Last Knights After
転寝
久しぶりに仕事が早く片付いて、まだ日も沈みきらないうちに、ルルーシュは屋敷の扉を開けた。
「ただいま」
中に入って声をかける。
いつもは誰かしらの返事の返ってくるのだが、さすがにまだ時間が早いせいか、誰の返事もなかった。
「咲世子は買い物か?だが……」
普段家のことを任せている咲世子がいないのはわかる。
しかし、玄関に鍵がかかっていないところを見ると、誰か1人は残っているはずだ。
そこまで考えて、思い出す。
そういえば、ライは今日、休暇を取ったはずだ。
最低限の明かりしかつけられていない屋敷の中を歩く。
全て消していないのは防犯のためだ。
「ライ?いないのか?」
少し声を大きくして名前を呼んでみるけれど、反応がない。
2階にある彼の部屋を覗いて見たけれど、そこにも姿はなかった。
おかしい。
ライは今日、出かけるとは言ってなかったと思う。
拘束しているつもりはないけれど、彼はいつも外出するときは自分に予定を伝えてくれるのが常であったから、出かけているとは思えない。
首を捻りながら、とりあえず外套を脱ごうと自室に入る。
さっさと着替えを済ませ、せめて食事のした準備でもしようと、階下へ降り、リビングの扉を開いた。
「ん?」
その途端、飛び込んできたのは照明の光を弾く色。
顔を上げて中を見れば、そこに探していた人の姿があった。
ソファに座ったまま本を読んでいたのだろう。
本を膝の上に置いたまま、ライは眠っていた。
「こんなところで……」
どおりで返事がないはずだと、ルルーシュはため息をつく。
「まったく……。人には散々寝室で寝ろと言うくせに……」
人が居眠りをすると、無無理矢理抱き上げてでも真実に連れて行く本人が、こんなところで眠っている。
その事実が腹立たしく感じて、起こしてしまおうと近づいたとき、何か硬いものが床に落ちる音がした。
「ん?」
何かと思って足元を見る。
そこには、ライの膝の上にあったはずの本が落ちていた。
見たときに不安定な乗り方をしていると思ったが、どうやらそのまま重力に耐え切れずに落下したらしい。
ちょうど表紙が上になる形で落ちたそれを見て、ルルーシュは目を瞠った。
ハードカバーのその表紙には『行政学』と書かれていたのだ。
それを見たルルーシュは、ライがその本を読んでいた理由を悟る。
「まったく……」
自然と顔が綻んでしまうのは仕方ない。
皇帝として国を変え、世界を変える道を選んでから、ライが影でいろいろと学び直していることを知っている。
元々地方領主であっただけあり、ブリタニアの帝王学を学んだことのある彼だけれど、それだけでは駄目だと、公務のない時間はいろいろと自分で書籍を買い漁り、読み漁っていた。
それが、ルルーシュの負担を少しでも軽くするための努力だと言っていたのは、確かC.C.だっただろうか。
「この馬鹿が……」
悪態をついてみたけれど、きっと他の誰かに見られたらからかわれるのだと思う。
それくらい、自分の頬が緩んでいる自覚はあった。
「まだ時間はあるな」
時計を見て、確認する。
今日はスザクとジェレミアは軍議で遅くなるはずだ。
C.C.にも仕事を頼んでおり、まだ帰ってくるには時間が早い。
ナナリーとアーニャは外交特使としての公務で国を出ており、帰ってくるのは一週間は先の話。
ロイド、セシル、ニーナのキャメロット3人組は日によって来たり来なかったりするのでカウントしない。
咲世子が帰ってくるまではいいかと判断し、本を拾い上げてライの隣に腰を下ろす。
そのまま、ぱらりとその本を開いた。
「……どうしよう、これ」
目を開けて目に入った存在に、ライは途方にくれていた。
いつの間にかソファで眠ってしまっていたらしく、気がついたら外はすっかり暗くなっていた。
ふと、肩にかかった重みに意識が浮上して目を開けると、手に持っていたはずの本が無くなっていた。
不思議な思って辺りを見回して、気づいた。
いつのまにか、隣にルルーシュが座っていた。
どうやら彼が自分の本を拾い上げていたらしい。
膝に開いたままその本を乗せたまま、ルルーシュは眠っていた。
ライの左肩に、頭を預ける形で。
「動けない……」
動いたら、きっとルルーシュは起きてしまうだろう。
それがわかっているから、動きたくても動けない。
疲れているだろう彼が、こんなにも穏やかな顔で眠っているのを起こすのは忍びない。
いつもなら起きないように寝室へ運ぶのだけれど、この体勢ではそれも出来ない。
誰かが帰ってくるのを待つしかないか。
他に物音が擦れば、ルルーシュなら起きるだろう。
それまではこのままでいようと決めると、ライはそっとルルーシュを見た。
昔、アッシュフォード学園の教室で居眠りをしていた頃に比べて、ずいぶん穏やかな顔になったなと思う。
あの頃の彼は、こんなにも無防備に寝顔を曝すことはなかった。
少なくとも、人の気配を感じるとすぐに目を覚ましていた。
「あのときもそうだったっけ」
まだアッシュフォード学園にいて、ルルーシュがゼロだと知らなかった頃。
ルルーシュを疑わないと誓った直後に、ルルーシュがライを試すようなことをしてきたことがあった。
そのときの彼はベンチに座って眠っていたのだけれど、タイミングからして、ライが近づいただけで目を覚ましていたのだろう。
それが今では、こんなにも素直に眠っている。
それが嬉しくて、思わず顔に笑みが浮かぶ。
「まあ、いいか」
動くと起きてしまうだろうから、もう暫くこのままでいよう。
そう決めると、ライはルルーシュの膝の上からそっと本を取り、そのままの体勢で読み始めた。