月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

とある研究者の休息時間

ブリタニア王宮の一角に、中庭の一部を使って造られたカフェテラスがある。
福利厚生の一環として造られたそこは、世界でも名高いパティシエがいるということで、いつの間にか首都以外の町でも有名になっていた。
日と時間を限定されてはいるけれど、一般人にも開放されていて、休日のこの時間は外からやってくる若い女性が多い。
そんなカフェの中に、1人の銀髪の男の姿があった。
ひょろりとした彼は、カフェの光景を見て思わず目を丸くする。

「さっすがぁ。ここはいつでも大繁盛だねぇ」

皇宮に仕える者たちだけではなく、一般人もいるのだ。
その一般人の中には、ルルーシュや彼の騎士に会えるのではないかという期待を抱いてやってくる者も多い。
そんな一般人はもちろん、城に仕える者たちでさえ、きっと知らないだろう。
このカフェの設立資金が、実はルルーシュ皇帝のポケットマネーだという事実を。
突然カフェがほしいと言った彼は、黒の騎士団の活動資金用にと特許や賭チェスで稼いだ資金でここを造らせたのだ。

そんなこのカフェは、実はロイドのお気に入りだった。
ここにいる、世界でも名高いパティシエ。
ルルーシュが雇ったそれは、中でもプリンが得意だと評判なのだ。
プリンが好物なロイドにとって、これほど嬉しい場所はない。
セシルのお説教から逃げる口実に、長い時間ここに入り浸ることも時折あった。

「おんやぁ?」

お気に入りのプリンを買い、開いている席を探していたロイドは、ふとカフェの一角に人だかりができていることに気づいた。
そこは確か、要人の通る廊下が見えると言われる人気スポットだった。
いつも人で埋まっているその一角を囲むようにできている人だかり。
いつもはそんなもの無視するロイドは、しかし今日は何故かそれか気になり、人だかりの端からひょいっと中を覗き込んだ。
そして、何故そこに人だかりができているのか、その理由を知る。
そこには、一般人が会うことなんてできないはずの、麗しの彼の人がいたのだから。

「これはこれは、ルルーシュ陛下じゃないですかぁ」

声を上げれば、周囲の人間たちが声を上げる。
じっと中庭を見つめていた彼の人がこちらを見た途端、それはそれまでよりも大きくなった。

「ロイドか」

彼の人――麗しの皇帝陛下がこちらを見て、驚きの表情を浮かべる。
それにロイドは「はぁい」軽く手を振って答えると、するりと人の壁を抜け、彼の座るテーブルへと近寄った。
「どうなされたんです?こんなところでおひとりで?」
「待ち合わせだ」
「こんな時間に?」
「本当はEUまで会談に行くはずだったんだが、中止になってな」
「そういえばそうでしたねぇ」
そう答えながら、ロイドは今朝セシルに聞いた話を思い出す。

確か、本来なら今朝、ルルーシュはEUの首脳との会談のためにブリタニアを発つはずだった。
けれど、昨夜相手先でブリタニアとの和平など認めないと未だに主張する集団がテロ騒ぎを起こしたらしい。
それでさすがにこのままルルーシュを呼ぶのはまずいと思ったのだろう、EU側が自主的に今日の会談の延期を申し出てきた。
それで予定が白紙に戻り、暇を持て余しているということなのか。

「仕事をしようと思ったら、またあいつらに働きすぎだって怒られたんだ」
「それでお休みですか。まあ、たまにはいいんじゃないですか?」
不機嫌そうに呟いたルルーシュにそう言えば、その紫玉の瞳にぎろりと睨まれる。
それを見たロイドは、大げさに手を左右に振ってみせた。
「だって陛下ってば、スザク君たちが怒らないとお休みを取らないでしょ?セシル君やニーナ君も、陛下は働きすぎだって心配してましたよぅ?」
「え……?」
その言葉に、何故かルルーシュの表情が固まった。
不思議そうな紫玉の瞳が、真っ直ぐにロイドに向けられる。
戸惑ったようなその表情にどうしたのかと思っているうちに、彼は恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「ニーナも……?」
「ええ。それはもう」
「そう、か……」
ルルーシュの目が、静かに閉じられる。
ふうっと、少し大きく、ゆっくりと息を吐き出した彼は、再び目を開けると薄く微笑んだ。
「ロイド。後でニーナにありがとうと伝えておいてくれないか」
「嫌ですよぅ。そういうのは自分で言ってください」
「それは……、わかってはいるんだが……」
「ニーナ君と2人きりだと話しづらいんですかぁ?」
目を逸らしたルルーシュに向かい、思い当たることをびしっと指摘してみる。
その途端、ルルーシュの肩が僅かに震えた。

