Last Knights After
あのときの真意
「なんでゼロレクイエムだったのかしら?」
突然のその質問に、資料の整理をしていたライは手を止めた。
目の前の客用のソファには、黒の騎士団の制服を着たカレンがいる。
テーブルに足を乗せているだらしないその姿を見て、ライは思わずため息をついた。
「突然来たと思ったら突然なんだ?」
「だって気になったんだもの」
呆れたようにそう返せば、カレンはそのままの体勢で顔だけをこちらに向けた。
「なんでルルーシュ、あのときあんなことしようとしたのかなって」
カレンは心底不思議そうに呟く。
今更な話題だ、とライは思った。
「他に方法がいろいろとあるじゃない。今みたいに。なんであのとき、ルルーシュはゼロレクイエムなんて方法を取ろうとしたの?」
もう過去の話題であるそれに、カレンは触れる。
今まで話題に上げなかったのに、どうしたのだろうと思った。
先日、ロロの墓参りに行ったときに、ルルーシュが泣いたという話をしたからだろうか。
「カレンって、ダモクレスからの放送、見られなかったのか?」
「スザクとの戦いで気絶してたから、途中から、だったと思うけど」
そういえば、とライは思い出す。
ライは先にカレンに討たれたことにし、ダモクレスへ入っていたが、ライがルルーシュの元に向かっている最中、彼女とスザクは戦っていたのだ。
なんだか、もうずいぶんと昔の話のような気がした。
「……人の記憶に残るには、何をしたらいいと思う?」
「え?」
手を止めたライは、カレンにそんな質問を投げかけた。
突然のそれに、漸く体を起こしたカレンは、少し考えるような仕草をしてから首を横に振った。
「別に、特に思いつかないけど」
あっさりと返ってきたその答えに、ライはため息をつこうとする自分を抑えた。
たぶん、普通の人間にとってはそんなものなのだろうと思ったのだ。
少し考えてから、ライはゆっくりと口を開いた。
「人の、特に関係のない他人の記憶に残るには、歴史に残るようなことをしないといけない。歴史に残ること、ということはつまり、歴史上の出来事として記録されるということだ」
「歴史に記録される?」
「そう」
ほとんど鸚鵡返しのように尋ねるカレンに、ライは頷いた。
「世界の三分の一を支配したブリタニアの皇帝が、世界征服をして、独裁政治をした。これは歴史上ではとても重要な史実だろう?教科書に載っても不思議じゃないくらい」
「そう、なの?」
「ナポレオン将軍の処刑とかも、歴史の授業でやっただろう?」
「私ほとんどさぼってたから」
あっさりとそう言うカレンに、ライはため息をつく。
ライも出席率に関してはカレンのことを言えないけれど、それでも教科書に載っていることくらいは頭に入っていた。
そもそもブリタニアの貴族だった彼は、自分のいた時代までの歴史については、幼少時に学んでいて、解釈が変わっていた部分もあったけれど、だいたいのことは知っている。
苦手なのは、自分が眠りについてから目覚める間の、つまり近代史だけだった。
それもアッシュフォード学園にいた頃に、教科書や参考書で学んで一通り頭に入れていたけれど。
「実現はさせなかったけれど、魔王の世界征服が実現されていれば、それはたぶん、歴史の史実として歴史書なんかに刻まれただろう。ゼロレクイエムの目的を考えれば、そうならなければ困るから、スザクが『歴史に残すべきだ』って言い出すことも計画に含まれていたけれど」
「なんで?」
やはり首を傾げるカレンに、ライはもう一度ため息をついた。
「あの魔王のようなことをしてはいけない。話し合いで解決できる世界にしよう。そう誘導する予定だったんだよ、ゼロが」
「それは知ってるわ。じゃなくて、なんでわざわざそんなことしようとしたの?そうするのだって、もっと方法が……」
「そうすれば、『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人間が存在した』という『事実』は歴史に残る」
「え……?」
カレンが不思議そうにこちらを見る。
その空色の瞳を見つめ返してから、ライは目を伏せた。
「あの頃のルルーシュは、いいや、僕らは居場所を探していた。だけど、ルルーシュは、ゼロでいられなくなって、1人でシャルル皇帝と対峙したときに、それを諦めてしまった」
そこで彼は両親の真意を知った。
そのときのことは、断片的にしか聞いてはいないけれど。
「今でも覚えているよ。漸く追いついたと思ったときに聞いた、ルルーシュの言葉を」
あの神根島の遺跡で、C.C.とスザクとともにあの空間に入ったときに耳に届いた、ルルーシュのあの言葉。
