月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

明日への計画

久しぶりにルルーシュとライとスザクの3人が揃って休暇が取れた。
そんなときは、彼らはよくルルーシュの屋敷の中庭でお茶をする。
宮殿の敷地内に、宮殿とは別に造られたルルーシュの屋敷はアリエス宮を模して造られていて、ルルーシュとナナリーが気に入っているその場所が、スザクとライも好きだった。
ルルーシュがお茶の用意をしている間に、スザクとライが中庭の準備をする。
それがいつの間にか彼らの中では当たり前になっていた。

「……ああ。そんなこともあったなぁ」

準備を終え、用意したテーブルにつき、頬杖をついたライが空を仰ぎながら呟いた。
そのあまりの軽さに、スザクは思わず目を丸くしてライを見つめた。
「軽いなぁ、ライ」
「だってもう終わったことだし。そもそも1年近く前の話じゃないか、それ」
「そりゃそうだけど……」
ため息まで吐かれてしまい、スザクは複雑な思いで視線を落とした。

ライの言う『そんなこと』とは、まだルルーシュが皇帝になったばかりの頃、世界を掌握するために超合集国に参加表明をしたときの話だ。
日本に経つ前夜に、ルルーシュとスザクが話し込んでいたときの話。
あの時、隣に部屋にいた大人たちがどんな話をしていたのか、1人席を外していたライが何をしていたのか、それはもうずいぶんに前に聞いた。
ルルーシュがライに押し付けようとしていた願いのことも、話した。
それを久しぶりに口にしたら、ライから呆れたような言葉が返ってきたのだ。

「過去のことを今更穿り返したって仕方ないだろう?」
「わかってるけどね」

あっさりとそう言い切るライに、苦笑する。
あの頃からずっとそうだった。
ライは他の誰にも話さずにゼロレクイエムに反逆する計画を立て、ひたすら前を向いて生きていた。
今も同じ。
ルルーシュの立てた新しい計画のために、ひたすら前を――明日を見て生きている。
立ち止まって振り返ることはあっても、ずっと後ろを見ていることはしない。
自分もそう当たりたいと思う。
思うのだけれど、そこまで強くなれそうもないと思ってしまうことも多々あって、スザクはため息をついた。

「時々思うんだ。あの時、君がゼロレクイエムに反対してくれていなかったら、今僕はどうしていたのかなって」

その言葉に、ライがぴくりと反応する。
久しぶりに気を抜いていた体に、ほんの少しだけ力が入ったように見えた。

「計画では、僕がゼロになって、世界を支える予定だった。でも、ルルーシュを傍で見てると、本当にそれができたか不安でしょうがないし」

ルルーシュの政治的能力は凄いと、素直に思う。
ラウンズ時代に自分が苦労していた仕事も、彼は半分以下どころか4分の1にも満たない時間で片付けてしまう。
そのルルーシュが演じていた『ゼロ』という存在を自分が演じることになる。
あの頃はやってみせると決意していたはずなのに、今ではもう演じる自信が全くなかった。

「何より、あの気持ちに気づいたのがルルーシュを殺した後だったらと思うと、怖くてしょうがなくて……」

ルルーシュがダモクレスを掌握した直後、ライの叫びで気づいた己の本心。
ルルーシュが好きだという、その想い。
それに気づいた瞬間、ルルーシュを殺すことなんて出来なくなった。
今では、それでよかったと心の底から想う。
けれど、もしもそれに気づいたのが、ゼロレクイエムが成功した後だったら。
ルルーシュを殺した後に気づいてしまったとしたら、自分は平常心を保っていられただろうか。
今ではそれはわからないけれど、もしもルルーシュのいない世界が実現していたとしたらと想像すると怖くてたまらなかった。

黙って話を聞いていたライの顔が、ほんの少しだけ緩む。
それが笑みだと気づいて、スザクはほんの少しだけ目を瞠った。
「へんな夢でも見たのか?」
「……かも、しれない。あんまり覚えてないんだ」
スザクがこんな弱気な発言をするのは、大抵嫌な夢を見たときだとライは知っている。
だから彼は、わざと茶化すような言葉を口にして、話をするように促そうとしてくれる。
悪い夢は、話してしまえば忘れると言うから。
けれど、スザク自身起きたときには夢の内容を忘れてしまっていて、話せたことはないのだけれど。
それに、話をしなくても大丈夫だった。
何故なら、そのもやもやとした不快な気持ちを忘れるための特効薬が、今の自分の傍にはいてくれたから。
そう考えて、話を変えようと顔を上げた、その直後だった。

