誕生日
「ところでライ。お前の誕生日っていつなんだ?」
情事の後の心地よい気だるさの中、ふとライの腕の中でうとうととしていたはずのルルーシュが尋ねた。
意識はだいぶはっきりしているらしい。
ぱっちりと開かれた紫玉の瞳が、真っ直ぐにライを見つめていた。
「さあ?」
暫く思考した後、ライは素直に首を傾げる。
その途端、ルルーシュの紫玉に呆れの色が浮かんだ。
「……さあって、お前」
「仕方ないだろう。わからないんだから」
ルルーシュの髪を梳きながら、ライは苦笑を浮かべた。
「僕が育った頃のブリタニアは、遷都して50年くらいしか経ってなくて、新大陸で領土を広げるのに四苦八苦していた頃だったし。そもそもあの頃の日付が今の日付とまったく同じという保障もないし」
皇暦が制定されて以来、ブリタニアの暦は変わっていないから、日付も変化があるとは思えない。
それでも、そう答えたのは、正直のところよく思い出せていないと言うのが本音だった。
「お前一応皇族だったんだろう?誕生パーティとかは?」
「僕は他国の貴族との混血だからね。母上と妹にやってもらったくらいだったかなぁ」
政略結婚のためとはいえ、東国の島国から嫁いできた母は疎まれていたから。
その子供である自分たちも、純粋なブリタニア人である2人の兄と同じようには扱われていなかった。
その事実を話せば、その途端ルルーシュの顔が悲しみに歪む。
きっと自分の境遇を思い出してくれているからだろうと、ライはだんだんと眠気に襲われ始めた頭で考えた。
そんな顔をさせたくなくて、ぼんやりとした思考で、必死に解決策を探す。
「……ああ、そういえば。一度母上が言っていたことがあったっけ」
「何をだ?」
真っ直ぐにこちらを向いたルルーシュの瞳から、悲しみが消える。
それに安心して、ライはうとうととしながら、昔母が教えてくれた言葉を付けた。
「僕は如月と弥生の変わり目に生まれたって……」
すうっと、ライの紫紺の瞳が閉じる。
そのまま寝入ってしまったライの顔をじっと見つめたまま、ルルーシュは顔の傍に置いていた拳をぎゅっと握った。
それから数日経った、ある日のこと。
突然生徒会室の扉が、勢いよく開いた。
自動のはずのそれが、ばーんと音を立てて開いたのだから、中にいた全員がそちらを振り向く。
今日は珍しく、副会長以外の全員が揃っていたのだから、こんな風に無遠慮に入ってくる人間は1人しかいない。
「ライっ!!」
予想どおり、そこには我らがアッシュフォード学園の麗しの生徒会副会長、ルルーシュ・ランペルージがいた。
脇に数冊の本を持っている彼は、ずんずんとこちらへと進んでくる。
「ル、ルルーシュ?一体どうしたんだ?」
いつになく本気の目をした彼に、書類を持ったままの彼が恐る恐る声をかける。
その途端、ルルーシュは得意げにふふんと笑った。
「決めたぞっ!お前の誕生日!」
びしっと指まで突きつけてポーズを決める。
そのあまりの唐突さに、その場にいる誰もがぽかんと口を開けてルルーシュを見つめた。
「は、はい?」
「何でライの誕生日をルルーシュが決めるんだ?」
「こいつが曖昧な時期しか覚えていないと言ったからな」
きっぱりとそう言うと、ルルーシュはテーブルの上にどさっと本を置く。
一番上の本を取ると、ブックマーカーの挟んであるページで開き、ライの前に置いた。
周囲にいた友人たちが、興味津々とその本を覗き込む。
しかし、それはブリタニア語ではなかったために、スザクとカレン以外の全員が、すぐに読むことを断念した。
「お前の母親が言っていたという如月とは、日本の旧暦で言う2月、弥生は3月だ。そして、日本の旧暦はそれぞれだいたいひと月ずつ後ろにずれていた」
「後ろにずれているって……?」
「つまり、太陽暦や皇暦の3月が2月で、3月が4月なんです」
ミレイの問いにスザクが丁寧に説明する。
ルルーシュの開いた本は、日本語で書かれていた。
スザクとカレンが本を読むことを断念しなかったのは、そのためだ。
日本人で生まれ育った2人に、その文字が読めないはずがないのだから。
「ライ。お前はちょうどその変わり目に生まれたんだったな」
「え?あ、ああ。母は、そう言っていたと記憶しているけど」
王として即位して以来、誕生日というものとは無縁だったライが、母からその話を聞いたのは、実は幼い頃の出来事だ。
だから、全ての過去を思い出した今であっても、その記憶は曖昧で、意識がちゃんと覚醒していてもぼんやりとしか思い出せない思い出だった。
「そのことから考えて、またいろいろな書物で検討した結果、ライの誕生日は3月27日だ!」
そんなライの心情に気づくはずもないルルーシュが、びしっと指を突きつけて宣言する。
何だかどこかの仮面の人のようなその動きにツッコミを入れる間もなく、はっきりと宣言された言葉に、ライはぱちぱちと目を瞬かせた。
「3月27日……」
唖然とした表情で、ライが呟く。
その様子を傍で見ていたカレンは、むっと眉を寄せてルルーシュを睨みつけた。
