False Truth
赤いパイロットスーツを着込んだ背中から離れていく。
これでいい。
これで、彼女が巻き込まれることはない。
自分のせいで、誰かが死ぬ必要はない。
だから。
「……カレン、君は生きろ」
紅い髪の少女がこちらを振り返る。
驚きの表情を浮かべたそれを見ないように目を閉じた。
全てが闇の向こうに消える瞬間、キャットウォークの上にいる藤堂が口を開いたのが見えた。
「撃……」
藤堂が合図をしようとした、その瞬間だった。
ぱんっと、乾いた破裂音が一発だけ周囲に響いた。
「ぐあっ!?」
「藤堂さんっ!?」
続いて聞こえた低い悲鳴と藤堂を呼ぶ声に、驚いて目を開け、上を見た。
藤堂が、先ほどまで持っていた銃を取り落とし、肩を抑えて膝をついている。
千葉が狼狽しながら傍に駆け寄った。
「藤堂将軍っ!?ゼロ、貴様……っ!!」
何が起こったのかわからないまま、激高した扇に銃を向けられた、そのときだった。
「黙れ下種が」
自分の背後から聞こえた声に驚き、振り返る。
いつもよりずっと低い声だったけれど、その声の主を知っていた。
「人の全てを押し付けることしか能のない小僧どもが。起こる事情全てを我が誓約者のせいにするか」
暗がりから現れたのは、銀の少年。
僅かな光でも弾くその色を持った少年の手には、銃が握られていた。
「ら、い……?」
思わず名前を呼べば、扇たちを睨みつけていた紫紺がこちらに向けられる。
目が合った瞬間、ふわりと微笑んだ彼に、思わず目を瞠った。
彼が自分に向ける笑顔は、スザクに会いに行くと告げて別れたときに見たものと、少しも変わらなかった。
「その銃……。まさかライ、君が藤堂将軍を……」
「私の他に誰がいる?」
こちらに向けた微笑みを消したライが、くすりと笑う。
その右手に握られた銃からは、うっすらと硝煙が昇っていて、それが確かに使われたことを示していた。
わざとそれを顔に寄せ、ふっと吹き消すライを、ただ呆然と見つめた。
「ライ!お前、何を……」
「話は全部聞いていたよ、ルルーシュ」
再びこちらに視線を向けたとき、ライの顔から先ほどの笑みは消えていた。
苦笑もいつもの穏やかなものに戻っていて、扇たちに向け、汚い言葉を吐いた少年とは別人に思えてしまう。
「戻ってきてから、どうにも様子がおかしい気がして隠れていたけど、まさかこいつらがこんな馬鹿なことをする人たちだとは思わなかった」
「だが、それは……っ!!」
「それは、何だ?」
ライの声音が、変わる。
ルルーシュに向けた穏やかなものから、『敵』に対してしか向けたことのない、王の声に。
「それは何だ?言ってみろ。聞いてやる」
優雅ささえ感じる足取りでルルーシュの脇を通り抜け、庇うような位置で足を止めた。
背を向けられているルルーシュには見えないが、その紫紺の瞳は真っ直ぐに扇たちを睨みつけている。
「この私を納得させられるだけの理由を述べてみよ」
その途端、背中からも感じる、彼から湧き上がった威圧感に息を呑んだ。
ルルーシュには向けられていないはずの、けれど確かに感じる怒り。
それに思わず息を呑んで、慌てて手を伸ばした。
「ライ、やめろ!俺は……」
「無駄だルルーシュ。やめておけ」
ライに向かって伸ばした手を誰かに捕まれた。
驚き、視線を向ければ、そこにいたのは黄色いぬいぐるみを抱えた碧の髪の少女。
記憶を失い、退行していたはずの共犯者が、そこにいた。
「C.C.っ!?お前、記憶は……っ!?」
「戻ったさ。あいつに叩き起こされたからな」
金の瞳が、こちらに背を向ける銀の少年を見る。
ほとんど無意識に、その視線を追っていた。
こちらに向けられた背からは、いつもの穏やかな彼は一切感じられない。
ただ、触れることすら戸惑う雰囲気を纏った王が、そこにいた。
「今のあいつは覚醒状態だ。下手に口を挟むと大変だぞ?」
覚醒状態――その言葉を示す意味を、ルルーシュは知っている。
今のライは、『ライ』ではない。
かつてブリタニアの暗黒史に名を刻まれた王としての彼が、そこにいた。
その王が、くすりと笑みを零す。
「ほら、言ってみるがいい。何故言わない?臆したか?貴様らよりも幼い姿の私に?それとも、正当な理由なく、この人数でたった1人の人間を射殺しようとしたからか?はっ!正義の味方が聞いて呆れる」
「ち、違うっ!!」
