月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

癒しの方法

世界は今日も平和だ。
あの決戦以来、大きな戦争は起こっていない。
小さな紛争はまだ残っているけれど、それも以前に比べてすぐに収まる程度のものだ。
超合集国の名の下にひとつになった世界は、話し合いのテーブルにつくという方法で、ゆっくりと新しい道を歩き始めている。
そんな世界が日常になったある日、ルルーシュが執務室で公務に没頭していたときのことだった。

「ルルーシュ」

突然後ろから、黒い騎士服の腕が伸びてくる。
そのまま椅子の背もたれ越しに、抱き締められた。
反動でペンのインクが書類に散る。
それに顔を引き攣らせながら、ルルーシュは振り返らずに口を開いた。

「……スザク、重い」
「えー?そんなに体重かけてないよ」
「重いものは重い」
「そんなぁ。わざわざマントだって脱いだのに」

ぎゅうっと後ろから抱きついてくるのはスザクだ。
にこにこと笑っていた彼は、急に拗ねたような顔つきになって、ぶーぶーと文句を言う。
だが、文句を言いたいのは、書類をひとつ作り直しになったルルーシュだ。
仕方なくジェレミアを呼ぼうとベルに手を伸ばしたところで、かつんという床を鳴らす音が耳に入り、顔を上げた。
そこにいたのは、得意げな顔で微笑む緑髪の魔女。
ルルーシュ同様彼女の出現に気づかなかったスザクが、ぎょっと体を起こし、ルルーシュから手を放した。

「ふん。駄目だなスザク。全然駄目だ」
「C.C.!?」
「お前、またどこかで聞いたことのあるようなセリフを……」
「抱き締めるとは、こういう風にするんだ」

ルルーシュが皆まで言う前に、今度はぐいっと腕を引かれた。
突然のそれに反応できるはずもなく、されるがまま、ルルーシュはC.C.の胸に顔を押し付ける。
そのままむぎゅっと抱き締められれば、伝わるのは当然、女性特有の、あの柔らかい感触で。

「……!?」

それを認識した途端、ルルーシュの顔が一気に真っ赤に染まった。
手にしていたペンが、ぽろりと落ちる。
そのまま固まってしまったルルーシュに、C.C.が柔らかい笑顔を浮かべた。
「どうだ?ルルーシュ。柔らかいだろう?」
「ば、馬鹿っ!何はしたないことをしている!さっさと放せ!?」
「そ、そうだよ!はしたないよC.C.!?」
「今更だな。私とこいつは同じベッドで寝ていた仲だぞ」
「でも君たち、そういうことは全くなかったじゃないか!!ということは、君は魅力ないんじゃないのかC.C.!!」
「何だと!?この数百年前から体型の変わらない美少女の、どこが魅力がないというんだ!?」
「自分で言うな自分で!」
暴れるルルーシュなんて全く気にせずに、スザクと口喧嘩を始めるC.C.。
ぎゃあぎゃあと、頭の上で繰り返されるそれに、ルルーシュが本気で怒ろうとした、そのときだった。

「……何やってるんだ、君たちは」

突然聞こえた、第三者の声。
それにスザクは勢いよく顔をそちらに向け、C.C.も思わずルルーシュを解放し、振り向いた。
そこにいたのは、ワイシャツにスラックスという格好をした銀髪の少年と、白と桃色のワンピースを着た車椅子に乗った亜麻色の髪の少女。
普段よりずっとラフな格好をした2人が、きょとんとした表情でこちらを見ていた。

「「ライ!?」」
「ナナリー!」

ナナリーの姿を目にした途端、ルルーシュがC.C.を押しのける。
そのまま立ち上がると、部屋へと入ってくるナナリーの傍へと歩み寄った。
「どうしたんだ?今日は2人は休みだっただろう?」
「ええ。ですから、ライさんに手伝っていただいて、お兄様に差し入れを」
「俺に?」
「ああ」
そう言ったと思った途端、ライがナナリーの車椅子の後ろ――正確には、車椅子の影に隠すように置いてあったワゴンから、何かを取り出した。
どんっと目の前の机に置かれたそれ。
何故か大きな布がかかっているそれを見て、不思議そうに首を傾げた途端、ライはにやりと笑った。

「見て驚くなよ、ルルーシュ」

そう言ったと思ったまさにそのとき、ライの手が勢いよく布を引く。
その瞬間、大きな布が取り払われ、その下にあったものが姿を現した。
その下にあったのは、大きな大きな容器。
「な、何だこれっ!?」
「この巨大な透明の容器に入った黄色い物体は……っ!?」
容器の底が、透明感のある茶色で満たされている、それは。