「ずいぶん強引じゃないかしら?ルルーシュ」
「何だカレン。俺の分析に文句があるのか」
「あるに決まってるわ!……じゃなくて、決まってます!だいたい、ライがそれで納得すると思って……」
思っているのかと、カレンがそう文句をつけようとしたそのときだった。
「うん。いいよ、それで」
言葉を遮って、あまりにもあっさりと発せられた、答え。
「ええっ!?」
それに驚愕して、カレンは思わず声を上げた。
他の友人たちも、あっさりとルルーシュの持ってきた決定事項を承諾したライに、目を丸くする。
だって、誕生日というのは、自分が生まれた日だ。
家族が決めるのならばともかく、他人が決めたものを、こんなにもあっさり受け入れていいものなのだろうか。
「本当にいいの?ライ」
「うん。だって、みんなが祝ってくれるなら、いつだって嬉しいから」
シャーリーの問いに、ライは笑顔で答える。
その答えに、シャーリーは驚いて目を丸くした。
「ライ……!」
「あんたって、本当いい子だわっ!!」
「うわっ!ミレイさん!苦しい……っ!」
いつの間かに背後に迫っていたミレイが、後ろからぎゅうっとライを抱き締める。
突然顔をミレイの方に向けられ、その豊満な胸に抱え込まれることとなってしまったライは、顔を真っ赤にしてじたばたと震えた。
そのライを見て、ミレイは「もう、ウブねぇ」などと言いながら笑っている。
そのままあっさりライを解放すると、ペンを持ったままだった右手を高々と掲げた。
「よぉーしっ!見てなさいっ!あなたの誕生日は、我ら生徒会が盛大に祝ってあげるからね!」
「「「おおーっ!!」」」
ミレイの宣言に、シャーリーが、リヴァルが、スザクがミレイと同じように元気良く拳を振り上げ、カレンとニーナが控えめに、けれど笑顔でその後に続く。
「ありがとうございます」
純粋にみんなのその想いが嬉しくて、ライは笑顔を返す。
ふと、傍に立つルルーシュが、その輪に入っていないことに気づいて、顔を上げた。
そこにいる彼は、先ほどまで上機嫌だったというのに、今では不機嫌に眉を寄せていた。
それを見て、ライは思わず零しそうになった笑みを必死に堪える。
何故彼がそんな顔をしているのか、聞かなくてもわかってしまったから。
「ルルーシュ。ちょっと付き合ってもらっていいかな?」
「は?何だ?」
「いいからいいから」
立ち上がり、にっこりと笑って彼の腕を取ると、そのまま廊下へと連れ出す。
先ほどルルーシュが無理矢理開けた扉は、ほんの少し動きが鈍くなっていた。
後で調子を見ておく必要があると、それだけを頭の隅に残して、ライは生徒会室から少し離れた場所までルルーシュを連れて行く。
漸く、ここならば生徒会室に話が聞こえないだろうという場所に着くと、ルルーシュの手を放し、彼を振り返った。
相変わらず不機嫌な表情をした彼は、ライは視線を合わせようとはしなかった。
そのルルーシュに、ライはにこりと微笑みかける。
先ほどみんなの前で見せた笑顔よりも、ずっとずっと深く、柔らかな笑みで。
「ルルーシュ、ありがとう」
「何の話だ」
あくまで知らないふりを通そうとするその姿が可愛くて、ライは思わず笑みを零した。
形のいい唇を、楽しそうに歪める。
そのままルルーシュの肩に手を置けば、彼は驚いたようにこちらを見た。
そんな彼の耳に唇を近づけて、囁く。
「本当は、みんなが祝ってくれたものだからじゃなくて、君が祝ってくれる日を決めてくれたことが嬉しいんだ」
その瞬間、ルルーシュの顔がぼんっという音が聞こえそうな勢いで真っ赤に染まった。
驚きでこちらを見た紫玉が、しかし、目が合った瞬間にぱっと逸らされた。
おそらく、恥かしすぎて顔を見せられないとでも思っているのだろう。
極力顔を見ないようにしながら、それでも言葉を返そうとしている。
「そ、そうか。感謝しろよ」
「うん、もちろん。ありがとう、ルルーシュ。それから……」
もう一度、ライがルルーシュの耳に唇を寄せた。
ふっと息を吹きかえれば、ぶるりと震える身体。
それに満足な笑みを浮かべて、そっと囁いた。
「誕生日のプレゼント、楽しみにしてるよ」
ただ一言、それだけを告げて、ルルーシュから体を離す。
驚き、漸くこちらを向いたルルーシュに笑顔を向けると、ライは身を翻し、彼を置いて歩き出した。
先に戻っていると一言告げて去っていくその背中を、ルルーシュは呆然と見つめる。
その姿が見えなくなって暫くして、漸く思考が動き出した。
ライに告げられた言葉を、自分の誕生日に交わした約束を思い出して、冷めかけたその頬に再び熱が集まるのを自覚する。
「……馬鹿が」
そう吐き捨て、顔を俯ける。
髪に隠れてしまったその顔は、覗き込まなければ表情を窺うことはできない。
けれど、ライがこの場にいたのならば、そんなことをしなくても嬉しそうに笑っただろう。
ルルーシュの顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。
というわけで勝手にライ誕をその日にしてみたり。
自己満足自己満足。