月光の希望-Lunalight Hope-

白の幼馴染と銀の婚約者

それはそれはよく晴れ渡り、とっても洗濯日和なある日のことだった。

「ル・ル・ウ・シュ」

逃亡生活の間に、借り受けたマンション。
明日ここを出るからと、律儀に掃除をしていたルルーシュは、突然現れたいい笑顔のスザクに思わず動きを止めた。
にこにこと笑っているけれど、どうにも背後から湧き出るオーラが学園に居た頃とは全く違う。

「な、何だ?スザク。一体どうしたんだ?」
「ほら。僕らさ。こうして4人で逃亡生活初めて半月になるわけじゃない?」

半月前、Cの世界を閉じ、戻った神根島で結んだ『約束』という名の契約。
完全に2人が袂を分かったあの場所で、再び手を取り合ってから、ルルーシュとスザクは、残りの2人の共犯者と共に逃亡生活を続けてきた。
ルルーシュは黒の騎士団の目から、スザクはブリタニアの目から逃れるために。

「ああ。そうだな」
「それでさ。僕は君たちと違って完璧に顔が割れているからって、あんまり外に出られないわけじゃない?」
「まあ、そうだな」

スザクはナイトオブセブンとして、国際的に有名人となってしまっている。
現在行方不明の皇帝の騎士が、のこのこ外へ出て行くわけにはいかない。
対して、ルルーシュはメディアの前に立つときは仮面を被っており、彼の素顔を知っているのは黒の騎士団のメンバーと、可能性としては超合集国の幹部のみ。
現在彼らがいるのは、そのどちらとも関係ないブリタニアの領土だ。
見つかる可能性は低く、だから買い物などはルルーシュと、同じく黒の騎士団の中でもメディアに立つことが極端に少なかった2人の共犯者であることが多かった。

だからスザクの言うとおり、一度潜伏先を決めてしまえば、スザクが外に出ることはほとんどなくなる。
けれど、明日ここを発つというこの状況で、何故それを言うのかわからず、不思議そうにスザクを見つめると、視線が合った瞬間とんでもない言葉が返ってきた。

「そろそろ欲求不満なんだけど」
「……は?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
それを違う意味に取ったらしいスザクが、不満そうな表情を隠そうともせず顔に出して、再び告げる。

「だから、欲求不満なんだけど」
「……だから、どうしてそれを俺に言う?」

全く意味が分からない。
そういうものは、男に言うことではないと思う。
もしかすると、その手の雑誌を買ってこいという意味かと思って尋ねたけれど、スザクはきっぱりとそんなものには意味がないと言い切った。
じゃあどうしろというんだと、もう一度尋ねた。
その問いが、失敗だったのかもしれない。

「ねぇ、ルルーシュ。僕がユフィの騎士になる前、何度か君に言おうとしていたことがあったの、覚えてるかな?」
「は?何の話だ?」
「ああ、なんだ。やっぱり気づいてなかったんだ」

ぽかんと尋ね返せば、何故か呆れたようにため息をつかれた。
意味が分からずに睨みつければ、にこりと微笑まれて。

「好きだよ。ルルーシュ」

笑顔で告げられた言葉が、一瞬理解できなかった。
ぱちぱちと目を瞬かせる。
頭の中を、スザクの言葉が巡る。

「……は?」

それでも意味が理解できずに――もしかしたらしたくなかっただけかもしれないが――間抜けな顔で尋ね返せば、にっこりと微笑んだままのスザクが、もう一度口を開いた。

「だから、好きだよ」
「そりゃあ、俺だってあの頃はそうだったぞ。お前は、友達だし」
「違うよルルーシュ」
「え?」
「友達じゃなくて、恋の方」
「…………は?」

こい?こいとは、あの魚の鯉のことだろうか。
何故今魚の話が出てくるのか分からず混乱していると、スザクは何故かますます笑みを深くしてにっこりと笑う。

「だから、愛してるの方だったの。恋愛対象として、君を見てた」
「んな……っ!?」

意味ごと告げられたその言葉に、漸く事態を認識して、思わず手にしていた掃除機を取り落とした。
ぱくぱくと金魚のように口を開閉させながら、にっこりと微笑むスザクを見つめる。
爽やかな笑顔を浮かべていたスザクは、目が合った途端、かくんと首を傾げた。