「バケツプリン……っ!?」

目の前に置かれた至高の品に、ルルーシュが思わず息を呑み、後ずさる。
まさか、幻のそれをこの目で見る日が訪れるとは、さっぱり思っていなかったルルーシュにとって、この衝撃は大きかった。
この場合、自分で作ったものはカウントしない。

「ちなみに容器はお菓子専門店から取り寄せた、専用容器です。ちゃーんと食器なんですよ」

にっこりと笑ったナナリーが、プリンの入った容器について説明する。
なるほど、バケツ並みの大きさのそれは、けれど取っ手はついていなかった。

「ちなみに今夜は咲世子さん特製カレーうどんだ。もちろん、麺は手打ちだって」
「お兄様と一緒に食べたくて、私がお願いしたんですよ」
「……っ!?」

笑顔を深めたナナリーを見た瞬間、ルルーシュがぴしりと固まった。

「ん?」
「あれ?」
「ルルーシュ?」
「お兄様?」

口元に手を当てたまま動きを止めた彼に、ライとナナリーが不思議そうに、スザクとC.C.が不安そうに声をかけた、そのときだった。

「ナナリー!俺の天使っ!」
「きゃあっ!?」
「あ」
「シスコンモードが発動した!?」

歓喜極まったルルーシュが、ナナリーに抱きつく。
ただぽかんと2人を見つめるライとは対照的に、スザクとC.C.は慌てる。
2人の心情なんて知る由もないナナリーは、最初こそ驚いて目を瞬かせていたものの、すぐににっこりと微笑んだ。
抱きつく兄の、綺麗な黒髪を撫でる。

「ふふっ。お兄様、お疲れのようでしたから。ライさんに頼んでいーっぱいがんばっちゃいました」
「ナナリー!こんな優しい子に育ってくれて、俺は……俺は……っ!」
「お兄様がいてくれたからですよ」
「ナナリィィィィっ!!」
「お兄様。お礼ならライさんに言ってあげてください。プリンはライさんががんばってくれたんですから」
「ああ!ライ、ありがとう」
「君が喜んでくれるなら。僕はいくらだって腕を磨くよ」

ナナリーを抱き締めたまま礼を言うルルーシュに苦笑しつつも、ライは笑顔で応える。
その紫紺の瞳が、ふとルルーシュから動いた。
先ほどからずっとこちらを見ているスザクとC.C.に、ばっちり目が合う。

その瞬間、ライはにやりと笑った。
それまでの穏やかな笑顔が嘘のような、王の笑みで。

「く……っ!?」
「ライ、まさか、お前こんな手を使うとは……」
「ふん。疲れているルルーシュを労わるには、ナナリーの笑顔が一番だってわかってるだろう?見落とした君らが悪いんだ」
「ぐ……っ!?」

勝ち誇ったほうに答えるライに、スザクとC.C.は反論をすることもできずに悔しがる。
2人が口でライに勝てるはずがない。
だから、別の方向で攻めようと、スザクは必死に口開いた。

「でも、これって結局ナナリーの勝ちってことだろ!?君だって結局……」

ナナリーに負けたんだと、そう続くはずの言葉は、途切れた。
ナナリーが、漸く体を放したルルーシュに向かって、ますます深い笑顔を浮かべたのだ。

「そうだ、お兄様。お時間があるようでしたら、休憩してお茶をしませんか?」
「ああ、いいな」
「なら、僕が用意するよ、ルルーシュ」
「「んなっ!?」」
先ほどまでの笑みは一瞬で消し、にっこりと微笑んだライに、スザクとC.C.が揃って声を上げた。
その2人の様子に、ナナリーしか目に入っていないルルーシュが気づいているはずがない。

「ああ、頼むよ、ライ。スザク、C.C.、後は頼んだぞ」

にっこりと笑って帰ってきたルルーシュの答えに、ライもにこりと微笑む。
スザクとC.C.が絶句している間に、ライはナナリーの側をルルーシュに譲ると、2人をエスコートするように先に歩き、扉を開けた。
楽しそうに話をしながら、ルルーシュが車椅子を押し、ナナリーと共に執務室を出て行く。
2人が廊下へ出たのを確認し、ライが扉を閉める。
それが完全に閉じられるその瞬間、紫紺をはめ込んだその顔が、にやりと微笑んだ。
その顔を見たと思った瞬間、ぱたんと扉が閉じられる。
その音に、スザクとC.C.は我に返った。

「や、やられた……!?」
「そ、そんなぁ!ルルーシュぅっ!!」

まんまとライにルルーシュを取られ、挙句の果てにわかるはずもない書類を押し付けられた2人は、暫くの間その場に立ち尽くしていた。




2008.11.10~11.29 拍手掲載