らすとえんぺらー~ルルーシュ皇帝と愉快な仲間たち~
とある軍師のいた記録
軽くノックして、スザクの執務室に入る。
「スザク、ちょっといいか?」
しかし、そこには目的の人物はおらず、ルルーシュは落胆のため息をついた。
「なんだ、いないのか」
そう広くはない室内を見回すが、スザクの姿はそこにはない。
すぐ横にある扉から入る仮眠室も覗いてみたが、そこにもやはりスザクの姿は見当たらなかった。
「ここにいないとなると、軍部か?」
スザクは今のブリタニア軍の総責任者だ。
もう1人の騎士であり、宰相を兼任しているライが文官側の総責任者という状況になっているから、軍の方はほぼ彼に任せていた。
皇帝である自分が軍部へ顔を出すのは、外交的には好ましくない。
スパイでも紛れ込んでいれば、皇帝が軍部へ行ったと言うだけで悪い噂を流され、それを理由に漸くここまで積み上げた他国の信頼を崩されることにもなりかねない。
そんな意見もあり、軍部へ足を運ぶことを控えていたルルーシュは、ため息をつくと自分の執務室にスザクを呼び出そうと、踵を返そうとしたときだった。
「おっと」
黒いマントが当たり、執務机の上に積まれていた本が崩れる。
先ほどまで謁見の時間だったから、マントを身につけたままここに来たのを忘れていた。
ずいぶんと気の緩んでいる自分にため息をつきながら、落とした本を拾い上げる。
「ん?」
そのページの間から、ひらりと何かが床に落ちた。
「なんだこれは?写真?」
裏返しに床に落ちた、少し光沢のあるそれを拾い上げ、くるりとひっくり返す。
表面が目に入った瞬間、ルルーシュはびしりとその動きを止めた。
たっぷり1分ほど停止して、がばっと顔を上げたかと思うと、次の瞬間、彼は勢いよく扉を開け、閉めることもせずに部屋を飛び出していった。
ばたばたと走る音がした気がして、スザクは顔を上げた。
それに気づいたライが、手にしていた端末から顔を上げる。
「どうした?」
「いや、なんか聞き覚えのある足音が……」
「ナナリーか君は」
思わずライがそう返した、そのときだった。
自動式のはずの扉が、力任せに開かれた。
普段とは違う音を響かせたそれにぎっょとして、その場にいる全員がそちらを見る。
そこにいた、黒い貴族服とマントを身につけた黒髪の麗人の姿を見て、スザクとライは驚きに目を見開いた。
「すううううざあああああくううううう」
「ル、ルルーシュ?」
つい先ほどまで謁見の間にいる予定だったはずのルルーシュの姿がそこにあった。
肩で息をしているようだから、もしかして謁見の間からここまで走ってきたのだろうか。
「ルルーシュ?大丈夫か?」
思い切り苦しそうな彼に思わず駆け寄ったライを払い退けると、彼は肩を怒らせたまま、ずんずんとこちらに歩いてきた。
「すぅうううざぁああああくぅうううう」
「ど、どうしたのルルーシュ?僕、何かした?」
ここ暫く見ることのなかった剣幕の彼を見て、スザクは思わず後ずさる。
その目の前に、ずいっと何かが突きつけられた。
「これは一体何だ!?」
あまりにも近すぎて、一瞬それが何だか認識できなかった。
けれど、銃弾すら追いかける彼の視力は、瞬時にそれが何なのか認識する。
その瞬間、彼の顔は一気に真っ青になった。
「そ、それは……っ!?」
ルルーシュが持っていたのは写真だった。
たまたま運良くスザクの手元に残っていた、ルルーシュには絶対に見られてはいけないものだった。
それを見られてしまったのだと気づいた瞬間、スザクはそれを自分の手に取り戻そうとする。
しかし、普段からは考えられない素早さで腕を引いたルルーシュの手から、それを奪うことは出来なかった。
「ル、ルルーシュっ!?どこでそれを!?」
「貴様の執務室で拾った」
