彼女だけが知っている
「あ……っ!」
生徒会室に入ろうとしていたスザクは、中から聞こえてきたその声に思わず動きを止めた。
中から聞こえたのは、よく知る親友の声。
「あっ、ああぁん!ふぅ……」
「ほらルルーシュ。力抜いて。手はこっち」
「はぁん……ライぃ……」
間違えるはずのないそれを気のせいだと思い込もうとするその前に、中からさらに聞こえてきた声に完全に固まる。
しかも、一緒に聞こえた声は、彼が呼んだ名前は、最近彼とよく一緒にいる銀髪の少年のもので。
それを認識した瞬間、思わず扉から離れた。
「な、ななななななな……っ!?」
「なんか何処かであった展開ね」
「うわっ!?ニーナっ!?みんなもっ!?」
傍から聞こえた声に驚いて振り返れば、何故か隣にニーナが立っていた。
やっぱり何故か携帯を握っている彼女の後ろには、いつの間にか他の生徒会メンバーが全員揃っている。
少し離れた場所にいる彼らにも生徒会室の声は聞こえたようで、ミレイは口元に手を当て驚いた表情を浮かべ、リヴァルは真っ青な顔でそこに立っていた。
「ルルちゃん。声色っぽーい」
「マジかよ……」
「ルルとライが……」
「きゃっ!?シャーリーっ!!しっかりして……っ!?」
ふらりと後ろに倒れたシャーリーを、病弱なはずのカレンが見事にキャッチする。
それにツッコミを入れる余力もないまま呆然としていると、再び中から声が聞こえた。
「ルルーシュ。足、ちゃんとしてくれ。できないよ」
「ぅうん……。無理、だ……も、ぅ……」
「仕方ないな。ほら、いくよ」
「ぁ……っ」
「だ、駄目だああぁぁぁっ!!!」
ルルーシュの切なそうなその声に、本当はルルーシュを親友ではなく、恋愛対象として見ているスザクが黙っていられるはずもない。
ぐるりと凄い勢いで振り返ると、自動のはずの扉を勢いよく開け放った。
「ライ、今すぐルルーシュを放せ……」
「へ?」
スザクの声に、ライがこちらを向く。
その彼を、中の様子を見た瞬間、スザクは固まった。
「いったっ!?痛いっ!ライっ!!」
「あ、ごめん。ちょっと力入りすぎた」
ルルーシュの悲鳴に、ライが慌てて彼の足を放す。
その光景に、想像していた雰囲気なんて、微塵も感じない。
生徒会室の壁際に最近置かれたばかりのソファ。
そのソファに、制服の上着だけを脱いだルルーシュがうつ伏せに寝そべっている。
そしてライは、制服をきっちり着込んだままそのソファの前に膝をついて、靴下を履いたままのルルーシュの足の裏を指先でぐりぐりと押しているところだった。
「……あ、れ?」
「ちょっとー?何やってんのよおふたりさ~ん?声が廊下まで聞こえてたんだけどぉ?」
固まるスザクを押しのけて、ミレイが室内にはいる。
彼女の後を、リヴァルとシャーリーが酷く安堵した表情を浮かべて追いかけ、カレンがため息をつきながらかそれに続く。
最後に続いたニーナが残念そうな顔をしていたことは、気のせいだと思いたい。
「ああ、すみません。ちょっと知り合いにいいマッサージ方法教えてもらって。ルルーシュ最近全身こってるって言うからやってあげてたんです」
「ふーん。マッサージねぇ……?」
「ほ、本当だよな!本当にマッサージだよな!?」
「どうしたんだリヴァル?他に何かあるのか?」
「い、いや!別に!!」
不思議そうなに首を傾げるライから、リヴァルは慌てて目を逸らす。
それに疑問符を浮かべるばかりのライを見て、スザクはほっと息を吐き出した。
「ライが天然で助かった……」
「よかったぁ……」
スザクの呟きが聞こえたのか、シャーリーも同じように安堵の息を吐き出す。
