、思わずそちらへ視線を移した。

遠い遠い国に、残してきた人たち。
自分か死んだと信じ、新しい世界を生きていく人たち。
ここからでは見ることの叶わぬその人たちの姿を思い、目を閉じる。
そうすれば、すぐにその姿が浮かんできた。

カレン、ミレイ、リヴァル、ニーナ。
大切な、アッシュフォード学園の友人たち。
ロイド、セシル、ジェレミア、咲世子。
全てを知ったうえでついてきてくれた人たち。
最後まで騙し続けた、自分が作り上げた黒の騎士団。
自分の意志で世界を瞳に映した、最愛の妹ナナリー。

そして、スザク。
自分の全てを引き継いで、世界を支えようとしている、唯一無二の親友。

彼を、彼らを信じている。
この世界を、漸く手に入れた『明日』を、より良いものに導いてくれると、信じている。

「ルルーシュ」

ふと、耳に届いた声に振り返る。
いつの間に戻ってきたのか、そこには穏やかな笑みを浮かべたライがいた。
同じ力を持ち、同じ孤独を知る、大切な存在。
共に生きてほしいと願ったそのときから、ずっと傍にいてくれた人。

「大丈夫だよ。君が信じた人たちなんだから」
「……ああ、そうだな」

にこりと微笑むライに、ルルーシュも笑みを返す。
ふと、視線を動かすと、少し離れた場所にC.C.が立っていて。
彼女もまた、普段は見せない穏やかな笑みで微笑んでいた。




ライが全力で助けたVer。
スザクがルルーシュの生存を知らないのは、ルルーシュの望み。
マオが購入していた家という手も考えましたが、ライがいるのでこうなりました。



2008.9.29~10.7 拍手掲載