Last Knights After
幻の
それは何でもない普通の午後。
次の超合集国評議会開催日の打ち合わせのために、神楽耶からかかってきた通信を受けているときのことだった。
ライに補佐を命じて、神楽耶と話をしているまさにその最中に、突然スザクが、ノックのひとつもなく入ってきたのだ。
「ルルーシュ。ちょっといいかな?」
「なんだスザク。今は会見中……」
通信端末から顔を上げたルルーシュは、スザクを――正確には、その手の中にあるものを見た瞬間目を見開いた。
「これ、何?」
ずいっと差し出されたその先にあったのは、1枚の写真。
そこに写っているのは自分の姿を認識した瞬間、ルルーシュは思わず固まった。
「ほわあああああああああっ!!?」
一瞬遅れて、そんな素っ頓狂な悲鳴とともに勢いよく立ち上がる。
がたっと音を立てた椅子を倒れる前にキャッチしたライも、スザクの手の中にある写真を見て僅かに目を見張る。
なぜなら、スザクの手の中にあるその写真は、自分がまだゼロであった頃、中華連邦で行った潜入作戦のときの写真――つまり、ルルーシュが女装をしている写真だったのだから。
カレンとC.C.、そして護衛として作戦に参加していたライしか知らないはずのその姿を、よりにもよってスザクに見られてしまい、ルルーシュは激しく狼狽する。
びしっと写真を指そうとした指が、がたがたと震えていた。
「な、何故そんなものがこの政庁に……っ!?」
『え?え?どうしましたの?』
「い、いえ!何でもありません。神楽耶様はどうかお気になさらずに……」
「これのどこがなんでもないのさ!」
「ええいっ!割り込んでくるなスザク!空気を読め!」
「そんな場合じゃないよっ!!」
通信端末のカメラがスザクの方に向いていないため、状況がわからないらしい神楽耶に必死で誤魔化そうとするルルーシュ。
そんなルルーシュの気持ちなど全く考えずに、ずんずんと迫ってくるスザク。
ばんっと執務机に手を突くと、彼は手にした写真をルルーシュへと突きつけた。
「何なのさこれ!何で君がこんな格好……」
その瞬間、目の前を何かが通って、スザクの手の中から写真が消える。
「え?……あっ!」
一瞬呆然としたスザクは、けれどその理由に気づいて後ろを振り返った。
そこには、いつの間に後ろに回っていたのか、予想どおりライがいて、その手には先ほどまでスザクが持っていた写真があった。
その写真を裏返し、じっと見つめている彼を見て、ルルーシュは安堵の息を吐き出す。
「ライ!よくやったっ!!それを早く……」
破り捨ててほしいと、そう頼むつもりだった。
けれど、ライはルルーシュの予想に反してため息をつくと、呆れたような少し怒っているような、どちらとも取れる目でスザクを睨みつけた。
「スザク。勝手に人の部屋に入るな」
その一瞬、ルルーシュはライが何を言ったのか、理解することができなかった。
「はあっ!?」
一拍置いて言葉の意味を理解した瞬間、思わず大声を上げる。
「ラ、ライっ!?何でお前、そんなものを持っているっ!!」
「何でって、綺麗だったからだな」
「言い切るなっ!!」
妙にあっさりとそう言い切ったライに、思わず頭を抱えたくなった。
彼の考えはある程度読めるはずなのに、時々何を考えているのかさっぱりわからないことがある。
『なになに?どうしたんですか?』
どうしたらいいのかと悩んでいると、通信機から聞き慣れた声が聞こえた。
その声に思わず顔を上げ、声をかけようとするより先に、通信端末がくるりと反転させられてしまう。
その犯人はもちろんというべきか、ライで、彼はカメラを自分へと向けると、画面に向かってにっこりと笑った。
「カレン久しぶり。覚えてるかな?朱禁城潜入作戦」
『ライ!久しぶり!潜入作戦……って、あれよね?天子様の婚姻を阻止するために、私たちとC.C.で門を開けさせた』
「そうそう。そのときの写真が僕の荷物の中から出てきたんだ」
『写真……?』
満面の笑顔を浮かべるライを、カレンは一瞬きょとんとした表情で見つめる。
しかし、すぐに何か思い当たったのか、かばっと端末につかみかかってきた。
『それって、もしかして……!』
「もちろん作戦中の衣装の写真だよ」
『ええええええっ!うらやましいっ!!』
にこりとライが笑った途端、カレンが大声を上げた。
予想外の彼女の行動に、ルルーシュは思わずぽかんと端末を見つめてしまう。
