月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

告白

超合衆国評議会の会議が終わり、各国の代表が席を立つ。
各々が自国出身の黒の騎士団員に警護され、議場を出て行く中、ふとルルーシュが資料を片付ける手を止めた。
「ああ、ライ」
「何でしょうか?陛下」
警護専門のスザクとは違い、宰相としてルルーシュの補佐をしているために彼のすぐ傍で控えていたライが、書類を片付ける手を止めずに答える。
ブリタニアだけはまだ軍が黒の騎士団に併合されておらず、ルルーシュの警護はいつも補佐を兼任するライが1人でつくか、スザクと2人で任についていた。
一応公共の場だからと、こういうときはルルーシュに対して敬語を使うライが、いつものようにそう答えた。

「付き合ってくれ」

その途端、ルルーシュの口から出た言葉に、スザクはびしっと固まった。
たっぷり1分くらいそうしていた気がする。
たぶん、実際はそんなに長くないけれど。

「ぬわああああああああにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」

気がついたら、先代皇帝のみの勢いで思い切り叫んでいた。
その声に、室内に残っている全員がこちらを見た気がするが、そんなことは関係ない。
「ど、どうしたんだスザク?」
「どうしたもこうしたも!ルルーシュ、君は……」
驚いた顔を隠そうともせずにこちらを見るルルーシュに、思わず詰め寄ろうとしたそのとき。

「もちろん、構わないよ」

ライが、それはそれは晴れやかな笑顔であっさりとそう答えたものだから、再びスザクはびしっと固まった。
そんなスザクの心境など知りもせずに、ルルーシュは薄い、けれど確かに嬉しそうだとわかる笑みを浮かべる。
「そうか。すまない、ありがとう」
「でも僕でいいのかい?」
「何を言ってる。お前でなければ駄目に決まっているだろう」
「それは光栄だな」
はっきりと言い返したルルーシュに向かって、ライは嬉しそうに微笑む。
手早く手荷物をまとめると、まだ席に腰を下ろしたままのルルーシュに手を差し出した。
「じゃあ、参りましょうか、陛下」
「ああ」
何の抵抗もなく、ルルーシュはその手を取り、ライと連れ立って議場を出て行く。
その姿を見送ってしまったスザクは、がくりと床に両手をついた。
「ルルーシュが……ライと……」
「ちょっと!!どういうことなのスザク!!」
「そうですわ!いったいどういうことなんですの!!」
その途端、肩を両側から掴まれて顔を上げさせられる。
驚いて視線を上げれば、そこにはカレンと神楽耶がいた。
神楽耶は超合衆国の理事で、カレンはその護衛だ。
だからここにいることに驚きはしない。
しないのだけれど。

「カレンはともかく、なんで神楽耶まで!」
「当然ですわ!わたくしはルルーシュ様の妻ですのよ!」
「それは君が勝手に言ってただけだろう!」

神楽耶がルルーシュの妻を自称していたのは、ルルーシュがゼロだった頃の話だ。
ゼロはそれを肯定していたわけではないし、ルルーシュがゼロでなくなった現在、それは破談もいいところの話のはずだ。
だから認めないとばかりに叫べば、こればかりはカレンも同意見らしく、うんうんと頷く。

「お兄様とライさんが……。でもライさんなら……」
「ライずるい……。でもライなら仕方ない」
「ナナリーとアーニャまで何言ってるのっ!!」

ブリタニアの外交特使として、ルルーシュと一緒に会議に参加していたナナリーと、その護衛のアーニャまでそんなことを言い出す。
ナナリーが認めてしまえば、ルルーシュは絶対に諦めてくれないだろう。
だから、スザクは叫ぶ。

「駄目だっ!ぜぇーったい駄目だっ!俺は認めなあああああい!!!」

ライはずっとルルーシュと一緒にいたし、自分が敵対していた間もずっとルルーシュと一緒だったけれど、それだけの話だ。
スタート地点は一緒だったはずだし、今の自分がルルーシュを思う気持ちが彼に負けているとも思えない。
だから絶対に阻止してやると、スザクは手を決して議場を飛び出した。






議場から出て近くの控え室へと入る。
ふと、ライが奥までついて来ず、扉をじっと見ていることに気づいて、ルルーシュは振り返った。
「ライ?」
名を呼ぶと、ライはくるりとこちらを見た。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでも」
尋ねれば、彼は笑顔で答える。
なんだか誤魔化された気がして、文句を言おうとする前に、ライはにっこりと笑って口を開いた。
「それで、僕だけ呼び出すなんてどうしたんだい?」
尋ねられて、我に返る。
そうだ。こんな細かいことで怒っている場合ではなかった。
彼を呼んだのは、そんな話ではなく、もっと重大な話をするためなのだから。
「ギアスの……」
「うん?」
一言目が聞こえなかったのか、ライは首を傾げる。
もう一度、意を決するかのように軽く深呼吸をすると、ルルーシュは真っ直ぐに彼を見て口を開いた。

