月光の希望-Lunalight Hope-

夢の誕生会

瞼の奥へと差し込んでくる光が眩しくて、ルルーシュは目を開ける。
目に入ってきたのはよく知る天井だった。
疑問に思うよりも先に、視界に別のものが飛び込んでくる。
「おはようございます、お兄様!」
「もう!寝坊だよ、兄さん」
ふわふわとした栗毛色の二つの影。
目が合うと、2人はぷくっと頬を膨らませた。
「ナナリー?ロロ?」
名を呼べば、漸く2人がにっこりと笑う。
「おはようございます、お兄様」
「おはよう、兄さん」
「ああ、おはよう」
にっこりと笑ったナナリーが先にベッドの上から降りる。
「私は先に行ってますから、お兄様は早く着替えてきてくださいね。ロロ。お兄様のことお願いします」
「わかったよ、ナナリー」
失礼しますと可愛らしく頭を下げたナナリーが、部屋を出ていく。
それを呆然と見送っていると、こちらを向いたロロがぷくっと頬を膨らませた。
「もう兄さん。いつまで惚けてるんだよ。早く着替えて」
「あ、ああ。すまない。が、とりあえず退いてくれないか?ロロ」
「え、あっ、ごめん!」
漸くロロが乗り上げていたベッドから降りる。
彼がしっかりとベッドサイドに経ったのを見届けてから、ルルーシュは漸くベッドから出た。
「それにしても珍しいね。兄さんが寝坊するなんて」
「そうか?」
「うん。いつもは僕たちが起こされるくらいなのに」
「そうか。そうだったな」
着替えながら、ルルーシュは首を傾げる。
何となく引っかかるものがあるような気がしたが、それが何なのかはわからない。
「兄さん?」
「何でもない」
ロロに不思議そうに声をかけられると、ルルーシュは首を横に振った。
「ロロ。ナナリーはどこに行ったんだ?」
「こっちだよ、兄さん」
問いかければ、途端にロロはぱっと笑って、ルルーシュの腕を引く。
されるがままに部屋を出て、後をついていく。
クラブハウスのホールへ行くと、階段の下から騒がしい声が聞こえてきた。
「あー!!ルルってばやっときた!!」
こちらに気づいたシャーリーが、階段を駆け上がってくる。
「おはようシャーリー。これは一体何の騒ぎだ?」
少し起こったような彼女に向かって尋ねれば、その頬がますますぷくっと膨らんだ。
「もうルルってば忘れちゃったの?」
呆れたようなその問いに、返す言葉に詰まっていると、いきなり後ろからがばっと飛びかかられた。
「あなたの誕生日パーティよ!」
背後からかかった声は、とても明るい。
驚いて振り返れば、すぐそこに金髪の少女の顔があった。
「会長!?」
「ふふっ。驚いた?」
にこにこと満足そうに笑いながら、後ろからルルーシュに抱きついてきたミレイが離れる。
遠ざかる柔らかい感触に内心ほっとしながら、ルルーシュは呆れたようにため息をついてみせた。
「驚きましたよ。会長のことだから、こんな普通のパーティにすると思いませんし」
「あらら。それはご期待に添えなくて申し訳ない」
「期待してません。ご心配なく」
「とか言って、本当は癖になってるだろ?会長の遊び」
反対側から声をかけられ、ルルーシュは思わずそちらにいた青い髪の少年を睨みつけた。
「リヴァル、お前な。そんなわけないだろう」
「またまたー。いつもなんだかんだ言って楽しそうじゃん。お前」
「予算を捻出するのに、どれだけ苦労してると思ってるんだ」
額に手を当て、大げさにため息をつく。
「そうそう。最近はルルーシュ、それを僕に押しつけて逃げるし」
その途端、階段下から聞こえてきた声に、ルルーシュは思わずそちらを睨みつけた。
「たまにはお前もそれくらい手伝え、スザク」
「仕方ないじゃないか。僕は仕事もあるんだし」
「あらスザク。私を言い訳にするのはよくないわ」
スザクの後ろから、ひょっこりと少女が顔を出す。
結い上げた桃色の髪を揺らしながら、アッシュフォード学園の制服を着たその少女は、にっこりと微笑んだ。
「ユフィ」
「私はスザクにはちゃーんと学生をしてほしいんだから、ちゃんと学校に来ないと駄目よ?」
「ユーフェミア様も、今はここの生徒じゃありませんでした?」
「ぎく……っ」
後ろから聞こえたニーナの声に、ユーフェミアの肩がびくりと跳ねる。
ホールでパーティの準備を手伝っていたナナリーが、そんな異母姉の姿を見てくすくすと笑う。
「そうですよ。ユフィ姉様もお仕事を言い訳に学校を休んじゃいけないんですよ?」
「もう!ナナリーまでぇ」
ひどいと言いながら、ユーフェミアが頬を膨らませてそっぽを向く。
そのとき、ホールの入り口の扉が開いた。
「おーい、ミレイー。ピザが届いたぞー」
「飲み物も届いた」
入ってきたのは、見慣れたピザ屋の箱を持ったジノと、飲み物が入っているのだろうケースを抱えたアーニャだ。
「はーい。スザク君、アーニャを手伝って」
「はい、会長」
「ほら、リヴァルも」
「はいはい」
スザクとミレイに背中を叩かれたリヴァルが、2人を手伝うために階段を下りていく。
「はいはい。ルルはこっち」
「うわっ!引っ張らないでくれシャーリー」
突然シャーリーに腕を引っ張られて転びそうになりながら、ルルーシュは指定席なのであろうテーブルの前に連れて行かれる。
「はいはーい。退いて退いてー」
座っててと用意された椅子に無理矢理座らせられたそのとき、奥から大きなワゴンを押したカレンが部屋の中に入ってきた。
「カレンさん、もっと丁寧に運んでください」
「わかってるわよ。ロロ、そっち持って」
「はい」
ナナリーに文句を言われながら、カレンはロロにワゴンに乗った銀色のトレイの反対側を持たせる。
