Last Knights After
Irreplaceable Day
とんとんと扉をノックし、返事を待たずに開ける。
けれど、開いた先に探している人物の姿はなく、首を傾げた。
「あれ?」
本来ルルーシュのデスクであるはずの場所に、何故かライの姿があった。
顔を上げたライは、スザクの姿を見てため息をつく。
「スザク。仮にも皇帝の執務室に入ってきて、第一声がそれってどうなんだ」
「仮にもって、君こそ失礼だよ、ライ」
どっちもどっちなような気がしたが、とりあえず反論をしてから部屋を見回す。
けれど、探している姿は部屋のどこにもなかった。
「それより、ルルーシュは?」
「ルルーシュなら日本だ」
彼が用事もないのに執務室を空けるなど珍しい。
どうしたのかと思って訪ねた途端返ってきたとんでもない答えに、スザクは驚いて声を上げた。
「えっ!?1人で!?」
「まさか。ジェレミアと咲世子さんについていってもらったし、カレンとヴァインベルクにも連絡を取ったよ」
その言葉に、ほっと安堵の息を吐き出す。
カレンとジノも一緒なら、そうそう滅多なことは起きないだろう。
ルルーシュの安全が確保されていることに安心した途端、浮かんできた疑問にスザクは首を傾げた。
「それにしても、何で突然?」
「突然じゃないさ。前から今月中に一度行きたいと思っていたらしいから」
「だから、何で?」
今はブリタニアの援助を求める国との同盟締結関係の仕事も落ち着いてきているとはいえ、政治の中核を担うルルーシュが忙しいことには変わりにはない。
しかも、今はナナリーもブリタニアに帰ってきているから、ルルーシュが日本に行く理由なんてないはずだ。
なのにどうして、しかも自分には何も教えてもらえなかったかのかとライを問いつめれば、彼は一度その紫紺の瞳をこちらに向けた。
暫く無言で見つめられ、酷く居心地か悪く感じる。
何か言ってほしくて口を開こうとしたそのとき、ライの視線が逸れた。
「そろそろシャーリーの命日だからだろ」
「あ……」
ライの告げた言葉に、スザクははっと目を見開く。
忘れていた、わけではない。
ただ、何だか実感がなかった。
あの日から、もう1年経ってしまったのだということに。
自分のその考えの意味に気づき、ライから視線を外す。
沸き上がってきた気持ちを誤魔化したくて、軽口を言うときのような笑顔を無理矢理浮かべた。
「だからって、何も朝一で出かけなくても」
「残念。昨日からだ」
「え?そうなの?」
「時差を計算した上で出発したからな」
昨日は皇宮に泊まり込んで仕事をしていて、屋敷には帰っていなかったから、知らなかった。
ナナリーの帰国予定日だった昨日からルルーシュがいないなんて、彼のシスコンっぷりを知っていれば信じられないと思うだろう。
それだけルルーシュにとって、シャーリーが大きな存在だと言われた気がして、少し心が苦しくなる。
そんなスザクを見て何を思ったのか、ライは大げさにため息をついた。
「というわけで、今日僕は最小権限でできる範囲でルルーシュの代わりをするから、よろしく」
「う、うん。わかった……」
ひらひらと手を振るライに頷いて返せば、彼はもうこちらには興味はないとばかりに書類に視線を落とし、処理を再開する。
その姿をしばらくの間呆然と見つめていたスザクは、諦めたようなため息をつくと、執務室を後にした。
「はあ……」
とぼとぼと廊下を歩きながら、ため息をつく。
結局あの後、スザクは自分の執務室に戻り、仕事を再開した。
ここ数日、旧皇帝派を名乗る元貴族のせいで忙しかったせいか、酷く疲れているような気がする。
せめてルルーシュの顔を見て元気を出そうと思ったのに、そのルルーシュまでいないのだ。
落ち込んでも責めないでほしいと思う。
それに。
「結局誰にも何も言ってもらえなかったな」
本当はルルーシュに会いたい理由は、それとは別にあった。