「ギアスの制御方法を教えてほしい」

はっきりとそう告げると、ライは驚いたように僅かに目を見開く。
「ギアスの?」
不思議そうに尋ね返すライから、ルルーシュは一瞬だけ視線を逸らした。
「俺のギアスは、暴走したままだからな」
「ああ、そういえば……」
忘れていたと言わんばかりにライが呟く。
最近はギアスを使うことはなかったから、仕方ないだろうと思う。
「今のところは問題ないが、またいつ力が増してしまうかもわからない。もしもこのコンタクトで抑えきれなくなった場合を考えるなら、対策はしておくべきだろう?」
「それで、僕に?」
「ああ。お前は自分でギアスを制御できているようだからな」
ライも、あのダモクレスでの戦い以来、ギアスを使うときは双眸が変化するようになっていた。
けれど、彼は自分と違って道具で発動を抑えているわけではない。
つまり、自分より彼の方が、力の制御に長けているということだ。

「だから、制御のその方法を教えてはくれないか?」

本当は自分で何とかしようと思ったのだが、どうすればいいのか一向に掴めない。
人に教わらなければいけないのは悔しいが、ライなら別にかまわないと思う。
だから、お願いしたいと告げたのだけれど。

「方法と言われても……」

ライは困ったように首を捻る。
「駄目か?」
「いや、駄目というより」
少し考えるような仕草をしてから、彼は顔を上げてこちらを見た。
「たぶん、これは感覚的なものだよ。説明しようがないし、説明できたとして、君にもできるかは保証が出来ない」
感覚的なものならば、確かに説明はしにくいだろう。
けれど、ぼんやりとしたものでもいいから、せめてヒントが知りたい。
「なんでもいい。教えてくれ。可能性にはかけるべきだ」
「うん……」
そう思って再度頼むと、ライは困ったように視線を逸らす。
暫く迷うように視線をさまよわせていたかと思うと、ほんの少しだけ眉を寄せてこちらを見た。
「本当にいいのか?」
「ああ」
「後悔しないな?」
「当たり前だ」
「本当に……」
「くどい!」
あんまりにもしつこい確認に、思わず声を荒げてしまう。
「別に、教えたくないならないと……」
「ああ、いや。そうじゃなくて」
慌ててライが否定する。
そのまま深く息を吐き出すと、真剣な瞳をこちらへ向けた。

「ルルーシュが好きだ」

あまりにも唐突なそれに、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「……は?」
だから、思わずそう聞き返してしまったのは仕方のないことだと思いたい。
「君を害するもの全てから君を守りたいと思っているし、それが僕自身であるなら何が何でも自分を変えたいと思う」
「お、おい……」
「君を泣かせる奴は許せないし、理由もなく否定する奴も許せない。君にはずっと笑っていてほしいし、そのためなら何だってできると、そう思ってる」
「ちょ、ちょっと待て!」
「君が好きだ。恋愛の意味でも愛してる。だから……」
「だから待てっ!!」
すらすらと恥ずかしいことを言い続けるライに向かって、大声を上げる。
そうすれば、ライは言葉を止め、きょとんとした表情でこちらを見た。
「一体何なんだいきなり!」
「何って……、僕がギアスを制御している原動力だよ」
「はあ!?」
あまりにもあっさりとそう言われて、思わず大声を上げる。
けれど、ライの表情は崩れない。
一瞬だけ崩れたそれはすぐに元に戻り、真剣な紫紺がこちらに向けられる。

「何度も言ってると思うけど、僕は君の傍にいるために、君の傍で生きるために戻ってきた。それが今の僕の生きる理由で原動力だ」

それは、知っている。
バベルタワーで再会したあのときから、それはもう何度も聞かされた。

「なのに、僕自身が君の害になったら意味がない。それが嫌だと思ったら、気がついたらギアスを制御できるようになっていたんだ」

はっきりとそう告げるライの言葉に、ルルーシュは思わず目を瞠る。
「ライ……、お前……」
「事実なんだから、仕方ないだろう」
思わず名前を呼べば、彼は薄く笑みを浮かべる。
柔らかいそれに、頬が熱を帯びた気がして、思わず視線を逸らす。
「それで、参考になったかい?」
「あ、ああ」
そんなことなど気づいてもいないという素振りで、ライに問いかけられる。
特に深く考えもせずに頷いた、そのときだった。

「参考にはなったが、結局答えは見つけられない、と言った顔だな」

自分たち以外誰もいないはずの室内に、唐突に第三者の声がした。
それに思わず声を上げる。
「ほわあっ!?」
「C.C.」
ルルーシュとは対象に、ライは平然とした様子で声のした方を振り返る。
そこには、藤色のビジネススーツを来た魔女が立っていた。
「こんなところにいたのか。スザクが必死にお前たちを探しているぞ」
「スザクが?」
「寄る部屋全てにお前たちがいないか確認していたな。まさか、こんな近くの部屋で話しているとは思わなかったようだがな」
ライの問いに、C.C.はため息をつきながら答える。
彼女がこんな言い方をするのなら、大した用事ではないだろう。
そう判断して、放っておくことにする。