唖然としている彼を置いていけぼりにしたまま、カレンはぐっと拳を握りしめた。
『あのルルーシュすんごい美人だったのよね!私、紅蓮に置きっぱなしにしてたから、どさくさに紛れて無くしちゃったのよ。ライ!データ残ってない?』
「僕の手元にはないなぁ。これ取ったカメラ、斑鳩から持ち出せなかったはずだし。案外そっちの僕の部屋に残ってるかもね。僕の部屋はそのままなんだろう?」
『そうだったと思うわ。今度行ったとき探していい?』
「もちろん」
「ちょちょちょっ、ちょっと待てっ!!」
モニター越しににこやかに会話をするライとカレン。
その光景を呆然と見つめてしまったルルーシュは、2人の口走った、己にとって不穏以外のなにものでもない言葉に我に返った。
そのまま2人の会話に割って入ると、目を丸くしたライをぎろりと睨みつけた。
「お前たちこんな写真をいつ撮ってたんだっ!!」
「いつって……、作戦中に決まってるじゃないか」
『ちなみに、カメラを用意したのは、確かC.C.だったわよ?』
「あんの魔女……っ!!」
自分に女装を強要した魔女がそんなことまでしていたなんて。
可能性すら思いつかなかった自分を責めたくなった。
「……ずるい」
沸き上がってきた怒りをどうしようかと、本気で悩んでいたルルーシュの耳に、突然そんな声が届いた。
一瞬空耳かと思ったそれは、けれど空耳ではなかったらしい。
「は?」
「ん?」
『え?』
ライとカレンすらその声に反応し、視線を動かす。
その先には、ふるふると体を震わせたスザクがいた。
「ずるいずるいずるいぃぃぃぃっ!!!」
まるで全員の視線が自分に集まるのを待っていたかのようなタイミングで叫ぶと、ばんっと執務机を力一杯叩く。
突然のその音に、ルルーシュはびくりと体を震わせた。
「うわっ!?何だ一体!?」
「だって!ライとカレンとC.C.ばっかりずるいよ!そんなかわいいルルーシュ見ちゃって!」
「かわ……っ!?」
はっきりと断言され、ルルーシュは絶句する。
自分の姿に自信はないとは言わないが――あっても困るだけなのだけれど――まさか可愛いだなんて言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
本気で悔しそうに地団太を踏むスザクに、なんと答えれば迷っていると、ふっと隣から笑みを零す気配を感じた。
嫌な予感がして隣を見れば、ライがスザクを見て得意そうな笑みを浮かべていた。
「まあ、これは僕ら双璧の特権だったからな」
『第一あんた、あのころラウンズでルルーシュの敵だったじゃない』
「ぐ……っ。それはそうだけど……っ」
カレンまでライと同じ笑みを浮かべてそう言ったものだから、スザクは恨めしそうにライとモニターに映ったカレンを睨みつけた。
『一体何のお話ですの?』
その声に、ルルーシュは漸く思い出す。
今は神楽耶との会談の最中だったのだ。
すっかり忘れて取り乱した自分に焦りながら、話を元に戻してしまおうとモニターを見たそのときだった。
『実はですね、神楽耶様』
「カ、カレンっ!?待てっ!言うなっ!!」
にっこりと笑いながら、楽しそうに口を開いたカレンを慌てて制止しようとする。
しかし、今ルルーシュがいるのはブリタニア、あちらは日本だ。
物理的な制止ができないこの状況で、カレンが止まるはずもない。
ライも傍観を決め込んでくれたせいで、あっさりと当時の、ルルーシュにとっては醜態であるそれが神楽耶にばらされてしまった。
神楽耶が未だにギアスに対して、いい感情を抱いていないことは知っている。
その意味からも、彼女にこの話はしたくなかった。
実際に、話を聞いた直後、彼女はきょとんとした顔でこちらを見た。
ああ、しまったと、本気でそう思ったその瞬間。
『まあ!あのとき門を開けさせたのは、ルルーシュ様の魅力だったのですね!』
ぱんっと手を叩いた神楽耶が、そう言ってにっこりと笑う。
その言葉に、カレンとルルーシュは思わず動きを止め、ぱちくりと目を瞬かせた。
『え?』
「い、いや。あれはギア……」
「ああ……。そういう解釈もできますね」
ライだけが、何故か納得した顔でぽんっと手を叩いた。
そのまま神楽耶の映るモニターを見て、にっこりと笑う。
「ルルーシュ陛下の魅力に墜ちた中華連邦の守備隊長が、快く門を開いてくれたんです」
そのままの笑顔で、彼はいけしゃあしゃあとそう言い切った。
「ラ、ライ……っ!?」