「何だ?ずいぶん暗いな?どうした?」

不意に屋敷内へと続く扉の方から声がして、振り返る。
そこには大きなバスケットを手にした緑髪の少女が立っていた。
「C.C.!」
「お疲れ様。今日はもう終わりかい?」
「ああ。今日は午後からオフだ」
荷物置きにと置いてあるテーブルにバスケットを置き、来ていたスーツのジャケットを放る。
そのまま空いている席にどっかりと腰を下した。
ライが水を差し出せば、それをぐいっと一気に喉の奥へと流し込む。
そのまま叩きつけるようにグラスをテーブルに置くと、思い切りため息を吐き出した。
「まったく。ルルーシュが休みなのに私が仕事とはどういうことだ」
「仕方ないだろう?君、書類を溜めすぎだ」
「そう思うならライ。お前が代わりにやっておけ」
「冗談。僕だって自分の仕事で手がいっぱいだよ。この休暇だって、ひと月ぶりに取れたんだから」
「ライのは誰にも代わりできないもんね」
宰相という仕事を兼任しているライの最近の仕事は膨大だ。
最近は同盟を望む元植民エリアとの交渉だって増えてきている。
本当の本当に最終段階になるまでルルーシュに余計な負担をかけないようにと奮闘しているその仕事ぶりを真似できる者は、今のブリタニアにはきっといないだろう。
「まあ、コーネリアさんやギルフォードさんも奮闘してくれたおかげで、もうちょっとで全部の条約が纏まりそうだけどね」
「でも一番がんばったのはナナリーだろう?」
「うん」
C.C.の問いに、ライは素直に頷く。
先ほどまで疲れを浮かべていたその顔に、穏やかな笑みが浮かんだ。
「会談に行った先で暴言を吐かれたこともあったみたいだったけど、がんばってくれた。ナナリーとのやり取りでこっちに心を開いてくれた国も結構あって、本当に助かったよ」
エリア11時代の日本の総督だったからと言って、他国がすぐにナナリーを評価することはなかった。
ブリタニアはやはり自分たちを下に見ているのでは、などという声も上がっていたのは事実だ。
けれど、ナナリーはその言葉に屈することはなかった。
ルルーシュの願う世界を実現させるために、必死に政治学を学びながら、他国の外交官との交渉に挑んだ。
その努力が実を結び、新しい芽になろうとしている。
「本当、がんばってるよね。ナナリー」
「少しでもルルーシュの手伝いがしたいと言っていたな。その願いだけで世界中を旅回っているのだから大したものだ」
「おかげで僕らは国内の方に集中できる。本当に助かってるよ」
スザクが微笑み、C.C.が感心する。
その声を聞きながら、ライは目を閉じた。

最終決戦からだいぶ経つけれど、未だブリタニアの内部が落ち着いているとは完全には言えない状態だ。
確かに一般市民はルルーシュを支持しているし、他国からもルルーシュを支持する声は日に日に多くなっている。
けれど、相変わらず貴族制度の廃止に意を唱える元貴族は多く、そういった者たちの中でも過激派に属する人間が、時々暴動を起こしていた。
初期の頃に比べればだいぶ小数になったけれど、それが落ち着くまで、国内の情勢から目を離すわけにもいかない。
ライとコーネリアが元植民エリアからの同盟申請の対応に追われている今、それは専ら皇帝の騎士であるスザクと、皇帝親衛隊を自称しているジェレミアの仕事になっていた。

そんな暗い話も、確かにある。
それは事実だ。否定は出来ない。
けれど、それだけではないこともわかっているから、スザクは息を吐き出して嫌な気分を追い出すと、にっこりと笑った。
「ナナリーだけじゃないよね」
「ああ。みんながんばってる。ニーナも、ロイドさんも、セシルさんも、ジェレミアさんも、咲世子さんも」
「カレンやジノも、神楽耶を手伝ってくれてる」
「天子と星刻もな」
「うん」
超合集国がブリタニアを迎え入れたことは、きっと何よりの進歩だ。
それまで、ブリタニアは世界共通の敵だった。
その敵と手を取り合おうとする意志を見せ、他の代表を説得しようと積極的に動いたのが、最高評議会議長である神楽耶だった。
その神楽耶を支援しているのが合集国中華と、星刻を始めとする中華出身の黒の騎士団の面々だ。
そういったルルーシュを信じてくれている人たちが、確実に世界を動かしている。
ブリタニアを敵としていた過去から、ブリタニアと手を取り合う未来に。

「もしかしたら、僕たちの計画は予定よりも早く最終段階に持っていけるかもしれない」

今の世界に思いを馳せていたライが、ぽつりと呟く。
その言葉に、同じく世界の現状について考えていたスザクとC.C.が彼に視線を向けた。
C.C.の顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「それだけみんなあいつが大事ということだな」
「嬉しいけど複雑だよね。ルルーシュ好きなのは僕たちだけでいいのに」
「スザク。それ、ルルーシュに言ったら悲しまれるぞ」
思い切り、あからさまなため息をついたスザクを、ライが睨んだ。
その言葉にほんの少しだけ苛立ちを覚える。
自分だって本当はそう思っているくせにと言い返そうとしたときだった。

