Last Knights After
遠い日の約束
会議室を出て、早足に政庁の廊下を歩く。
脇に書類ケースを抱えて進みながら、この後の予定を思い出し、計画を練っていると、突然後ろから耳に馴染んだ声が聞こえた。
「ルルーシュっ!」
ここにいるはずのないその声に驚き、足を止めて振り返る。
視線を向けた先には、予想と少しも違わない、黒い制服を着た紅い髪の少女の姿があった。
真っ直ぐにこちらに向かって駆けてくるその姿に目を見開き、思わず大声で名前を呼ぶ。
「カレンっ!?お前、何でここに!?」
「何でとは失礼ね!仕事に決まってるでしょう!」
「仕事?」
「神楽耶様の護衛!」
「ああ……」
その言葉に、ルルーシュは漸く納得する。
今度の超合集国最高評議会が開かれるのは、ここブリタニアだ。
そのために一足先に入国した神楽耶の護衛に、黒の騎士団のエースであるカレンが来ることは、何の不思議でもない。
問題は、その黒の騎士団の団員がどうやってブリタニアの政庁に自由に出入りしているのかなのだが、カレンとジノの場合、それを考えるのは既に無駄なことだった。
どうにも、ライとスザクが、アッシュフォード生徒会メンバーだった彼らには通行証なるものを渡していて、それを見せれば入れることになっているらしい。
ナイトオブゼロ権限で行われたそれに異議を唱えることができるのは、今のところ皇帝であるルルーシュだけだ。
別に生徒会メンバーならば害はないし、日本に残ったメンバーの中で顔を出すのは、カレンとジノだけ――それも仕事で来たついでだと言うから、放っておいているわけだ。
思わずこめかみを押さえ、ため息をつきたくなったルルーシュの横で、カレンが不思議そうに首を傾げる。
きょろきょろと辺りを見回していたその空色の瞳が、くるりとこちらを向いた。
「あんたこそ、1人?」
「ライとスザクは明後日からの会議の準備に行っているからな」
「ひゃあ……。そんなことまで皇帝直属の騎士がやるの?」
「人員削減だ。それに、ライは明後日からの会議を取り仕切るからな。自分で見ておきたいんだそうだ」
「つくづく、スザクとは別の意味で人外よねぇ。ライって」
「まったくだ……」
スザクは体力面では確かに人外だが、政治面ではそうでもない。
対して、ライは体力面でこそ大人しくしているが、政治面には思い切り力を発揮する。
それが王だった時代の経験から来ているのか、天性の才能なのかは、ルルーシュには判断がつかない。
そんな自分の騎士たちを思い浮かべ、もう一度ため息を吐くと、軽く頭を振ってその考えを隅に追いやる。
そのまま当然のように自分の隣を歩くカレンへ視線をやった。
「それよりカレン。君はまだ黒の騎士団にいるのか?」
「そうよー。神楽耶様は私とジノを贔屓してくれるから、仕事には困らないしね」
「学園はどうしたんだ?復学したんじゃなかったのか?」
「え?してないわよ?」
あっけらかんと口にされたそれを、一瞬理解することができなかった。
「……はあ!?」
一拍置いて漸く脳に浸透したそれに、ルルーシュは素っ頓狂な声を上げる。
その声に驚き、ぱちぱちと目を瞬かせたカレンは、何をそんなに驚くのかと不思議そうに首を傾げた。
「確かに復学申請は通ったけどね。まだしてないわよ」
「何故だ?早くすればいいだろう?君の母上だって、それを望んでいるんじゃないのか?」
「うーん。お母さんのことを言われると弱いけど、無理だし」
「だから、何故無理なんだ!?」
納得いかないとばかりに声を上げるルルーシュを、ちらりとカレンが見る。
まるで自分がカレンの母親のような言い方をするルルーシュにひとつため息を吐くと、ふいっと視線を逸らして、呟くように言った。
「だって、あんたとライがいないじゃない」
「え……?」
小さく、けれどはっきりと聞こえたその言葉に、ルルーシュは思わず足を止める。
数歩歩いてから同じく足を止めたカレンが、くるりとこちらを振り返った。
頬を少し赤く染めた彼女の空色の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。
「『全てが終わったら、一緒にアッシュフォード学園に帰らないか?』」
その言葉に、ルルーシュは目を見開いた。
その反応を見て、カレンはぷいっと顔を背ける。
「私とあいつにそう言ったの、あんたでしょ」
そう。それはあの日、ルルーシュがライとカレンに向けて言った言葉だ。
まだ自分にとって大切な世界がどんなものだったのか気づいたばかりで、その世界にいる人を、1人も失っていなかった頃に伝えた言葉。
「覚えて、いたのか……?」
「ライに言われるまでは、忘れてたんだけどね」
そう言ったカレンの顔が、ほんの僅かに曇る。
しかし、それは一瞬だった。
逸らされていた空色の瞳が、真っ直ぐにこちらを向けられる。
「だから、あんたたちが復学できるようになるまで待ってるのよ」