無理もないとは思う。
あの最終決戦直前まで、ニーナは本気でルルーシュを――ゼロを憎んでいた。
ルルーシュ自身にも彼女の大切な人の命を奪ったという自覚があるから、彼はなかなか一歩を踏み出せずにいるのだろう。
ニーナはスザクと違って、自ら積極的にルルーシュに手を伸ばすことはしていないから。
それでも、影から支えてくれている1人であることはルルーシュ自身も理解していて、だからなかなか難しい、と言ったところか。

「まあ、な」
「あらま。陛下が素直だ。珍しい」
暫くして、薄く笑みを浮かべてそう答えたルルーシュに、ロイドはわざとらしく目を丸くする。
その途端、急にルルーシュの顔が不機嫌に歪み、ぎろりと睨まれてしまった。
「それはどういう意味だ?」
「だってぇ。スザク君から聞いていた陛下は素直じゃないイメージの方が強かったですしね。実際、頑固じゃないですか、陛下」
「……悪かったな」
自覚はあるのか、ルルーシュはふいっと視線を逸らすと、ぼそっと答える。
こんなところが普段皇帝然としているときの彼と全く違っていて、何と言うか、そう、面白い。
だからと言ってあまりからかうと、彼を溺愛している2人の騎士と魔女を筆頭とした皇帝親衛隊に何をされるかわからないので、この辺りでやめておくことにする。

「大丈夫ですよ、陛下」

それまでのふざけた口調を改めてそう言えば、そっぽを向いていたルルーシュがこちらに目を向けた。
不満そうな顔をする彼に向け、にっこりと笑ってみせる。

「ニーナ君は強くなりましたからね。シュナイゼル殿下の研究チームにいた頃とは違って、笑顔も増えましたし」
「そう、なのか……」
「えぇえ。それはもう。セシル君も喜んでますよぅ」

彼女がシュナイゼルにスカウトされた後、ロイドが彼女と顔を合わせる機械は少なかった。
けれど、彼女は会うたびにいつも厳しい顔をしていて、それ以前の彼女にはあった、楽しそうに研究をしている表情など、全く見なくなってしまった。
その彼女が、今は笑顔で研究を続けている。
造ってしまった兵器の無効化と、そのエネルギーを資源に転換する方法を生み出すために。

「そうか……」

ロイドの言葉に、ルルーシュは安心したような笑みを浮かべ、ほっと息を吐き出した。
その顔を見て、ロイドも思わず笑顔を浮かべる。
ちょっとくらいいいかと思って、ルルーシュをからかおうと口を開こうとしたそのときだった。
急にカフェの入口の方が騒がしくなった。
少し離れたところらに壁を作り、じっとこちらを見ていた一般人が、後ろを振り返って黄色い悲鳴を上げる。
「んー?」
何かと思ってそちらを見れば、人垣が割れた。
近くの少女に礼を言ってから、辺りを見回す少年が目に入る。
普段の騎士服とは違い、白いワイシャツに黒のジャケットとパンツという格好をした彼は、見間違いようもない。

「おんや?あれは……」
「ライ!」

ロイドが名を呼ぶよりも先に、向かいに座っていたルルーシュが手を上げた。
その声が聞こえたのか、こちらを振り返った少年はルルーシュを見た途端に綺麗に微笑んだ。
「お待たせ、ルルーシュ。あれ?ロイドさん」
「やあ」
早足で近寄ってきたライに、ロイドは軽く手を振る。
その姿を見た途端、ライは呆れたような表情を浮かべた。
「いいんですか?こんなところにして。セシルさん探してましたよ?」
「んー。いいのいいの。ちょっと息抜きに来たんだからねぇ」
「……後で怒られても知らないですよ」
軽く答えれば、ため息まで吐かれてしまった。
それを軽く受け流して、食べかけだったプリンを口に運ぶ。
そんなロイドを見てもう一度ため息を吐いたライは、ふとルルーシュの方へと視線を向け、軽く目を見開いた。
「ルルーシュ、もしかして頼んだのはお茶だけなのか?」
「ん?ああ」
「食べて待ってればよかったのに」
「べ、別に、そのためにここを指定したわけではないし……」
ライの指摘に、ルルーシュはほんの少しだけ頬を染める。
そういえば、ルルーシュもロイドと同じでプリンが好物だ。
何かひとつくらい我侭を言えと親衛隊に言われたときに、最高級のプリンが食べたいといってポケットマネーでカフェを作り、プリン界では名高いパティシエまで雇ってしまうほどに。

