月光の希望-Lunalight Hope-

妹姫の堕とし方

「お兄様。私にも、ギアスを使いますか?」

ルルーシュとは違う、薄い紫の瞳。
真っ直ぐにこちらを見つめるそれに、ルルーシュは息を呑む。
ギアスで閉じられていたそれが開かれるのは、実に7年ぶりのことで。
ナナリーが、自分の意志だけでそれを成した事実に、ルルーシュは動揺していた。

「ナナリー。お前……」
「お兄様。私は……」

ダモクレスの鍵と呼ばれる、フレイヤの発射スイッチ。
それを握り締めたナナリーが、ルルーシュに向かって口を開こうとした、そのときだった。

『ちょぉっと待ったナナリーっ!!』

いきなりずんっと音がして、ルルーシュの背後の石畳から何かが突き出る。
驚いて振り返れば、そこには先ほどまでなかったはずの巨大モニターが生えており、そこにライの姿が映っていた。

「え!?」
「ライっ!?どうやってここに通信をっ!?というか、このモニターさっきまでなかったはずだぞっ!!」
『ルルーシュ、細かいことは気にしない』
「全然細かくないっ!!というかお前、カレンと戦ってなかったか?」

蜃気楼でダモクレスに突入する瞬間、確かに確認した。
ライはC.C.のランスロット・フロンティアを庇い、カレンと戦闘になったはず。
それは、間違いない。
違っただろうかと本気で考えようとしたそのとき、妙にあっけらかんとした声が返ってきた。

『うん。絶賛戦闘中』
「え……」
『ちょっとぉっ!人が本気でやってるのに、何遊んでるのよこの馬鹿男ぉぉぉっ!!』

モニターが分割され、ダモクレスの外部カメラの映像が映る。
いつの間に傍まで来ていたのか、ランスロットクラブが紅蓮と、ランスロットがトリスタンと戦っていた。
確かに戦っていた。
どうやって外部カメラに繋げているのか、なんてことをつっこんではいけない気がする。
そう考えたルルーシュは、米神を押さえながらモニターから視線を逸らした。

『そんなことよりも、ナナリーっ!』
『そんなことぉっ!?』
「そんなこと……」

黒の騎士団最強のエースとの戦闘をそんなことと言い切ったライに、叫ぶカレンと呟くルルーシュの声が重なる。
確かに戦闘中のはずのライは、妙に涼しげな様子でにこりと笑った。

『せっかく目が見えるようになったんだ。ルルーシュの写真を見たくないか?』
「え……」
「は……?」

今度はナナリーの困惑した声と、ルルーシュの間抜けな声が重なった。
見えるようになったばかりの目をぱちぱちと瞬かせて、ナナリーが可愛らしく首を傾げる。
「お兄様の、写真、ですか……?」
『そう。例えばこれだっ!!』
その瞬間、直前まで戦闘の様子が映っていたモニターに、別の映像が映し出された。

「んな……っ!?」

ほぼ同時に、ルルーシュは目を見開き、絶句した。
モニターに映ったのは、忘れたくても忘れられない嫌な思い出。
長い艶やかな黒髪に、深い紫のドレスを着た、絶世の美女の写真。
それだけなら、ルルーシュだってうろたえることなんてない。
だが、これは。この少女は、紛れもなく。

「こ、これは……。まさか……」
『そう!みんながルルーシュを美人と絶賛した、あの噂の男女逆転祭っ!!』
「ほわああああああっ!!!?」

ルルーシュの御馴染みとなった奇妙な悲鳴が上がった。
その瞬間、ライの映っている側の画面が分割される。
開いた部分に、物凄い形相のスザクが現れた。

『ちょっと待てライっ!!何で君がこんな写真持ってるんだっ!!』
『C.C.から買った。ピザ50枚で』
『ごじゅ……っ!?』
「C.C.……。おぉまぁえぇ……」
『ちなみに私は当時の生徒会長から入手したぞ』
「会長ぉっ!!!なんて余計なことをっ!!というか、あの写真のデータは全て消しておいたはずっ!!」
『甘いなルルーシュ。あのミレイさんだぞ』
『……うん。会長なら、大量複製とかやりかねない……』
『そうそう。なんたって、男女逆転祭の写真って、ルルーシュを企画に乗せるいい餌だし』
「ライ……。お前……」
『反論できるか?できないだろう?』
「う、ぐ……」
にやにやと笑うライの言葉に反論できず、ルルーシュが押し黙る。
俯き、ふるふると震えているルルーシュに満足そうな笑みを浮かべると、ライはまるで隣の特大パネルと化している写真に向かって手をかざすように右腕を振り上げた。

