夕暮れの誓いの下に
ゼロが部屋に入ってくる。
そのまま勢いよく仮面を剥ぎ取ると、ぎろりとこちらを睨み付けた。
「そろそろ説明しろ、C.C.」
椅子に腰掛けてピザを頬張っていたC.C.は、その声に顔を上げた。
「何の話だ?」
「とぼけるな。あいつのことだ」
こちらに向けられた紫玉の双眸が、ますますC.C.を睨み付ける。
その男がこんな風に怒るなんて、思い当たることはひとつしかない。
「ああ、ライか」
アッシュフォード学園に現れた、記憶喪失の少年。
光を弾く銀髪と、ルルーシュによく似た紫紺の瞳を持つ、ルルーシュの『誓約者』。
それが黒の騎士団に入ったのはごく最近のこと。
理由は簡単。
C.C.が勧誘したのだ。
「どういうことだ。あいつは、俺に黒の騎士団に入るなんて一言も……」
「当然だな。私が口止めをした」
軽く答えた途端、ルルーシュが目を見開いてこちらを睨み付けた。
どうやら、お気に入りに勝手に指示を出したことが気に入らなかったらしい。
小さくため息を吐き出してから、C.C.はピザを置き、にやりと笑った。
「お前はまだ、自分がゼロだと話していなかったのだろう?」
そう尋ねてやれば、途端にルルーシュは言葉に詰まったようだ。
「お前を危険にさらす気か?と言ったら、あいつは黙って私についてきたよ」
追い打ちをかけるようにそう告げれば、ルルーシュは小さく舌打ちをして視線を逸らした。
「だが、何故あいつを黒の騎士団に入れた?」
「さあな」
「おい」
再びビザを食べようと手に取る。
C.C.の答えが気に食わなかったらしいルルーシュの視線など、気にしない。
一瞬だけ考えてから、C.C.は呆れたようにため息をついた。
「理由などどうでもいいだろう?」
そう言った途端、ルルーシュの綺麗な顔が不機嫌に歪む。
この様子だと、ライはルルーシュに自分の力のことは話していないだろう。
まあ、当然だ。
ギアスのことは誰にも言うなと、あれだけ強く口止めしたのだから。
ブルームーンの前は散々使ってみろと言っていたくせにと文句も言われたけれど、それはまあ置いておく。
「ここ数日あいつを見てきたが、あいつは戦力になる。お前もそれは感じているはずだ」
「それは……、だが……」
「そんなに気になるなら、あいつに言ったらどうだ?」
最後の一口を押し込んで、咀嚼する。
何のことだと言いたげな目を向けるルルーシュの視線に気づくと、C.C.は指に着いたピザソースを舐め取ってから、にやりと笑った。
「自分がゼロだ、とな」
ルルーシュの体が、目に見えてはっきりと震えた。
「それは……」
「なんだ?あいつを信じているんじゃなかったのか?」
紫玉の瞳が、ぎろりとこちらを見つめる。
ナナリーと枢木スザクのこと以外で、この男がこんなにも感情を露わにするのは珍しい。
もう少しからかってやろうと、C.C.は口元の笑みを深くする。
「なんなら私が話しておいてやろうか?」
「……っ!C.C.!」
「冗談だ。そんなに怒るな」
「お前……っ!」
からかわれたのだと気づいたのか、それとも本当に怒っているのか。
感情のコントロールが上手くいっていないその顔を見て、C.C.は思わずため息を吐き出した。
「ルルーシュ、前にも言ったがな」
席を立ちながら、声をかける。
不機嫌そうにこちらを見た紫玉を、金の瞳が真っ直ぐに見つめる。
「人を信じない人間は、誰からも信じてもらえないぞ」
ルルーシュの目が、はっと見開かれる。
「わかっている……」
すぐに逸れされたそれを見て、C.C.はもう一度ため息をついた。
「ではな」
そう一言だけ告げて、部屋を出る。
ルルーシュは呼び止めようとしなかった。
「まあ、お前がしているのはいらん心配だと思うがな」
ため息のように吐き出したその言葉は、既に閉じた扉に遮られ、ルルーシュには届かなかった。
数日後、ライを呼び出し、記憶探しのためにゲットーを歩き回っているときのことだった。
「C.C.」
突然後ろから呼びかけられ、C.C.は足を止める。
「どうした?何か思い出したか」
「いいや」
振り返れば、ライは少し離れた場所で立ち止まっていた。
それを見たC.C.も、瓦礫を上ろうとした足を下ろし、彼に向き直る。
「ではなんだ?」
「そろそろ聞いておきたいと思ったんだ」
「なんだ?」
尋ねた途端、ライの視線が動く。