「それで、話を戻すけど。僕、今とてつもなく欲求不満なんだ」
「……え」
「だからね、ルルーシュ」

にこにこと笑っているはずのその顔が、怖い。
何故かゆっくりとした足取りで近づいてくるスザクに、思わず後ろに下がったその瞬間、一瞬で距離を詰められ、息を呑む間もなく床に押し倒される。
暴れようにも手足はしっかりと押さえつけられていて、動かすことが出来ない。
照明を背にする形になったスザクの顔には、光のせいだけではない影が掛かっているような気すらした。
その顔が、にいっと微笑む。

「ちょっと抱かせろ」

あまりにも暗いその笑顔に、一瞬呼吸が止まるかと思った。
ルルーシュの思考が停止している間に、スザクが彼のシャツに手をかける。
その感触に我に返ったルルーシュは、慌てて声を上げた。
「ちょ……っ!?待てっ!そんなふざけた理由で……んあ……っ!」
するっと服の中に入り込んでくるスザクの手。
それを何とか掴むけれど、力で彼に敵うはずがない。
「ちょっ、待てスザクっ!俺は……っ」
「いいじゃない。君と僕との仲だし」
「どんな仲だ……!ぁ……っ!!」
掴んだ手が、そのまま肌を撫で回す。
敏感なところを行き来する手に、わけのわからない感覚が湧き上がってくる。
それでも必死に抵抗するルルーシュに、スザクは一度手を引いた。
ほっとするのもつかの間、逃げられないようにルルーシュの体を組み敷いたスザクの手が、今度は両手でシャツを掴んだ。

「いいから大人しく抱かせろ」

言葉と共に、シャツが力任せに引きちぎられる。
「ひ……っ!」
完全に予想外のそれに、ルルーシュがぎゅっと目を瞑り、声にならない悲鳴を漏らしたそのときだった。

「うがっ!?」

突然鈍い音が響いて、奇妙な悲鳴と共にスザクがルルーシュの上から退く。
「え……?」
どさりと隣に音を立てて倒れ込んだスザクに、何が起こったかわからないまま目を開ける。
その瞬間、視界に飛び込んできた別の色に、ルルーシュは涙の浮かんだその紫玉の瞳を大きく見開いた。

「ぼ・く・の・ルルーシュに何をしているのかなぁ?スザク?」

何故か大きな岩を持って微笑む銀の少年。
もう1人の共犯者と共に買い物に出ていたはずの彼が、にこにことスザクを見下ろしていた。

「ライ……っ!?」
名前を呼べば、視線を動かしたライは持っていた岩を床に置き、傍に膝をつく。
恐怖のあまり力の入らない体を抱き上げると、その黒髪を優しく撫でた。
「ルルーシュ、大丈夫か?」
「あ、ああ。だい、じょうぶだ……」
「声が震えてるぞ?よっぽど怖かったんだな」
「そ、そんな、ことは……」
「やせ我慢はよせ童貞坊や。体の震えは隠せてないぞ」
かつんと靴を鳴らして、ライの後ろにC.C.が現れる。
彼女の言葉どおり、ルルーシュの体は恐怖で震えていた。
気づいていなかったのか、目を瞠る彼を、ライは一層優しく抱きしめる。
そうしながらも、傍に倒れたスザクをもう片方の手で押しのけることは忘れない。
邪険に押しやられたスザクは、どくどくと流れる血をそのままにむくりと起き上がった。

「ライ……。岩で殴ることないんじゃないかな?さすがに僕でも死ぬよ……?」
「ランスロットを持ち上げられる人間が、それくらいで死ぬか。第一、生きろギアスで死ねないだろう、君は」

引きつった笑顔でこちらを睨みつけるスザクに対し、ライが発したのは、ルルーシュに話しかけたときとは真逆の低く、感情を抑制した声。
優しげにルルーシュを見下ろしていた紫紺が、ぎろりとスザクを睨みつける。

「……というか、今までルルーシュに対して散々人非人なことしておいて一緒に居るようになった途端襲うなんて何考えてるんだ人として最低だなおい」

『幻の美形』とまで呼ばれたその顔に、にっこりと笑みが浮かぶ。
もちろんルルーシュに向けたものとは真逆の、それはそれは恐ろしい笑みで。

「……よく息継ぎなしで話せるな」
「C.C.……。つっこむべき場所はそこじゃない」
「それとこれとは話が別なんだ」
「別なのか」
「別なわけないだろうが」

感心したようにいちいち反応するC.C.に、何故かひたすらルルーシュがツッコミを入れる。
体の震えも徐々に収まり、落ち着いてきたルルーシュに安堵しながら、ライは不敵な笑みを浮かべ、スザクを睨みつけた。