『さあナナリー!学園のクラブハウスの居住部分は第二次トウキョウ決戦で流れ弾が当たって消失!生徒会のアルバムは持ち出したヴァインベルク卿のせいで政庁に置きっぱなしにされ、やっぱり消失!もはや生徒会のメインパソコンと僕の愛用品にしか残っていないこの写真とフレイヤ、交換でどうだっ!』

「う……」
『えっ!?』
『ちょっとっ!?ナナリー殿下、今“うっ”てっ!?』
思い切り反応したナナリーに、カレンとジノが声を上げる。
その言葉に我に返ったナナリーは、目をきつく閉じ、ぶるぶると首を振った。

「だ、駄目ですっ!いくら念願の美人なお兄様でも、私は、お兄様の罪を……」
『なら、これでどうだっ!』

写真の映った側のモニターが、暗転する。
一瞬の後、映った数々の写真に、ルルーシュは今度こそ絶叫した。

『小学生の日!猫祭!ハロウィン!絶対無言パーティ!クリスマスっ!マラソンダンスっ!』

画面に並べられる写真は、ライの言葉どおり、生徒会で行われた数々のイベント。
その中でも、なぜかルルーシュが1人で映っている写真ばかりだった。
しかも、正面から顔が映っている、絶好のポジションで。

「ちょ、ちょちょちょちょ……っ!」
『蝶々?』
「黙れC.C.っ!!ライっ!!お前が何故そんな写真まで持っているっ!!」
『C.C.から買った』
『ちなみにいくらで?』
『3か月ピザを奢り続けたよ』
『ちなみにそれでアルバム一冊分だ』

がんっという音が通信を通して辺りに響く。
スザクが、コックピット内で勢いよく頭をぶつけていた。

『あるばむいっさつぶんでピザさんかげつ……』
『ちなみに全部Lサイズだ』
『える……っ!?』
一瞬絶句したスザクは、すぐに真剣な表情になる。
ちなみにそんなことをしている間にも、ランスロットはトリスタンと戦闘を行っていた。
『いや、ナイトオブセブン時代に結構稼いだし。それくらいなら別に出しても……』
「おいこらスザク」
本気でぶつぶつと呟き始めたスザクに対し、ルルーシュが普段よりもずっと低い声でツッコミを入れる。
操縦桿を握っていないように見えるのに、当然のように戦闘を続けているランスロットが恐ろしい。
『まあ、お金を全部学園に置いてきた僕に払えるわけないから、全部経費で落としてたけど』
「ちょっと待てっ!!中華連邦に渡って暫くどうにも騎士団の食費が上がっていると思ったが、原因はお前かライっ!!」
『ちょっとっ!あんたそんなことで騎士団の経費使ってたのっ!!』
『知らなかっただろう、カレン』
『当たり前よっ!財務はゼロとあんたと扇さんで全部やってたじゃないっ!!』
『というか、お前。玉城のことを言えないではないか』
「お前が言うなC.C.っ!一体やりくりがどれだけ大変だったと思ってるんだっ!!」
『やりくりって……』
『ルルーシュは実は物凄い家庭的なんだよ、ジノ』
『いいお嫁さんになると思うなー』
「俺は男だぁぁぁぁっ!!!」
ルルーシュが頭を抱えて叫ぶ。
モニターの向こうで、スザクが「主夫って言葉もあるから大丈夫」などと言っているが、何が大丈夫なのか、意味がわからない。

もうこいつら全員ぶん殴ってやりたい。
いや、そんなことしようものなら、返り討ちに合うのがオチなのだけれど。

そんなことを考えていたルルーシュは気づかなかった。
自分から少し離れた場所にいる、最愛の妹の変化に。

「……イさん……」
「え?」
『ん?何かなナナリー?』
聞こえた声に、ルルーシュが振り返り、ライがにっこりと笑う。
その瞬間、今まで俯いていたナナリーは、勢いよく顔を上げた。

「買いますその写真っ!」
「はあっ!?」
『いい答えだ』

妹の予想外の言葉に、ルルーシュは素っ頓狂な声を上げた。
それとは反対に、ライは満足そうに口元に笑みを浮かべる。

「ちょ、ちょっと待て2人ともっ!」
『どうする?フレイヤ一発ごとに写真1枚。アルバムごとなら、そうだなぁ。フレイヤ全弾と交換といこうか?』
『『はあっ!?』』
「話を聞けっ!!」

ライの提案に、カレンとジノが声を上げ、ルルーシュが怒鳴る。
けれど、3人のその反応なんて、もう完全に眼中にないナナリーは、画面に映るライをきっと見上げた。

「それだけなのですか?」
『ん?』
「お兄様の写真は、それで全部なのですか?」

何故か真剣すぎる顔で尋ねるナナリーに、ルルーシュは固まる。
だが、問いかけられた本人は、全く逆の反応をした。

『ナナリー、この私を舐めるなよ』

完全狂王モードになったライが、ぱちんと指を弾く。
何故かそれだけでルルーシュの写真を写したモニターが消え、次の瞬間、何とも可愛らしい写真が移った。
長い黒髪の少女が、空色のワンピースに白いエプロンをつけ、顔を真っ赤にしている。
その後ろには、タキシードにうさ耳をつけた金髪の少女が、楽しそうに笑っていた。
その写真を見た瞬間、ルルーシュの顔がさぁっと音を立てんばかりに真っ青になった。

