月光の希望-Lunalight Hope-

未来のコスモス

「コスモスってなんだろうな?」
分厚い本を膝に置いたまま、ルルーシュが突然呟いた。
「……は?」
その声に、やはり分厚い本を広げ、ペンを走らせていたスザクが顔を上げた。
ブラインドを落とし、外からの光を完全に遮断した薄暗い部屋で、発言主であるルルーシュは、ぼうっとした様子で天井を見上げている。
「花がどうしたんだ?」
「そっちじゃない」
思わず尋ねれば、即座にそんな返事が返ってきた。
「……もしかして秩序とかのことか?」
「そうだ」
尋ねるように呟いたライの言葉に、ルルーシュはそのままの態勢で答える。
スザクは、自分に勉強を教えているような体制で立っていたライを見上げた。
「なんでわかるんだ、ライ。っていうか、最近言葉が突拍子すぎないかルルーシュ」
「いろいろ考えていると、ふと思ったことが口に出ることもあるだろう」
否定はしない。
特にここ数日、ルルーシュはその頭脳をフル回転させて成すべきことをし続けていて、あまり無理をしているようだから、今日は休めと、先ほどライに怒られていたところだ。
「それで?何で突然そんなことを考えついたんだ?」
ため息をつきながら尋ねたのは、スザクの座るソファの反対側に腰を下ろしたライだった。
「いや。ほら、いただろう。黒の騎士団に、人のことを散々カオスと言ってくる奴が」
「ああ、あの変態テレビマン」
「誰のことだよ」
あまりにもきっぱりと言い放たれた、たぶん誰かを差しているだろうその言葉を聞いた瞬間、スザクは思わず手まで動かしてツッコミを入れていた。
それを見ていたらしい、部屋の隅でチーズ君のぬいぐるみを抱いたままごろごろしていたC.C.が起き上がって近寄ってきた。
「最近ツッコミが板についてきたな、スザク」
「これツッコミか?というか本当に誰のことだかわからないんだけど」
「ディートハルト・リートっていうゼロ信奉者だよ」
思わずC.C.の言葉に反応してから、ライに視線を戻して尋ねる。
すると、ライは思いきり大きなため息をついて答えた。
「なんで変態?」
「ちょっといろいろ酷くて」
「一体何をしてたんだ?ディートハルトの奴は……」
「お前は知らない方がいいと思うぞ、ルルーシュ」
あまりにも深いそのため息に、ルルーシュが思わずライに視線を向ける。
どうやら、彼らが黒の騎士団にいた頃に、そのディートハルトという男が何かしたようだが、ルルーシュには知らされていないらしい。
C.C.までもが深いため息を吐き出すと、もう一度大きなため息をついたライが、漸く顔を上げた。
「ゼロよりもあれの方がよっぽどカオスだったと思うんだけどな」
「ライにそこまで言わせるって、本気でどんな人なんだ……」
基本的にライは、人のことを悪く言わない。
ゼロをあっさりシュナイゼルに売り払ったという黒の騎士団の幹部に対しての態度はとても悪いけれど、それでもあまり酷い物言いはしていなかった、ように思う。
そのライに、ここまで言わせるとは、一体その男は何をしたのだろう。
「話が脱線してるぞ。さっさと戻ってこい」
不意にかかったC.C.の言葉に、スザクは飛びかけていた意識を現実に引き戻した。
「ああ、そうだ。それで?その人がどうしたんだ?」
「いや……」
突然話が戻ってきたことが予想外だったのか、ルルーシュが思わずと言った様子で口を閉じる。
暫く迷っているような時間を置いてから、彼は漸く口を開いた。

「俺が……ゼロがカオスなら、コスモスはなんだ、というか、誰なんだろうなと思っただけだったんだが」

その言葉に、一瞬室内が静まりかえった。
「秩序、ねぇ」
次に聞こえたのは、ぽつりと呟くライの声だった。
「昔だったら、皮肉でナイトオブセブンと言ってやるところだったんだが」
「ちょっと」
「そうなんだがな。今は誰だろうな」
「おい」
そんなことを、明らかに悪意を持った視線でこちらを見ながら言い放ったライとC.C.を、スザクは思わず睨みつける。
そんな彼の視線などお構いなしに、暫く考えるような仕草をしていたライは、ふと思いついたと言わんばかりに顔を上げた。
「任せるなら、皇議長じゃないか?」
「ああ……、神楽耶か」
いつの間にか神楽耶のことを呼び捨てにしているルルーシュが、漸く彼女のことを思い出したと言わんばかりに呟いた。
その反応を見て、スザクも少しの間考える。
かつてはお転婆娘だった従妹は、知らない間にすっかり人の上に立つ存在に成長していた。
「確かに神楽耶なら、コスモスと言えなくも無いと思うけど」
「あとは、ナナリーかな」
ライのその言葉に、スザクははっと顔を上げた。
「ナナリー……」
ルルーシュの呟く声が聞こえる。
ほんの少しだけ心配になってそちらを見て、スザクは目を丸くした。
ルルーシュが、寂しそうに、けれど確かに微笑んでいたから。
「そうだな。今のあの子ならきっと、秩序になってくれるだろうな」
そう言って安心したように笑うルルーシュを見ていられなくなり、スザクは思わず視線を逸らす。
浮かんでしまった想いを打ち消すことに必死になっていたスザクは、目の前に座るライが、どんな目で自分を見ていたか気づいていなかった。
暫くして、ライからため息を吐き出すような声が聞こえた。
「さて。じゃあそのために、僕はもう一仕事してくるかな」
「がんばれよ、宰相殿」
立ち上がって部屋を出て行こうとするライを、C.C.がひらひらと手を振りながら見送る。
はっと近くの時計を見れば、確かに次のスケジュールの時間になっていた。
「俺もそろそろ謁見の時間だな。スザク、お前の今日のノルマはこれだ」
出て行くライを、黙って見送っていたルルーシュが、扉が閉まった途端に立ち上がる。
そして、先ほどまで自分で持っていた分厚い本をスザクの前に置いた。
「しっかり学べよ。ゼロレクイエムが終わったら、お前にもコスモスになってもらわないと困るんだからな」
「……ああ、わかってる」
視線を本に落としたまま、答える。
その答えに満足したのか、ルルーシュはにっと笑うと、そのまま部屋を出て行った。




Twitterで時々開催されている「フリーワンライ企画」の投稿作品。
「コスモス」というお題で思いついたのがこんな話だったらしいです。



2014.12.1