「まあ、なんにせよ。君にルルーシュを抱く権利は当の昔にないから。手を出さないでもらおうか」
「何を根拠にそう言うのかな?第一、君にそんなこと決める権利はないだろう」
「あるさ」
「何で?」

苛立ちを抑えるつもりもないらしいスザクが、明らかに怒りを含んだ声で尋ねる。
その表情に、声に、ライは腕の中のルルーシュをさらに抱き込むと、勝ち誇ったように笑った。

「僕はルルーシュの婚約者だからね」

その瞬間、落とされたのは、スザクが予想もしていなかったはずの事実。
「え……っ!?」
「ほうわっ!?」
「おお!」
それにスザクは大きく目を見開き、ルルーシュは真っ赤になり、C.C.は感心しように声を上げた。
「ちょっ!?ら……っ!ええっ!?」
ライの腕の中でばたばたと暴れるルルーシュは、突然の爆弾発言に完全に取り乱している。
顔はゆでだこのように真っ赤になり、混乱のあまり目を白黒させていた。
「……聞いてないぞ、そんなこと」
「話す必要なんてなかったからな」
スザクの声が、周囲の温度が、だんだんと低くなる。
それをものともせずに、ライは勝ち誇った勝者の笑みを浮かべる。
「ちなみに、そいつらはアッシュフォード学園の礼拝堂で神前式まで挙げているぞ」
「あ、あれは、その……っ!?」
C.C.の言葉に、ルルーシュがさらにばたばたと暴れる。
反射的に否定しようとしたものの、ルルーシュ自身もそう思っていたためにできず、ごにょごにょと言葉を呑み込むことしかできない。

「あのときに誓ったからね。病める時も健やかなる時も、ルルーシュと共に歩くって」

にこりと微笑むライの言葉に、ルルーシュの顔がますます赤くなる。
スザクに見られまいと完全にライの胸に顔を押し付けて、それをライが抱き込む。
満足そうに笑うライに、後ろに立っていたC.C.はため息をついた。
「立派な結婚の誓いだな。お前たち、婚約者どころかとっくに夫婦だったんじゃないか」
「そう宣言したいのは山々だったんだけど。ほら。ルルーシュあの時17だったから」
結婚するには1年早かったのだと、ライは残念そうに答える。

「だから、スザク。君の出る幕はもうないよ」

そう言って笑うライは、確かに勝者だった。
ルルーシュはライの言葉を否定しないし、C.C.は肯定すらしている。
けれど、それでスザクが納得できるはずもない。

「……認めない」

ぽつりと呟かれた言葉に、ライの眉がぴくりと動く。
苛立ちを浮かべた翡翠と、静かな光を称えた紫紺が交じり合う。

「君がルルーシュの婚約者だなんて認めない」
「君に認めてもらう必要はない」
「それでも認めない。僕は、8年前からずっとルルーシュが好きだったんだ」
「はっ!散々ルルーシュを裏切っておいて、今更よく言うよ」
「大事なときにお約束のように傍にいなかった君に言われたくないな」

ぴくりと、ライの表情が動いた。
途端にスザクの顔に得意そうな笑みが浮かぶ。
まだフリーズしているルルーシュをC.C.に預けると、ライはゆっくりと立ち上がった。

「……枢木卿。その言葉、私に向かって口にしたこと、必ず後悔するときが来ようぞ」
「エイド卿こそ。自分を罵ったこと、後悔なされる日が来ることをお忘れなきよう」

ばちばちと火花を散らす2人。
いつまで経っても終わりそうにないその睨み合いに、C.C.がにやりと笑みを浮かべる。

「こうしてライと枢木の壮絶な戦いが幕を開けたのであった」
「何楽しそうに解説なんかしてるんだC.C.」
「当たり前だろう。実際楽しいからな。他人の恋の修羅場は」

漸く平静を取り戻しかけたルルーシュは、C.C.のその言葉にがっくりと肩を落とし、今までにないくらい大きなため息をついた。




別名「ルルーシュの受難」。勝者はライ。
ほら、うちライルルサイトだから!(マテ)
いや、本編スザルル好きですからね!



2008.9.13