絶対無言パーティ
「絶対無言パーティ?」
「そう!ライ、あなたをその『鬼』に命じるわっ!」
びしっと指を突きつけるミレイに、ライは思わず後ろへ下がる。
彼女がこんな風に楽しそうな表情をしているときには、大抵の場合、ロクなことがない。
だから、慎重になってしまうのは仕方のないことだった。
「鬼、ですか?」
「そう、鬼よ!やってくれるわよね!」
がしっと肩を捕まれては、逃げられるはずがない。
小さくため息をつくと、ライは観念したかのように口を開いた。
「……内容によります。そもそも、何ですか?絶対無言パーティって」
「その名のとおり、絶対にしゃべってはいけないパーティよ!」
「……何が楽しいんです?それ」
パーティは楽しい。
それは、みんなで騒ぐからだ。
誰も話すことができないパーティなんて、何が楽しいというのか。
「最後まで聞きなさい!ポイントはこ・こ・か・ら!」
ミレイがライの鼻先に、人差し指を突きつける。
突然のそれに、ライは思わず顔を引き、目を瞬かせた。
「1人笑わせ役を立てるの!その人が、参加者全員をくすぐるのよ!」
「笑わせ役?ああ、それが『鬼』なんですね」
「さっすがライ!頭の回転は速いわね!」
ぐぐっと親指を立て、ミレイがばちっウインクをする。
毎度の事ながら、妙にテンションの高い彼女にため息をつきたい気持ちを抑え、尋ねた。
「要するに、僕はみんなを笑わせればいいんですか?」
「そう。別に笑わせるんじゃなくてもいいわよ。一言でも声を上げさせればライの勝ち!どう?やってくれる?」
「かまわないですよ」
その程度のことなら、引き受けても構わないだろう。
そう思い、にこりと微笑んで承諾した。
「ありがとう~っ!!そう言ってくれると思ってたわっ!よろしくね!あ、そうそう。ナナリーには判定役を頼んでるから」
「笑わせる必要はないってことですね。わかりました」
目の見えない彼女をくすぐるなんてことをしたくなかったライは、ミレイのその言葉にほっと息を吐き出す。
ナナリーは、目が見えない分他の感覚が鋭い。
だから、どんなに笑いを堪えても、きっと彼女なら気づくだろう。
ぴったりの人選に、ミレイの人を見る能力を改めて感じながら、ライは笑顔で頷いた。
「……と、言われたものの」
周囲を見回し、ライはため息をつく。
ミレイの言うとおり、鬼役になったまではよかった。
今回の企画は、生徒会を含めた一部の生徒だけで行う、実験的なものだとも聞いていたから、内心で安心していたのも確かだ。
そうなのだけれど。
「何か、今ここにいないはずの人まで気がするんだけど」
「駄目ですよ、ライさん。気にしたら負けです」
栗色の髪の少年と、桃色の髪の皇女様、それから翠の魔女。
その3人の姿を見つけて呟いたライを、ナナリーが笑顔で制す。
にこにこと微笑む彼女は、この異常な状況にもう慣れてしまったようだった。
「……うん、そうだな。気にしたら負けだ」
「そうです。負けです」
無理矢理己を納得させて呟けば、相変わらずの笑顔を浮かべたナナリーが断言する。
気にしてはいけないと自分に暗示をかけながら、ライはナナリーに合図を出した。
「では、皆さん、準備はよろしいですか?」
ざわざわとしていた生徒会室が、ナナリーの一言で静まり返る。
それににこりと微笑んだナナリーは、ぱんっと手を叩いた。
「絶対無言パーティ、開始です。にゃ~」
ナナリーの一言で、音が消える。
完全に静まり返った生徒会室の入口に立ったライは、周囲を見回した。
「さて……」
ここでもう一度、自分の役目を確認する。
自分の役目は、『鬼』――すなわち、ここにいる全員を笑わせる、もしくは一言でも喋らせること。
しかも、実は制限時間までついている。
難易度の高い人から攻略するのも手だが、それではいくら時間が残せるかわからない。
「ここは……」