迷いのないそれに驚く間もなく、彼女ははっきりと断言する。
その言葉に目を丸くしたルルーシュは、くすりと苦笑を漏らすと、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
「……俺たちはいつ戻れるかわからないだろう?」
「でも、約束したじゃない」
その姿を目で追ってきたカレンも、自分の隣にルルーシュがやってきたところで足を踏み出す。
ぶっきらぼうに告げた彼女の言葉が照れ隠しだということは、もうずいぶん前から知っていた。
自分も似たような態度を取ることが多いから、嫌でも気づいた。
そんな彼女に微笑ましい気持ちを感じながら、ルルーシュは目を細める。
彼女が、自分とライを待っていると言ってくれたことは嬉しい。
けれど、彼女には家族がいる。
彼女を愛し、彼女の幸せを願い続ける母親が。
その母を、悲しませて欲しくはないと思った。
きっと彼女の母は、彼女に普通の女の子と同じ人生を歩んで欲しいと願っていると思うから。
ぐるりと思考を巡らせてから、ルルーシュはちらりとカレンを見る。
真っ直ぐに前を見て歩く彼女の姿は、自分がゼロだった頃と変わらない。
それを心の隅で嬉しく思いながら視線を外すと、さも何でもないことのように口を開いた。
「カレン。君はジノと一緒に先に復学しろ」
「い・や・よ!それだけは絶っ対に嫌!」
はっきりと拒絶の意志を示すカレンに苦笑する。
そして、前にライから聞いた話をヒントに、思いついた作戦を実行しようと、口元に笑みを浮かべた。
「そうか。残念だ。なら、同じ年に大学を卒業するのは無理だな」
「はあ!?ちょっと、どうしてそうなるの!?」
「当然だろう?日本の大学はブリタニアの飛び級制度を取り入れた。そして、スザクはともかく、俺とライはそれを使うことができる。俺たちにとって、大学でやる勉強なんて簡単すぎるものだからな」
実際、ルルーシュもライも、授業なんてほとんど聞いていなかった。
教師の話なんて、要点さえ抑えてしまえば、それで十分。
後は教科書と与えられた参考書を読めば、大体のことは把握できる。
元々サボり癖のあったルルーシュは、それで試験の点数が十分に取れていたし、ライもまた、彼が騎士団に入る前に見せてもらっていたノートには、要点部分しかメモを取っていなかった。
「カレン。君にこの制度が使えるか?」
にやりと笑みを浮かべて尋ねれば、カレンの頬が思い切り引き攣る。
「うぐ……っ。できなくは、ないわよ……っ!!」
「そうかな?授業をサボりすぎて、単位の心配をしているような気がするが?」
「う゛……っ!」
確かに、それは否定できない。
大学の講義なんて、出席を重視するものを取らなければ、いなくたってわかりはしない。
それを逆手にとって真面目な友人にノートを頼み、講義をサボる学生なんて、それこそ大勢いる。
カレンがその中の1人になると、ルルーシュは指摘したのだ。
そして、カレンもまた、それを否定できない。
「あんたって、そういうところは変わんないわよね……」
「当然だ。俺は傍若無人な悪逆皇帝だぞ」
「元でしょうが元!」
ふふんと威張るように言ってやれば、それが気に食わなかったのか、カレンが睨みつけてきた。
それに笑いを堪えきれず、思わず吹き出せば、漸くからかわれたことに気づいたらしい。
かあっと顔を赤くしたカレンは、思い切り舌打ちをすると、ぷいっと視線を逸らした。
「わかったわよ!復学すればいいんでしょう!復学すれば!」
「ああ、そうだ」
「まったく……!涼しい顔で言いやがって!そんなに言うなら復学してやるわよ!それで文句ないでしょう!」
「ああ」
にっこりと笑って答えれば、悔しそうに睨みつけてくる。
暫くそうしていたカレンは、唐突に息を吐き出すと、その人差し指をルルーシュの目の前に突きつけた。
「その代わり、私たちが学生の間に戻ってこなかったら承知しないからね!肝に銘じておきなさい!」
「ああ。わかってるさ」
その宣言にも、ルルーシュは笑顔で答える。
それが気に食わなかったらしい。
カレンは再び舌打ちをすると、ずんずんと大股で先に歩いていってしまう。
その後姿をくすくすと笑っていたルルーシュが、ふとその笑いを止めた。
「 」
小さく口にした、言葉。
その言葉が聞こえたのか、カレンが足を止め、振り返る。
「何?何か言った?」
「……いや、なんでもないさ」
小さく首を横に振って答えれば、カレンは訝しげな表情を浮かべる。
それににっこりと笑い返せば、一瞬目を丸くした後、ふうっとため息を吐き出した。
仕方ない奴と言いながら、ぶつぶつと文句を呟き続けるカレンの姿に、ルルーシュはもう一度笑みを浮かべる。
そして、口の中でもう一度、先ほど届けなかった言葉を口にした。
待っていてくれて、ありがとう。
2014.9.28 加筆修正