月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

変わらない願い

「わあ!人が多いです!」

短い石畳を上りきった上、都心の一角にある神社を見た瞬間、ナナリーが嬉しそうに声を上げる。
以前アッシュフォードで花火大会を行ったときと同じ車椅子に乗った彼女は、その藤色の瞳を嬉しそうに細めた。
「これが日本の初詣なんですね!」
「そっか。ナナ君は目が見えるようになって、初めてのお正月だったわね」
「はい!クリスマスもすっごく楽しかったです!」
隣にいたスザクの言葉に、ナナリーは本当に楽しそうに微笑む。
それを見ているだけで心が温かくなって、ルルーシュも自然に微笑んだ。
ずいぶんと長くこの国で暮らしていたけれど、当時のナナリーは目が見えなかった。
だから、見るもの何もかもが新鮮で、楽しいらしい。
そんなナナリーの姿を見ることは、幼い頃からのルルーシュの夢でもあったから、頬が緩んでしまっても仕方ないだろう。
「ところで、大丈夫か?リヴァル」
それに満足しながら、ルルーシュは後ろを振り返る。
そこには、袴姿で、肩で息を切らせた悪友がいた。
つい先ほどまで1人で車椅子を運び、この石段を登っていた彼は、ルルーシュ以上にへばり、傍の鳥居に背を預け、座り込んでいた。
ナナリーの車椅子は高機能であったから、それだけでもかなりの重さだ。
それを1人で運んだのだから、当然といえば当然である。
「だから私たちに任せておけって言ったのに」
「……いや、今のお前らに車椅子なんて持たせたらまずいだろ、いろいろと」
あっさりと言い放ったライに、リヴァルは顔を引き攣らせながら反論する。
その言葉に、彼とルルーシュ、そしてスザク以外の全員が同意するように頷いた。

今の3人は、どこからどう見ても女性だ。
ルルーシュは腰までの長いウイッグをつけ、藤色の振袖を纏っている。
スザクは淡い蜜柑色の振袖で、襟足にヘアーエクステンションをつけている。
ライはルルーシュよりも少し短いウイッグと空色の振袖だ。
元より外見の良い彼らは、その姿すら様になっていて、声さえ発しなければ男とばれることはない。
事実、ルルーシュにいたっては、それで中華連邦の高官を騙した実績があった。

何故3人がこんな格好をする羽目になったかというと、この初詣のためだった。
ブリタニアの皇帝とその騎士が、そのままの格好で外を出歩けば、嫌でも目立つ。
それが私服であったとしても、外見が良い彼らは、それだけで人の目を引くのだ。
黒の騎士団として名の売れているカレンとジノ、人気キャスターとして名を馳せているミレイまで一緒にいては、嫌でも気づかれる。
それを防ぐためにと、彼らを日本へ呼んだ――正確には、ルルーシュを掻っ攫い、ライとスザクを呼びつけた神楽耶が提案したのが女装だった。
初めてルルーシュの女装姿を見たナナリーが喜んだから、結局3人も渋々その提案に頷いたが、そうでなければ絶対にこんな格好をするものか。

余談だが、ナナリーとアーニャも同じ理由で男装をしていた。
と言っても、2人とも可愛らしいから、その意味はほとんど為していなかったけれど。
だが、ナナリー・ヴィ・ブリタニアとアーニャ・アールストレイムだという真実は誤魔化せているようだから、それはそれでよいのだろう。
ちなみに、リヴァルが必死に車椅子を運んでいる間、ナナリーはジノがお姫様抱っこで運んでいた。