すうっと細められた紫紺の瞳が、部屋の隅にいるリヴァルを捉える。
まさか自分が狙われるとも思っていないらしいリヴァルは、いつものようにミレイを見つめていて。
相変わらず一途な彼を微笑ましく思いながら、早足で彼に近づいた。
「リヴァル、ごめん」
「ん?ぐ……っ!」
彼が気づいたときには既に遅い。
事前にミレイから手渡されていた、弱点リストにそって手を伸ばし、そこを服の上から思い切りくすぐった。
「……っぶっはははははっ!!」
「リヴァルさん、アウトー」
リヴァルが溜まらず吹き出した瞬間、ナナリーが可愛らしい声で失格を宣告する。
ナナリーにそう言われたら、その時点で失格だ。
足掻いても取り消しが効かないとわかっているから、彼はあっさりと諦め、思い切り笑い声を上げた。
「ひ、ひっでーよ、ライ!」
「すぐに追い詰められるようなところにいる君が悪い」
リヴァルがいたのは部屋の隅、棚と壁の間という、閉じ込めるには恰好の場所だった。
「さて、次は」
観念したリヴァルから視線を逸らし、あまりの早業に警戒心を強めたメンバーを見回す。
その中の1人、異様にルルーシュにべたべたしている少年に目を止め、にこりと微笑んだ。
「ローロ」
名を呼んだ瞬間、ロロはびくりと体を震わせる。
その目の色が変化しかけたことに気づき、ライはさらに笑みを深め、言い放った。
「君、言われてたよな?ルルーシュに逃げるなってさ」
ルルーシュの名を出した途端、ロロは素直に瞳の色を元に戻す。
その反応に面白くないという想いが沸きあがったことを自覚した瞬間、ライの中から手加減という文字が消えた。
「覚悟しろ」
にやりと笑ったライの顔を見た瞬間、ロロが固まった。
隣にいたルルーシュが、一気にライと距離を取る。
がたがた震える彼は、あっという間にカレンの後ろに隠れ、ライと視線を合わせないようにしていた。
ちなみに、そのときのライの表情は、ロロとルルーシュの2人だけしか知らず、他のメンバーは2人の奇怪な行動に首を傾げるばかりだった。
カレンだけは、複雑な表情でルルーシュに視線を向けていたけれど。
「あ……っ!ははははっ!ひぃっ!や、やめ……っ」
「ロロさんアウトー」
容赦なくくすぐるライと、笑いながら泣き叫ぶロロと、楽しそうな笑顔のナナリー。
その図式を見ていたカレンは、何故か異様な恐怖を感じて視線を逸らした。
その後もライの猛攻は止まらない。
もともとの身体能力が高い上に、黒の騎士団に入って以来、全ての動きが切れる彼から、一介の高校生が逃げられるはずもない。
「シャーリーさんアウトー」
女の子にはリヴァルやロロに対するような手荒さはないものの、彼はあっさりとメンバーを笑わせる。
「ミレイさん、ニーナさん、ユフィ姉様、C.C.さん、アウトー」
その光景を楽しんでいるらしいナナリーが、ずいぶん明るい声で失格を宣告する。
「さて、と」
C.C.から離れたライの顔が、ゆっくりと上がった。
そのときにいるのは、先ほどからカレンの後ろに隠れ、今はテーブルの向こう側にいる黒髪の少年。
「ルルーシュ」
にっこりと笑って呼びかけた途端、ルルーシュの肩が可愛そうなくらいに跳ねる。
きょろきょろと辺りを見回しだした彼を見て、一瞬きょとんとしたライは、すぐにその意図を察し、にっこりと笑った。
「ああ。カレンやスザクを相手にするほど馬鹿じゃないつもりだよ、僕は」
「……っ!!」
息を呑むルルーシュの顔色が、さあっという音が聞こえそうなくらいの勢いで青くなる。
彼にしては珍しい表情に全員が目を丸くしている間に、ライはあっという間に彼を壁に追い詰めた。
ばんっと顔の両側に手をついて閉じ込めてしまえば、もう彼は逃げられない。
「ルルーシュ」
名前を呼んで顔を近づけた途端、真っ青になったルルーシュが、ぎゅっと目を瞑った。
それににやりと微笑むと、ライは首元に顔を埋める。
