Last Knights After
繋がる明日への
宮廷内を皇帝の執務室へと急いでいたライは、ふと足を止めた。
顔を上げて、窓から空を見上げる。
窓の外に広がっているのは、蒼い空。
戦闘機が飛ぶこともなくなったそこを、鳥の陰が横切っていく。
平和な世界。
まだまだ問題は無くなったとは言えないけれど、戦争をしていた頃よりは随分と平和になった世界だ。
自分たちの望んだ明日がここに、目の前にある。
だというのに。
「なんだ……?」
不意に感じたのは、ざわざわとした感覚。
落ち着かない。
あの戦争の間、そして、まだ自分が小さな領地の領主だった頃によく感じていた、これは。
「ライ?」
声をかけられ、我に返る。
視線を廊下へと戻せば、そこにはいつのまにか、自分と同じ黒い騎士服を身につけた青年が立っていた。
「スザク」
「どうかしたのかい?こんなところで」
スザクが首を傾げる。
だいぶ学生時代の仕草が戻ってきたそれを見て、ライはこっそりと息を吐き出した。
「いや、なんでもない」
「本当に?」
ほんの少しだけ、スザクの翡翠の瞳が鋭くなったような気がした。
こういう勘はだいぶ働くようで、隠し事をしたいときは少しだけ困る。
「本当さ。少し、今が不安になっただけさ」
「不安に?」
スザクが首を傾げる。
表情は学生時代と同じようだったけれど、瞳には確かに軍人としての光が宿っていた。
それを見て、思ったことを口にする。
「少し、平和ボケしているかもしれないってね」
「それは、否定できないかも」
それを聞いた途端、スザクは苦笑した。
それを見て驚く。
「君がそう言うとは思わなかったな」
「それは僕もだよ」
「え?」
帰ってきた言葉に、ライは首を傾げた。
それを見たスザクは、ますます苦笑する。
「ライは、常に周囲を警戒しているじゃないか。特にルルーシュの側にいるときは」
「当たり前だろう。彼は大事な誓約者だからな」
間髪入れずに答えれば、スザクは何故か吹き出した。
そのまま「ごめん」と言いながら、ひとしきり笑う。
どうして笑われているのかがわからなかったけれど、言い訳や否定をする理由もないから、眉を寄せるだけにしておく。
「それで?」
しばらくして、ようやく落ち着いたスザクが、涙を拭いながら口を開く。
「本当にどうしたんだい?」
真剣な表情でもう一度尋ねられて、ライはため息をついた。
「誤魔化そうとしたのに、どうしてそう諦めが悪いんだ君は」
「君が何か気にしているなら、ルルーシュに関わることかもしれないじゃないか」
はっきりとそう言うスザクの瞳を、見つめ返す。
「ルルーシュに何かあったら、僕はきっと、自分を許せないと思うから」
はっきりとそう言う彼は、本当にあの頃とは随分変わったと思う。
あの頃は、ただ憎しみ合って、交わった目的のために突き進んでいたけれど。
今は本当に迷いのない目で、自分の気持ちに向き合っている。
それがわかる表情でそう言われてしまえば、これ以上黙っていることもできなかった。
「わかった……」
意を決して、頷く。
「と言っても、本当に些細なことなんだ」
「それは聞いてから判断するよ」
「……そうだな」
全く退く気がないスザクに、本当に折れて、ライはようやくその言葉を久地にした。
「なんだか、ほんの一瞬なんだけど、胸騒ぎを感じたんだ」
「え?」
スザクが思わずといった様子で聞き返す。
それはそうだろう。
自分だって、なんだそれはと思うに違いない。
「理由はない、はずだ。だけど、感じた」
それでもあの胸のざわつきは、確かに悪い予感を感じたときのそれだった。
それだけは、間違いないはずだ。
「何故だろうと理由を探していたときに、君が来たんだ」
「そう……」
スザクが目を伏せる。
突拍子もないことだと呆れただろうか。
そう思っていたのだけれど。
「なら、少し警戒するべきかもしれない」
「え?」
驚いて視線を戻せば、彼は考え込むように口元に手を添えていた。
「君の勘の鋭さを、僕はよく知っている。君のその胸騒ぎを、無視してはいけない気がするんだ」
こちらを見て、スザクははっきりとそう告げる。
「ちょうどもうすぐ日本で超合集国評議会があるし、それを理由に少しルルーシュの周りの警備を強化するのもありじゃないかな」
すらすらと自分の意見を口にするスザクを、思わず呆然と見つめる。
その視線に気づいたのか、彼は不思議そうに首を傾げた。
「……ライ?」
「いや、なんでもない」
「本当に?」
「ああ」
こんなにもあっさりと納得してもらえるとは思わなくて、驚いていただけだ、なんて、なんだか素直には言いたくなかった。
だから少しだけ思案する振りをして、すぐに口を開く。
「警備を強化するにしても、僕らだけで勝手をするわけにはいかないし、ルルーシュにも相談して、ジェレミアさんに話を通すか」
「そうだね。じゃあさっそく話してみようか」
あっさりと同意を返したスザクは、そのまま皇帝の執務室へ歩き出す。
その背を見送りながら、ライはふうっとため息をつくと、右手を自身の胸に添えた。
「……なんだろう、これは」
消えない悪寒。
ざわざわとした、それ。
自分が何を感じているのか、よくわからない。
けれど、何となく、ギアスが関係している。
そんな気がした。
「ひとつ、手を回しておこうかな」
ぽつりと呟いて、ジャケットの下、胸ポケットから携帯電話を取り出す。
かちかちと操作していくと、アドレス帳の中に、不可思議な名前のグループが出て来た。
果たして、彼らには今もこの番号で繋がるのか。
それはわからなかったけれど。
「あとは、東海岸にも、か」
彼女に連絡をすれば、彼にも繋がるだろうか。
「グランベリーも呼び戻すべきかもしれないな」
頭の中で警備計画を考えながら、ライも漸く歩き出す。
今感じているこれが、気のせいであるようにと、願いながら。