Last Knights After
数年目の誕生日
布団の中で、自然に目が覚め、ルルーシュはゆっくりと目を開けた。
ベッドのサイドテーブルにある時計を見れば、いつもの時間だ。
起き上がり、少しの間ぼうっとして、目を覚まそうと伸びをしたところで扉がノックされた。
「どうぞ」
こんな時間に寝室に尋ねてくる人物なんて限られている。
それがわかっているから、ルルーシュは気にすることなく声をかけた。
「おはようございます、ルルーシュ様」
入ってきたのは予想していた人物の一人、この家でメイドを務めてくれている咲世子だ。
「おはよう咲世子。すまないが、今日の予定を教えてもらえるか」
いつもなら、起きて少し立てば前日のうちに立てたスケジュールが頭の中に蘇ってくるのだが、今日はさっぱり思い出せなくて、思わず尋ねる。
すると、咲世子はにっこりと笑った。
「はい。今日はルルーシュ様もみなさんもお休みです」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
けれど、少しだけ間を置いて、思い出す。
「そうか……。そうだったな」
そう。今日はずいぶんと久しぶりの休暇だ。
正確には、ライとスザクが無理矢理もぎ取った休暇、というべきだろうか。
「全くあいつらは、こんなときに……」
思わず呟いてため息をつけば、咲世子がくすくすと笑う。
「ところでルルーシュ様。朝食はどちらでお召し上がりですか?」
思わず文句を言おうとしたけれど、それより先に質問を投げられ、ルルーシュは思わず口に仕掛けた言葉を飲み込んだ。
「あ、ああ。食堂で頼む。着替えたら行くから、用意をお願いできるか?」
「はい。では、失礼します」
頭を下げると、咲世子はそのまま部屋を出て行く。
扉が完全に止まったのを見届けると、ルルーシュはもう一度ため息をついた。
「まったく……」
そう呟く顔には、まんざらでもないという表情が浮かんでいた。
手早く着替え、身支度を整え、食堂へ向かう。
扉を開けて中に入ると、中で話をしていた人物がこちらを振り返った。
「お兄様!おはようございます!」
「おはよう、ルルーシュ」
「おはよう、ナナリー。ライも」
ぱっと笑顔を浮かべたナナリーと、ふわりと笑うライに挨拶を返し、近づく。
今日の2人は、自分と同じように私服を着ていた。
「お兄様は今日もかっこいいです」
「ありがとう。ナナリーも今日も可愛いよ」
「ありがとうございます」
にっこりと笑うナナリーを見ていると、どうしても自然に頬が綻んでしまう。
昔と違い、きらきらとした藤色の瞳で見つめられているから尚更だ。
「2人とも、食事は?」
「お先にいただきました」
「そうか」
ナナリーの問いに、ほんの少しだけ落胆する。
それが声か表情に現れてしまったのだろうか、彼女はルルーシュを見てくすりと笑った。
「もちろん、ご一緒しますよ。お兄様」
「でもお前も忙しいだろう?」
「でも、今日はお休みです」
胸を張ってそう答えるナナリーに、ルルーシュはくすりと笑みをこぼした。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい」
そう告げれば、ナナリーはにっこりと笑って笑顔を見せる。
「もうすぐ咲世子さんがルルーシュの分の朝食を運んでくるはずだから、お茶でも入れてもらおうか」
「ええ。お願いしてもらっていいですか?」
ライの問いに、ナナリーは笑顔で頷いた。
快く引き受けたライが、食堂を出ようとしたそのとき、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「おっと……。ちょっと玄関に行ってくる」
「ああ」
ライが早足で食堂から出て行くのを見送る。
誰が来たのだろうとナナリーと話をしていると、突然きっちり閉められていた扉が勢い良く開いた。
「いやっほーっ!!ルルちゃん元気ー!?」
「おっはよー!」
入ってきた人物に、ルルーシュは一瞬思考を停止して、我に返った瞬間勢いよく立ち上がった。
「会長!?リヴァル!?」
