月光の希望-Lunalight Hope-

らすとえんぺらー-ルルーシュ皇帝と愉快な仲間たち-

邪魔者の末路

その日は朝からおかしかった。
普段僕を名前で呼んでくれるような人まで、僕のことをナイトオブゼロとか枢木卿と呼ぶ。
さらに、声をかけようとしたらさりげなく避けられた。
おかしい。
何かおかしい。
そう思ってしまっては、仕事に手を着けられるはずもない。
だから、仕方なく執務机にメモを残し、ルルーシュの執務室に飛び込んだ。

「ルルーシュっ!!」
「何だ?」

勢いよく部屋に飛び込めば、何故かそこにルルーシュの姿はなかった。
変わりにいたのは、藤色のスーツを身につけた皇帝秘書――もとい魔女。

「C.C.!ルルーシュはどこに……」
「無礼だぞ、枢木」
「は?」
ルルーシュの居場所を尋ねようとした途端、C.C.にそう言われて、思わず間抜けな声が出た。
訳がわからないままきょとんと彼女を見つめていると、彼女は魔女然とした表情で笑う。

「あいつを呼び捨てにしていいのは、ナイトオブゼロと秘書である私だけだ。お前にその資格はない」

はっきりと言われたその言葉に、一瞬思考が止まった。
自分の耳を疑って、記憶を疑って、でも彼女が口にした言葉が消えない。
「な、何を言ってるんだい?僕はナイトオブゼロ……」
「ああ、そうか。まだお前は知らないのか」
一瞬驚いたような顔をしたC.C.が、手にしていた書類の中から一枚の紙を取り出す。

「今日、お前をナイトオブセブンに降格させるという辞令が出ているぞ?」
「え……?」

その紙に視線を落としたまま口にされた言葉を、一瞬理解できなかった。
いや、一瞬どころか、今だって理解できない。
「ちょっとC.C.……。何の冗談……」
「冗談ではない。ほれ」
震えを抑えられない声で、それでも冗談だと笑い飛ばそうとして、失敗する。
だって、C.C.がこちらに向けた紙を見てしまったら、笑い飛ばせるはずがなかった。
「は……?え……?」
向けられたのは、確かにブリタニア皇宮で使われている辞令書。
そこには、はっきりと記されていた。

ナイトオブゼロ、枢木スザクを、本日付でナイトオブセブンに任命する、と。
しかも、ルルーシュのサインと押印つきで。

「え?え、え?」
向けられた辞令書を見たまま、固まる。
何が何だかわからなくて混乱していると、唐突にC.C.がため息を吐き出した。

「詳しいことは私は知らん。あいつに直接聞くんだな」

そのまま僕にその書類を押し付け、C.C.は部屋を出て行く。
渡された書類を何度も見返す。
けれど、そこにある文字は変化しなかった。
見間違いだと思いたくて目を擦っても変わらないし、ましてや消えることなんてない。
思わず手に力が入り、書類の端がぐしゃりと潰れる。
上質な紙の感触をいつも以上にリアルに感じた。

「う、嘘だ……。だって……」

だって、今朝までは普通だった。
ルルーシュはいつものとおりに笑ってくれたし、今日は彼より出勤時間が早かった僕を笑顔で送り出してくれた。
それはいつものことで、本当にいつもどおりだったんだ。
ルルーシュの態度に、不自然な態度は何もなかった。
だから、わからなかった。
どうして僕にそんな辞令が出されたのか。
どうして突然そんなことになったのか。
思い当たることなんて全然なくて、でも実際にC.C.がルルーシュのサインの入った書類を持っていて。
それが、嫌でもこれが現実だと語っていて。
何もかもわからなくなって立ち尽くしていると、不意に扉をノックする音が聞こえた。

「失礼します、陛下……あれ?」
「ライ……」
扉を開き、入ってきたのはよく知る友人だった。
呆然と名を呼んだ途端、ライは途端に呆れたようにため息を吐いた。
「何だスザク。君は公務中にここで何をしている?」
「ラ、ライ!僕は、その……」
何を聞いたらいいのかわからなくて、言葉が出てこない。
どうしようかと必死に考えていると、ふとライが僕の手元を見た。
その途端、ライのルルーシュとは違う紫の瞳が少しだけ細められる。
「ああ。見たのか、それ」
「ライ、これって……」
ライから話を持ちかけてくれたのをチャンスと思い、そのまま尋ねようとした。
ライなら、ルルーシュの意図を知っていると思ったから。
けれどそれは、嘲笑と共に遮られた。