「それよりルルーシュ。この優しい秘書官が手を貸してやろうか?」

安心したようにため息をついたその瞬間を見計らったかのようなC.C.の言葉に、ルルーシュは思わず彼女を見た。
「は?」
「手を貸すって、何かいい訓練方法があるのか?」
訝しげに彼女を見たルルーシュちは違い、ライは素直に首を傾げ、尋ねた。
その言葉を待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべたC.C.は、得意そうに口を開いた。
「簡単だ。お前たち2人が私と手を繋ぐ。そうすると、私を介して意識だけをCの世界へ飛ばすことが出来る。ルルーシュ、お前は契約のときに見ただろう。ライも、ギアスの話を最初にしたときに見せたはずだが」
「あれがCの世界だったのか?」
「正確には『お前たちの中の』、だがな」
驚いて尋ねれば、C.C.はそう答える。
あの世界が意識の集合体だというのなら、なるほど、各人の中にそう認識できる空間が存在しても不思議はない。
不思議ではないが。
「そんなことをして何の意味があるというんだ?」
「つまり、意識下の世界で触れ合って、感覚で掴め、ってことかな?」
不思議に思って尋ねれば、隣でライがあっさりとそう問いかける。
ライの言葉を聞いたC.C.は、満足そうな笑みを浮かべた。
「さすがだな、ライ。こういうことについてはルルーシュよりずっと頭の回転が早い」
「それはどうも」
「悪かったな……」
自分の悪口を言われたような気分になり、ルルーシュは彼女からふいっと視線を逸らした。
それを見たライが苦笑したのが視界の端に入る。
「まあまあ、ルルーシュ。でもいい方法だと思うんだけど、どうかな?君が嫌でなければだけど」
「……そう、だな」
意識下で触れ合えるなら、言葉で説明しにくいことも伝わる可能性がある。
ライの言うとおり、これはいい方法かもしれない。
「お前に頼るのはものすごく嫌なんだが」
「安心しろ。10回分手作りピザ1枚でいいぞ」
立ったまま踏ん反り返って告げるC.C.に、ルルーシュは頬が思わず引き攣ったのを自覚する。
報酬を要求するのかと文句を言おうとしたとき、傍に立つライが感心したような声を零した。
「君にしてはずいぶんと安い報酬だな」
「ルルーシュに暴走されたら困るからな。だが、これは私も疲れる方法だから、タダではできん」
「そんなに疲れるのか、あれ」
「この力を使う行為だからな」
そう言ってC.C.が示したのは、彼女自身の額だった。
そこにコードの印があると知っているルルーシュは、少しの間考えた。
その力の使用が本当に疲れる行為であるならば、報酬なしはさすがに相手がC.C.だとしても悪い気がした。
「わかった。作ってやる」
「契約成立だな」
意を決してそう答えれば、C.C.は満足そうに笑う。
それが本当に嬉しそうに見えてしまったから、ルルーシュはそれ以上文句を言うことが出来なかった。
なんとなく罰の悪さを感じて視線を逸らせば、すぐ傍からくすくすと笑い声が聞こえた。
反射的に睨みつければ、声の主であるライは小さく謝罪の言葉を口にするとにっこりと笑った。
「公務があるから毎日は無理だろうけれど、出来る限り協力するから。がんばろう、ルルーシュ」
「あ、ああ。よろしく頼む、ライ」
微笑んだまま差し出された手を、一瞬だけぽかんと見つめてしまってから取る。
しっかりと握り返せば、ライは嬉しそうに笑った。






「ところでルルーシュ?」
「ん?」
「さっき僕告白もしたつもりなんだけど、返事はもらえないかな?」
「な……っ!?」

聞こえたその会話に、C.C.は扉の前で立ち止まった。
振り返るとライの言葉で、顔を真っ赤に染めたルルーシュが目に入った。
ぱくぱくと、まるで金魚のように口を開閉させる彼を見たライが、困ったような笑みを浮かべた。
「まあ、急がないけどね」
ほんの少し寂しさを乗せたその笑みに、ルルーシュがたじろいだのが見ていてわかる。

「か、考えておく」
「うん」

耳まで真っ赤になって答えるルルーシュを見て満足そうに笑ったライの姿に、さすがに自分の額に青筋が浮かんだのがわかった。

「ライ、後で顔を貸せ」
「断る」

少し声のトーンを下げてそう告げると、彼はそう即答する。
こちらに向けたその顔に勝ち誇ったような笑みが浮かんでいるのを見て、C.C.は青筋がますますはっきりと浮かび上がったのを自覚した。




2012.5.20