実は、今日はスザクの誕生日なのだ。
ルルーシュなら、きっとそれを覚えていてくれると思っていたから、おめでとうの言葉がほしくて執務室を訪れた。
数か月前、ライに本当の自分を自覚させられたあの日まで、自分はただ死んで罰を受けることを願っていた。
だから、こんなにも生きていることが嬉しくて、生きていることに感謝しながら誕生日を迎えたのは、初めてだったのに。
「僕って案外どうでもいいと思われてたりして……。あははははは……」
ライのときは、3人で休暇を取った。
カレンの誕生日も近かったから、日本に行って生徒会のみんなでお祝いをした。
ルルーシュのときのようにびっくりさせようと隠していたわけではなかったけれど、それでもライは嬉しそうだった。
その計画を立てたのは実はルルーシュで、嬉しそうなライの顔を見て彼も嬉しそうに笑っていた。
そんなのを見たら、期待しない方が無理な話で。
でも実際に蓋を開けたら、誕生日の前日からルルーシュはいなかった。
そんな事実を目の当たりにしたら、そんな風に思ってしまうことは仕方のないことだ、と思う。
「はあ……。自分で言っててへこんできた……」
いつの間にか自分が乾いた笑いを漏らしていることに気づいて、がっくりと肩を落とす。
シャーリーの一周忌が近いのだから仕方ないのだと自分に必死に言い聞かせているけれど、好きな人に見向きもしてもらえないと言う事実は、やっぱり精神的に辛かった。
「帰ろ……」
もう一度ため息を吐き出した、とぼとぼと歩き出す。
昨日泊まりがけで仕事をしたおかげで、今日はここ数日で一番早く上がることができた。
今日の夕食にはロイドとセシルも顔を出すと聞いた。
誰も言ってくれなくても、きっと彼らくらいは祝ってくれるだろう。
そうしたら、みんなもきっと「忘れていてごめん」くらいは言ってくれるんだ。
そうしたら、自分もきっと笑顔を返せるさ。
そんなかなりネガティブな思考のままで屋敷に辿り着いたスザクは、部屋にマントを放り込むと、着替えもせずに食堂に向かった。
「ただいまぁ……」
背負った暗雲はそのままに、食堂の扉に手をかけ、ゆっくりと開いた、その瞬間。
「ハッピーバースディ!スザク!!」
ぱんぱんぱんという軽い音とともに耳に届いた言葉に、驚く。
「え……?」
思わず顔を上げれば、目の前には紙吹雪が舞っていた。
その向こうにいる人たちの姿を見て、スザクは驚きに目を見開いた。
ライとナナリー、C.C.にアーニャ、ニーナにジェレミア、そしてロイドにセシル。
ここまではいい。
毎日とは言わないが、この部屋に当たり前のように集まる人たちだ。
驚いたのは、ここにいるのが彼らだけではなかったことだ。
クラッカーを手ににっかりと笑っているのは、ミレイにリヴァル、そしてジノ。
ジノの隣では、カレンがしてやったりと言わんばかりにくすくすと笑っている。
ここにはいない、日本にいるはずの彼らがここにいる。
これは一体、どういうことなのか。
「お帰り、スザク」
隣から声をかけられ、スザクははっとそちらを見た。
見れば、そこにはエプロン姿のルルーシュが、咲世子を従えて立っている。
日本に行ったはずの彼がここにいることに驚き、スザクは思わずその場にいる全員をまじまじと凝視してしまった。
「ルルーシュ、これは一体……?」
何でみんながここにいるのか。
何でシャーリーの墓参りに行ったはず君がこんなに早く帰ってきているのか。
どちらを先に聞こうか迷って、結局そんな言葉しか出ない自分に嫌悪感を抱いていると、ルルーシュはいつものようににこりと微笑んだ。
「今日はお前の誕生日だろう?」
当たり前のように言われたその言葉に、スザクは目を見開く。
てっきり忘れられているのかと思っていた、それ。
それを、ルルーシュは覚えていてくれたのだ。
「だからみんなに来てもらったんだ」