「枢木。たかがラウンズでしかないお前が、ラウンズを超えるラウンズである私を呼び捨てにしていいと思っているのか?」

はっきりと告げられた言葉で知った。
これはC.C.の悪戯でも何でもなく、本当にルルーシュが出したのだ。
そうでなければ、ライがこんな風に答えることはないはずだから。

「ちょ、ちょっと待って!一体なんで!?どうして僕だけ……」
「枢木」
必死に理由を尋ねようとした途端、ライに冷たい声で名を呼ばれる。
名前ではなく、名字で呼ばれたそれに体が思い切り震えた。
「な、何で自分だけ、降格されられているのでしょうか……エイヴァラル卿」
「私が知るはずないだろう」
声も震えを必死に抑えて尋ねたのに、返ってきたのは嘲笑と冷たい言葉。
愕然とする僕なんてもう興味もないと言わんばかりに、ライはきょろりと辺りを見回すと、そのまま部屋を出て行こうとする。
ふと、扉を閉めようとしていた彼が、こちらを見た。

「ああ、陛下に直接聞くなんて失礼なことはするな。身の程をわきまえろよ?ナイトオブセブン?」

くすりと、笑みを零しながら言われたその言葉に、頭が凍りつくってこういうことを言うんだなんて、現実逃避のようなことを考えていた。






それから、僕は自分の執務室に閉じこもった。
仕事なんてとても出来る気分じゃなくて、鍵をかけて居留守を使って、とにかく誰にも会わないように必死だった。
時々するノックは全部無視して、机に突っ伏してやり過ごす。
それからどれくらい時間が経ったのか。
気がつけば窓の外は暗くなっていて、人の気配も少なくなっていた。
周囲に誰もいないことを確認して、外へ出る。
時間を確認すれば、もう午後7時。
今日はルルーシュは6時には仕事を終える予定だったから、今頃は自宅にしている屋敷で夕食の準備をしているはずだ。
急いで屋敷に帰れば、予想どおりルルーシュは台所にいて、料理をしていた。
開いたままだった扉から中を除きこんで、恐る恐るノックをする。

「し、失礼します、陛下」

敬語になってしまったのも敬称をつけたのも、怖かったからだ。
ルルーシュにまでC.C.やライのような態度で接されたら、もうどうしたらいいのか分からない。
そんな僕の心情なんて知らないルルーシュは、くるりと振り向くとにこりと笑った。

「ああ、枢木。どうした?」

どくんと心臓が鳴った。
公務中の状況によってならばともかく、ルルーシュはオフの時間は絶対に僕のことを『枢木』とは呼ばない。
名前で呼んでくれないルルーシュに、敬称もなく僕を名字で呼び捨てたルルーシュに、かつて敵対していた頃の姿が重なって、心臓の音がどんどん大きくなる。
だからと言って、ここで怯んではいられなかった。
「ル、ルルーシュ。今日のこれって……」
「ほお?お前が俺を呼び捨てにするか?」
ずっと握り締めたままで、くしゃくしゃになった辞令書を見せる。
その途端、ルルーシュに冷たい声でそう言われ、ぶるりと体が震えた。
「で、でも、だって……!?」
「皇帝である俺に口答えをすると?」
聞く耳を持たないと言わんばかりのルルーシュとどうにか会話をしようと必死になるけれど、ルルーシュの機嫌をますます下げるだけで何にもならないと気づいたのは、はっきりとそう言われたときだった。
怯える僕を見て、ルルーシュはくすりと嗤う。
昼間見た、ライと同じような笑みを浮かべて。
「長い付き合いだからな。ラウンズに止めておいてやったが、更なる降格がご希望のようだな?枢木卿?」
「え……?ちょ、ちょっと待ってよ!!」
ルルーシュの口から飛び出したとんでもない言葉に、僕は耳を疑った。
けれど、その冷たすぎる態度に聞き間違いでも何でもないのだと知って、必死に話を使用とする。
その瞬間、突然キッチンの扉からとんとんというノックの音が響いた。
びくりと体が震えたのと、扉が開いたのはほぼ同時だった。

「ルルーシュ」

入ってきたのはライだった。
彼の姿を見た途端、ルルーシュはいつもの笑顔を浮かべた。
「ああ、ライ」
「どうかしたかい?ずいぶん時間かかっているって、ロイドさんが文句言い始めてたけど」
「すまない。ちょっと余計な奴が来ていたものだから」
「余計な……?ああ……」
ライの目が僕に向けられる。
その途端、彼の顔から笑顔が消えた。
「一体何しに来たんだ?枢木」
「え……?」
「陛下は既に仕事を終えられている。今はプライベートだ。そんな時間まで押しかけてくるとは何事だ?」
「え?ライ?何言って……?」
「プライベートだからと言って、たかがラウンズのお前が、私を呼び捨てにしていいとでも?」
冷たいどころか嫌悪さえ感じられる目で睨まれ、思わず言葉を飲み込んだ。
呆然としている僕に、今度はルルーシュが目を向ける。