そこにいたのは日本にあるブリタニアのテレビ局の支社に勤めているはずのミレイと、同じく日本にあるアッシュフォードの系列の大学に進学したはずのリヴァルだった。
「何で本国に?」
「超合集国評議会の取材でーす」
「俺は会長のとこの日雇いアルバイト」
ピースした右手を額に掲げ、ポーズを取る人気アナウンサーと、学生アルバイト。
相変わらずの様子の2人に、ルルーシュは一瞬目を丸くした後、溜息を吐いた。
「連絡したら来てるって言うから、僕が呼んだんだよ」
その途端、2人を擁護する声が聞こえた。
顔を上げると、彼らと一緒に戻ってきたらしいライが、それはもう清々しいくらいの笑顔を浮かべていた。
「ライ……。お前」
「大丈夫。ちゃーんとミレイさんの会社の方に連絡して許可もらったから」
「有無を言わせない口調だったけどな」
「何か言ったかい?リヴァル?」
「いえ、何も」
にっこりと笑ったライの、目は一切笑っていない笑顔を向けられ、リヴァルはさっと彼から視線を逸らした。
「咲世子さんにお茶を頼んでくる。ゆっくりしててくれ」
「ありがとう」
何かを言われる前にと言わんばかりのタイミングで席をはずすライの背を、ルルーシュは睨みつける。
けれどその表情も、ミレイのこぼした笑みに気づいて、すぐに引っ込めた。
その笑みは何なのかと言う意味を込めて視線を向ければ、予想外の穏やかな笑みを向けられていて、ルルーシュは心の中で、ほんの少しだけ驚く。
「こうやって会うのは久しぶりね」
「そう、ですね」
「元気してた?」
「ええ。おかげさまで」
ミレイの問いに、ルルーシュは笑顔を浮かべて答える。
彼女はアナウンサーとしての人気が上がってから、日本以外の国に取材に出るようになった。
あのテレビ局の超合集国関連の取材はミレイの担当になっているらしく、評議会があるたびに見かけていたし、時には取材をされることもあった。
もちろんお互い仕事中だから、こんな風に気軽に話すわけにはいかず、こうやって話をするのはずいぶん久し振りだった。
何を話そうか迷っていると、横からリヴァルがぬっと入ってきた。
「なあなあ、ルルーシュ。最近どうだよ。結構テレビで見かけるけど、ちゃんと遊んでるのか?」
「いや、最近は忙しくて」
「しっかり休まないと体に悪いぜ。な?今度休み取って遊びに行かね?俺ももうすぐ冬休みだし」
「賭チェスは勘弁しろよ」
「ぎくっ」
「あ、図星」
「駄目ですよリヴァルさん。危ないことしないでください」
びくりと体を震わせるリヴァルに、ミレイが冷たい目を向け、ナナリーが怒ったように言う。
慌てて弁解をしようとするリヴァルの姿に思わず笑みを浮かべる。
そのうち、咲世子が朝食とお茶の用意をしたワゴンを押して入ってきた。
彼女の用意してくれた日本風の朝食を済ませて、4人で談笑していると、再び扉がノックされた。
「おっはよー」
「おはようございますー」
返事を待たずに扉を開いて入ってきたのは、赤い髪の女性と金髪の青年。
その姿に、思わず扉を振り返ったミレイが、驚いたように目を丸くした。
「カレン!ジノ!」
「あれ?ミレイさんにリヴァルじゃない」
2人の姿を認めたカレンも、驚いたような表情を浮かべた。
私服姿のカレンとジノは、ルルーシュとナナリーへの挨拶もそこそこに2人の側へ寄る。
「2人とも、どうしてここに?」
「超合衆国評議会の取材に来ててね。ライに招待されて遊びに来たのよ」
「ミレイさん、仕事でしょう?大丈夫なんですか?」
「今日評議会は休憩日だからって休暇を貰えたわ」
ミレイがアナウンサーであることを、当然カレンとジノも知っている。
だから尋ねたカレンの言葉に、ミレイはブイサインをしながら答えた。
その答えに、カレンは一瞬目を丸くした。
そのまま、くるりと後ろを振り返った。
「何かなカレン?」
「ううん。何でもない」
そこにいたのは、お茶のセットを持ったライだ。
彼と目が合った途端、カレンはふいっと視線を逸らした。
たぶん、この中では一番長くライの本性を見てきた彼女は、それだけで悟ったのだろう。
