月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

喧嘩するほど……

「いい加減にしろっ!この分からず屋がっ!!」
「分からず屋はそっちだろうっ!!」

扉を開けた途端聞こえてきた怒声に、神楽耶と扇はびくりと体を震わせ、無意識に足を止めた。
今2人がいるのは、今回の超合集国評議会の開催国となるブリタニアの政庁だ。
評議会議長としてルルーシュに挨拶へ行くと言い出した神楽耶に、護衛の名目でついてきた扇は、部屋の中にいた人物を見て目を丸くした。
黒の貴族服を着こなす麗しの皇帝ルルーシュと、同じく黒い騎士服を着こなす騎士兼帝国宰相のライ。
その2人が、立ち上がって言い争っていたのだ。

「ここはこの方がいいんだっ!さっきもさんざん説明しただろうがっ!!」
「だから、それだとこっちに問題が生じるんだって、さっきから説明しているだろうっ!!」

ばんっと机を叩いてルルーシュが主張をすれば、ライがはっきりと否定をする。
逆をすれば逆がそれをするという、まるで子供の喧嘩のような言い争い。
それを呆然と見ていると、唐突に側からため息が聞こえた。

「……まったく、君たちは」

ため息の主は、2人をここまで案内してきたスザクだった。
神楽耶と扇の護衛としてついてきたカレンとジノに一言二言何かを告げると、そのままルルーシュとライの方へと歩いていく。
「ちょっと2人とも、お客さんの前だよ……一応」
「「体力馬鹿は黙ってろっ!!」」
2人を止めようと声をかけた途端、ほぼ同時に、全く同じ言葉が返された。
「あー……」
一瞬動きを止めたスザクは、暫くすると深い息を吐き出した。
そのまま不機嫌そうな顔で2人に背を向けると、こちらに戻ってくる。
その姿を見て、最初からこの部屋にいたらしいC.C.がため息をついた。
「スザク。お前、いい加減学習しろ」
「いや、わかってるんだけどね」
ついと呟きながら、スザクはため息をつく。
暫くの間彼らの様子を呆然と見つめていた神楽耶は、スザクとC.C.の会話が途切れるタイミングを見計らって2人に声をかけた。
「い、一体ブリタニアでは何がありましたの?」
「へ?」
恐る恐る尋ねれば、帰ってきたのは間の抜けたそんな声。
それに焦りながら、神楽耶はさらに問いを続けた。

「だって、ルルーシュ陛下とライが喧嘩するなんて、よっぽどのことでしょう?」
「「え」」

驚くようなその声が聞こえたのは、前からだけではなかった。
後ろからも聞こえたそれに驚いて振り返れば、扉の外に立ち尽くしたままだったジノとカレンがぽかんと口を開けている。
数回目を瞬かせた後、ジノは不思議そうにスザクへと視線を向けた。
「よっぽど、か……?ああ言う言い争いなら案外いつものことだよな?あの人たち」
「ああ。前からだと聞いているけど、違うのかい?」
ジノの問いに頷いたスザクが、不思議そうに神楽耶を見つめる。
神楽耶はその言葉に驚き、首を左右に振った。
「いえ、私たちは……」
「あんな風に喧嘩するあの2人は見たことがないが……」
困惑して隣の扇を見上げれば、彼も同じような顔で頷く。
そのままもう一度スザクを見上げようとした、そのときだった。

「そりゃあ、そうでしょう」

再び後ろから聞こえてきた声に、神楽耶は後ろを振り返る。
視線を向けた先にいたのは、神楽耶たちのもう1人の護衛であるカレンだった。
彼女は肩を竦めたまま、呆れたような顔でこちらを見ていた。

「カレン?」
「だって、ライは『ゼロ』とは絶対に喧嘩なんかしなかったもの。ルルーシュとは、ああいうの結構日常茶飯事だったけど」

ジノの問いかけると、カレンはじっとこちらを――いや、視線は外れているから、きっと扇を見ているのだろう――見つめたまま淡々と告げる。
はっきりと告げられた言葉に、扇が小さく驚きの声を漏らした。
その声を聞いて、神楽耶は慌てて口を噤む。
彼がいなければ、神楽耶がそうやって驚きの声を漏らしていたかもしれない。
息とともに言葉を飲み込んだそのとき、唐突に側からため息が聞こえた。
視線をそちらへ向ければ、腕を組んで壁に背を預けたC.C.が、呆れた目でこちらを見つめていた。

「ゼロは黒の騎士団にとって『絶対』の存在でなければならない。あんな低レベルの喧嘩で言い負かされて意見を変えているようでは、その『絶対』にはなれないだろう」
「話の内容は高度なんだけどね」