長方形のそれには蓋がされていて、どんな料理が乗っているのかはわからなかった。
「せーの」
声を掛け合って、真ん中のテーブルにトレイを移した。
それを見て、シャーリーが首を傾げる。
「なんかすごく大きいけど、何これ?」
「ああ、これはね」
「カレン、まだ早い」
カレンが答えようとしたとき、彼女のやってきた方向から制止の声がかかった。
振り向けば、そこにはいつのまにか、桃色のエプロンを身につけた銀髪の青年がやってきていた。
「ライ」
「開けるまで秘密にしてくれって言っただろう」
「そうだった。ごめん」
カレンがばつが悪そうな顔で謝る。
ライは仕方ないと言わんばかりのため息をついて肩を竦めた。
「ライ」
なんだかとても珍しい気のするエプロン姿の彼に驚いて、ルルーシュは無意識にライを呼ぶ。
呼ばれたライは、目が合うとにこりと微笑んだ。
「おはよう、ルルーシュ。お誕生日おめでとう」
完全に不意を突かれ、ルルーシュは一瞬きょとんと彼を見つめてしまう。
「あ、ああ。あり……」
「ライさんずるいです!!」
礼を伝えようとしたその瞬間、突然ナナリーが叫んだ。
「私が最初に言いたかったのに!」
「抜け駆けするなんて外道!!」
ロロまで叫び出すものだから、ルルーシュは驚いて2人を見る。
一瞬目を瞬かせたライは、こてんと首を傾げた。
「外道って、ロロ……。というか、みんなまだ言ってなかったのか?」
「みんなで言おうと思って待ってたのよ」
「それは、すみません」
腰に両手を当ててむくれるミレイに向かい、ライが素直に謝る。
それを聞いたミレイは、ふうっとため息をついた。
「いいわ。言ってなかった私が悪いもの」
気を取り直したようにぱんっと手を叩くと、ミレイは周りを見回した。
「じゃあ、これで全員かしら」
「はい、会長」
シャーリーが元気よく返事する。
ミレイは満足そうに頷くと、ばっと片手を振り上げた。
「では、これから我らが生徒会副会長、ルルーシュのバースデーパーティを始めます!」
「これからって、授業は……」
「生徒会は臨時会議ってことで、ヴィレッタ先生にお願いして許可取ってもらったよ」
「はあ!?」
スザクの言葉にルルーシュが声を上げる。
それを聞いたライがくすくすと笑った。
「いいじゃないかルルーシュ。せっかくみんないるんだし、たまにはさ」
彼にまでそう言われてしまったら、きっと自分の味方はいない。
そう悟ったルルーシュは、ため息をついて腰を下ろした。
「まったく……。俺の誕生日ごときで」
「何を言ってるのルルーシュ。大切な日じゃない」
「そうだよ兄さん!」
「すっごく大事な日だよ、ルル」
ユーフェミアとロロ、シャーリーに詰め寄られ、ルルーシュは思わずたじろぐ。
そんな彼を見て、ライはため息をついた。
「ルルーシュ。前にも言ったけど」
つかつかと近づいてきて、ロロに場所を譲ってもらうと、ずいっとその顔をルルーシュに近づけた。
「僕らの大切な人が生まれた特別な日を、こんななんて言うと怒るぞ」
「わ、悪かった」
紫紺の瞳で睨み付けられて、思わず頷く。
ライの顔が離れてから、何を言われたのか気づいたらしく、薄らと頬が赤く染まった。
それには気づかないふりをして、ライは後ろを振り返った。
「じゃあ、カレン。ケーキの蓋を開けてくれ」
「了解。手伝って、ジノ」
「おう」
カレンに声をかけられ、ジノがテーブルの反対側に着く。
長方形の蓋に手をかけて、「せーの」と声をかけあって蓋を取った。
「うわあ!」
「何これすごい!」
現れたのは、大きなパウンド型のケーキだった。
普通のホールケーキではない。
「大きいな。全部プリンなのか?」
「プリンケーキ。夕べからがんばって作ってみた」
ジノの問いに、ライは胸を張る。
スポンジの上にプリンが載ったようなそのケーキは、生クリームでかわいらしくデコレーションがされている。
その上にはイチゴを始めとする定番のフルーツが、これまたかわいらしくカットされて乗せられていた。
「ルルーシュ、プリン好きだろ?」
「そ、そんなことは」
「ロイド博士とプリン談義してたの知ってるけど?」
ライがにやりと笑って尋ねる。
その問いに、ルルーシュは言葉を飲み込んだ。
どうやら本当にやっていたらしい。
ケーキを眺めていたリヴァルが、はあっとため息をついた。
「しっかし、ライの料理の腕っておかしいよな」
「兄さんの好物ばっかりものすごい上達が早いんですよ、ライさん」
「何言ってるんだ、ロロ。当然だろ」
「むう」
得意げに胸を張るライを見て、ロロが頬を膨らます。
隣でナナリーが、今度2人でお料理を習いに行こうと声をかけていた。
そんな2人を見て、ルルーシュが嬉しそうに微笑む。
自分のために、最愛の妹と弟が何かをしようとしてくれているのが嬉しいようだ。
「ミレイさん」
「はいはい。じゃあみんな、行き渡ったかしら?」
ミレイがグラスを手にして尋ねる。
先にグラスを手にした面々が元気に返事をし、持っていなかったロロが慌てて自分とルルーシュの分を取りに行く。
全員にグラスが行き渡ったのを確認すると、ミレイがナナリーとロロを見た。
2人がにっこりと笑って頷く。
「お兄様」
「兄さん」
「ルルーシュ」
全員がルルーシュを見る。
誰もが笑顔を浮かべて、グラスを掲げて。
「パッピーバースディ!!」
グラスを掲げて乾杯する。
同時にジノとリヴァル、シャーリーがクラッカーを鳴らした。
クラブハウスのホールが、笑顔で満ちる。
「ありがとう、みんな」
それを受けたルルーシュも、嬉しそうに笑った。






