月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

年に一度の

ブリタニアの新首都の政庁となっている宮殿の敷地内にある屋敷。
自宅となってるその屋敷で、本日と明日の2日間の休暇を取った皇帝陛下は、そこのキッチンで料理に精を出していた。



「さすがに手際がいいなぁ」
ケーキ作りに取りかかっていたルルーシュは、ふとそんな声を耳にして振り返った。
自分しかいないはずの屋敷のキッチンの入り口に、いつの間にか1人の青年が立っている。
ナイトオブラウンズのものによく似た、黒い騎士服を身につけ、黒銀のマントを手にした銀髪の彼は、おそらく今帰ってきたところなのだろう。
「おかえり、ライ」
「ただいま、ルルーシュ」
笑みを浮かべて声をかければ、彼も柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「俺の手際がいいのは当然だ。それより仕事は片づいたのか」
「じゃなきゃ帰ってきてないかな?」
くすくすと笑いながら近づいてくる彼に、思わずため息をつく。
「料理中だ。仕事着のまま入ってくるんじゃない。用がないなら、さっさと着替えてきて手伝え」
「イエス、ユアマジェスティ」
プライベートでその返事はするなと言っているのに、わざとそう答えるライを睨みつける。
現帝国宰相にして、2人いる皇帝の騎士の片割れである彼は、楽しそうに笑ったまま、さっさとキッチンを出て行ってしまった。
「まったく……」
もう一度ため息をついて、メレンゲ作りに取りかかる。
それが仕上がる頃には、ライは着替えを終え、エプロンを手にしてキッチンに戻ってきた。
エプロンの色がピンクなのは、以前にここに押し掛けて、もとい、遊びに来たミレイが、学生時代と同じものを見つけたと言って押しつけていったものだ。
ゆえに、実はルルーシュのしているエプロンもピンク色である。
ワイシャツにスラックスという、やはり今のルルーシュと似たような格好をしたライが、それを身につけてキッチンに立った。
「そういえば、咲世子さんは?」
「スープの材料が足らなかったから、買い物を頼んだ」
「それで君1人なのか」
「ああ。だから手伝えよ?」
「当然」
にっこりと笑ったライに、中断していたデザートの下拵えを頼む。
出会った当時は料理など全くできなかった彼も、今ではずいぶんとうまくなっていた。
泡立て器で卵を吹き飛ばした昔が嘘のような手際の良さを見せる彼に安心し、ふと気になっていることを尋ねる。
「そういえば、ナナリーは?確かお前の方で迎えに行くと聞いていたんだが」
ナナリーは今、ブリタニアの外交特使として、彼女の選任騎士になったアーニャと一緒に世界を飛び回っている。
今日は、彼女の帰国予定日だった。
「コーネリアさんとギルフォード卿が行ってくれたよ」
ライの口から出た意外な名前に驚く。
それに気づいたライが、こちらを見て苦笑を浮かべた。
「きっとルルーシュはがんばりすぎてるだろうから、僕は早く帰って手伝ってやれ、だって」
「……姉上」
くすくすと笑いながら告げられた言葉に、一瞬驚いたルルーシュは、複雑そうなため息をつく。
あの人は、顔を合わせれば意見が衝突することが多いのに、どうしてこういうときは優しいのか。
「ルルーシュ。手が止まってる」
「わかっている。ナナリーが帰ってくる前に仕上げるぞ」
「はいはい」
頬が赤くなっていることを隠そうとわざと声を張り上げてみたが、きっと彼にはばれているだろう。
ほんの少しだけ複雑な想いを抱きながら、ルルーシュは目の前のケーキ作りに没頭した。