「ライが、天然……?」
その隣でカレンが不思議そうに首を傾げたのだけれど、幸いにもこの声は誰にも届いていなかった。
「ほら、ルルーシュ。いつまで寝そべってるんだ。みんな来たんだから、起きて」
「ん……。終わりか?」
「だいぶやっただろう?そろそろ頃合だよ。これ以上やったら、揉みっ返しがくるぞ」
「そうか。わかった」
漸く納得したらしいルルーシュは、残念そうな表情を崩さないまま起き上がった。
「うん。だいぶ軽くなった。ありがとう、ライ」
「どういたしまして」
軽く腕を回して調子を確かめると、満足そうに笑って礼を言う。
それに笑顔で答えると、ライは制服の上着を差し出した。
それを受け取ったルルーシュの視線が、ふとこちらを見る。
「ところで、皆なんで顔が赤いんだ?」
唐突な、その疑問。
それに、スザクは思わずびくりと肩を跳ねさせた。
「えっ!?い、いや!何でもないよ、ルルーシュ!」
「……怪しいな」
「本当に!本当に何でもないから!」
「……まあ、別にいいけどな」
まさか本当のことが言えるはずもなく、慌てて首を横に振って誤魔化す。
一度はじとっとこちらを睨みつけるルルーシュだけれど、もう一度強く否定すればそれ以上踏み込もうとはせずに、あっさりと引き下がる。
いつもはここで物凄く睨まれるというのに、今はよっぽど機嫌がいいのか、それがない。
それに複雑な想いを抱きながら、スザクは安堵の息を吐き出した。
あからさまにほっとしたスザクを見て、ライはこっそりと笑みを浮かべる。
少し不満そうな表情を浮かべるルルーシュに近づくと、捲れてしまった後ろの裾を直してやった。
「ほらほら。ルルーシュ拗ねない」
「誰が拗ねている」
「ごめんごめん。夜に続きやってあげるから、今は仕事。だろう?」
「……わかった」
にっこりと笑ってそう約束すれば、ルルーシュは渋々引き下がる。
どうやら、自分が卜部に教わって覚えてきたリンパマッサージを、彼は気に入ってくれたらしい。
ルルーシュにやってあげたくて学んだのだから、ライとしては満足だ。
「ルルちゃん、妙に素直ねぇ~」
「会長、ふざけてると次のイベント、予算出しませんよ?」
「ごめんごめん。なんか珍しいもの見たなと思って」
くすくすと笑いミレイを、ルルーシュはぎろりと睨みつける。
そのまま隅のパソコンデスクに積んでおいた書類を取りに行こうとしたルルーシュを追いかけ、ぽんぽんと肩を叩く。
「ルルーシュ」
他の皆には聞こえないように傍で囁けば、彼は不思議そうに振り返る。
「別の気持ちいいこともしてあげるから、今は、ね?」
耳元で囁いた瞬間、向けられたのはきょとんとした紫玉の瞳。
一瞬遅れてその意味に気づいたのか、その目が見開かれて、顔が真っ赤に染まる。
「この馬鹿がっ!!」
「いたっ!」
思い切り頭を叩かれ、思わず声を上げた。
「え?どうしたの?ライ」
「何でもないよ」
その声に驚いたらしいスザクが声をかけてくる。
それに笑みを返して誤魔化すと、くいっと腕を引かれた。
怒ったまま書類を持ってテーブルに戻ってしまったルルーシュの代わりに、いつの間にかカレンがそこに立っていた。
「……ライ」
「ん?何だいカレン?」
にこりと笑って尋ねた途端、彼女は学園ではいつも被っているはずのお嬢様の顔を捨てた。
「あなた、ここでルルーシュのマッサージしてたの、わざとでしょう」
その表情、声音で、確信を持って聞かれたそれ。
それにライは言葉を返すことはせず、代わりににっこりと笑った。
ロスカラのあれをスザクにも体験させようかと(笑)
このライはギアス篇か黒の騎士団篇だと思われます