ミレイの休暇の裏にはライがいる。
そして、それを追求してはならないと。
そういえばチャイムが鳴らなかったと思い、ルルーシュが尋ねると、たまたまライが玄関にいたときにカレンとジノが訪ねてきたらしい。
そのまま2人を案内したのだそうだ。
納得したところで、再び食堂の扉が開いた。
「ただいまー」
入ってきたのは、仕事着を着たままのスザクだった。
かつてのラウンズのものによく似た黒い騎士服を着た彼は、マントを持ったままふらふらと中に入ってくる。
「お帰りスザク。仕事は片づいたのか?」
「ただいま、ライ。なんとか引き継ぎしてきたよ。……って、あれ?」
目の前で水を差しだしたライの手からそれを受けれ取ったところで、この場にライとルルーシュ、ナナリー以外の3人がそこにいることに気づいたらしい。
一瞬驚いたような表情を浮かべた彼は、4人の客人を見てふわりと笑った。
「みんなもう来てたんだ。いらっしゃい」
「お邪魔してますー」
歓迎するその言葉に、ミレイとリヴァルが笑顔で答える。
あっさりとそう言ったというとは、スザクも2人が来ることを知っていたのだろう。
そのことについて文句を言おうかと思ったけれど、それは飲み込む。
代わりにひとつ溜息を吐いてから、ルルーシュはぎろりとスザクを睨んだ。
「お前、夕べ帰ってこないと思ったら、今まで仕事してたのか?」
「ただいまルルーシュ。うん、ちょっと長引いちゃって。でも片づいたから」
さわやかな笑顔でそう言われてしまっては、ルルーシュにはそれ以上何も言えない。
無理をするなと言いたいけれど、そういえば即座にライから「人のことは言えないだろう」と言われるに決まっているのだ。
軍事担当のスザクの仕事が長引くというのは少し気になったけれど、報告をしないのならば大したことではないのだろうと考えて、無理矢理納得しようとする。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
その途端、まるで心を読みとったかのように声をかけられ、驚いて顔を上げた。
視線の先にいたのは、薄い笑みを浮かべるライだった。
「明日の警備の件で、黒の騎士団側と揉めてただけみたいだから」
あっさりとそう言い放ったライに、視界の隅でミレイとリヴァルがぎょっとしたと言わんばかりの表情を浮かべたのが目に入る。
「よく知ってるわね」
「スザクのところですまない話は、まず僕の方に入ってくるから」
「なるほどなー」
感心したようなカレンのその言葉に、あっさりと答えたライを見て、ジノが感嘆の声を上げた。
「ちなみに揉めた相手って玉城じゃない?」
「うん。そうだけど」
「やっぱりねぇ。あとでちょっととっちめとくわ」
思い切り溜息を吐いたカレンに、苦笑いをするジノ。
黒の騎士団の一員である2人の表情を見ていて悟る。
また玉城が勝手に何かやろうとして、その対応をスザクがしていたのだろう。
ライへと視線を送れば、彼も困ったような怒ったような表情で、無理矢理笑みを浮かべていた。
一つ咳払いをしてその表情を消すと、漸く元の穏やかな笑みを浮かべる。
「スザク。着替えに部屋行くだろう?C.C.がまだ寝てるからついでに起こしてきてくれ」
「ごねたら?」
「ピザ抜き」
「了解」
ライに空になったコップを手渡したスザクが、早足に食堂を出て行く。
あのピザ女がそれくらいで起きるとは思わないが、そこは気にしないことにする。
スザクを見送ったライは、手にしたコップを壁際に置いてあったワゴンに乗せると、こちらを振り返ってにっこりと笑った。
「そろそろ始めるから、みんなは広間へどうぞ」
ライのその言葉に、その場にいる誰もの表情が明るくなる。
「お兄様」
「ああ」
ナナリーに急かされ、ルルーシュも立ち上がる。
そのまま彼女の後ろに回って、車椅子の取っ手に手をかける。
こちらを見上げてにっこりと笑うナナリーに笑みを返すと、7人で連れ立って食堂を出た。
広間に入ると、そこにはこの家に住む他の者たちも集まっていた。
アーニャとセシルが、咲世子を手伝って料理を並べている。
