月光の希望-Lunalight Hope-

叶わない願い

誰もいない生徒会室で1人仕事をする。
最近は黒の騎士団の方が忙しかったから、こちらに顔を出す暇がなかった。
そのせいか、自分でなければ処理できない書類が溜まってしまっていて、仕方がないとそれに取り掛かって数分後。
ルルーシュと同じようにここ最近学校にあまり顔を出していなかったスザクが、生徒会室にやってくるなり発した言葉に、ルルーシュは思わず眉を寄せた。

「七夕?」
「そう!会長が、生徒会でやらないかって」

にっこりと笑うスザクを横目に、必死に記憶を辿る。
七夕――その言葉を聞いたのは、今が初めてじゃない。

「七夕って、確か……」
「日本の行事だよ。昔もやったろ?笹に短冊飾って」
「ああ、あれか」

7年前、枢木神社に住んでいたころ。
当時仲良くなったばかりだったスザクに誘われ、足を踏み入れた枢木本邸の庭。
そこに用意された、飾り付けられた笹を思い出す。
ずいぶん立派に見えたそれを背に、自慢そうに笑うスザクが、とても嬉しそうだったことも。

「と、いうわけで、はい」
「ん?」
スザクの声に現実に意識を戻せば、差し出されたのは1枚の色紙。
細長く切られた薄紫のそれが何だか分からず、思わずまじまじと見つめてしまった。
「何だ?」
「短冊!会長が、当日までに1人1枚書いてくるようにって」
「書くって何を?」
「願いごとだよ」
その言葉に、一瞬体が強張る。
気づかれないようにスザクを窺えば、自分の態度には気づかなかったようだ。
にこにこと笑顔を浮かべたままのスザクの手から、短冊を受け取る。
「願いごと、か……」
「うん。ルルーシュ、何て書く?」
「そうだな。『ナナリーに優しい世界になりますように』、だな」
「あははっ」
少しも時間を置かずに答えた途端、スザクが楽しそうに笑った。
その反応に、思わずむっと眉を寄せる。
「何だ?その反応は」
「いや、別に。やっぱりって思っただけだよ」
ルルーシュらしいと言いながら笑う彼に、悪かったなと返して顔を背ける。
そのまま、睨むような視線だけをスザクに向けた。
「じゃあ、お前の願いは何なんだ?」
「僕?そうだなぁ」
少し考え込むように首を傾げたスザクは、けれどすぐににっこりと笑った。

「『ルルーシュとずっと一緒にいられますように』、かな?」

その言葉に、ぴたりとルルーシュの動きが止まる。
息を呑むように動いた喉に、スザクは気づいただろうか。
にこにこと笑みを浮かべたまま短冊に視線を落とし、早速今の願いを文字にしているスザクをそっと窺う。
その顔は本当に楽しそうで、今口にした願いが叶うことを確信しているようだった。
それが、何よりも苦しくて、痛い。

「……なあ、スザク」
「ん?何?」
「もしも、お前が織姫と彦星の立場だったら、どうする?」

顔を上げたスザクが、きょとんとした表情でこちらを見つめる。
質問の意図が分かっていないのか、数回瞬きした後、不思議そうに首を傾げた。
「織姫と彦星の立場って?」
「だから、もしも恋人に年に一度しか会えなかったらどうするんだと聞いているんだ」

大切な人に、年に一度しか会うことが許されなかったら。
自分は、きっとそれに耐えられず、何としてでも会う方法を考えようと思うだろう。
もしも相手がナナリーなら、スザクなら、自分は決して、その状況を受け入れられずに、それを決めた神へ反逆するだろう。

けれど、スザクは?
自分と同じ気持ちでいてくれるのだろうか。
そうならば、俺は。

「うーん。そうだなぁ……」
少しの間考えていたスザクが、顔を上げる。
その幼さの残る顔に笑顔を浮かべて、口を開いた。

「その日のために精一杯働くと思うよ」

何を言われたのか分からなくて、思考が止まる。
一瞬遅れてその言葉を理解した後、言葉を口にしたのは無意識だった。
「……それだけか?」
「?うん」
「会えないのが寂しいとか、そういうことは思わないのか?」
「そうだね。寂しいとは思うかな」
そう答えるスザクの顔は、相変わらずの笑顔で。

「でも、それがルールなら、僕は受け入れるよ」

ああ、そうか。
それが、お前の答えなんだな、スザク。

「そう、か……」

漏れた言葉は、きっと震えていた。
告げられた答えに、目の前が真っ黒に染まっていく。
想いが、ひとつの感情に支配されそうになるのを、必死に抑える。
けれど、スザクはルルーシュのその変化に気づかずに笑う。

「そう言うルルーシュはどうなのさ」

そう尋ねられて、思わずペンを持った手を強く強く握り締めた。
スザクに気づかれないように、息を吐き出す。
そうして目を閉じれば、徐々に静まっていく感情――想い。
それらを宿す心が静まるのを待って、答えた。

「さあな」
「さあなって、人に聞いておいて自分はそれ?」
「その立場になってみないとわからないさ。ただ……」
ふと、沈めた感情が湧き上がるのを、必死で堪える。

「自分の願いが叶わない状態で、他人の願いまで叶えたいとは思わないだろうな」

わざと視線を外したことに、スザクは気づいただろうか。

「ルルーシュ?」

自分の名を呼ぶスザクの顔を、これ以上見ていたくなかった。
少し心配するような声音を無視して、立ち上がる。
驚く彼に視線を向けると、いつものように笑みを浮かべてみせた。

「……悪いが、用事を思い出した。これで失礼させてもらうよ」
「え?あ……、うん」

どうやら、他人用の仮面の笑みは成功したらしい。
違和感に首を傾げるスザクに呼び止められる前に、ルルーシュは早足で生徒会室を出る。
静かに扉を閉めた途端、湧き上がってきた感情に、思わず服の上からぎゅうっと胸を掴んだ。

わかっている。わかっているんだ。
この感情は、捨てなければならないことを。
それなのに、捨てられない。
ずっと胸の中に宿って、ふとした瞬間に湧き上がる。
もう、この感情が導く願いは、もう二度と叶うことなどないというのに。

「だったら、せめて」

どうかどうか。
年に一度だけ会うことの許される恋人たちが、願いを叶えてくれるというのなら。

「どうか」

この想いを、俺の中から消してくれ。

決して叶わぬ本当の想いを、願いを、忘れさせてほしい。
そうすれば、こんなに苦しむ必要なんて、なくなるのだから。




どうして私の書くスザルルは悲恋になるのか。



2008.7.7