『そうだったんですね!さすがルルーシュ様ですわっ!』
絶句するルルーシュとは反対に、モニターの中の神楽耶がにっこりと笑う。
それにカレンまで、大笑いをして頷きだしたのだから、もうどうしようもない。
ギアスをそう解釈することで気づかなかったふりをしてくれようとしているのだと思うのだけれど、どうにも素直に喜ぶことができなかった。
「ちょっと待ってよ……」
悩むのも馬鹿馬鹿しいと思い始めたそのとき、側からもの凄く低い声が聞こえた。
何かと思ってそちらを見れば、そこにはいつの間にか全く発言をしなくなっていたスザクがいた。
彼は俯いたまま、肩をふるふると震わせていた。
そんな彼を見て、ライが不思議そうに首を傾げる。
「ん?どうかしたかい?スザク?」
「それって、要するに、ルルーシュが中華連邦の……あんなムカつく大宦官を支持していた奴らに、あーんなことやこーんなことをしたってこと?」
「は?」
『はあっ!?』
『まあ……!?』
スザクの発言の意味が分からず、ルルーシュは首を傾げる。
けれど、わからなかったのは彼だけだったらしく、画面の向こうにいる女性陣は驚いたように声を上げた。
「あんなことやこんなこととは、何だ?」
「トボケるなよルーシュっ!!要するに君は中華連邦の奴らにから……っ」
不思議に思って尋ねた途端、がばっと顔を上げたスザクに襟元を掴み上げられた。
かと思った途端、がんっと鈍い音がして、目の前にいるスザクが呻く。
そのままずるりと崩れ落ちた彼に、何が起こったかわからず呆然としていると、目の前から深いため息が聞こえた。
顔を上げれば、いつの間にか目の前には、分厚い本を片手で握ったライがいた。
その本の角が、赤く汚れているような気がするのは気のせいたろうか。
「放送禁止用語を口にするな」
いや、気のせいではないらしい。
スザクを見下ろす紫紺の瞳は、酷く冷たかった。
「ラ、ライ……。いくら何でもやりすぎ……」
「仮にも僕と並んでルルーシュの双璧を名乗るならそれくらい避けろ」
頭を摩りながら起き上がったスザクに、ライは冷たく言い捨てる。
その様子を見たカレンは、うんうんと頷いていた。
ちなみに、かつてゼロの双璧を名乗っていたからと言って、ライがカレンにこんな風に手を出したことがあるはずもない。
だからカレンが頷くのはおかしいはずなのだが、今それを指摘できる猛者は、ルルーシュ含めここにはいなかった。
さりげなく非難の目を向けるスザクを見返し、ライはわざとらしいため息をついた。
「第一、僕とカレンとC.C.がいて、ルルーシュにそんなことさせるわけないだろう」
『えー?当時のC.C.じゃわからないんじゃない?』
「いいや。当時からC.C.はなんだかんだでルルーシュを大事にしてたから、それは絶対にない」
「……そうは全く思えないが……」
「まあ、本人も無自覚というか、敢えて自覚しないようにしていたみたいだから無理もないんじゃないかな?」
『ああ、それはあるかも』
苦笑するライと納得するカレンの言葉に、ルルーシュは首を傾げる。
当時を思い返すが、あの魔女は明らかに人で遊んでいるだけだったような気がする。
まあ、時折見せるしおらしさまでも嘘だった、とは思わないけれど。
「とにかく、これは当時ルルーシュが誰だか知った上で傍にいた僕ら3人の特権だから、諦めろ。スザク」
スザクを見下ろしたライが、にっこりと笑ってそう宣告する。
その言葉に、スザクはぐっと言葉に詰まり、俯いた。
かと思うと、そのまま床に突っ伏してしくしくと泣き出す。
「うううう……。ルルーシュの踊り子さん、見たいよぅ……」
「そこまで悔しがるようなものではないと思うが……」
「ルルーシュ。そのセリフ、僕かカレンがいないところでは絶対に言うなよ」
『ええ。絶対に駄目よ』
「あ、ああ」
何故か狂王じみた笑みを浮かべたライと、ずいっとカメラに近すぎるほど顔を近づけたカレンに睨まれ、ルルーシュは思わず頷く。
モニターの向こうで、神楽耶の「私も見たいですわー」という声が聞こえた気がしたが、あくまで気のせいにしておく。
とりあえず、会談中であるということをすっかり忘れたルルーシュは、ライから声がかかるまでの数分間、どうやって彼からあの写真を奪おうかということに頭を悩ませるはめになった。
「ちなみに衣装も持ち出してきているんだがな」
扉を隔てた向こう側の廊下で、魔女がぼそっとそんな呟きを零していたことは、誰も知らない。