「か、勝手に部屋に入るなんて卑怯じゃないか!?」
「何が卑怯だ何が!俺は主、貴様は騎士!お前のものは俺のものだ!」
「なんで突然そんなジャイアニズムっ!?」
普段絶対に言わないことを叫んだルルーシュに、スザクも思わず叫び返す。
つまりそれだけ怒っているということなのだけれど、焦っているスザクはそれに気づかない。
「落ち着けって2人とも。だいたいルルーシュ、何を見つけたんだ?」
今まさにスザクに殴りかからんばかりのルルーシュを呆然と見ていたライが、漸く我に返ったのか、2人の間に割って入った。
その彼に、ルルーシュは無言で手にしていた写真を突きつける。
反射的にと言わんばかりの動作でそれを受け取ったライは、裏返しのそれをひっくり返した。
「ちょっ、ライっ!駄目……」
慌ててスザクがそれを奪おうと飛び出すが、写真を奪おうとするより先に、周囲の温度がぐんっと下がった、ような気がした。
写真を見たまま、ライが動きを止める。
その目が、ゆっくりと上がり、ぎろりとスザクを睨みつけた。
「……スザク、貴様こんなもの持っていたのか」
「ちょっと2人して貴様呼びはやめてくださいませんか!!」
ライにまでそんな口調で呼ばれ、スザクは思わず半泣きになりながら叫ぶ。
ゴゴゴゴゴと、そんな効果音のオプションまで聞こえそうな表情をしているライは、確実に怒っていた。
同然だ。
だってその写真は、ルルーシュにはもちろん、ライには見せてはいけなかったものだから。
そこに写っていたのは、黒髪の麗人。
胸に金色のブリタニアの紋章のある黒い服に、背中いっぱいに同じ紋章が広がるマントを背負い、左目を紫色の飾りがついた眼帯で覆う少年。
それを見たら、ルルーシュとライはもちろん、C.C.だって怒るに決まっている。
だから、奇跡的に手元に残ったその写真は、3人には見つからないように隠し持っていたというのに。
「というかこれは一体何だ!!俺はこんな格好をした覚えはないぞ!!」
そこまでぐるぐると考えていたスザクは、しかしルルーシュの一言でその思考を止めた。
「「……え?」」
スザクだけではなく、ライまでが驚いたような、間の抜けたような顔でルルーシュを見る。
2人に揃ってそんな目を向けられ、ルルーシュは思わずたじろいだ。
「ルルーシュ……?もしかして……」
「覚えてない、のか……?」
「は?」
思わず2人一緒に尋ねれば、彼はきょとんとした顔でこちらを見つめた。
その顔が、瞬く間に不機嫌に染まる。
「何の話だ」
本気で解らないと言わんばかりの表情でそう言われたものだから、スザクとライがお互いに顔を見合わせてしまったのは仕方がなかったのかもしれない。
暫くして、突然自身の額に手を置いたライが、盛大なため息を吐き出した。
「……ルルーシュにかかってた先帝のギアス、完全に解いたんじゃなかったのか魔女」
「いや、私はそのつもりだったんだが……」
突然背後から声が聞こえて、驚いたスザクは振り返った。
いつの間にか、自分の後ろに藤色のスーツを身につけたC.C.が立っていた。
「話題に出さないのは、口に出したくもないくらいに屈辱だったからだと思ってたんだが……」
「覚えてなかったんだな、ルルーシュ」
C.C.とライが、もう一度盛大なため息を吐き出す。
それを見たルルーシュが、ますます不機嫌そうに眉を寄せた。
「だから、何の話だ?」
ルルーシュが2人を睨みつける。
それを受けた2人は、揃って同じ動作で答えた。
その手が、指の先が、真っ直ぐにスザクに向けられていた。
それを追ったルルーシュの顔が、ぎぎぎっという音が聞こえてきそうな動きでスザクへ向けられる。
「……スザク」
「は、はい!」