もう着替えてきたらしいスザクもそれを手伝っていた。
その広間の隅に設置されたソファでロイドとニーナが書類を読んでいて、その側で起きてきたらしいC.C.が船を漕いでいた。
「C.C.。ほら起きる」
ライがその側に近づいていって、ぺしぺしと頬を叩く。
まだ眠そうな彼女は、それでも漸く目を開けた。
「咲世子さん」
「はい。準備完了です」
スザクが咲世子に声をかければ、彼女はにっこりと笑って頷いた。
「じゃあ、改めて」
ライの言葉に、ナナリーが頷く。
彼女はルルーシュから車椅子を離し、それごと彼に向き直ると、にっこりと笑った。
「お兄様」
「ルルーシュ」
その部屋にいる全員が、ルルーシュへと視線を向け、綺麗な笑顔を浮かべる。
そして、ライの合図で、全員が口を開いた。
「誕生日おめでとう!!」
同時にクラッカーの音が室内に響いて、紙吹雪が舞う。
「ああ、ありがとう」
その祝いの言葉と紙吹雪を受けて、ルルーシュも笑った。
パーティが始まったお昼から、その屋敷はずっと騒がしかった。
少し遅れて、宣言どおり神楽耶が、天子と星刻を連れてやってきた。
スザクが、いつの間にか購入していたカメラをアーニャに渡し、アーニャはそれで写真を撮り続けている。
最初は困った顔をしたルルーシュも、ナナリーにおねだりされて折れたから、もう彼女は写真が取り放題だった。
「だって、お兄様との写真、学生だった頃のものはほとんど無くなってしまいましたから」
ナナリーにそう言われれば、ルルーシュは折れるしかなかったのだろう。
加えてライまで同じことを言い出せば、もう他に止める者はいなかった。
「あ。メモリーいっぱい」
「本当か?どれだけ撮ったんだよ、アーニャ」
「いっぱい撮った」
「いくら何でも撮り過ぎでしょ」
驚くジノの言葉に振り向いたカレンが、呆れたように言う。
「大丈夫。換えのメモリーもあるから」
そう言ってスザクが、アーニャにカードを渡す。
嬉しそうな表情を浮かべたアーニャは、ほくほくとカードを入れ替え、また写真を撮り始めた。
「今日だけでそんなに撮らなくてもいいだろう」
「駄目。今日はルル様の特別な日だから、ちゃんと記録する」
ルルーシュの呆れたような言葉にも、アーニャは首を振るだけだ。
「本当にアーニャ様って写真が好きなのねぇ」
「学園にいた頃も、携帯でいっぱい撮ってたもんな」
「写真は大事な記憶だから」
ミレイとリヴァルの言葉にはっきりとそう返すと、アーニャは再びレンズをルルーシュに向けた。
「とりあえずそこまで。アーニャ、メインイベントはこれからだから」
にっこりと笑ってライがそれを制止した、そのときだった。
「遅くなりまして申し訳ありません!」
ばたんっと扉が勢いよく開いた。
そこから入ってきたのは、朝から姿の見えなかった忠臣のジェレミアだ。
「ジェレミア。何処に行っていたんだ?」
「はっ。ルルーシュ陛下におかれましては、お誕生日おめでとうございます。このような日に不在でいた私の非礼をお許しください」
「いや、非礼とは思っていないが……」
「ありがたき幸せ!」
大げさに深々と頭を下げるジェレミアに、ルルーシュは苦笑する。
忠義に熱いのはいいが、いちいち動作が大げさすぎるのだ。
「おかえりなさい、ジェレミア郷。手配はできたんですか?」
そんな彼にライが声をかけると、彼は漸く顔を上げた。
「ああ、もちろん。抜かりはないぞ」
「では定刻どおりに?」
「始められるように依頼をしてきた」
「ありがとうございます」
満足そうに笑うライを見て、ルルーシュは不思議そうに首を傾げた。
「ライ?」
「ルルーシュ、中庭に出よう。皆も」
何の話か尋ねようと声をかけると、ライは笑顔のまま、答えることなくそう促す。
咲世子たちも何も聞いていないらしく、不思議そうにその言葉に従っていた。
「何か始まるんですか?」
「もちろん。なあ、スザク」
「うん」
ナナリーの問いに笑顔で答えたライは、そのままスザクヘ顔を向ける。
スザクが嬉しそうに頷いたところを見ると、おそらくライとジェレミア、そしてスザクの3人だけで何か計画しているのだろう。
