月光の希望-Lunalight Hope-

全ては君のもの

自室に入り、ルルーシュはふらふらとした足取りでベッドへ歩く。
後から着いてきたライは、鞄を床へ放り出してベッドに腰かけるルルーシュを見て苦笑した。
「はあ……。疲れた……」
ぐったりしている様子のルルーシュは、だらしなく制服の襟を広げ、足を床に投げ出す。
珍しいその姿に笑みを零しながら、ライは投げ出された鞄を机の上に置き、自分のそれは傍のテーブルへと置いて、ルルーシュを振り返った。
「今日は大人気だったな、ルルーシュ」
「煩い」
ぎろりとこちらを睨みつけながら発せられたルルーシュの言葉に、ライはつい先ほどまでいた生徒会室を思い浮かべた。

今日は、ルルーシュの誕生日だ。
だから、当然のようにミレイの企画した誕生パーティが開催された。
ここまではいい。
ナナリーのときと代わらない。
問題は、その後だ。
生徒会役員とナナリーだけで行われるはずだったそれに、突然生徒が乱入してきた。
やもなくナナリーが巻き込まれないように先に部屋へ返し、対応に追われた僕らが聞いたのは、多少の違いはあれど、ほとんど同じ言葉。
『副会長!お誕生日おめでとうございます!』
『ルルーシュ君!これ受け取って!』
次々と押し付けられるルルーシュ宛のバースディプレゼント。
それを無碍に突き返すこともできず、またルルーシュ自身にはその余裕はなく、全てを押し付けられてしまった。
その嵐が去った後、ルルーシュは今度はミレイたち生徒会役員にからかわれたのだ。
リヴァル曰く、昨年のバレンタインより凄い勢いだったらしい。

その言葉を聞いたとき、ライの心の中にどす黒い感情が生まれた。
今また湧き上がったそれを無理矢理鎮めようと、ライは思い切りため息をついた。
「はあ……」
「何だ?」
それにぴくりと反応したルルーシュが、顔を上げる。
驚いて振り返れば、じっと自分を見つめる紫玉と目が合った。
「いや、何でもない」
「何だ?その言い方は」
「本当に何でもないんだ。むしろ……」
無期限と言わんばかりに眉を寄せるルルーシュに、笑みを浮かべる。

たぶん、彼は気づいていないのだ。
ライの葛藤と、押しかけてきた女子生徒の想いに。
一部男子生徒が混じっていたような気がするが、それは見なかったことにする。
それにため息をつきたい気持ちを必死で抑えながら、ライはにこりと微笑んだ。