キッチンにいる咲世子にも飲み物を渡してくると言って、ライはホールを出た。
「お前も本当に懲りないな」
暗闇から突然声がかかる。
その瞬間、目の前からクラブハウスの廊下が消え去った。
残っているのは、ライの背後にある扉だけ。
真っ暗な空間の中で、ライの銀ともうひとつ、碧だけが浮かび上がる。
目の前に現れた少女に、ライは笑いかける。
「C.C.、君はいいのか?中に入らなくて」
「私は生徒会役員でもここの生徒でもないからな」
目を伏せて答えるC.C.に、ライは苦笑した。
「ルルーシュは、君が一緒にいることを望むと思うけれど」
「そうかな」
ライの言葉に、C.C.は素っ気なく応える。
その金の瞳は、真っ直ぐにライの背後にある扉を、その向こう側に広がる空間を見つめていた。
「ピザを眺めて食べたいんだと勘違いされて、スザクにすごい量を取り分けられていたけれど」
「……そうか」
くすくすと笑うライの言葉に何を思ったのか、C.C.もほんの少しだけ笑みを浮かべる。
しかし、それはすぐに消えてしまった。
「本当にいいのか?」
「何がだ?」
「ここは、所詮夢だろう」
C.C.のその言葉に、ライの顔からも笑みが消える。
紫紺の瞳が、伏せられた瞼の向こうに消える。