空一面が赤く染まる夕暮れ時に帰ってきたナナリーは、食堂に並べられた豪華な料理に目を輝かせた。
「すごくおいしそう!」
「うん。おいしそう」
彼女の車椅子を押すアーニャが、こくりと頷く。
その隣で食卓を見たコーネリアは、その場に呆然と立ち尽くしていた。
「これは……。すごいな……」
「そう、ですね」
同じように呆然と食卓を見ていたギルフォードが、何か信じられないものを見たような目で答える。
つい先ほど、これは全てルルーシュの手作りだと聞いたせいだろうと、周囲にいる屋敷の住人たちは思った。
「本当においしそうじゃないか」
「みなさんはここに住んでないから、これは珍しいですよね」
2人についてきたらしいノネットが、感心したような、嬉しそうな声を上げる。
それを聞いたスザクが、楽しそうにくすくすと笑った。
ちょうど帰宅したとき、玄関でナナリーたちと行き合った彼は、まだライと同じデザインの騎士服を身につけたままだ。
「まあ、今日が1年で一番豪華なのは確かだけどねぇ」
その隣で、眠そうな顔をしたロイドが、それでも楽しそうな笑みを浮かべて呟く。
その側で苦笑を浮かべていたニーナが、不意に立ち上がった。
「ナナリー。お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、ニーナさん!」
小さな袋を手渡され、ナナリーは笑みを返す。
「開けてみてもいいですか?」
「どうぞ」
以前よりもずいぶんと人慣れしたニーナが、にっこりと笑う。
「あっ!!」
ナナリーがそのプレゼントを開けようとしたそのとき、突然短い叫びが室内に響いた。
「ずるいぞアインシュタイン!私が一番にお伝えしようと思っていたのに」
「残念。一番は私」
「うぐ……、むむむ……」
アーニャに得意そうにそんなことを言われ、叫び声の主であるジェレミアが悔しそうに顔を歪める。
去年も一昨年もそんな会話を聞いたような気がして、ナナリーはくすくすと笑った。
それを見ていた咲世子が、にこにこと笑顔を浮かべたまま側にやってきた。
「お誕生日おめでとうございます、ナナリー様」
「おっめでとうございまーす」
「もう、ロイドさん!おめでとうございます、ナナリー様」
「ふふっ。みなさん、ありがとうございます」
ロイドとセシルも側にやってきて、次々とナナリーに祝いの言葉を告げる。
同時にプレゼントを渡され、ナナリーの膝の上はもうプレゼントでいっぱいだ。
そのとき、ふとどたばたと廊下を走る足音が聞こえて、ナナリーはふとそちらを見た。
その瞬間、開いたままだった扉から、エプロン姿のライが飛び込んできた。
「あ、帰ってきてる!スザク!」
「ただいまライ。ルルーシュは?」
「おかえり。まだキッチンなんだ。それよりちょっと手伝ってくれ」
「うん」
律儀に出迎えの挨拶は返すけれど、そのままライは急ぎとばかりにスザクに向かって手招きをする。
呼ばれたスザクは、食堂の隅に食休み用という名目で備え付けられたソファに外した紺のマントと黒い手袋を置き、そのまま彼について食堂を出て行った。
ちなみにまだ帰ってきていないが、実はそこはC.C.の指定席である。
彼女がやってくる前にと、咲世子が手早くスザクの置いていったマントと手袋の片付けに入る。
暫くすると、がらがらとワゴンを押す音が聞こえてきた。
押すなとかもっとゆっくりとか叫ぶ声が聞こえてきて、何処かで耳にした覚えのあるやりとりに首を傾げたそのときだった。
「うわあ!」
突然誰かの、純粋な驚きだけを含んだ叫び声が聞こえて、ナナリーは顔を上げた。
その瞬間、視界に入ったものに目を丸くする。
「これは……」
「すごく大きなケーキ」
アーニャの言うとおり、そこには大きなケーキが乗せられたワゴンがあった。
ワゴンのほぼ全てを占領するそれは、まるでウェディングケーキのような大きさだった。
どうやら、スザクはこれを運ぶために呼び出されたらしい。
「どうしたんだ?これ」
「ルルーシュが張り切りすぎたんです」
ノネットの問いに、ワゴンを押してきたライが呆れたようにため息をつく。
「別にいいだろう。年に一度の力作だ」
すぐにそんな反論が聞こえて、別のワゴンを押したルルーシュが食堂に入ってきた。
「お兄様!」
「おかえりナナリー。誕生日おめでとう」
「ただいま。ありがとうございます、お兄様!」
ライと共にケーキの乗ったワゴンを押してきたスザクに、自分の運んできた料理のワゴンを託したルルーシュは、ナナリーの側に寄った。
彼が自分の前で膝を折り、笑顔を見せてくれたのを見て、ナナリーはその首に腕を回して抱きつく。
しっかりと最愛の妹を抱き留めたルルーシュは、一度強く抱擁をすると、すぐに身体を離し、ナナリーの目を見て微笑んだ。
「すまない。さすがにプレゼントを選びに行く時間が取れなくて、代わりにと思ったんだが、大きすぎたな」
「いいえ、お兄様。お兄様の手作りのお料理、ナナリーはとっても嬉しいです」
すまなそうに言うルルーシュに、ナナリーは笑顔で答える。
兄からのプレゼントが誕生日当日にもらえないことは、この数年ですっかり慣れてしまった。
ナナリーにプレゼントするものは自分で選びたい彼は、けれどそれを準備するための休みが取れなくて、代わりのように誕生祝いの料理は年々豪華になっていく。
ちなみに、ルルーシュが自分で食材を仕入れにいくことは、休暇が取れない以上やはり困難であるため、食材の調達は咲世子が担当していた。
「そうか。よかった」
ナナリーの笑顔を見て、ルルーシュも安心したような笑顔を浮かべる。
そのまま暫くの間ずっと自分の顔をずっと見つめているナナリーに、ルルーシュは首を傾げた。
「どうかしたかい?ナナリー」
「いいえ」
ルルーシュの問いに、一瞬我に返ったような表情になったナナリーは、静かに首を振る。
そしてもう一度ルルーシュを見ると、にっこりと笑った。