「ルルーシュにはそのままでいて欲しいかなって」
「は?」
全く意味のわかっていないルルーシュに、ライはそれでいいよと微笑む。
そのくらい他人の感情に鈍感な方が、ライとしては安心だ。
納得いかないらしいルルーシュは、不機嫌な顔で首を傾げる。
しかし、今は疲れの方が勝っているらしく、すぐに視線を外すと、盛大にため息をついた。
「まったく……。本当なら、今日はナナリーに祝ってもらうはずだったのに」
「ああ、そういえば……」
生徒会の、騒がしいけれどささやかなパーティで、ナナリーに祝ってもらいたかった。
そう愚痴るルルーシュの言葉に、ライはふと思い出す。
そのままテーブルに置いた鞄を漁って、中から小さな箱を取り出した。
「はい、これ」
「ん?何だ?」
「ナナリーから。今日は渡せそうにないから、預かってくれって頼まれた」
「ナナリー……。明日直接渡してくれればよかったに」
「どうしても今日送りたかったんだそうだよ。ほら」
ライに促され、ルルーシュは白い箱を受け取った。
元よりナナリーからの贈り物だ。
ルルーシュが受け取りを拒否するはずがない。
早速綺麗な赤いリボンを解く。
しゅるりと布の擦れる音。
少し遅れて開かれた箱の中から現れたのは、黒く細長い装飾品だった。
「チョーカーか」
「中央に紫の石のついた銀の十字架がついてるな。綺麗じゃないか」
「さすが俺の妹。センスがいいな」
チョーカーを手で包み込むように持って、ルルーシュが微笑む。
目が見えないナナリーが、1人でこれを選んだとは思えない。
おそらく、咲世子辺りと一緒に出かけ、特徴を聞きながら一生懸命に選んだのだろう。
その姿を想像して、目の前で微笑むルルーシュを見て、ライは笑う。
ナナリーが一生懸命選んだそれは、きっとルルーシュの宝物になるだろう。
「確かに、ルルーシュに似合うと思うよ。つけてみれば?」
「いや、明日にするよ。ちょうど休みだしな」
優しい目で見つめていたチョーカーを、箱に戻してサイドテーブルに置く。
箱から手を離した途端、ルルーシュは一瞬動きを止めた。
不思議そうに見ていると、暫くそのまま固まっていたルルーシュは、やがて意を決したような表情を浮かべる。
くるりとこちらを向いた紫玉の瞳を、ライはきょとんとした表情で受け止めた。
「ところで……」
「ん?何?」
「……いや、別に」
遠慮がちにこちらを見ていたルルーシュの目が、ぱっと逸らされる。
不思議に思って首を傾げれば、何度か逡巡したように視線を巡らせていた紫玉の瞳が、ちらりとこちらに向けられた。
「スザクも、あのカレンも何かしら用意してくれたようなんだが、その……」
「え?ああ。もしかして、プレゼントの話?」
思いついた可能性を口にした途端、ルルーシュの顔がかあっと真っ赤に染まる。
そのままぷいっと顔を背けた彼を見て、ライはくすくすと笑った。

ルルーシュの性格からして、自分からプレゼントをねだるというのは、プライドが許さないのだろう。
けれど、恋人から贈り物を欲しいと思う心は理解できるから、それをからかったりはしない。
それどころか、あのルルーシュが、こんな風に思ったことを伝えてくれることに喜びすら感じていた。

「ごめんごめん。いろいろ忙しくって、用意できなかったんだ。僕が君の誕生日を知ったのは、3日前の話だったしね」
「そ、そうか……」
そう、ライは3日前まで今日がルルーシュの誕生日だと知らなかった。
シャーリーとスザクに言われて、初めてそのことを知ったのだ。
だから、今告げた言葉は本当なのだけれど、それでもしゅんと肩を落とすルルーシュを見ていると、悪いことをした気になってしまう。
何とか笑ってもらえないだろうかと思考を巡らせて、思いついた。
これを言ったら、確実にルルーシュは怒るだろう。
というよりも、怒ってくれなかった場合、逆に自分が怒ると思う。
けれど、ルルーシュが絶対に否定すると知っていたから、悪戯気分で聞いてみた。
「あ。この前送った指輪が代わり、じゃ駄目かな?」
「あ、あれはっ!もっと神聖なものだっただろう!?」
案の定、先ほどとは違う意味で顔を真っ赤にして、ルルーシュが怒る。
それに気分を良くしてにっこりと微笑めば、さすがの彼もこちらの意図に気づいたらしい。
一瞬その紫玉の瞳をまん丸にしたと思えば、ちっと舌打ちをして顔を背けた。
「だいたい!知らない時に用意されたものは、誕生日プレゼントにはならない!」
「冗談だよ、ルルーシュ。僕だって、そんなに軽薄じゃないさ」
むきになるルルーシュが可愛くて、くすくすと笑う。
「でも用意できなかったのは本当なんだけど……あ!」

ふと、思いついた新しい提案に、思わず笑みが零れた。
これを言ったら、ルルーシュは一体、どんな反応をするのだろうか。

テーブルから離れ、ルルーシュの座るベッドに近づく。
自分に影がかかったことに気づいて、ルルーシュは顔を上げた。
「ライ?」
「物はあげられないけど、代わりに僕じゃ駄目かな?」
「……は?」
言われた言葉の意味がすぐに理解できなかったのか、ルルーシュが呆然とこちらを見上げる。
思わずくすりと笑みを零すと、ライは自分の胸に手を当て、にっこりと微笑んだ。