ちなみにくどいようだが、そのパティシエとの契約金もルルーシュのポケットマネーである。
その後の給料は働き次第という話だったそうだが、こんなに人気のあるカフェのメインパティシエが安月給のはずがなかった。

「まったく……。ちょっと待っててくれ」
呆れたようにため息をついたライは、そのままくるりと踵を返す。
驚いたルルーシュが声をかける間もなくギャラリーの向こうへ消えてしまったライは、数分後、トレイにプリンを3つ乗せて戻ってきた。
それも、この店で一番人気である、数量限定のレアものを。
「はい、ルルーシュ」
「え?」
そのひとつを目の前に置かれ、ルルーシュはぱちぱちと目を瞬かせる。
「いや、ライ。俺は……」
「せっかく買ってきたんだから食べてくれ。無駄になったら悪いだろう?」
そう言ってライが微笑めば、ルルーシュは途端にちらちらとプリンを気にし始める。
暫くそうしてから、わざとらしくため息を吐くと、プリンを手元に引き寄せた。
「し、仕方ない。もらってやる」
「どうぞ」
顔を少し赤く染めながらそう言ったルルーシュに、ライは満足そうに微笑む。
そのまま席に着くと、トレイに乗せていたもう2つのうちのひとつをロイドに差し出した。
「ロイドさんも、よかったら」
「いいのかい?じゃあ遠慮なく~」
滅多に買うことのできないそれを遠慮する理由なんてない。
既に自身で買ったプリンは平らげていたロイドは、差し出されたプリンを遠慮なく手に取った。
一見ただのプリンのようなそれは、口に含めば濃厚な味わいが広がる絶品。
シンプルなのにこの美味しさが、このプリンの人気の秘密だった。
ゆっくりとそれを堪能していると、不意にライと目が合う。
その瞬間、先ほど頭に浮かんだことを思い出して、ロイドは口からスプーンを離した。
「それにしても、待ち合わせの相手って君だったんだねぇ」
「え?」
「いや、陛下がさ。凄く待ちどうしそうな顔をしていたからね」
「ロ、ロイドっ!!」
「それは嬉しいな」
椅子に座ったままがたんと音を立てて飛び上がったルルーシュの顔は、赤く染まっていた。
その途端に倒れそうになったルルーシュのプリンの器をさりげなく支えながら、ライは嬉しそうに笑う。
その顔を見て、ルルーシュがまた頬を染めて俯いてしまったが、それすらライは嬉しいようで、にこにこと笑っていた。
そんな微笑ましい2人のやり取りを見て、ロイドもいつの間にか笑顔を浮かべていた。
「それで?君もこの後は休みなのかな?」
「ええ。僕はルルーシュの補佐兼護衛でついていくはずでしたから。代わりに見張り役をしてこいって言われまして」
「ちょっと待て。何だ?その見張り役というのは」
「だってルルーシュ。君は休みだっていうのに、時々屋敷に仕事を持ち込んでやってるじゃないか」
図星だったのか、思わず口篭ったルルーシュに、ライは大きなため息を吐いた。
「せっかく休めって言ったのに、それじゃあ意味がないからね」
「あっはは。一本取られましたねぇ、陛下?」
「うるさい……っ」
軽く笑った途端、ルルーシュに睨まれ、ロイドは余計に声を上げて笑う。
ひと通りそうしてから、ふるふると体を震わせているルルーシュに気づいて、これはいけないと席を立った。
「さてと、これじゃあ僕はこの辺で」
あっさりとそう告げれば、先ほどまでの怒りは何処へ投げたのか、ルルーシュは驚いた顔でこちらを見た。
「もういいのか?」
「ええ。馬に蹴られるのも嫌みを言われるのもごめんですから」
「は?」
にっこりと笑ってそう告げれば、ルルーシュは目をぱちぱちと瞬かせる。
そんなところだけ純粋な皇帝に思わず笑いが込み上げてきて、ロイドは必死にそれを抑えて背を向けた。

「それではぁ~。2人とも、楽しんできてくださいねぇ」

ひらひらと手を振りながら、その場を後にする。
ギャラリーの壁の中に入った途端、一般人に「何だお前は」と言わんばかりの目で睨みつけられたけれど、そんなものは気にしない。
ただいつもの足取りで、ひょいひょいと人の波を向け、セシルが待っているだろう研究室へと足を向けた。

「何だ?」
「さあ?」

残されたルルーシュは、ロイドの言葉の意味を本当に理解していないのか、不思議そうに首を傾げ、その隣で意味を完全に理解していたライは、楽しそうにくすくすと笑っていた。




2009.8.6