ずいぶんと久しぶりに聞いた低すぎるルルーシュの声に、スザクは思わずぴんっと背を伸ばした。
「説明してもらうぞ?」
至高の紫が、ぎろりとスザクの翡翠を睨みつける。
「え、えーと、それは……」
思わず視線を逸らし、側にいる2人に助けを求める。
目が合って一瞬安堵を覚えたその瞬間、ライは悪魔のような、C.C.は魔女と言わんばかりの笑顔でにっこりと笑った。
「私たちにも説明をしてほしいな」
「え、ええ!?」
「当然だろう?我らはその写真の人物が存在したという『事実』は知っているが、『過程』は知らん。我らは当時、まだ黒の騎士団にいたからな」
「そ、それはそうだけど……」
完璧に狂王口調で、完璧な笑顔を浮かべて笑うライに、返す言葉がない。
どうにかして協力してもらおうとぐるぐると考えていると、不意にぽんっと肩に手を乗せられた。
恐る恐る振り返ると、そこにはとても綺麗な笑顔を浮かべたルルーシュがいて。
「説明しろ、スザク」
「イ、イエス、ユアマジェスティ」
とても低い声でそう言われたら、頷かないなんて選択肢を選ぶことは出来なかった。
「……ということがあったんだ、けど……」
ルルーシュが記憶にないその衣装を着ることになった経緯から、そのときの状況から、何から何までの一切を説明し終えたスザクが、恐る恐るルルーシュを見上げる。
自然に上目遣いになるその視線を受けたルルーシュは、全く微動だにしなかった。
ただ、あの完璧な笑顔を貼り付けて、黙ってスザクを見つめている。
「えーと、ルルーシュ……?」
あまりにも何も言ってくれないルルーシュに恐怖を感じて、恐る恐る名前を呼ぶ。
それがスイッチだったかのように、ルルーシュは視線を外し、側にいるライを振り返った。
「エイド郷」
「はい、陛下」
「枢木郷を1週間独房に閉じ込めておけ」
「イエス、ユアマジェスティ」
「ええっ!?ちょっと!?ルルーシュ!!!」
突然のその命令に、全くフォローもせずにあっさりとそれを受けたライに、スザクは仰天する。
「ちょっと待って!!っていうか1週間も入っていたら仕事が……!!」
仮にもスザクは今この国の軍事責任者で、まだ国内に存在する反皇帝主義者のテロに対して対策を講じなければならない身だ。
なのに、1週間も留守にすることなんてできない。
そう主張すれば、ルルーシュは突然動いたかと思うと、側の壁に設置された内線用の電話機を取り、何処かへかけ始めた。
「咲世子か?俺だ。ジェレミアを呼んでくれ。軍部の司令室だ。スザクが1週間不在になるのでその間代理を頼みたいと」
「ルルーシュっ!!」
皇帝親衛隊の副隊長を名乗る忠義の騎士まで呼び出し始めたルルーシュに、スザクは絶望を感じて本気で叫ぶ。
けれど、ルルーシュはその命令を撤回することはなかった。
それどころか、くるりと振り返った彼は、先ほどよりもずっと綺麗に笑って言い放つ。
「1週間入っていろ。いいなスザク?」
「は、はい……」
その、あまりも綺麗すぎる笑顔に、思わず返事をしてしまう。
もう一度にっこりと笑ったルルーシュは、そのままこちらに背を向け、去って行く。
その後ろ姿と扉が開く音で我に返ったスザクは、はっと顔を上げると走り出そうとした。
「って、ちょっと待ってくれルルーシュうううううううううっ!!!」
慌てて追いかけようとしたその足は、けれど何かに引っかかって盛大に転ぶ。
そのまま必死に叫ぶけれど、ルルーシュは振り返ることはなくて。
結局、彼はその日から1週間、軍部の地下にある独房で過ごす羽目になった。
本人であって、彼がそのときのことを覚えていないのならば、R2で一切話題が上がらなかったことにも説明がつくのかなと思いました。
3章で軍師様の素性がどう転ぶかわからないので、一応えんぺらーの方で短編に置いておきます。