月光の希望-Lunalight Hope-

許されるならもう一度

「願い事、ですか?」
「ええ。ゼロは何か願い事はありますか?」

手に厚い色紙を持ったナナリーが、くるりと振り返る。
いつものように彼女の車椅子を押していたスザクは、その問いに仮面の下の眉を寄せた。
ほんの少し迷って、一度その目を閉じると、沸き上がってきた想いに蓋をして口を開いた。
「この世界が優しくあり続けることでしょうか。それが一番の願いですね」
「でも、それは『象徴』としての願いですよね?」
ほんの少しだけ笑みを曇らせたナナリーの言葉に、僅かに体が震えた。
それに気づいたかどうかはわからない。
ナナリーは少し目を細めると、真っ直ぐにスザクを見上げた。

「あなた個人しての願いは、何かないですか?」
「私個人の……」

個人としての――枢木スザクとしての、願い。
そう考えて頭に思い浮かぶのは、たったひとつ。
けれどそれは叶えてはいけないと、叶わないと知っているから、敢えて見ないふりをする。

「そんなものは、ありませんよ。ナナリー代表」

穏やかな声でそう答えると、スザクは無理矢理笑顔を浮かべ、ナナリーを見下ろす。
仮面を被っていて、彼女から自分の顔を見ることはできないとわかっていたけれど、そうせずにはいられなかった。
「ところで、どうして突然そんなことを?」
「あら?お忘れですか?」
不思議に思って尋ねれば、彼女はにっこりと微笑んだ。

「今日は7月7日なんですよ」

その笑顔とともに、楽しそうな声で言われたその日付に、気づく。
それは日本独特の行事。
もう10年近く前に、自分が彼女と『彼』に教えたイベント。

「七夕……」
「はい。ですから、咲世子さんに頼んで小さな笹を買ってきてもらったんです」

そう言ってナナリーが示したのは、今まさに向かっている中庭だった。
ここからでも見える位置にある入口に、確かに何かが立て掛けられている。
それを見て驚くスザクに、ナナリーは手にした色紙を差し出した。

「一緒に願い事を書いていただけますか?ゼロ」

一瞬手を伸ばすべきか、本気で迷った。
けれど、断ることもできず、結局は差し出されたそれを受け取る。
どうせ、書ける願い事など、ないというのに。

「……代表は、何とお書きになるんですか?」
「私ですか?」
じっと自分を見つめるナナリーの意識を、何とか自分の願いから外したくて尋ねる。
そうすれば、彼女はきょとんとした表情を浮かべ、考えるような仕草をした。
「そうですね。いくつか書きたい願いはありますけど、まずはあなたと同じです」
「『優しい世界でありますように』、ですか?」
「はい」
そう問い返せば、ナナリーは迷うことなく答える。
その青みを帯びた紫の瞳が、僅かに揺れた。

「あの方も、そう望んでいると思いますから」

その言葉を聞いた瞬間、どくんと心臓が鳴った気がした。
ナナリーが言うあの方が誰なのか、言われなくてもわかる。
それは、いつの間にか名前を呼ぶことすらタブーになってしまった『彼』のこと。
他でもない、誰よりもこの未来を願った、本当は誰よりも優しかった人。

『ナナリーに優しい世界になりますように』

2年前の七夕の日に聞いた彼の言葉を思い出して、ずきんと胸が痛くなる。
彼の口癖のようだったその言葉に思わず吹き出してしまえば、彼は不快そうに眉を寄せた。

『何だ?その反応は』
『いや、別に。やっぱりって思っただけだよ』
『悪かったな』

そう言って顔を背けながら自分を睨んでくる彼が、堪らなく愛しかった。

『じゃあ、お前の願いは何なんだ?』
『僕?そうだなぁ』

彼にそう聞かれて、当時の自分が答えた言葉は、何だったっけ。
あの頃はとても当たり前に思っていたことのはずだった。
そう、確か……。

『ルルーシュとずっと一緒にいられますように』

思い出した瞬間、酷い目眩を感じて車椅子を押す手に力を込める。
そう。あの頃は本気で思っていた。
罰が欲しいという気持ちと同じくらい、彼とずっと一緒にいたいと願っていた。
それはもう二度と叶わない。
それに気づいたとき、知ったのだ。
七夕の夜に書く願いなんて、何の意味もないのだと。

結局あのときも、彼の本当の願いは聞けなくて。
その代わり、彼からされた質問は、今でも鮮明に覚えている。

『もしも恋人に年に一度しか会えなかったらどうするんだ?』

あの頃、自分はルールを守ることを重視していた。
だからそのルールを受け入れると答えた。
けれど、今ならきっと、そんな風には答えなかっただろう。
今なら――こんなにも彼に焦がれている、今なら。

「今なら、川を泳いででも、きっと……」
「え?」

ナナリーの声に、スザクははっと我に返る。
見れば、彼女は不思議そうに自分を見上げていた。
「何か仰いましたか?ゼロ」
「……いえ、何でもないです」
声が震えていることに気づかれないように、無理矢理押し殺して答える。
それに心配そうに顔を歪めたナナリーは、けれどそれ以上聞いてはこなかった。
それにほっとして、目を伏せた。



年に一度会うことの許される恋人たち。
彼らが、本当に羨ましいと思った。
おとぎ話だとわかっていても、年に一度でも恋人に会える彼らが憎かった。

もしも、彼らのように川を渡れば会えるのならば、僕はいくらだって川に飛び込もう。
どんな濁流だって、泳いででも渡りきって見せる。
だから、年に一度だけでもいいから、彼に会わせて欲しいと思わずにはいられなかった。

そうすればきっと、全て終わってから気づいてしまった、こんなにも苦しい想いを抱え込む必要なんてなくなるのだから。




1年越し続きシリーズ第1弾。
1年前の七夕話の続き的な七夕スザルル。
この場所(最終回後)のスザクはずっと同じことばっかり言っているような気もしなくはないですが。
スザルルは全部終わったからスザク→ルルーシュになればよいと相当思っているらしい。



2009.7.9