「でも、比較的空いてる時間でよかったわね」
「本当だよ……」
「はいはい、ライ。いい加減に諦める」
にこにこと笑いながら話しかけたカレンに、げんなりした様子のライが答える。
その背をミレイがばんばんと叩いた。
予想外の強い力に、ライは思わず咳き込む。
「それで、これってどうやったらいいの?」
「ああ。まずはそこで手をお清めするんだよ」
ニーナの問いに答えたのは、スザクだった。
傍に寄り、かけられていた柄杓を手に取る。
「こうやって、まずは左手。次に右手。そうしたら、左手で水を受けて口を漱いで、最後にもう一回左手を洗うんだ」
「こう?」
「そうそう」
戸惑いながらも必死にスザクの真似をするニーナ。
その彼女に微笑みかけるスザクの姿を見て、ルルーシュは「おー」と手を叩いた。
「さすが神社の息子」
「袴だったら様になっていたんだろうけどな」
「……ちょっと。そんな冷たい目で見ないでくれるかな」
思い切りため息をついたライの視線に気づき、振り返ったスザクが顔を引き攣らせる。
目が合いそうになった瞬間、ライはすっと視線を逸らした。
ルルーシュが思わず隣で苦笑していると、くいっと裾を引っ張られた。
何かと思って見下ろせば、そこにはにっこりと笑ったナナリーがいた。
「お姉様。取っていただけますか?」
「ああ、すまない。ほら」
「ありがとうございます」
車椅子を押してスザクの隣に移動すると、かけられていた柄杓を取る。
渡してやると、ナナリーは嬉しそうに礼を告げた。
それに満足して、ルルーシュ自身も柄杓を取る。
スザクに教わったとおりでの手順で2人でお清めをして、持っていたハンカチをナナリーに手渡す。
その姿を見て、友人たちがため息をついていることなど、彼は気がついていないだろう。
「美人姉弟……」
「記録」
ライが思わずといった様子でため息をつき、その隣でアーニャが携帯を構える。
その様子を楽しそうに見つめていたミレイが、戻ってきたスザクの肩をぽんぽんと叩いた。
「それでぇ。あっちでお参りすればいいのよね?」
「そうですよ」
「とりあえず、カレンかスザ子にお手本を見せてもらいましょ!」
「はいはい」
「ちゃんと見ててくださいね」
びしっと指を突きつけたカレンに苦笑しながら、スザクは彼女と共に賽銭箱の前に立つ。
5円玉を放り入れて、ぱんぱんと手を2回叩き、一礼をした。

「今年こそ、ルルーシュがナイトオブワンにしてくれますよーにっ!」

大声で願い事を言ったカレンに、隣のスザクがびくりと肩を跳ねさせる。
思わず唖然と彼女を見つめたルルーシュは、一拍遅れて盛大なため息をついた。
「……カレン……」
「何よぅ!私、諦めたつもりはないんだから!」
「っていうか、カレン。こういう願い事って、口に出したら叶わないって話は知ってる?」
「ええっ!?嘘っ!?」
「あらら~……」
「残念だったな!カレン!」
スザクの言葉に、カレンが悲痛な叫びを上げる。
それにリヴァルが苦笑し、ジノが声を上げて笑った。
瞬間、ジノの鳩尾にカレンの拳がめり込む。
「ぐふっ!?」
ごすっという音と共に崩れ落ちたジノが、腹を押さえて地面に蹲る。
それに苦笑を浮かべながら、スザクはルルーシュに場所を譲った。
「どうぞ、ルル子」
「……ああ」
呼び方に不満があるが、この際仕方ない。
すっかり開き直ったルルーシュは、はあって息を吐き出すと、おかしそうに笑うナナリーと共に賽銭箱の前に出る。
カレンに教えてもらったとおりに5円玉を投げ入れて、2人で揃ってぱんぱんと手を叩き、お参りをする。
そのすぐ傍で、他の面々も同じようにお参りをした。