その事実に少し不満を感じながら、ルルーシュはナナリーの車椅子を押して中庭に出た。
ちょうどそのとき、何かが破裂するような男が聞こえたかと思うと、暗くなり始めていた空に光の花が広がった。
「わあ……!」
「凄い花火!」
次々と打ち上げられるそれは、とても大きな花火の数々。
夜空に広がるそれに、ルルーシュは思わず目を奪われた。
「これは……」
「毎年ルルーシュの誕生日は、日本で花火を上げてただろ。今年は行けなかったし、用意も出来なかったから、ジェレミア郷に頼んで手配してもらったんだ」
「スザクの発案でね」
思わず呆然と呟けば、側から答えが返ってくる。
スザクとライのその答えに、側でそれを聞いていた神楽耶が驚いた。
「まあ。この時期の東京の花火はあなたたちだったんですのね」
「って言っても、夏の間に俺たちが買ってる家庭用の打ち上げ花火なんですけどねー」
そう言って笑ったのはリヴァルだ。
彼はそのまま日本国内にあるブリタニアの大学に進学したから、今も旧租界地区に住んでいる。
その彼とミレイが夏の間に花火を用意して、ルルーシュの誕生日にアッシュフォード学園の屋上で打ち上げ花火をするのが、彼らの中ですっかり恒例行事になっていた。
「学園の屋上でも、僕たちで上げてるわけでもないけど」
スザクが申し訳なさそうにそう告げる。
それを聞いて、ルルーシュは首を横に振った。
「……いや、充分だ。ありがとう、2人とも」
あの場所でなくても、自分たちで上げているわけでもないけれど。
あのときのメンバーで今年も花火が見られたという事実だけで、充分だった。
ただそれだけのことなのに、胸が熱くなる。
浮かびそうになった涙を誤魔化すように、ルルーシュはただ上を、空に広がる花を見続けていた。
そんな彼を見て、ミレイが目を細めて微笑む。
一度目を閉じると、深呼吸をして、もう一度空を見上げた。
「こんなにゆっくりこんな花火を見るのは、いつ以来だったかしら」
「このメンバーでなら、生徒会の旅行以来じゃないですか?」
何となく呟いたその問いに答えたのは、リヴァルだった。
「ライが来た年に、みんなで行った奴?」
「そうそう。みんなで浴衣で見に行った奴」
「ああ、あったね。あのときのも綺麗だった!」
それを聞き、振り返ったカレンの問いに、彼が笑顔で答えると、スザクがぱっと笑顔を浮かべる。
それを聞いたライが、くすくすと笑った。
「見終わったときのルルーシュの第一声が、『ナナリーにも見せてやりたい』だったかな」
「ライ!」
「まあ、そうなんですか?お兄様」
ライのその一言に、ルルーシュが慌てて彼を振り返る。
けれど、ライは既にこちらを見ていない。
代わりにこちらを見上げたナナリーを見て、ルルーシュはすまなそうな表情を浮かべた。
「あの頃のお前は、目が見えなかったのにな」
「それでも、嬉しいです」
にっこりと笑うナナリーを見て、ほっとする。
この子はそんなことで怒るような子ではないと知っているけれど、それでも見ることのできなかった彼女に見せてやりたいと思うのは傲慢だったのではないかと、今だから考えてしまうのだ。
そんな2人のやりとりを見ていたスザクが、ふと呟いた。
「また行きたいなぁ、温泉」
「いいじゃん。また行こうぜ!生徒会メンバーでさ」
「今度は女湯と男湯の暖簾をすり替えるのやめてくれよ、リヴァル」
「うぐ……っ。わ、悪かったって」
「ああ、そんなこともあったわねぇ」
にっこりと笑うライに、リヴァルが目に見えて体を震わせる。
それを聞いたカレンが、じろりとリヴァルを睨みつけた。
以前生徒会で温泉に行ったとき、ルルーシュとライが露天風呂に入った後、リヴァルが暖簾をすり替え、ミレイたち女性陣が同じ風呂に入ってきてしまうと言う事件があったのだ。
しかし、そこはルルーシュとライ。
本人たちの意思で忍び込んだのではないという事実があっさりと女性陣に認められ、真の犯人であるリヴァルが、女性陣にこっぴどく怒られた。
そのときのことを思い出しながら、当時のメンバーだった7人は楽しそうに笑う。