「お兄様の笑顔が、今年の誕生日も見られて嬉しいです」

満面の笑顔でそう告げると、ルルーシュは驚いたように目を見開いた。
「私のお兄様でいてくれてありがとうございます」
そんな顔をさせるのは本意ではなかったから、そう言ってもう一度兄に抱きつく。
ほんの少しだけ呆然とした様子だったルルーシュは、けれど、ふと笑ったような気配を見せ、そのままぎゅっとナナリーを抱き締めてくれた。
「生まれてきてくれてありがとう、ナナリー」
「ありがとうございます、お兄様」
ぎゅうっとお互いを抱き締め合って、兄妹は笑い合う。
その光景を見ていたロイドが、不意に呆れたような息を吐き出した。
「毎年毎年よくやるねぇ」
「いいじゃないですか」
「ま、そうだねぇ」
セシルに咎めるように言葉を返されて、ロイドはあっさりとそう言う。
同じ屋敷に住まう者たちは知っている。
ロイドが決して本気で呆れていたわけではなく、自分たちと同じ気持ちで兄妹を見つめていることに。
その光景を見ていたライが、ふいに息を吐き出した。
そのまま配膳を進めていた手を止め、頭の側まで持ち上げると、ぱんぱんと叩く。
「はいはい。ロイドさん、セシルさん。茶々入れてないで配膳手伝ってください」
「はーい」
「ええー?僕もー?」
「当然です。お客様じゃないんですから」
にっこりと笑って返事をするセシルとは対象に文句を言うロイドを、ライはため息をつきながら睨みつけた。
文句を言いながら手伝い始めたロイドを見て、ナナリーがくすくすと笑う。
それを見て微笑んだルルーシュは、立ち上がって彼女の車椅子に手を添えた。
「さあ、席に着こうか。ナナリー」
「はい、お兄様」
エスコートをしてくれる兄に向かい、笑顔を浮かべると、ふいに側でシャッター音が聞こえた。
「記録」
驚くこともなくそちらを見れば、予想通りアーニャが、携帯のカメラのレンズをこちらに向けていた。
それを見た瞬間、ルルーシュはため息をつく。
「アーニャ……」
「アーニャさん、もっと撮ってください」
そんな兄の様子には気づかなかったふりをして、ナナリーは笑顔でそう頼み込んだ。
その言葉に、ルルーシュは驚いたようにこちらを見る。
「ナナリー?」
「お誕生日記念です。いいでしょう?」
にっこりと笑ってそう尋ねれば、ルルーシュは一瞬驚いたような表情を浮かべる。
それは、すぐにふわりとした笑顔になった。
「ああ、もちろん」
「ありがとうございます、お兄様」
ルルーシュのその言葉に、ナナリーはうれしそうに笑った。
その様子を見ていたスザクが、配膳の手を止め、その腕をばっと上げる。
「アーニャ!その写真!あとで僕にも!」
「む!ずるいぞ枢木!」
「アールストレイム卿、私にもくださいませんか?」
「あ、私も」
「スザクとジェレミア、セシルとニーナ、予約」
「あ、アーニャ。僕にもよろしく」
「ライも追加」
スザクを筆頭に、まるでアイドルのブロマイドのごとく写真を予約し始める友人や部下たちを見た途端、ルルーシュはがっくりと項垂れた。
「お前ら……、写真を撮るたびに一体何なんだ!」
「いいじゃないですかお兄様。私はかまいません」
声を張り上げて怒るルルーシュとは裏腹に、ナナリーはにこにこと笑う。
兄の写真を独り占めにできないのは残念だけど、それは皆が兄を好きでいてくれる証拠だからかまわないと思っている。
「ナナリー様、いっそみなさんで撮ったらいかがですか?」
にこにこと笑っていると、不意に側からそんな声がかかった。
そちらへ視線を向けると、そこにはにこにこと笑う咲世子が立っていた。
「よろしいでしょう?ルルーシュ様」
「……ああ、もう。わかった」
咲世子が笑顔で尋ねれば、ルルーシュは額に手を当て、諦めたようにため息をつく。
けれど、その顔には笑みが浮かんでいることを、下から見上げるナナリーは知っていた。
「だが食事が先だ。せっかくの料理が冷めてしまう」
「そうですね。お兄様が作ってくださった料理を冷ますなんてもったいない!」
「では、ナナリー殿下。こちらへどうぞ」
「はい」
配膳を終えたライが、ルルーシュに変わってナナリーを定位置までエスコートする。
車椅子を動かないようにセットして、白いナプキンを渡すと、彼はそのまま自分の席へ着いた。
「コーネリア様とギルフォード卿、ノネットさんもこちらに」
「あ、ああ」
屋敷の住人たちの様子を呆然と見つめていた3人を、スザクがエスコートする。
全員が席に着いたことを確認すると、咲世子が笑顔のまま口を開いた。
「それでは、改めまして」
咲世子がそのままルルーシュを見る。
視線を受けたルルーシュは、ひとつ頷くと、そのままナナリーへ顔を向けた。
「お誕生日おめでとう、ナナリー」
「ありがとうございます。お兄様、みなさん!」
とても綺麗な笑顔で誕生日を祝ってくれる兄に、一緒にいてくれる人たちに、ナナリーはとびっきりの笑顔を返した。




2013.10.25