「来てもらったって……、あれ?ま、まさか日本から!?」
「ああ」
当たり前だと言わんばかりに頷いたルルーシュに、スザクは慌てる。
だって今日は休日でも日本の祝日でも何でもない、普通の日なのだ。
それなのに、彼らがここにいると言うことは、みんながみんな行くべき場所に行っていないということに他ならない。
「な、何で!?それに会長、仕事は!?」
「しゃらーぁっぷ!!」
だから慌てて訪ねれば、途端にミレイからストップがかかった。
目の前にびしっと人差し指を突きつけられて、スザクは思わず言葉を飲み込む。
そんなスザクを見て、ミレイはぱちんとウィンクをした。
「スザク君。そういうのは聞かないのが嗜みよ?」
「そんな冗談言っている場合じゃないでしょう!?まさか、ルルーシュ、テレビ局に……」
「ノンノンノン」
皇帝権限で圧力をかけたのではないかと心配になり、尋ねようとしたその直後、ミレイがスザクに突きつけたままの指をリズムよく左右に振った。
「私はちゃんと有給休暇を取ったのよ」
「え……」
「ちなみに、俺らは試験休みな」
にっかりと笑ったリヴァルの言葉に、カレンとジノが同意する。
それを聞いてようやく安心したスザクは、肩の力を抜いて大きくため息を吐き出す。
そんな彼を見たライが、「というか皇室権限使って圧力をかけたのは僕らだろう」なんて呟いていたが、それは聞かなかったことにした。
「スザク君の誕生日、生徒会でちゃんと祝ったことなかったじゃない?だから、ルルーシュに頼んだの」
「俺も最初は仕事の心配をしたんだけだな。会長たちがどうしてもって言うから……」
ミレイがにっこりと笑ってそう言えば、ルルーシュは仕方ないと言わんばかりにため息をつく。
それでもその顔は優しく微笑んでいて、それがただの照れ隠しであることを伝えていた。
きっとルルーシュは、日本に行ったときにみんなに持ちかけてくれたのだろう。
ライの時だって、言い出したのはルルーシュだったのだから。
「スザク、去年は誕生日教えてくれなかったしな。私はカレンやミレイに聞いて初めて知ったぞ」
「あ、うん。そういえば……」
去年はまだ敵対していたルルーシュのことで全く余裕がなかったから気にもしていなかったのだけれど、そう言えばジノとアーニャから祝われた記憶がない。
聞かれたこともなかったから、敢えて教えるようなことはしなかったのだと気づいて、スザクは素直に謝る。
「まあ、私はあんたなんかどうでもよかったけど、ルルーシュに頼まれたからね。仕方なくよ、仕方なく」
「そう言いつつ、プレゼントどうしようって僕に電話かけてきたのは誰だっけ?」
「ちょ……っ!?ライっ!!そういうことは言わないでよっ!」
ぷいっと視線を逸らしたカレンは、ライにからかわれ、顔を真っ赤にして彼をぽかぽかと叩こうとした。
それを軽く避けながら、ライはくすくすと笑う。
それを呆然と見ていると、ふと耳に微かな電子音が聞こえた。
視線を動かせば、そこにはラッピングされた箱を持ったナナリーがいた。
「お誕生日おめでとうございます、スザクさん」
「おめでとう、スザク。いつもありがとう」
にっこりと笑ったナナリーが、プレゼントであるらしいその箱を差し出す。
それに見ていたルルーシュが、スザクに向かってにこりと微笑んだ。
2人のその笑顔を見た途端、何だか胸に熱いものがこみ上げてきた。
それを必死に押さえようとしたそのとき、目の前のナナリーが驚いたように声を上げた。
「ス、スザクさん!?」
「スザク!?ど、どうしたんだ?」
「え……?」
ルルーシュまで慌てて名を呼ばれ、心配そうに覗き込まれる。
その手が頬に伸ばされて、触れて、初めて気づいた。
自分の頬に流れる、涙の存在に。
「あれ?ご、ごめん」
慌てて袖で擦る。
それでも涙は簡単には止まらなくて、必死になっていると、ルルーシュにその手を止められた。