ひとしきり笑ってから、ミレイがこちらへ顔を向けた。
「どう?ルルちゃん。そのうちまた行かない?日本の文化もだいぶ復興したから、面白いと思うわよ」
にっこりと笑って尋ねるミレイの誘いを、断る理由なんてない。
「落ち着いてからでよければ、喜んで」
今すぐは、無理だけれど。
けれど、このメンバーで旅行に行きたいということは、ずっと考えていたことだったから。
「やった!約束だからな!ルルーシュ」
「もちろん、ナナリーも一緒でね」
「はい!嬉しいです!」
もう成人しているというのに、子供のように飛び跳ねて喜ぶリヴァル。
それを見ながらミレイがにっこりと笑って言えば、寂しそうな顔をしていたナナリーがにっこりと笑う。
「それ私も行きたいぞ!」
「私も」
ずっとその会話を聞いていたジノとアーニャが、突然挙手をした。
そういえば、温泉旅行に行ったのはブラックリベリオン以前の話だから、当時彼らはいなかったのだ。
「いいんじゃないかな。ジノもアーニャも生徒会にいたんだろう?」
「そういえばそんな話聞いた気がする」
「そうそう。すっごい短い期間だったけどな」
ライとカレンのその言葉に、ジノがなぜか胸を張って答える。
「短くたって生徒会メンバーだったのは変わりないもの。いいわよ!2人も一緒に行きましょう」
「やっりぃっ!」
ミレイのその言葉に、ジノとアーニャはお互いの両手を合わせて喜ぶ。
結構な身長差のある2人がそれをやると、大人と子供が一緒になって喜んでいるようだ。
表情は、ジノの方がよっぽど子供っぽいけれど。
「そうと決まったら、いいとこ探さないとね!戻ったら調べておくわ!」
「よろしくお願いします、会長」
「まっかせなさーい!」
ルルーシュが軽く頭を下げると、ミレイは胸を張って答える。
何処に行こうかと話し合いを初めて彼女たちを微笑ましく見ていると、ふと視界の隅に、こちらを見ているC.C.の姿が目に入った。
輪の中に入ろうとはせず、一歩引いた様子で屋敷の壁に背中を預け、じっとこちらを見ている。
ナナリーの車椅子からそっと手を放すと、ルルーシュは彼女の元へと近寄った。
「どうした?」
「いいや」
問いかければ、彼女は静かに首を振る。
それから、ゆっくりとこちらを見上げた。
「幸せそうな顔だな、ルルーシュ」
その問いに、ルルーシュはほんの少しだけ驚く。
けれど、その顔にはすぐに柔らかい笑みが浮かんだ。
「ああ、幸せだよ」
目を閉じて、自分の言葉を噛み締める。
それから目を開いて、真っ直ぐに彼女を見て、もう一度言った。
「俺は今、とても幸せだ」
「そうか」
その言葉に、C.C.は満足したように笑った。
それを見て、ルルーシュは小さく笑みを浮かべる。
「そういうお前も、幸せそうな顔してるじゃないか」
C.C.が一瞬だけ驚いたような顔を浮かべる。
けれど、それはすぐに薄い笑顔に変わった。
「そうかもな」
今度は彼女が目を閉じる。
暫くして、その琥珀色の瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられた。
「ルルーシュ」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
彼女からその言葉をもらうなんて思ってもいなかったルルーシュは、思わず驚いたように目を瞠った。
「お兄様」
その途端、背中から声をかけられる。
振り返ると、その場にいる誰もが、柔らかい笑顔でこちらを見ていた。
「生まれてきてくださって、ありがとうございます」
全員を代表するかのように、ナナリーが笑顔でそう言った。
彼女の側にいる生徒会の面々が、少し離れたところに立つ咲世子とジェレミア、ロイドとセシル、神楽耶と天子、そして天子の護衛としてやっていた星刻が、皆笑顔でこちらを見ている。
空に咲き続けている光の花に、その笑顔が綺麗に照らされていた。
「ああ」
それを見て、ルルーシュは目を細めた。
「ありがとう、みんな」
溢れそうになる涙を堪えて、にっこりと笑って答える。
その答えに、その場にいる誰もがますます笑顔を深めた。