「ちゅっ、中等部の頃のアリス祭っ!?」
『このアリスって、もしかしてルルーシュっ!?』
『ちなみにウサギはミレイさんだそうだ』

真っ青な顔で叫ぶルルーシュと、何故か頬を染めて叫ぶスザク。
一瞬だけいつもの顔に戻り、にっこりと笑って補足をつけるライ。
その様子を見ていると、もうここが戦場だとは思えない。
「か、かわいい……っ」
「こ、これ本気でルルーシュなのか……」
先ほどまで何とか緊張状態を続けようとしたカレンとジノも、モニターに映るアリスなルルーシュの姿に見惚れ、戦うことを忘れていた。

『このルルーシュ・ジュニアハイスクールメモリアルがほしいなら、ダモクレスごとフレイヤをこちらにもらおうか?』
「わかりました!はい!お兄様!」
「……え?は?」

狂王モードに戻ったライが、にやりと笑って宣告する。
その瞬間、ぎゅんっという音が聞こえ、我に返ったルルーシュの目の前に青い壷のような物が差し出された。
ぱちぱちと目を瞬かせて視線を向ければ、すぐ傍にフレイヤの発射スイッチを自分に差し出すナナリーがいた。
目が合った瞬間、ナナリーが可愛らしい顔でにこりと微笑む。

「ダモクレスの鍵です。これでフレイヤはお兄様のもの。あ、乗組員にもさっさとギアスをかけてください。それでここはお兄様のものですから」
「ナ、ナナリー……?」
「これでいいですよね?ライさん!早くこちらに来てその写真をくださいっ!さあさあ!」
「ナナ……」
『了解。行くぞスザク』
『え?あ、ああ』
『ちょ、ちょっと待ちなさいっ!ライ!スザク!あんたたちを行かせるわけには……』
「カレンさん!邪魔をしないで下さい!蓬莱島に向かってフレイヤ撃ちますよ!」
「ナナ……っ!?」
『んな……っ!?』
衝撃的な発言に、ルルーシュとカレンが絶句する。
ジノはぱくぱくと金魚のように口を何度も開閉している。
その中で、ライとスザク、海に浮かぶC.C.は平然としていた。
ライとC.C.はナナリーの隠された本性を悟っていたし、スザクは前皇帝の騎士時代に何度かそれを垣間見たことがあったからだ。

「ナナリー・ヴィ・ブリタニアが命じます!黒の騎士団のみなさん!シュナイゼルお兄様側の味方だと仰るなら、今すぐに新皇帝派の皆さんを解放しなさい!傷つけたら許しません!フレイヤ撃ち込みますよ!」

ルルーシュに発射スイッチを握らせようとしつつも、自分もそれを放そうとしないナナリーの発言に、それを聞いてしまった誰もが絶句する。
あの可憐な、日本人を救おうと努力していた若すぎるエリア11の総督の口から、こんな物騒な言葉が飛び出すとは誰も思わないだろう。

「なな……りー……」
「お兄様!私お兄様のためなら何でもします!ですから、もっといろんなお兄様を見てくださいね」

ぱっとこちらを向き、きらきらと目を輝かせるナナリーは可愛い。
そう、可愛い。確かに可愛いのだが。

ぐるぐると思考を回しているルルーシュの前に、ナナリーの全開の笑顔。
7年ぶりの優しい色を持つ瞳を見ていたら、だんだんどうでもよくなってきた。
「…………ぁぁ」
「やったぁっ!お兄様!大好きです!」
「……俺も大好きだよ、ナナリー」
車椅子のまま抱きしめてくる妹を抱きしめ返して、答える。
その声が棒読みだったことと、ルルーシュの顔から涙が滝のように流れていたことは、気づかなかったことにした方がルルーシュのためだろう。

にこにこと笑ってフレイヤのスイッチを渡す最愛の妹の姿を見つめながら、もういない弟が物凄く懐かしくなってしまったのは、仕方のないことだと思いたかった。






『あ、ごめんルルーシュ。これ国際オープンチャンネルだった』
「ラァァァァァァァァァァァァァァァァァァイっ!!!!」

全世界に晒されたルルーシュ皇帝の、本人としては物凄く恥かしい写真は全軍に公開され、敵味方問わずルルーシュファンを増やしたとかなんとか。




アリス祭は捏造です。



2008.9.26