友達・仲間⇔世界の敵
そいつは、颯爽と現れた。
高校1年のとき、バイト先で賭けチェスをしていたときの話。
チェスの腕にそこそこの自身を持っていた俺は、道楽貴族の相手をしていた。
状況は、絶体絶命。
調子に乗ってふっかけてしまった金額は、とても学生に払える金額じゃない。
いっそ謝ろうかと思っていたところに、現れたのがそいつだった。
「そりゃあ、面白そうだ」
賭場に似合わない、学生服。
俺と同じアッシュフォード学園の制服を着たそいつは、相手の貴族を睨みつけて、にやりと笑みを浮かべた。
「お貴族様が這いつくばってワンワン鳴く姿を見られるなんて」
そうして俺を押しのけ、代打ちに収まったあいつは、棋譜を予言し、たったの13分で相手を負かした。
掛け金の半分を手にすると、あいつはさっさと帰ってしまったけれど。
でもそのとき、本当にあいつをすごい奴だと思った。
あいつと一緒なら、人生が楽しくなると確信した。
そんな相手が、ルルーシュ・ランペルージだった。
ルルーシュと出会った、次の年。
2年になって、あいつと同じクラスになって、生徒会に入って、シャーリーやニーナとも仲良くなって。
その頃から、世界は変わり始めていたんだって思う。
ゼロって反逆者が現れて、学園中が――いいや、トウキョウ中が、そいつの話題で持ちきりになっていた。
あいつが現れたのは、そんなときだった。
名誉ブリタニア人。
当時の総督クロヴィス殿下の暗殺の、容疑者。
突然転入してきたあいつは、いつも険しい顔をしていた。
あいつの、険しい以外の顔を始めて見たのは、あのとき。
会長が、突然猫を追えと言い出し、その猫を追いかけていたルルーシュが、鐘楼塔から落ちそうになったときだった。
共に屋根の上に出たあいつが、絶体絶命のルルーシュを助けて。
猫を――アーサーを抱いて降りてきた彼を、みんなが囲んだ。
ルルーシュとの関係をつめ寄られる中、視線を逸らしたあいつに、遅れて降りてきたルルーシュは言った。
あいつは、ルルーシュの友達なんだって。
「会長、こいつを、生徒会に入れてやってくれないか?」
それが、初めてだった。
あいつは始めて険しい以外の表情を見せて、会長があいつを認めて、俺たちも笑って。
そうしたら、あいつも嬉しそうに笑ったんだ。
「よろしくお願いします」
ふわふわとして、けど友達思いで、芯が強い奴。
誰にでも優しくて、すぐに手を伸ばすことが出来る奴。
それが、枢木スザクという人間だった。
それから暫くして、突然会長とルルーシュが、学園に迷い込んだっていう奴を拾ってきた。
数日間目を覚まさなかったそいつは、とても綺麗だと思った。
意識を取り戻したばかりのせいか、ぼんやりとしている目は、酷く不安定に見えた。
「……ライ」
会長に名前を聞かれて、それだけを答える。
続いた質問には、全然答えられなくて、スザクの質問で、そいつが記憶喪失だってことがわかった。
会長の提案で、そいつを俺たちで面倒見ることになって。
仮入学って形で学園に、生徒会に入ったあいつは、だんだんと笑うようになった。
楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに。
そんな表情が増えていくたびに、俺も嬉しくなった。
俺たちがあいつにそんな表情を取り戻してやれているんだって思えて、嬉しかった。
記憶喪失の癖に、やっぱり優しくて、芯が強くて、どことなく、ルルーシュに似ていて。
一緒に居たら、3人でチェスに行ったら、きっと無敵だって思えて、楽しくて、誘ったこともあった。
実際に連れて行くと本当に強くて、誇らしくて、楽しかった。
3人で一緒に笑って、一緒に貴族を馬鹿にして、それでも優しさと敬意を忘れずに、俺とルルーシュを咎める、まるで兄貴のような存在。
それが、ライという人間だった。
そう、そうなのだ。
俺が知っている彼らは、こんな奴らじゃない。
こんな風に、非道なことが出来る奴らじゃない。
「一体何考えてるんだよ!ルルーシュも、スザクも、ライもっ!世界中、全部敵にしてっ!」
1年前、突然消えたライを再び目にしたのは、テレビの中だった。
いつの間にか黒の騎士団に入っていて、カレンと並ぶエースだと呼ばれていた。
スザクはナイトオブラウンズになっていた。
ルルーシュだけは何も変わらないはずなのに、シャーリーがいなくなってから、学園に帰ってこなくなった。
いつの間にか離れていった友人たち。
いつの間にか、居なくなっていた友達。
そいつらの姿をもう一度目にしたとき、よく知っている友達であるはずの3人は、まるで別人になっていた。
第99代ブリタニア皇帝。
その皇帝に仕える、2人の騎士――ナイトオブゼロ。
超合集国の最高評議会を人質に取り、世界の全てを敵にして、世界を手に入れようとしている悪逆皇帝と、その腹心。
それが、今のあいつら。
世界が、今のあいつらを指す言葉。
違うのに、違うはずなのに。
あいつらは、こんなことができるような奴らじゃないのに。
ルルーシュは、スザクは、ライは、もっと優しくて、もっと楽しくて、もっといい奴で……!
「何でだよ……っ!」
なんであいつらは何も言ってくれなかった。
なんでルルーシュは、答えてくれなかった。
わからないわからないわからない。
「何でなんだよ……っ!!」
どんなに叫んだって、もう届かないんだ。
離れていった友達は、戻らないんだ。
シャーリーは死んで。
カレンは黒の騎士団で。
ニーナはブリタニアに連れて行かれて。
ロロは行方不明で。
ルルーシュとスザクとライは、世界の敵で。
何でこんな風になってしまったのか。
どうしてみんなばらばらになってしまったのか。
ただの学生でしかない俺に、わかるはずがない。
だからただ叫ぶことしかできなかった。
泣くことしかできなかった。
それで、あの頃に戻れるんだって、縋ることしかできなくて。
だから、ただ叫んだんだ、泣いたんだ。
そうすれば、きっと答えてくれるって、馬鹿みたいに信じて、泣いたんだ。
「どうしてだよ、ルルーシュ……っ!!」
なあ、神様。
あんたが本当にいるなら、俺たちを見守ってくれているんだって言うのなら。
もう一度、あいつらと会わせてくれ。
あいつらと話をさせてくれ。
だって、あいつらは、俺の大切な友達なんだ。
友達のために必死になれる彼が好きです。