「だから、誕生日プレゼント。僕をあげるよ、ルルーシュ」

きょとんとしていたルルーシュの目が、見る見るうちに開かれる。
それが限界まで開かれた瞬間、ぼんっと音が聞こえそうな勢いで、白い顔が真っ赤に染まった。
「な、なななななななな……っ!?」
「駄目かな?」
口をぱくぱくと、まるで金魚のように何度も開閉させるルルーシュに、にっこり微笑む。
唖然とした表情でじっとこちらを見ていたルルーシュが、ふいに顔を俯けた。
「お前は!とっくに、俺のものだろ……?」
顔を真っ赤にして、上目遣いで尋ねてくるその姿に、今度はライが目を丸くした。
もちろん、驚きではなく、別の意味で。
一瞬遅れてにっこりと笑うと、すっと彼の前へと動く。

「うん。僕の心はとっくに君のものだ。だからね」

言葉が終わると同時に、ルルーシュの肩を押して、そのまま押し倒した。
一瞬のことで何が起こったのわからなかったらしいルルーシュが、目を瞬かせる。
白いシーツに、散らばった黒い髪がよく生える。
くすりと笑みを浮かべると、ライはルルーシュの頬に右手を添えた。

「今度は他の全てをあげるよ。それでどうかな?」

再び浮かべた笑みは、それまでの穏やかなものとはまったく違う、妖艶な笑み。
紫紺の瞳に、それまでなかった光が浮かぶ。
それに見覚えのあったルルーシュは、目を見開き、ごくりと息を呑んだ。
おそらく、ライがどういうつもりなのか察したのだろう。
ただだた自分を見つめる紫玉に、ライは瞳にその光を浮かべたまま、にっこりと微笑む。
その瞬間、さらに大きく目を見開いたルルーシュは、一度目を閉じると、ふうっと息を吐き出した。

「まったく……」

形のいい唇に、笑みが浮かぶ。
ゆっくりと開かれた紫玉が、笑う。
それは先ほどまでの純粋な色ではなく、ライと同じ妖艶な笑みを浮かべていた。
ルルーシュの白い手が、ライの頬へと伸ばされる。

「いいのか?それはお前の命すら、俺のものになるということだぞ?」
「かまわないよ。むしろ、それで君と一緒にいられるなら大歓迎だ」

にこりと笑ったまま、ライは答える。
それは、本心からの言葉。
あの青月の日から、彼の中にあるたったひとつの真実だ。
そして、ルルーシュがそれを疑うことは、ない。

「なら、遠慮なくもらってやる」

ルルーシュの手が、ライの頭の後ろに回る。
そのまま引き寄せれば、ライは抵抗することなく、それに従った。

「その代わり、お前の誕生日には、俺の全てをくれてやる」
「それはありがたいな。喜んでいただくよ」

ぎりぎりまで顔を近づけて、その耳元でそっと囁けば、ライは嬉しそうに笑う。
くすくすと笑い合って、見つめ合って。
そんな穏やかな時間の中で、ふとライがその笑みをとめた。
不思議に思って見上げれば、くすりと微笑んだ紫紺の瞳が、真っ直ぐにルルーシュを見つめていた。

「それで、今すぐ僕の全部をもらってくれるのかな?」

目を細めて尋ねたそれに、ルルーシュは一瞬きょとんとする。
けれど、その顔はすぐに艶やかさを含んだ笑みに変化した。

「……お前が望むなら、な」

その答えに、ライは満足そうに笑った。
ゆっくりと、ライの顔が、黒と紫玉で彩られるルルーシュのそれに近づく。
シーツに身を沈めたまま、2人の唇がそっと重なった。




白×白の予定が、いつの間にか黒×黒になっている気が……。
あれ?もしかしてこれってルルーシュ誘い受け?



2008.12.5