月光の希望-Lunalight Hope-

特別な君

ベッドの上に座って、手にした本のページを捲る。
暫くそうやって読み進めていると、不意に横から抱きこまれた。
「ライ?」
顔を動かせば、そこにあったのは光を弾くシルバーグレイ。
朝部屋にやってきて以来、一時も傍を離れようとしないライは、声をかけても答えず、ただ抱き締める腕に力を込めるだけだ。
顔は肩に押し付けられていて、表情はわからないが、その紫紺が不安に揺れていたような気がして、ルルーシュは本を閉じると、その銀の髪を優しく梳いた。
「どうした?」
「いや……」
尋ねれば、漸く彼は僅かに身じろぐ。
僅かに上がった顔に見えた瞳は、やはり不安の色を浮かべていた。
「結構きてるなって思って……」
一瞬、言葉の意味がわからなかった。
視線をライから外して、少しの間考える。
「もしかして、一昨日のチョコレートの件か?」
「……」
思いついた答えを口にすれば、ライは再びルルーシュの肩に顔を埋めてしまった。
その、普段からは想像もできない姿に、思わず笑みを零す。
彼は、自分たちよりも大人びた雰囲気を持っていたから、こんなことで拗ねるなんて思わなかった。
「お前がそれくらいで拗ねるなんてな」
「だって僕だけもらってない」
「みんなに配ったのは義理だぞ?」
「シャーリーとスザクのも?」
「?当然だろう?」
ライの問いに、ルルーシュは思わず眉を寄せた。
シャーリーはともかく、何故そこでスザクの名前が出てくるのかがわからない。

ライからしてみれば、ルルーシュにあれだけアプローチしているスザクが一番の問題なのだが、彼の気持ちに気づいていないルルーシュにそれは伝わらない。
きっとその答えに、ライが酷く安堵していることだって、ルルーシュは気づいていないだろう。

「それでも、昨日だってもらってない」
「昨日は作戦だったからな」
「みんな乗せられやすすぎだ」
「そういう風に仕組んだからな」
ライが文句を言うと、ルルーシュはくすくすと笑う。

昨日の黒の騎士団は、いつにも増してやる気があった。
バレンタインに浮かれるブリタニアに対しての悪意を、ゼロが煽ったからだ。
そもそも、バレンタインに女性が好きな男性にチョコレートを送るというのは、日本独自の文化だった。
ブリタニアでは、恋人にプレゼントを送る日というのが通例だ。
けれど、このエリア11では、日本のその文化が広まり、今では多くの女性がそれに便乗して好きな男性にチョコレートを送っていた。
それを、ゼロは利用したのだ。
日本を踏み躙ったブリタニアに、その日本文化を利用されていいのかと、お得意の演説をし、団員たちをその気にさせた。
自分はちゃっかり『義理チョコ』という風習に乗っているくせに。

そのときに、少しは期待していたらしいライに、結構なダメージを与えてしまったということなのだろう。
ずいぶん素直に反応してくれた彼に悪いことをしたなと思いつつも、それが嬉しくてルルーシュは笑いを堪えきれずに肩を震わせる。
当然それに気づき、思わずむっとした表情で顔を上げたライの腕の力が弱まった瞬間、するりとそこから抜け出す。

「ほら」

そのままベッドの下に手を突っ込み、隠していた箱を取り出すと、目を瞬かせるライの前にずいっと突き出した。
「え?」
「チョコレート。いらないか?」
突き出したそれを、ライが恐る恐る受け取る。
じっとそれを見ていた彼が、ぽつりと呟いた。
「みんなのより大きい……?」
「言っただろう。一昨日配ったのは義理だって」
そもそも、生徒会の友人たちにバレンタインにお菓子を配るのは、ルルーシュの習慣のようなものだった。
だからこそ、ライには同じ日に渡したくなかったのだ。
彼らと同じ扱いをしていると、思われたくなかったから。
当日である昨日に渡すことができなかったのは悪いとは思うが、それでも彼だけ特別扱いなのだと知ってほしかったから。
「開けても、いいのかな?」
「好きにしろ」
おずおずと尋ねるライにぶっきらぼうに答える。
お許しをもらったライは、彼らしく丁寧に包装を解くと、箱を開けた。

中に入っていたのは、ころころとした可愛らしいいくつものトリュフ。
一昨日の金曜日、みんなに配ったチョコレートもトリュフだったけれど、明らかにそれとは違う。
みんなにルルーシュからもらったチョコレートを見せてもらっていたが、色が2種類入っていた人は、確かいなかったはずだ。
数だって、明らかに多い。

それは、ルルーシュがライに渡すものにだけ、一手間を加えたという証拠で。
じっとそれを見つめていたライは、弾かれたように顔を上げた。
「ルルーシュ、これ……」
「何だ?いらないのなら返せよ」
「まさか」
ふいっと顔を逸らして、ぶっきらぼうに言い返せば、間髪入れずにライの言葉が返ってくる。
それに、ちらりと視線だけを戻せば、途端にじっとこちらを見ていたライの紫紺と目が合った。

「ありがとう、ルルーシュ」

その瞬間、にっこりと微笑まれ、途端に頬に熱が集まる。
そのまま視線を背けると、くすりと笑みを零したライが、トリュフを摘み上げ、ぱくっと口に含んだ。
数回もぐもぐと口を動かして、にっこりと微笑む。
「うん。おいしいよ」
その甘い表情に、ルルーシュは頬にさらに熱が集まったのを感じて俯いた。
先ほどまで思い切り不機嫌な顔をしていた幻の美形は、今では本当に幸せそうに笑っている。
現金な奴とも思うけれど、自分もそれを嬉しいと思ってしまうのだから、重症だ。

「ライ」

呼びかければ、幸せそうにトリュフを頬張っていたライがこちらを向く。
それを気配で察すると、ルルーシュは彼の顔を見ないように背を向けたまま、言葉を続けた。

「今日は何が何でも1日に一緒にいるからな」

はっきりとそう告げたはずなのに、ライはきょとんとした表情でこちらを見ていた。
それに、伝わらなかったのかと不安を感じた瞬間。

「……うん」

ライが、ふわりと微笑む。
そのまま優しく抱きこまれて、ルルーシュは思わずびくりと体を震わせた。
耳元に、くすくすとライが笑う声が聞こえてくる。
それに悔しさを感じて、せめて仕返しをしてやろうと振り向き、すぐ傍にあったライの唇を己のそれで塞いだ。




うちにしては珍しく弱気なライ。
なんかライルル2人っきりを書こうとするたびにこんなの書いている気がしますが。
ルルーシュは特別な人はとことん特別扱いするような気がする。



2009.2.15