迎えてくれる人
完全に闇に閉ざされた意識に、光が差した。
あまりにも眩しくて、硬く閉じていた瞼を上げる。
ぼんやりとした視界に移ったのは、栗色の髪。
その下に、一対の赤紫の瞳を見つけた途端、目の前にいる誰かがふわりと微笑んだ。
「兄さん」
その呼び名に、意識が浮上する。
広いこの世界で、自分をそう呼称する相手は、たった1人しかいない。
「……ロロ?」
名を呼べば、先に逝ったはずの弟がにこりと微笑む。
漸く覚醒した意識で、辺りを見回す。
淡い光に包まれた場所だった。
現実とは思えないその場所を疑問に思い、自分を覗き込む弟に視線を戻した。
「俺は……?」
「お疲れ様、兄さん」
ふわりと微笑んだままのロロの言葉に、悟る。
どうしてロロがここにいるのか。
どうして、自分がここにいるのかも。
「終わったのか……」
「うん。全部終わったんだよ」
「ずっと、見ててくれたのか」
「当然だよ。僕は、兄さんの弟だから」
「そうだな。さすがは俺の弟だ」
にこりと微笑むロロの笑顔に、ルルーシュも笑顔を返す。
おそらくは、記憶を取り戻してから、初めてロロに向けた、本心からの笑顔。
一瞬驚いた顔をしたロロは、次いで泣きそうな、けれど嬉しそうな顔で笑った。
「ルル」
「ルルーシュ」
別の声に名を呼ばれ、ルルーシュは体を起こした。
支えてくれるロロに笑顔を向けつつ、声のした方向を見る。
その場に現れた少女たちの姿に、ルルーシュは目を瞠った。
「ユフィ……。シャーリー……」
名を呼べは、よく知る2人の少女はにっこりと笑う。
けれど、それは一瞬だった。
一気に表情を変えたかと思うと、2人は思い切り眉を寄せてルルーシュを睨みつけた。
「もう!ルルーシュってば、こちらに来るの早すぎです!」
「そうだよ!私たちのこと、なーんにも考えてないでしょう!ルルってば!」
「え……」
突然怒られて、状況が掴めないまま、ルルーシュはきょとんとした様子で2人を見つめる。
それに気づいた2人は、顔を見合わせると同時にため息をついた。
その反応の理由さえわからずに目を瞬かせていると、突然目の前に桃色が広がった。
ユーフェミアの手が、ルルーシュの手を取る。
その手に視線を落としてからもう一度ユーフェミアを見ると、彼女はふわりと微笑んだ。
「私の評判なんて、どうでもよかった。私は、ただあなたに幸せになってほしかったの」
ユーフェミアの言葉に、ルルーシュが僅かに目を瞠る。
それに微笑むと、ユーフェミアはルルーシュの片手を自分の両手で包み込んだ。
「ナナリーやスザクと、笑って生きていてほしかったの。あなたが幸せに生きていてくれるなら、私がどんな風に言われても、かまわなかったのに」
「ユフィ……」
「私もだよ、ルル」
「シャーリー……」
シャーリーが、ルルーシュの片手を取る。
両手を包み込む暖かさに、不本意にも泣きそうになり、目を細めた。
「私、ルルに幸せになってほしかった。ナナちゃんと笑ってるルルが、スザク君やみんなと笑ってくれるルルが、好きだったから」
「すまない……」
それ以外の言葉が見つからなくて、視線を落とし、謝る。
その途端、背中からくすりと小さく笑う声が聞こえた。
「でも、それが兄さんだよ」
振り返れば、そこには自分の体を支えるロロがいた。
にこりと微笑んだ彼は、くすくすと笑みを零しながら口を開く。
「自分のことばっかりのようなこと言ってるのに、本当は周りのことしか考えてなくて、そのせいで自分を犠牲にしちゃう」
ロロが、ゆっくりと目を閉じる。
それは本当に僅かな間で、すぐに目を開けると、彼はにっこりと微笑んだ。
「誰よりも嘘つきなのに、でも誰よりも優しい。それが僕の兄さん……ルルーシュ・ランペルージだ」
久しぶりに呼ばれたその名に、ほんの僅かに目を瞠った。
その途端、くすくすと少女たちの笑う声が耳に届く。
視線を戻れば、それぞれ自分の手を握ったままの彼女たちが、穏やかに笑っていた。
「そうですね。それがルルーシュですものね」
「そんなルルだから、ルルのこと好きになったんだよ。私たち」
だから仕方がないと、そう言って笑う。
最期に会ったときに見た、力のない表情ではなくて、かつて一緒だった頃に向けてくれていた、幸せそうな笑顔で。
「ロロ……。ユフィ……。シャーリー……」
泣きたくなる心を必死に押し止めて、3人の名を呼ぶ。
そうすれば、彼らはふわりと微笑んだ。
「お疲れ様でした、ルルーシュ」
「お疲れ様、ルル」
「お疲れ様、兄さん」
ユーフェミアが、そっと片手を伸ばす。
先ほどまでルルーシュの手を握っていたそれが、白い頬にそっと触れた。
「もう、ゆっくり休んでいいんですよ、ルルーシュ」
「ああ……」
異母妹の言葉に、目を閉じる。
目尻に溜まっていた涙が一筋零れた。
「なあ、ユフィ。スザクは、しっかりやってくれるかな?」
「大丈夫よ。だって、スザクは私とあなたの騎士だもの」
「シャーリー……。みんなは、ちゃんと前を向いて生きてくれるだろうか?」
「大丈夫だよ。リヴァルも会長も、強いもん。ニーナも強くなったし、カレンだって。きっと幸せになってくれる」
「ロロ。ナナリーは、幸せになってくれるだろうか?」
「大丈夫だよ。だって、ナナリーも僕と同じ、兄さんの兄妹だもの」
ユーフェミアが、シャーリーが、ロロが笑う。
穏やかに、優しく、包み込むように。
目を閉じているはずなのに、それがはっきりと笑って、ルルーシュは微笑んだ。
「そうだな。そうだ……」
ゆっくりと目を開ける。
目の前で微笑む少女たちに、傍で自分を支えてくれる弟に、さらに深い笑顔を見せて。
「ユフィ。シャーリー。ロロ」
名前を呼べば、微笑んだままの3人は言葉もなく見つめ返してくれる。
けれど、その表情は相変わらず穏やかで、だからこそ、迷うことなく告げることができた。
「ありがとう」
そう告げた途端、3人は驚いた顔をする。
けれど、それは本当に一瞬で、3人はすぐに嬉しそうに微笑んだ。
「おやすみなさい、ルルーシュ」
「ゆっくり休んでね、ルル」
「大丈夫。僕らはずっと、兄さんと一緒だから」
「ああ……」
両手を握られたまま、体を支えられたまま、目を閉じる。
3人の気配を感じたまま、沈み始める意識。
その片隅で聞こえた、ずっと傍にいてくれた存在の声に、思わず笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。C.C.」
俺は、確かに孤独なんかじゃなかったよ。
ロロは最期の最期でナナリーを認めてくれたらいいなと思って。
今更ながらに3人が兄妹しているところを見たかったんだなと、ちょっと実感。