代わりにハンカチを差し出されて、素直にそれを借りることにする。
「スザク?本当にどうしたんだ?」
「ごめん。ちょっとびっくりして」
心配そうに覗き込んでくるルルーシュに申し訳なく思いながら、スザクは無理矢理笑顔を浮かべる。
「正直、忘れられていると思ったから」
思わず本音を零してしまった途端、ルルーシュが驚いたように目を見張った。
ああ、きっと怒られる。
そう覚悟したというのに、彼は暫くして大きくため息をつくと、呆れたように微笑んだ。
「忘れるはずないだろう、馬鹿」
「そうですよ。スザクさんの誕生日を私たちが忘れるはずがありません」
「知らなかった僕とC.C.はともかくね」
「ライ。あんた一言余計よ」
ルルーシュとナナリーの笑顔の向こうでぼそりと呟いたライに、ミレイが素早くツッコミを入れる。
そんなやり取りもいつもどおりで、そのいつもどおりの光景がここにあることが本当に嬉しくて、スザクは涙を拭うと精一杯笑ってみせた。
「ありがとう、みんな。こんなに嬉しい誕生日は初めてだよ」
1年前みたいな偽りなんてなにもない。
本当に本当の本心から、そう告げる。
それはきっと、みんなにも伝わっているのだろう。
その場にいる誰もが、嬉しそうな笑顔を返してくれた。
一番満足そうに微笑んだのはミレイで、彼女は一度目を閉じると、いつものように天井に向かって思い切り腕を振り上げた。
「よぉっしっ!それじゃあパーティ始めるわよ!!」
部屋の外にまで響くほどの大声で、高らかに宣言する。
その姿を見たニーナが仕方ないとばかりに苦笑を漏らした。
「結局仕切るのはミレイちゃんなのね」
「当然でしょう!このメンバーで、他に誰が仕切るって言うの?ねえルルちゃん?」
「そうですね。会長に全てお任せしますよ」
ミレイの視線を受け、ルルーシュはにこりと笑って答えた。
このメンバーで集まれば、リーダーはあくまでミレイで、ルルーシュは副リーダーだ。
それが彼らにとっての当たり前で、幸せな日常の証だった。
ミレイもそれがわかっているから、遠慮なんてしない。
「それじゃあ改めて、ハッピーバースディ、スザク君」
「ありがとうございます、会長、みんな」
笑顔で生まれた日を祝われ、スザクの顔にも笑顔が浮かぶ。
誕生日を祝ってもらえることがこんなにも幸せで嬉しいことだったなんて、ずいぶん忘れていた気がする。
この気持ちが冷めてしまう前にと、わいわいとみんなで盛り上がる中、スザクは料理の取り分けを手伝っているライに近寄った。
「ねぇ、ライ」
「ん?どうした?」
「次のルルーシュの誕生日もがんばろうね」
「何言ってるんだ」
ライが不思議そうな顔でそう尋ねる。
まさかそんな答えが帰ってくると思っていなかったスザクは、驚いてライを見る。
目が合った瞬間、彼はにやりと笑った。
「そんなの当然だろう?」
はっきりと言い放った彼に、一瞬唖然とする。
少し遅れてその言葉が頭に染み込んできて、漸く何を言われたのか理解した。
「あー……。君はそういう奴だったよ……」
思わず額を手で押さえてため息をつけば、ライはしてやったりとばかりにくすくすと笑った。
「ほらスザク!ケーキを切るからこっちに来い!」
それに言い返そうとする前に、ルルーシュに呼ばれ、スザクはそちらを見る。
真っ白いイチゴの乗ったケーキを前にしたルルーシュが、こちらに向かって手招きしている。
その嬉しそうな顔を見た瞬間、ライにからかわれたことなんてどうでもよくなっていた。
「うん。今行くよ」
笑顔で答えて、彼の側に近寄る。
白いケーキの上には、ロウソクが立てられていた。
太いものが1本、細いものが9本のそれに、ルルーシュが火をつける。
にこりと微笑まれ、その意図を悟ると、スザクはロウソクに灯ったその火を一気に吹き消した。
同時に贈られた三度目の祝福に、スザクはとびきりの笑顔を浮かべた。