同時に、壁についていた手を、彼の服へと忍ばせた。
「っ!?」
予想外の動きに、ルルーシュははっと目を見開く。
けれど、今更抵抗したって、もう遅い。
「ん……っ!?」
服の中に入り込んだライの手が、学生服の下のシャツのボタンを器用に外し、直接肌に触れる。
素肌を撫でられる感触に、ルルーシュの体がびくりと震えた。
「や……ぁっ!?」
ライの背中が向けられる体勢になっていて、他のメンバーには彼がルルーシュに何をしているのかわからない。
けれど、思わず上がったルルーシュの声に、呆然と見入っていたリヴァルが、さすがに声を上げた。
「お、おいおいおい!」
「あ、あれってまさか……っ!」
「やめろっ!僕の兄さんに何を……っ!」
ロロが右目の色を変えて飛び出そうとした瞬間、誰が腕を掴んで止めた。
「ナ、ナナリー?」
驚き、振り返れば、そこにはいつの間にかナナリーがいた。
彼女の手には、その可憐な外見からは想像もできないほどの力が込められていて、たとえ時間を止めたとしても、その腕を振り払うことはできないだろう。
「ロロさん」
そんなロロの心情すら悟っているかのように、ナナリーはにっこりと微笑む。
「黙って見ていてください」
「は、はい……」
その笑顔は、柔らかいはずなのに、何故か先ほどのライと同じ気配を感じて、ロロは素直に頷くことしかできなかった。
既にギャラリーと化したメンバーが、そんなやり取りを呆然と見ている間にも、ライの手はどんどん服の中を進んでいく。
必死に声を我慢しているルルーシュの、胸の突起に触れた。
「あ……っ!?」
びくんと体を震わせると同時に、声が漏れる。
その声に、少し離れた位置で呆然としていたカレンが、目の前で起っていることを認めたくないがためにフリーズしていたスザクが、我に返った。
「ら、らららら、らいっ!!!」
「僕のルルーシュに何をするんだっ!!」
思わず叫んだその瞬間だった。
ぱんっと手を叩く音が生徒会室に響いた。
「カレンさん、スザクさん、お兄様、まとめてアウトです」
にっこりと笑うナナリーの失格宣告に、カレンとスザクは我に返る。
その言葉を聞いたライは、あっさりとルルーシュを解放すると、にっこりと笑ってナナリーを振り返った。
「ナイスタイミング、ナナリー」
「ライさんも、いい仕事をしてくださいました」
満足そうに笑うナナリーから、ロロが身を引く。
他のメンバーも、まさかナナリーの口からそんな言葉が出るとは思っていなかっただろう。
ある者は呆然と、ある者は意外そうにナナリーを見つめた、そのときだった。
「…………も……」
「ん?」
まだ壁に背をついているルルーシュから、言葉が漏れる。
よく聞き取れなかったそれに、ライが視線を戻したそのときだった。
「よくもナナリーにそんな汚れた思考をおおおっ!!」
「うわっ!?」
急に腕を振り上げたルルーシュの攻撃を、ライはあっさりと避ける。
身を引いた彼の前から逃げ出したルルーシュは、テーブルの傍にある椅子を勢いよく掴む。
「っていうか、怒る理由そっちっ!?」
もっともなカレンのツッコミに、その場にいる全員が頷く。
普通は、こんな場所で襲われかけたことに怒るべきなのではないだろうか。
そんな周囲の心の内など知るよしもないルルーシュは、手にした椅子を思い切り振り上げた。
「そこへなおれライっ!お前の頭、叩き割ってやるっ!!」
「うわぁっ!?ちょ……っ、ルルーシュ待ったっ!」
「待てるかああああああ!!!」
ぶんっと勢いよく振り上げた椅子を振り下ろす。
すっぽんと音が聞こえるほど見事にルルーシュの腕から離れたそれは、ライの脇を通り抜け、窓ガラスを叩き割った。
数時間後、漸く落ち着いたルルーシュが、本気で怒ったミレイに部屋の補修を言い渡されるのだけれど、それはまた別のお話。
オレンジと皇帝がいないことには目を瞑ってください。