「お前の用はそれだけだな枢木?ならさっさと帰ってもらおうか」
「は?何を言ってるのさ!僕の家はここ……」
「今日付けでただの大佐になるお前に、この屋敷に住む資格はない」
「は……?え……?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
少し遅れてじわじわと頭に入ってきた言葉に、僕は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
訳がわからないを通り越して、頭が真っ白になる。

「さっさと出ていけ。ああ、ライ。そこのワゴン先に運んでくれるか?俺はスープを温め直してから行くから」
「うん。こっちの皿は?」
「ちょっと待ってくれ。……うん。このくらいなら許容範囲だな。一緒に頼む」
「了解」
「……って、おいこら!」
「あはは。ごめん」
ルルーシュとライは、もう僕なんかいないもののように2人でじゃれている。
ライに突然頬にキスされて真っ赤になって怒るルルーシュも、それを見て楽しそうに笑うライももういつもどおりで、僕だけが取り残されていた。
ただ突然拒絶された理由だけを必死考えて考えて、それでも出てこない。

例えるのなら、それは急に世界が変わってしまったかのような感覚。
それまで優しかった人たちが、急に自分を拒絶して、離れていく。
理由なんてわからなくて、本当に世界に独りで取り残されて待ったかのような絶望感だけが残って。
どうしたらいいのかわからなかった。
わかるのは、ただルルーシュに嫌われたという、その事実だけで。
それを理解してしまったら、もう立っていられなかった。

「すざ……く、枢木!?」
こちらを見たルルーシュが、ぎょっとした顔で僕を呼ぶ。
それでも、呼ばれたのは名前でなく名字で、それでもう、抑えられなかった。

「ごめん。ごめん……ごめんなさい……」

もう1年少しで成人する男が、床に膝をついて、こんなにぼろぼろ涙を流して泣くなんてみっともないと思う。
けれど、このときの僕にはそんなことを考えている余裕なんてなかった。
かっこ悪いなんて、そんな意識すらなくて、ただ必死に泣いて謝った。

「ごめんなさい陛下。ごめんなさい。何かしてしまったなら謝ります。言葉で足りないなら、何だってします。悪いところがあったなら直すし、姿も見たくないって言うなら、見せないようにするから。死ねって言うなら今すぐここで頭を撃ち抜いたっていい!だからだから……」

僕がルルーシュにしてきたことを考えれば、嫌われて当然だと思った。
むしろ、今まで傍に置いてくれていたことに感謝しなければならないということもわかっていた。
だから、離れろと言われれば離れるから。
君の願いは何でも聞くから、だから。

「嫌わないでルルーシュ……。俺を嫌わないで……っ!」

好きになってくれなくてもいい。
ルルーシュにはもうライがいるのだから、恋人になってほしいだなんてことも望まない。
だけど、だけど、それでも。
嫌わないで欲しかった。
君に嫌われたら、俺が生きている理由なんて、どこにもなくなってしまうのだから。

「ちょ……っ、お、おいスザクっ!!」
「……あー、やっぱりさすがにやりすぎだったか」
床に膝をついたルルーシュが、顔を覆って泣く僕の肩に手を置く。
その向こうからライのため息を吐く声が聞こえてきた。
「スザク!すまない、全部嘘だ!だから泣くな!」
「へ……?」
ルルーシュの口から出た言葉に、一瞬耳を疑った。
手を降ろして、呆然と目の前で心配そうに僕を見ているルルーシュを見る。
「うそ……?」
「ああ嘘だ!冗談だ!」
「僕とルルーシュが怒ってたのは本当だけどね」
「ライっ!!」
余計なことを言うなとばかりにルルーシュがライを怒鳴る。
その顔には、先ほどまでの嫌悪の眼差しなんてない。
いつもどおりの、僕を心配してくれるときのルルーシュがそこにいた。
「うそ……?うそって……?」
「それは、その……」
それでもまだ信じられなくて尋ねれば、ルルーシュは視線を彷徨わせた。
その姿に、やはりこちらが嘘なのかと信じそうになったそのとき、ライが大きなため息を吐いて口を開いた。

