失われた約束
もうずいぶん着ていなかった、着慣れた制服を身につけ、首からキーをかける。
紅いそれはもう必要のないものだけれど、自分にとってはなくてはならないものだった。
ずっとずっと一緒に戦場を駆け抜けた、剣。
今はもう失われたそれに思いを馳せ、顔を上げる。
その途端、目に入ったのは壁のコルクボードにかかった写真。
懐かしい、まだ自分が「シュタットフェルト」だった頃に撮ったそれ。
自分が学園にいられなくなってから、リヴァルに譲り受けたものもあるその中で、一際目がいく少年の姿に、カレンは目を細めた。
写真の中で笑っているのは、黒髪の少年。
その両脇で、茶色い髪の少年と、銀髪の少年が笑っていた。
銀髪の少年の映るその全ては、一度なくなったと思っていたもの。
けれど、それは生徒会室のロッカーの、何故か作られていた隠し扉の中から見つかり、リヴァルを驚かせたという。
そのうちの一枚を、譲り受けたのがそれだった。
本当は渋ったリヴァルから譲り受けたそれを見て、カレンは目を細める。
そこに映る3人の少年は、もう何処にもいない。
茶髪の少年は、自分の存在を消し去ってしまい。
黒髪の少年と銀髪の少年は、世界からいなくなってしまった。
天空に浮かぶ要塞の中で爆発に飲み込まれ、次に世界に現れたときには仮面を被っていた黒の騎士。
世界の全ての悪意を背負い、仮面の英雄に殺された、悪逆皇帝。
その皇帝の死と共に、消息を絶った黒銀の騎士。
その誰もが、かつてはこんな風に普通に学園生活を送り、笑っていたなんて、きっと誰も知らない。
知っているのは、自分たちだけ。
元アッシュフォード生徒会のメンバーと、新たにブリタニアの代表として立った皇女だけ。
それがほんの少し苦しくて、でも嬉しかった。
自分たちだけでも、こんな風に幸せの中で笑っている彼らを覚えていることができて、よかったと思った。
「ルルーシュ。私ね、アッシュフォード学園に帰ってきたのよ」
写真の中の、一時は想い人だった人に、語りかける。
返事はないと知っていた。
でも、いつの間にかそれが癖になっていたのだから、仕方がない。
「約束、したわけじゃなかったけど、あなた言ってたものね」
それはまだ、彼が黒の騎士団の総帥で、銀の彼が自分のパートナーであった頃の思い出。
日本を脱出し、中華連邦に辿り着いたばかりの頃、彼は自分と銀の彼に向かっていった。
『全てが終わったら、一緒にアッシュフォード学園に帰らないか?』
ずっとずっと忘れていたそれは、きっと彼の本心だったのだろう。
あのときの彼は、きっとそう信じていた。
それを、銀の彼は知っていた。
だから、戸惑う自分を置いてけぼりにして、彼は笑顔で答えたのだ。
『ああ、約束だ』
結局、2人の――いや、自分たちの約束はなかったことになってしまったけれど。
それでも、叶えたかった。
自分だけは、せめて彼らの願いを叶えたかった。
だから、あの後すぐにカレンは騎士団を一時退団し、学生に戻ったのだ。
「ねえ、ルルーシュ。私は……」
言いかけたそのとき、ポケットに入れていた携帯が鳴り響いた。
慌てて手にしてみれば、それは電話ではなく、メールで。
受信画面を開けば、それは懐かしい人からのものだった。
「会長!?」
現在も変わらずアナウンサーとして働いているはずの先輩兼友人からのメールに驚き、カレンはそれを開く。
そこには、彼女らしい一文が綴られていた。
『本日午後18時。アッシュフォード学園の屋上にてナナリー代表来日記念花火大会を開催します。17年度生徒会在籍者は、全員参加するように』
唐突だ。本当に唐突だ。
でも、嬉しかった。
彼女たちが、自分を忘れないでいてくれたことが。
自分を変わらず友人だと思っていてくれることが、本当に嬉しかった。
『必ず行きます』
簡潔な、自分らしい文章に笑ってしまいながら、手早くメールを送信する。
そして顔を上げた途端に目に入った時刻に、軽く悲鳴を上げた。
「まっずいっ!!」
机に置いた鞄を引っ掴み、部屋を閉じ出す。
そのままばたばたと階段を駆け下り、台所へ顔を出した。
「お母さんっ!行ってくるねっ!」
「いってらっしゃい」
穏やかに笑う母に手を振って、カレンは家を飛び出す。
振り返らずに、真っ直ぐに前を見て駆けていくその姿は、かつての彼女にはなかったもの。
失くしたものの果てに手に入れたその生活を、大いに大切にしようと改めて誓いながら、カレンは全速力で通い慣れた道を走った。
ミレイが、リヴァルが、ルルーシュとの約束を覚えていてくれればいいな。
そんな願いを込めて。