どうやら周囲の様子を確認しているらしい。
一通り見回して満足したのか、彼は小さく息を吐き出すと、改めてこちらに向き直った。
「何故僕を黒の騎士団に入れた?」
真っ直ぐにこちらに向けられた紫玉を見て、少しだけ驚く。
最近同じようなことがあった。
それよりもずっと落ち着いた紫が、そのときと同じように自分を射抜いている。
動揺を隠して、C.C.はにやりと笑って見せた。
「最初に話しただろう。お前がギアスの持ち主だからだ」
「だが、それだけではないだろう」
「ほう?それだけではないと言うと?」
尋ね返せば、ライはC.C.から視線を外した。
無表情のまま、少しの間黙り込む。
暫くして、その視線がこちらに戻ってきた。
「ゼロは、ルルーシュだろう」
それは質問ではなかった。
確信の込められたその言葉に、C.C.は微かに口元を楽しそうに歪める。
「どうしてそう思う?」
こてんと首を傾げて尋ねる。
「第一に君の態度。あれは君がルルーシュに向けるものと同じものだ。第二に、ゼロが僕を見た瞬間に動揺したこと」
自分の態度は、元々隠す気が無かったからよいとして。
やはりこの男は、ゼロが自分を見て動揺した理由に気づいてた。
「最後に、手だ」
「手?」
何の話だと首を傾げる。
ライの視線が、彼自身の右手に落ちた。
「握手を交わしたときの感触や握り方。手袋越しだったが、あれは間違いなくルルーシュの手だった」
はっきりとそう告げられた言葉に、C.C.は思わず息を呑む。
まさか握っただけで気づくとは思わなかった。
「本気かお前」
「何とでも」
正直なところ、いろいろ思うところはあったのだが、それを口に出すより先に気づいたらしいライは、あっさりとそう言葉を返す。
ルルーシュと関わって、ずいぶんと人間らしくなってきたなと思ったが、そういうところはまだまだ機械的なままだった。
「それで?」
ライが冷たい紫紺の瞳をこちらに向ける。
それを見て、C.C.は軽くため息を吐き出した。
「正解だ」
短く一言そう告げれば、今度はライがため息を吐き出す。
それを見たC.C.は、思い切り眉を潜めた。
「気づいていたなら何故言わない?お前が正体に気づいていること、あいつは知らないぞ?」
「言う必要は無い」
「ほう?」
はっきりとそう言い切ったライを見て、C.C.は目を瞠った。
「彼がその場で言わなかったと言うことは、まだ僕にそれを言いたくないからだろう?」
真っ直ぐにこちらを見る彼の目には、迷いのない光が宿っている。
「なら待つさ。彼が僕に、話してもいいと思えるその日まで」
そう言って、彼は笑った。
それは初めて見る、ライの穏やかな笑顔だった。
その表情に驚きながら、C.C.はそれを隠して呆れたように肩を竦めた。
「ずいぶん悠長だな」
「そうか?」
「ああ。あいつが話さなかったらどうする気だ?」
「それはない」
はっきりとそう言ったライに、ほんの少しだけ驚く。
「何故言い切れる?」
あのルルーシュが、秘密をそう簡単に人に言うとも思えない。
このまま自分からは言わずに通してしまうことだって、十分に考えられる。
そう思ったからこそ、問いかけけた。
すると、ライはふっと笑った。
「彼はいつか話してくれる。それを疑っていないからだな」
その言葉に、C.C.は目を瞠り、息を呑んだ。
「だからそれまで待つ。それだけのことだ」
あっさりとそう言い放った彼の瞳に、疑いの光など宿っていない。
ただ穏やかな光が、表情が浮かんだそれを見つめて、C.C.はふうっと深いため息を吐き出した。
「酔狂な奴だな。お前も」
「君に言われたくないがな」
まるで自分も同じだと言いたいようなその言葉に、C.C.はむっと歪ませる。
自分と彼はただの共犯者だ。
彼のようにルルーシュに思い入れがあるわけではない。
けれど、そう言い返してややこしいことになるのも面倒だ。
話は終わったとばかりにライに背を向け、歩き出す。
「まあ、せいぜい信じてやれ。ああ見えて、あいつは寂しがり屋だ」
「知ってるよ。言われるまでもない」
くすりと、小さな笑い声と共に背にかけられた返事を聞いて、思った。
私は少し、こいつの性質を見誤っていたのかもしれない。
うちのR2でのライルルはこれの流れを基本に書いています。
というのを連載の中でしか書いたことが無いと思ったので。