真紅の魔王
「気に食わないな」
手元でチェスの駒を弄っていた黒衣の男が、唐突に呟いた。
傍でピザを貪っていた魔女が、その声に顔を上げる。
「何がだ?」
「枢木だ」
振り向いた男の顔に流れるのは、1年前より伸びた黒の髪。
上等な糸のようなそれが、さらりと真紅の瞳にかかる。
「あいつは、ルルーシュを守っているつもりでいるんだぞ?」
くすりと笑うその顔が、魔王の笑みを湛える。
それは、彼が最愛の弟妹の前では決して浮かべぬ笑みだった。
「まあ、あいつにとってはルルーシュが答えた言葉だけが真実だ。ルルーシュが、自分がゼロだと言ったから、それを疑問に思うこともなく、それを信じて皇帝に売り渡した」
1年前のブラックリベリオン。
その時、顔を見られないようにするためにゼロの衣装を身に着けた男を追い詰めた、虐殺皇女の騎士。
その騎士が割った仮面の下から現れたのは、紫の双眸を持ったルルーシュ。
お前がゼロかと問われたとき、ルルーシュはそれを肯定した。
真実ではないそれが真実だと、かつて友だった男に告げたのだ。
「それが、ルルーシュが実の兄を守るためについた嘘だとも知らないで」
ルルーシュは、ゼロではなかったのに。
黒の騎士団に協力していた事実はあったけれど、実際に参加したことはなかった。
そのルルーシュが、あの日ゼロの衣装を纏い、神根島へ行ったのは、ナナリーがいなくなったからだ。
本物のゼロと話をするために生徒会室を空けた僅かな間に、攫われてしまった妹を助けるためだった。
「シャルルもシャルルだな。お前の存在を知っているくせに、枢木の連れてきたゼロを『ゼロ』だと認めた。あいつは、お前の特徴を知っていたはずだろう?」
「ああ。私の廃嫡を決めたのは、あいつだからな」
くつくつと、ルルーシュと同じ顔で、黒衣の男が笑う。
その手が、決してギアスの暴走だけが原因ではない真紅の瞳に触れた。
「ブリタニア皇族には、紫の瞳が多い。私はマリアンヌ皇妃の血を引きながら、紅い瞳を持って生まれた」
皇帝もマリアンヌも、その2人の子であるルルーシュとナナリーも、瞳は紫だ。
彼らの系統に、紅い瞳を持つ者はおらず、その可能性がある遺伝子すらなかったと言われる。
それなのに、黒衣の男は紅い瞳を持って生まれた。
まるで、ギアスが常に発動しているかのような、その色を持って。
「皇族で紅の瞳を持つ者は『悪魔の子』と呼ばれる。しかも不吉の象徴と呼ばれる双子だ。私が廃嫡されたのは当然の結果だな」
そう言って黒衣の男――ゼロは笑う。
まるでその過去をなんとも思っていないかのような口調で。
「だから、私はいい。存在の抹消など今更だ。生を否定されようが、何をしようが構わない」
ゼロとは、『無』という意味だ。
名すら与えられなかったルルーシュの双子の兄は、自らその名を名乗った。
自分は最初からこの世にいないのだという気持ちから。
だから、仮面を被っても名だけは変えなかった。
ゼロという名の少年は、顔を隠して本名を名乗ったのだ。
「だが、枢木はルルーシュとナナリーに手を出した。私の大切な光に手を出したのだ」
影の中で生きていたゼロが、唯一大切にしたもの。
それが、光の中で生きることを許された、大切な双子の弟と、年下の妹だった。
アリエス宮の地下室に軟禁されていた幼い頃、自分を見つけ、光を与えてくれた大切な弟妹。
表に出られなかった自分が、光の中に生きる彼らを憎んでいたことも確かにあった。
けれど、それは昔のこと。
2人が公に、ゼロが秘密裏に日本に送られてくる以前の話。
今のゼロにとって、2人は他の何にも変えられない、大切な存在だった。
その2人を守るために、魔女と契約し、魔王にまでなったというのに。
「ただ一時、私の姿をしていただけのルルーシュに、最も残酷な罰を与えた」
ルルーシュは記憶を書き換えられた。
その記憶の中に、ゼロとナナリーはいない。
ルルーシュが何よりも大切なしていたナナリーの記憶が、彼の中から奪われたのだ。
それが、許せなかった。
彼を守ると宣言していた枢木スザクが、ルルーシュにその罰を与えたことが、何よりも。
「スザクは、最初からルルーシュをあなただと決めつけていたのね」
「それが間違いだとも気づかずにか」
最初から部屋の隅に立っていた少女と男が、ぽつりと呟く。
彼らは既に知っていた。
今、ゼロとして監視されている少年が、ゼロではないことを。
今自分たちの目の前にいる少年こそが、黒の騎士団の総帥であるゼロだということを。
「だから、私は奴に最高の罰を与えてやろう」
ルルーシュを裏切った彼に。
ルルーシュを『ゼロ』だと決めつけ、全ての罪を背負わせ、ナナリーを奪った愚かな騎士に。
「我が最愛の弟ルルーシュと、最愛の妹ナナリーを奪い返す。そのあとで、枢木に突きつけてやろう、真実を」
ルルーシュが、ゼロではなかったという事実を。
ユーフェミアを殺したのが、彼ではなかったという事実を。
その上で、自分が犯した罪を、思い知らせてやる。
「そのときあいつがどんな顔をするか、楽しみだ」
くつくつと、双子の弟と同じ顔でゼロが笑う。
その言葉に、魔女は楽しそうな笑みを浮かべ、控えていた騎士たちは静かに頷いた。
さあ、贖罪の時は来た。
今こそ、再び反逆劇の幕を開けよう。
そして取り戻すのだ。
この世の何よりも美しい、私の宝石を、この手に。
ギアスを持っているのはゼロで、ルルはブラックリベリオンまで騎士団に正式には参加していない。
神根島に行ったのは、ゼロルルとC.C.。
ゼロとC.C.はガウェインに残り、ルルーシュ1人が遺跡に行ったという設定です。
スザクは双子の兄弟の存在を知りません。