「よし!みんなOKね!」

暫くして顔を上げたミレイが、周囲を見回す。
それに誰もが顔を挙げ、返事を返すと、にっこりと微笑んで手を振り上げた。
「じゃあおみくじ引いて、移動するわよ!」
「「「はーい」」」
素直に返事をしたのは、リヴァルとジノ、ナナリーだ。
それを微笑ましく思いながら、ルルーシュはナナリーの車椅子を押した。
振動が伝わらないように十分注意しながら歩いていると、ふとナナリーがこちらを振り返った。
「お姉様」
「何?ナナリー」
「お姉様は、なんてお願いをしたんですか?」
にこりと微笑んで尋ねてくるナナリーに、頬が緩む。
可愛い妹の問いに答えてあげたいけれど、それはしない。
「スザクが言っていただろ。話したら叶わないって」
「あ、そうでしたね。すみません」
申し訳なさそうにするナナリーに、構わないと告げて、視線を前へと向ける。
談笑しながら歩く友人たちを見て、ルルーシュはふっと笑みを浮かべた。

「まあ、話さなくっても、みんなは気づいているかも知れないけどな」

その呟きを聞き取ったらしいナナリーが、数回ぱちぱちと瞬きをすると、くすっと笑みを零す。
呆れたような、それでも嬉しそうな表情でルルーシュを見上げ、にこりと微笑んだ。

「私も、お兄様の願いが叶うように、祈っていますね」
「ありがとう、ナナリー」

微笑んで礼を告げれば、最愛の妹はにっこりと笑う。
それに幸せを感じながら、先に歩く友人たちに置いていかれないよう、歩く速度を少しだけ速めた。



そう、俺の願いは、いつだって変わらない。
今のこの世界が、ずっとずっと続いていくこと。
そして、その世界でナナリーが、ライが、スザクが、C.C.が、みんなが笑っていてくれること。
それだけが、変わることのない、唯一の願いだから。






「ちなみにぃ。皇帝陛下の騎士様方は何てお願いしたのかなぁ?」
「ん~?」
突然リヴァルに肩を組まれたことにも動じずに、ライはわざとらしく首を傾げる。
女性ならば可愛らしいその仕種のまま、少し離れた位置でニーナと談笑しているカレンへと視線を向けた。
そして、先ほど慌てて自らの口を押さえた彼女を思い出して、思わず口元に笑みを浮かべる。
「たぶん、カレンが口にしなかった方の願いと変わらないと思うよ」
「へ?」
「そうだね。というか、きっとみんな同じじゃないかな」
突然話を振られ、驚くカレンとは対照的に、スザクがにこりと微笑む。
その翡翠の瞳が、後ろへと向けられた。
同じようにライが後ろを振り返る。
それを負って振り返ったリヴァルとカレンは、そこにいた人物を見た途端、納得したように声を漏らした。

「ああ……」
「そうね」
「否定しないわ」
「みんな同じ」
「そうだな。みんな同じだよな」

リヴァルの呟きにミレイがにっこりと微笑む。
少しだけ顔を染めたカレンがぱっと前へと向き直り、アーニャが口元に笑みを浮かべ、ジノが満面の笑みで笑った。
ミレイの隣で、振り返らずともライとスザクの意図を悟っていたニーナが、くすくすと笑っている。
そのやり取りに気づいたのか、話題の人物――ナナリーと話をしていたルルーシュが、顔を上げてこちらを見た。

「ん?何だ?」
「何でもないよ、ルルーシュ」

にっこりと笑ったライの答えに、ルルーシュは不思議そうに首を傾げる。
そのすぐ前で、こちらの会話の内容を悟ったらしいナナリーが、楽しそうに笑う。
それに笑みを返すと、未だに不思議そうにしているルルーシュを置いてけぼりにして、思わずみんなでくすくすと笑ってしまった。



きっと、僕らはこれから先、この日が来るたびに願うのだろう。
ルルーシュが、今みたいに笑っていてくれることを。
今みたいに、幸せを当たり前として受け入れられる場所があり続けることを。
けれど、ただ願うだけでは終わらせない。
その場所を、彼の笑顔を、僕らは守る。
この先、何があったって、ずっとずっと、守り続けてみせる。

そのために、僕らは契約を結んだのだから。




2009.1.4