C.C.の指摘を聞いていたスザクが苦笑する。
その言葉にカレンが苦笑を浮かべ、ジノか真剣な顔で何度も何度も頷いた。
確かに、子供の言い争いに聞こえる2人の会話は、よく聞けばブリタニアの今後の政策についての話し合いとも取ることのできる内容で、この中身はかなり濃い。
神楽耶自身、皇の家を継ぐ者として、この年で政治学なども学び、それなりに経験も持っているが、それでもかなりのハイレベルと思えるほどの内容が互いの間に飛び交っているように思えた。

「だからライは、お前たちの前ではゼロにあんな態度は取らなかったんだ」

言われてみれば、と思う。
黒の騎士団にいた頃、ライはいつだってゼロを立てるような行動をしていた。
手柄を上げれば、自分も作戦立案に関わっていたはずなのに、全部ゼロのおかげだと言い、作戦が失敗したときは自分の判断ミスだと言って、ゼロに責任が向かないようにしていた。
当時は疑問を持つこともなかったけれどけれど、それがゼロを『絶対の存在』にするために意図的にしていたというのならば、なるほど、納得ができる。

呆然と話を聞いていると、不意にカレンがくすりと笑みを零した。
「部屋に戻るとすごかったけどね。それこそ、天子様の救出作戦の前とか」
「あれはな。ライは最初、あのやり方は反対していたからな」
「結局あのときはルルーシュがライを説得しちゃったんだっけ?」
「その結果、お前が捕まったあとのライの文句もすごかったがな」
「あははは……」
C.C.の言葉に当時のことを思い出したのか、カレンが気まずそうに視線を逸らす。
ちらりと隣を見れば、そこにいたスザクもふいっと視線を逸らした。
彼もあのときの当事者であるから、何か思うところがあるのだろう。
それに思わず思わず笑みを零しそうになったそのとき、隣から息を吐く声を聞いた。
視線を向ければ、扇が呆れも感嘆とも取れる表情でルルーシュたちを見つめていた。
「それでよくうまくやっていけたな、彼らは……」
「ああ、それは……」
扇の問いに、カレンが答えようとしたそのときだった。

突然ばんっと机が叩かれた。
カレンとジノを含め、室内にいた全員が驚き、音のした方へと視線を向ける。
音の主は、ルルーシュだった。
おそらくは手を机に叩きつけたのだろう。
彼の右手は、掌を押さえつけるように机に落とされていた。

「わかった!だったら、ここでこの案を持ってくるのはどうだ。これならこちらには問題ないし、そちらに出てくる問題も解決するだろう」
「……うん。なら、こっちも合わせたらどうかな。これは前から要望が多かった案だけど、こっちのひとつにしてしまえば一気に通せると思うんだけど」
「……!そうだな。なら……」
「あ、ルルーシュ。それはさすがに予算の方が回せなくなる」

直前まで言い争っていたはずの2人だというのに、ルルーシュが譲歩案を出した途端、その言い争いはぴたりと止め、そのまま神楽耶の知る『普段の彼ら』の姿に戻っていく。
その様子をぽかんと見つめていた扇が、その表情のまま呟いた。
「ま、纏まってる……」
「あいつらは結局似たもの同士だからな。本気で言い争っているうちにああやって互いに解決案を出して、丸く収まるわけだ」
「お互い本気だから喧嘩みたいになってますけど、仲が悪いわけじゃないですからね」
C.C.が仕方ないと言わんばかりにため息をつき、スザクが苦笑を浮かべる。
穏やかに2人を見つめていた翡翠が、ふと曇った。
「正直少し寂しいんだけど」
「え?」
「あ、そうね。それはわかるわ」
扇の不思議そうな声を無視して、カレンが頷く。
理由を知っているのは、ジノは苦笑を浮かべ、「そうかもな」と呟いた。
そのやりとりに、神楽耶は首を傾げる。
「どうして寂しいんですか?」
その問いに、スザクが視線を一瞬だけ神楽耶に向ける。
その翡翠は、すぐに反らされ、真っ直ぐに話し合いに熱中する友人たちを見て細められた。

「ルルーシュがそこまで本気で遠慮なくぶつかっていける人間が、自分じゃないことが寂しいんだよ」

少し声量を落として告げられた言葉に、神楽耶は納得する。
ゼロでも悪逆皇帝でもない彼を知ってから、もっと彼を知りたいと思うようになった。
だから、スザクの気持ちはよくわかる、と思っている。

ふうと息を吐き出して、従兄のものによく似た翡翠の瞳を閉じる。
まだまだ、自分は彼のことを知らないし、理解できるなんて到底言えないのかもしれないけれど。
それでも、自分も彼の力になりたいと思っているから。
戦争が終わってから感じるようになった彼の優しさを、本当の彼を、もっと知りたいと思った。
だから。

「私も、もっとがんばらないといけませんね」
「え?」

神楽耶の呟きに、扇が不思議そうな顔を浮かべる。
けれど、そんな反応をしたのは彼だけだった。
他の4人は、真っ直ぐにルルーシュとライを見て微笑む神楽耶を、温かい目で見つめていた。




2009.11.18