そう、ここは夢だ。
集合無意識の中に集めた、特別な空間。
漂う願いのカケラを紡いで生まれた、今日限りの夢の世界。
それを認識しているのは、ここにいる2人だけだ。
知っているから、C.C.はルルーシュの前に姿を現そうとしないのだろう。
ライもそれに気づいている。

ゆっくりと伏せていた目を開ける。
「知っているか?C.C.」
視線を背けていた魔女に声をかける。
彼女は不満そうな顔でこちらを見た。
「世界は観測されることで初めて存在するんだそうだ」
「は?」
突然何を言い出すのだと言わんばかりの反応に、ライはふっと笑みを浮かべる。
「君に起こされた後、僕が1人でE.U.に行ったときに聞いた話なんだけどな」
それがいつのことか、知っているのもここにいる2人だけだ。
だからC.C.は、訝しげな表情を浮かべているのだろう。
そんな彼女の反応は無視して、ライは持っていたグラスを手放した。
グラスは地に落ちることなく、空間に溶けるように消えていく。
「世界は脳によって観測され、宇宙は脳によって創られる」
その意味を、最初はわからなかったのだろう。
けれど、すぐに理解したらしい彼女は、その金の瞳を驚いたように見開いた。
「お前、まさかそれで」
「たとえ夢であったとしても」
C.C.の言葉を遮るように、ライは再び口を開く。
「これは僕らが本当に望んでいた未来だ」
ライだけではなく、ルルーシュにとっても幸せの証だった場所。
そこで大切な人と共に過ごすこと。
それがかつての自分たちが望み、手放してしまった未来。
「だから少しくらい……今日くらい、創ったっていいだろう?」
そう言ってライはにっこりと笑う。
その笑顔を見て、C.C.は目を丸くした。
それから呆れたようにため息をつく。
「お前も相当こじらせたな」
「今更だな」
「そうだな」
にっこりと笑って、ライはあっさりとこじらせていることを認める。
夢であっても、誰かに観測されれば、それは「起こった出来事」になる。
そんな理屈を通すために、彼は集合無意識に働きかけたのだ。
恐らく今頃、この場所に存在する誰もが、この夢を見ているだろう。
C.C.はもう一度、呆れたように息を吐き出した。
そのままくるりとこちらに背を向ける。
「行かないのか?」
「夜にまた、今度は大人たちが主催のパーティをするんだろう?」
「ああ」
ルルーシュの誕生日を祝いたいと思っているのは、ここにいる友人たちだけではないから。
「私はそのときに邪魔するさ。大人だからな」
「わかった。待っているよ」
ひらひらと手を振りながら、C.C.が闇の中に消えていく。
彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから、ライは扉へと向かう。
扉が開くと、光と共に笑い声が溢れる。
顔に笑顔を浮かべると、ライはその中へと向かって歩き出した。




ルルーシュお誕生日おめでとう。
後半はたぶん、ライにあのセリフを言わせたかっただけです。



2017.12.05