『俺は始めから、世界のノイズで邪魔者だ』
耳に届いたその言葉を、声を、今でも鮮明に覚えている。
「それでも、自分が『世界にいた』という証は、残したかったんだろうな。たぶん、永遠に残る形で」
ずっと居場所を探していた彼は、生きたいと願っていた彼は、きっと生きた証を残したいと考えたのだろう。
自分は世界にいてはいけない存在かもしれないけれど、せめて、と。
「でも、皇帝にならなくても、ルルーシュはゼロとして世界に……」
「それは『ゼロ』だ。『ルルーシュ』じゃない」
カレンが言いかけた言葉を、ライはばっさりと切り捨てる。
「『ゼロ』の記録は残っても、『ルルーシュ』の記録は残らない」
ゼロの正体を知っている者は、一握りだけ。
ゼロは死んだと発表した黒の騎士団は、ゼロの正体を公表しなかったただろうし、ブリタニア側だって、ゼロの正体を公表するメリットなどない。
ゼロの正体が記録に記させることはなく、そうなければ、ルルーシュが生きた証も、人の目に触れる形では残らない。
ルルーシュ自身もそうなるように注意していたはずだ。
「ルルーシュとして記録を残すには、ゼロではなくルルーシュとして何かをしなければならない」
ゼロレクイエムは、その目的にも打って付けだった。
世界を壊して、世界中の意識を変えることができる。
そして、ルルーシュ自身は、魔王として歴史にその名が刻まれる。
彼という存在がそこにいたという、確かな証が残る。
「だから、全力で止めた」
少し口調を強めてはっきりとそう言うと、カレンははっと顔を上げた。
おそらく当時のことを思い出して、思考の海に沈みかけていたのだろう。
「全力で止めたし、今またルルーシュが同じことをしようとしたら、全力で止める」
はっきりと、強い口調でそう宣言する。
あの時と変わらない、いや、当時よりももっと強くなっている意志を込めて。
「ルルーシュを二度と1人にはしないし、1人だとも思わせない。全力でルルーシュを愛して、一緒に生きる」
それはあの頃から、いや、もっと前から心に決めていた決意。
あのときに、いっそう強くなった誓い。
「ルルーシュが自分を否定するなら、僕は何度だって彼に言うよ。ここにいていいんだって」
「ライ……」
そうはっきりと言い切って笑うライを、カレンはその空色の瞳で見つめる。
そんな彼女に笑いかけようとしたそのとき、2人のいる執務室の扉がノックされた。
「ライ、入るぞ」
「ルルーシュ。どうぞ」
外から聞こえた声に、ライはそれまでの雰囲気を一掃して答える。
入ってきたルルーシュは、ソファにいるカレンの姿を認めた途端、目を丸くした。
「カレン。ここにいたのか?」
ルルーシュの姿を見て、声を聞いたカレンは、はっと我に返った。
それまでの表情を笑顔で覆い隠して、いつものように笑ってみせる。
「なあに?私に何か用?」
「皇議長が探してたぞ。ホテルにお帰りになるそうだ」
「えー?もう?」
頬を膨らませるカレンを見て、ルルーシュはため息をつく。
「護衛で来たんだろう?早く戻れよ」
「はいはい」
ルルーシュに呆れたようにそう言われ、カレンは立ち上がる。
そのまま出て行くのかと思えば、彼女は扉の前で唐突に足を止めた。
「あ、そうそう。あんたたちいつまで待たせるの?」
「は?」
突然のその問いの意味がわからず、ルルーシュは間抜けな返事を返す。
ライも不思議そうに彼女を見た。
その顔を見た途端、カレンの顔が不機嫌に歪む。
「復学の約束!あんたたち戻ってこないなら、私、大学留年するからね!」
びしっと指を突きつけて不機嫌そうにそう言うと、カレンは勢いよく扉を開けて部屋を出て行った。
去り際に、叩きつけるように扉を閉めることも忘れずに。
去って行く足音を聞きながら、ライはふうっと息を吐き出し、苦笑を浮かべた。
「だってさ」
「……まったく、あいつは」
ライが声をかければ、ルルーシュも苦笑を浮かべてため息をつく。
その緩んだ顔を見て、ライはくすりと笑う。
「嬉しいくせに」
「うるさい」
ふいっと顔を背けるルルーシュの頬が、ほんの少しだけ赤く染まっている。
それを見て、ライは嬉しそうな笑みを浮かべた。
その顔を見たルルーシュは、複雑そうな表情を浮かべた。
ため息をついてそれを振り払うと、睨みつけるようにライを見た。
「それより、今から時間、いいか?」
「もちろん。ちゃんと空けているよ。C.C.は?」
「もうすぐ来る」
ルルーシュはもう一度ため息をつくと、漸く表情を緩めた。
それを見たライも、ふっと笑顔を浮かべた。
「早く制御できるようにしないとな。日本に帰るために」
「ああ」
何の迷いもなく頷き返すルルーシュに、ライはその笑みを深めた。