叶えられない願い
「スザク」
前を歩くルルーシュが、こちらを振り返る。
俯いていた顔を上げれば、これ以上ないくらい穏やかな笑みを湛えた紫玉と目が合った。
「どうかしたか?」
微笑むルルーシュの、笑顔が遠い。
こんなにも、こんなにも近くにいるのに。
手を伸ばせば、届く距離にいるのに。
それがあと数時間で終わると知ってしまっているから、手を伸ばせない。
ぎゅっと目を閉じると、彼の気配が近づいてくるのを感じた。
ふと、ルルーシュの手が自分の頬に触れる。
「スザク。泣くな」
「ル、ルーシュ……」
ルルーシュの言葉に、スザクはゆっくりと目を開けた。
目の前にある、ルルーシュの顔。
愛しい、憎んでいると思っていたときさえ、何度も思い浮かべたその顔は、微笑んでいる。
穏やかなその笑顔に、翡翠の瞳から涙が零れる。
「なあ、スザク。俺は今、確かに幸せだよ」
笑みを深くしたルルーシュの手が、そのままスザクの後頭部に回る。
ルルーシュの体に手が伸ばせないまま、されるがままに抱きしめられた。
「最期は、お前の手で逝けるのだから」
だから、幸せなのだと。
そう告げて笑うルルーシュの言葉が、声が、今はとても痛くて。
「だから、お前は……」
続く言葉が、声にされることはなかった。
けれど、スザクは知っていた。
ルルーシュが、自分に向ける言葉は、いつだってひとつしかなかったから。
今ルルーシュに伝えたい、けれど伝えることなどできないその言葉を噛み締め、スザクはただ涙を流す。
体に感じる温もりを記憶の中に押し止めるために、ルルーシュが体を離すまで、ずっとずっとそうしていた。
手に感じる死の感触。
ぐらりと持たれかかってくる体。
仮面越しに耳に届く、最期の言葉。
それは呪いであり願いであり、そして約束。
「そのギアス、確かに受け取った」
そう告げた瞬間、ルルーシュはきっと微笑んでくれた。
自分の持つこの剣が、体を刺し貫く直前まで、そうしていたように。
剣を抜いた瞬間、力を失った体が傾く。
ふらふらと前に進んだ体が、国旗の上を滑り落ちていく。
その体を、抱きとめたいと願った。
追いかけたいと切望した。
けれど、仮面を引き継いだ自分に、それは許されない。
ただナナリーの下に滑り落ちていく最愛の人を見つめ、仮面の下で涙を流す。
決して声にはできない。
そうしてしまったら、彼の願いを叶えられないと、知っているから。
約束を果たせなくなると、知っているから。
ああ、でも。
知っているからこそ、思う。
どうして今朝、自分は手を伸ばさなかったのか。
抱きしめてくれるルルーシュを、抱きしめ返さなかったのか。
もう叶わなくなると、知っていたのに。
今更湧き上がってくる願いに、想いに、ただ涙した。
ねえ、ルルーシュ。
せめて、最期は君を抱きしめたかった。