ライの言葉を、扇は必死に否定する。
そのまま、人の良すぎるその顔を憎しみに歪ませ、勢いよくルルーシュを睨みつけた。
「ゼロが、俺たちを裏切ったんだっ!!いいや違うっ!!そいつは、ずっと俺たちを騙していたっ!!」
「裏切った?それはどんな風に?」
「それは……っ!!」
「感情的に叫ばれても理解できるはずがない。落ち着いて、順番に説明してもらおうか?」
叫ぼうとした扇の態度を、ライは切り捨てる。
感情的な言葉は信用できないと、そう言って有無を言わせずばっさりと。
その言葉に、扇が唇を噛み締めた。
懸命に自分を落ち着かせようとしているのが、遠めに見ても感じ取れた。
何度か深呼吸をすると、扇は声を押さえ、口を開いた。
「ゼロは……、ゼロの正体は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。ブリタニアの皇子だ」
「ほう?」
「ゼロは、ギアスという力を持っていて、その力で俺たちを操っていたんだ!」
「へぇ?」
「それが、俺たちに対する裏切りだ!俺たちは、ゼロを信じていたのに!?」
「そうか……。ならば尋ねる」
扇の声に、徐々に感情が困っていく。
それを気にした様子もなく一度目を伏せると、ライは真っ直ぐに扇を、その周囲にいる幹部たちを睨みつけた。
「我が誓約者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがギアスという力を持っている。その証拠は?」
「ここにリストがある!ゼロにギアスをかけられた人間のリストだ!そのうちの1人が、そこにいる!」
「データなど、今の時代いくらでも捏造することは可能だろう?」
「……っ!それに、これもあるっ!!」
扇が服のポケットから何かを取り出す。
手の中に納まるそれのスイッチを押した瞬間、聞こえた声にルルーシュは息を呑んだ。
『ルルーシュ。君がユフィにギアスをかけたのか?日本人を虐殺しろと』
『ああ、そうだ。俺が命じた』
ぶつりと、そこで途切れた録音。
扇が切ったのではない。
そのレコーダーには、それしか録音されていなかったのだ。
それにC.C.が思い切り眉を寄せ、ライの目がすうっと細められる。
俯き、視線を足元に落としてしまったルルーシュは、2人のその変化に気づかなかった。
「これのどこが裏切りでないと言うっ!!これ以上の裏切りがあるかっ!!」
レコーダーを手にしたまま、扇が思い切り叫ぶ。
ルルーシュは、その手袋に包まれた拳を握り締めた。
それは、あの日からずっと彼の胸にあった傷。
じくじくと痛み、広がり続けるばかりの、一生忘れることの出来ない傷だった。
扇の言うとおり、あれは日本人に対する裏切りだ。
たとえ故意ではなかったとしても、その事実は変わらない。
事故だとか、望んでいたわけではないとか、そんな言葉は言い訳にはならない。
だから、言い訳をするつもりはなかった。
なかったと、いうのに。
「“ルルーシュ。君がユフィにギアスをかけたのか?”」
突然傍から聞こえたその言葉に、目の前の少年が発した音に、驚いて顔を上げる。
驚いたのはルルーシュだけではなかった。
扇も玉城も杉山も南も、藤堂も千葉も、離れた場所に立つシュナイゼルすらも、驚きの目でルルーシュの前に立つ少年を――ライを見つめていた。
ライが、口元に当てていた手をゆっくりと降ろす。
有り得ない――それがこの場にいる全ての人間の中に生まれた思考だろう。
だって、今ライが発したはずの声は、ここにはいないスザクの声にそっくりだったのだから。
「ライ……。お前、今の……っ!?」
「驚くことはないだろう?現代にはボイスチェンジャーなどという便利な道具がある。ああ、合成音声もあったか?調整をすれば、かなり人間らしく言葉を話すことも可能らしいな?」
驚くルルーシュに、ライはその中に収めた小さな機械を見せる。
チェーンのついたそれを、まるで大人たちに見せ付けるかのように指先でくるくると回しながら、ライはキャットウォークの上にいる扇を睨みつけた。
「その録音。精密な声紋照合を済ませたんだろうな?」
「だ、だが、ユーフェミアが日本人を虐殺したのは事実だ!?」
「……ならば、問う」
ライの目が、すうっと細くなる。
先ほどより静かな声で、ライははっきりとその問いを口にした。