「『枢木スザクドッキリ計画!』っていう企画書の元、皇宮全体で君を騙してた」
「へ……?」

はっきりとそう告げられ、思わずぽかんとライを見つめる。
そのときの僕は、きっとあまりにも間抜けな表情をしていただろう。
その僕を見て何を思ったのか、ルルーシュがしゅんと肩を落として上目遣いに僕を見上げた。
「本当にすまなかった。まさかお前がそこまで思いつめるとは思わなかったんだ」
「……じゃあ、降格の話は?」
「嘘だ」
「ここから出で行けって言うのも……?」
「全部嘘だ」
はっきりとそう答えたルルーシュの表情からは、本当に悪かったという言葉がありありと伝わってきて。
それが嘘ではないと漸く気づいた僕は、その瞬間体が全部の力が抜け落ちてしまい、その場に倒れそうになった。
「ス、スザクっ!?」
「よかった……」
心配して支えてくれたルルーシュの手を握る。
その途端ルルーシュは驚いたように体を震わせたけれど、それでも僕の手を振り払おうとはしなかった。
「俺ルルーシュの傍にいていいんだよね?ここにいていいんだよね?」
「当たり前だろう。馬鹿」
ぎゅうっと手を握って尋ねれば、ルルーシュは大好きな笑顔を浮かべて答えてくれて。
その笑顔に、本気で安心して、またぼろぼろと泣いてしまった。






あの後、暫く僕らは3人でキッチンに閉じこもっていた。
他のみんなの食事はライが運んでいって、咲世子さんに配膳を頼んできたらしい。
ルルーシュのおいしいなんて言葉じゃ足らなすぎる手料理を食べて、またぼろぼろと泣いてしまって、ルルーシュを慌てさせてしまって。
漸く落ち着いて、冷静に物事を考えられるようになって来た頃、ふと思い出した疑問に僕は首を傾げた。

「ところで、何でいきなりこんなことしようと思ったのか聞いてもいいかな?」
「は?」

ライと2人で食器を片付けていたルルーシュが、間抜けな声を上げて振り返る。
きょとんとしたその瞳をじっと見つめ返して、もう一度首を傾げる。
「だって理由もわからずに騙されたままって何か気分よくないし。一瞬本気で自殺考えたのに……」
「……スザク」
その途端、僕の名前を呼んだライの声が、一気に低くなった気がした。
ぎぎぎっと音が聞こえそうな動きで、ルルーシュの洗った皿を拭いていた彼が振り返る。
その目は、何と言うか、まるで黒の騎士団に喧嘩を売るときのような目で、僕を睨みつけていた。
その目付きのままライが、口を開く。

「貴様、覚えがないと言うんじゃないだろうな?」
「ちょ……っ、ラ、ライ?何で狂王モード!?」
「そうだな?本気で覚えていないなんて、あるわけないよな?」
「ル、ルルーシュ?顔が怖いんですけど……?」
「「なあ?スザク」」

背後から真っ黒なオーラを吹き出す狂王モードのライと魔王モードのルルーシュに同時に尋ねられ、必死に記憶を辿る。
けれど、何度記憶を掘り返しても、理由なんか全くわかるはずもなかった。

「……ごめんなさい」

とりあえず先手を打って謝っておこう。
そう思って頭を下げたのだけれど、それは逆効果だった、らしい。

「お前、やっぱり降格」
「そ、そんなあっ!!待ってよルルーシュぅぅぅぅっ!!」

無残にもルルーシュにはっきりとそう言い渡され、絶叫した僕はその後、ルルーシュに前で何時間も土下座をし続けた。
なんとか降格の話も家を追い出される話もなくなったけれど、ルルーシュはそれから1週間全く口を利いてくれなくて、狂王モードが解除されないライにはあの恐ろしい目で睨まれ続けることになった。



後日、ナナリーに「スザクさん、この前お兄様とライさんが愛し合っていたところに強引に乱入して邪魔されたでしょう?おふたりはそれを怒っているんですよ」とさらりと言われ、僕は心に誓った。
どんなに納得できなくても許せなくても、二度とルルーシュとライの邪魔だけはしない。
……たぶん。




旧サイト1周年企画「黒ライ黒ルルのライルル(C.C.含む)によるライルルのための陰湿なスザクいじめ」。
特にご指定はなかったので、設定はタイトルどおり「らすとえんぺらー」です。
ちょっとスザクの思考が欝気味になったらルルーシュがあっさりデレました。
たぶんこの後の嫌がらせの方が酷かったかと思います。



2009.6.22