「それが、本当にゼロが使ったギアスだという証拠はあるのか?」
その問いに驚いたのはルルーシュだった。
傍にいるC.C.が、僅かに痛みを顔に浮かべ、ライを見つめる。
離れた場所にいるカレンが驚愕したように目を見開き、小さく口を動かす。
「まさか」と動いたように見えたのは、錯覚ではないだろう。
彼女は知っていた。
ライの言葉が示す意味を。
ルルーシュ以外のギアス能力者の存在を。
「どういう意味だ?」
「言葉どおりだ。『ギアスを使ったのはゼロか?』」
「そ、それ以外にこんな力を持っている人間がいるはずがないだろうっ!!」
そんな彼らには反応を見せることなく、ライはくつりと笑みを零す。
それに反論する扇にもう一度笑みを零すと、ライは彼から視線を外した。
紫紺の瞳がすいっと動き、キャットウォークの下にいる団員で止まる。
彼は確か、ナリタ戦の直後に入団した古参の団員だったはずだ。
ライは目が合った瞬間、その団員がびくりと肩を震わせる。
その姿を見て、ライは口元に笑みを浮かべた。
「……森長」
「な、何ですか?CEO補佐」
ライが団員の名を呼ぶ。
その口が、ますます釣りあがったのを見た瞬間、嫌な予感を感じ、制止の声をかけようとした。
「ライっ!やめ……」
「貴様は今すぐここで頭を打ち抜いて死ね」
それは、ほんの一瞬の差。
ルルーシュの声を完全に無視したライの左目が、赤く輝く。
瞳の中に浮かび上がった刻印が羽ばたいたのを、ルルーシュは見た。
「……はい、了解しました」
その声にはっと団員を見る。
森長と呼ばれた団員の目は、赤い光で縁取られていた。
それに驚いている間に、森長は懐から取り出した小型の銃を自分自身に向ける。
「森長っ!?」
周囲の団員が驚く中、彼は真っ直ぐに自身の頭に向けた銃の引き金に指をかけ、迷うことなくそれを引いた。
途端に響いた、破裂音。
それと同時に、目の前に赤が飛び散った。
意識を失った体がぐらりと傾き、倒れる。
「ひ……っ!!?」
「うわあああああっ!!?」
それを見た瞬間、周囲から悲鳴が上がった。
「そんな……。うそ、だろ……?」
「今の、ライが……?」
「それじゃあ、ライ、も……?」
周囲のざわめきが大きくなる。
シュナイゼルが驚きの表情でライを見ている。
けれど、ライは何も言わない。
ただ王の笑みを浮かべ、扇たちを見上げているだけだ。
「ら、い……。お前、何で……っ!?」
震えているのがわからないように必死に抑え、振り向かない背中に声をかける。
死ぬのは自分だけで十分だ。
カレンもライもC.C.も、他の誰も巻き込む必要なんてなかったはずなのに。
これでは、ライも巻き込んでしまう。
ライから居場所を奪ってしまう。
「もう一度、今度はわかりやすく問おうか」
それでも、ライは振り向かなかった。
より低くなった声で、真っ直ぐに扇たちに声をかける。
その瞬間、扇たちの体がびくりと震えたのがわかった。
背を向けられていて見えないはずなのに、ライの笑みがますます深くなったのが見えた気がした。
「『ギアスの力を使ったのがゼロであり、私ではないという証拠は?』」
それが行政特区日本の開設式典のことを言っているのならば、ライのはずがない。
あの時、ライはシズオカに、いいや、世界に『いなかった』。
だからライがユーフェミアにギアスをかけられたはずがない。
けれど、扇たちはその事実を知らない。
あの録音だけでシュナイゼルの手を取ったというのならば、ライの嘘を信じてしまっても不思議はない。
「『貴様らはゼロがギアスを使った瞬間を見たのか?命令の内容は?それが、本当にゼロだという証拠は?』」
淡々とした口調でライは問いかけ続ける。
おそらくは捏造の出来ない、絶対的な証拠を提示しろという意味も込めて。
「ライっ!!ユフィにギアスをかけたのは……」
そのライを止めようと声を上げようとしたそのとき、誰かに腕を捕まれた。
驚いて視線を動かせば、そこにいたのは記憶を取り戻したばかりの共犯者。
「C.C.……っ!?」
「お前は少し黙って聞いていろ」
ただ真っ直ぐにライの背を見つめる彼女は、はっきりとした口調でそう告げる。
その言葉に、感じた威圧感に、思わず言葉を飲み込み、ライを見つめる。
「最後にもうひとつ。『シュナイゼルがギアスを持っていないという証拠は?そして、もしもシュナイゼルがギアスを持っていた場合、貴様らがそれにかかってないという証拠はあるのか?』」
今までの問いよりも、少し声音を強めて問いかけられたそれに、目を見開く。
驚いたのは自分だけではない。
キャットウォークにいる扇たちもまた、驚いたように目を見開いた。
「なん、だって……?」
「当然の疑問だろう?貴様らにその情報を与えたのがシュナイゼルであるということは、その男がここにいるという事実があれば、それだけで辿り着く答えだ。ならば、次に到達する疑問は、『シュナイゼルが何故ギアスという力を知っていたのか』になるのは当然のこと」
ギアスは、普通の人間には理解できない力だ。
人の理から外れた、王の力。
知っている人間は限られ、今まで広く知られることはなかった。
それを何故、シュナイゼルが知っていたのか。
ルルーシュは、ごく自然にスザクが話したのだという答えに至っていた。
けれど、その考えに至れるだけの情報が、扇たちにはない。
ライがその疑問を突きつけるのは、ごく自然なことだった。
「その最も簡単な答えは、『その力をシュナイゼルが持っている』ではないか?この私のように」
語った本人が能力者ならば、知っているのは当然だ。
その可能性を、ライは指摘する。
そしてその可能性が導き出す、もうひとつの可能性も。
「そして、シュナイゼルがその力を持っているのならば、シュナイゼルが貴様らにその力を使ったという可能性もあるのではないか?」
「そ、それは……」
「貴様らが、今まで共に戦ってきたゼロではなく、敵であるシュナイゼルを欠片も疑うことなく信じた。それがギアスの力でないと、何故信じられる?」
自分たちの味方ではなく、敵の言葉を信じるなど、普通に考えるならばない。
もちろん、時間を置き、敵の方が信じられると判断されたのならば話は別だ。
けれど、こんなにも決定的な証拠がない状況で、こんな短時間で味方より敵を信じるなんて状況が起こるだろうか。
彼らを騙していたという自覚のあるルルーシュは気づかなかった、けれどルルーシュを疑わずに信じているライは気づいたその疑問。
それがひとつの可能性を生み出す。
おそらく、この場にいる誰もが気づいていなかった可能性を。
「答えは至極簡単。今ここにいる全員が、実はシュナイゼルのギアスにかかっていて、シュナイゼルのことを疑わずに信じ、ゼロを信じることなく切り捨てるように命令を受けた。そしてゼロはゼロで、この部屋に入った瞬間、シュナイゼルに己の非を認めるようにギアスをかけられた。貴様らがそれに気づかなかったのは、シュナイゼルに『ゼロにギアスをかける瞬間を記憶するな』と命じられていたため」
絶対遵守の命令は、ギアスをかけられた前後とその間、そしてギアスが発動している間の記憶が残らない。
だからライの口にする可能性は、十分有り得ることだ。
「そう考えれば、その場にいなかった私にも筋が通るのだがな?」
そう言ったライは、きっと嗤っていた。
背を向けられているために顔は見えなかったけれど、彼から湧き出る気配が、それを嫌と言うほど物語っていた。
そのライの表情を見た瞬間、ついに我慢できなくなったのか、シュナイゼルの傍に控えていたブリタニア人の男が叫んだ。
「戯言です。殿下、反論を!」
「そのタイミングでその言葉を口にすることは、私の仮説を真実だと認めていることになるぞ?シュナイゼルの犬」
シュナイゼルの側近に向け、ライがくすりと嗤う。
その言葉に、男はぐっと言葉を飲み込んだ。
それを見たライの笑みが、ますます深くなる。
「まあ、どの話を信じるかは己で選ぶことだ。私が口にできることではない。こんな話をしている間に、私がお前たちにギアスをかけていないとも限らないしな」
くすくすとライが笑う。
自分の前にいる大人たちを見下すように。
「まったく……。疑い出したらきりがないな、世界は」
彼の言うとおりだ。
疑い出したらきりがない。
人も、世界も。
何が真実で何が嘘かなんて、誰にもわからないのだから。
纏まらなくてぶつ切りましたが、実はライのギアスにかかった団員は生きています。
銃弾は実弾じゃなくてペイント弾だった。
→あの状況じゃ、扇たちが見間違えても仕方がないという理由。
最終的にはロロ生存、カレン同志化な話になる予定だったのです。
纏められるようなら加筆します。