「俺がどうしたって?」

耳に馴染んだ声に、反射的に振り返る。
いつの間にかスザクの背後に、ティーセットの入ったバスケットを持ったルルーシュが立っていた。
休日のために、彼の服装はいつもの黒い貴族服ではなく、白いワイシャツにジーンズというずいぶんラフな格好だった。
「ルルーシュ」
「うわぁ。いい匂いだね!クッキーかい?」
「開口一番がそれか、スザク」
ぱっと表情を輝かせ、バスケットを覗き込んだスザクに、ルルーシュは呆れた声を漏らす。
その様子を見て、ライはくすくすと笑った。
それがスザクの精一杯の誤魔化しだということは、共に生活している間に知っていた。
その事実を知らないルルーシュは、ため息をついてスザクを押しのけると、バスケットをテーブルの上に置いた。
その瞳が、3人の中で唯一仕事着のままのC.C.に向けられ、細められる。
「ご苦労様だな、C.C.。だいぶ酷い顔だぞ」
「昨日から寝てないからな」
「仕事を溜めるからだ。夜更かしは美容の大敵なんだろう?」
「そう言うなら手伝え」
「無理だ。俺の方が仕事量が多い」
ブリタニアはまだ帝国だ。
政治に関わる全ての事柄は、最終的に皇帝であるルルーシュの決定に委ねられる。
それを1人でこなさなければならないルルーシュの仕事量は半端ではない。
自らの仕事を完璧にこなし、尚他人の仕事を引き受けるのは無理があった。
はっきりとそう告げたルルーシュにC.C.が文句を言うより早く、バスケットから取り出された皿を見たスザクが声を上げた。
「わあ!さすがルルーシュ。凝ってる……」
「明日ナナリーが帰ってくるからな。それの試作品だ」
「こっちは?オレンジ、かな?」
「ああ。ジェレミアから貰ったんだ。せっかくだから、今日はコンポートにしてみた。紅茶に入れてもうまいぞ」
「へぇ。試してみようっと」
「入れすぎると甘くなるから注意しろよ」
くすりと笑みを零したルルーシュが、持ってきたティーセットをサイドテーブルに並べ、手早くお茶を淹れる。
それを受け取ると、ライは早速コンポートを紅茶へと沈めた。
「うん。おいしい。さすがルルーシュ」
「ジェレミアのオレンジがいいんだろう。礼ならあいつに言ってくれ」
「それもあると思うけど、その味を引き立てられるルルーシュの腕も凄いと思うな」
「お、お前な。褒めても何も出ないぞ」
にっこりと笑って素直に感想を告げたライに、ルルーシュの頬がほんの少しだけ赤く染まる。
ぷいっと顔を背けてしまったルルーシュが可愛くて、つい苛めようとした、そのときだった。

「いいことを言うなエイヴァラル!そう!我がオレンジが引き立つのはルルーシュ陛下あってこそっ!」

突然聞こえたその声に、びくりと肩が跳ね、危うくカップを落としそうになる。
慌てて振り返えれば、そこにはいつの間にかジェレミアが立っていた。
「うわっ!?ジェレミアさんっ!?」
「いきなり出て来るな。驚くだろう」
「は!失礼いたしました、陛下」
ルルーシュが文句を言えば、ジェレミアは素直に頭を下げる。
しゅんとしてしまった彼に向け、ルルーシュは「わかればいい」と言って顔を上げさせた。
「こんにちは~、陛下~」
「ふふっ。みなさん楽しそうですね」
その直後に耳に届いた声に視線を動かせば、いつの間にやってきたのか、ロイドとセシルの姿がある。
彼らのやってきた方向にも扉があるから、おそらく廊下の窓から自分たちの姿を見つけ、やってきたのだろう。
「ロイドさんとセシルさんまで」
「もしかして、何かありました?」
「いいやぁ。僕らもちょーっと一息つきたくなっちゃってね」
「今日はみんなお休みだからお茶会をしているかと思って、つい来ちゃったんです」
昼間から2人がこの屋敷にやってくることは珍しい。
だから驚いて尋ねれば、そんな答えが返ってきた。
あまりにも平和な答えに、ライとスザクは一瞬緊張させた体の力を抜く。
脱力してしまった2人を見て、ルルーシュはくすくすと笑った。
「まったく……。仕方ないな。君たちも座ってくれ。ライ」
「うん」
「あ、手伝うよ」
ルルーシュに名を呼ばれただけで意図を察したらしいライが顔を上げ、立ち上がる。
それに気づいたスザクも立ち上がった。
2人がすぐに壁際に置かれていたテーブルを持ってきて、今まで自分たちが座っていたテーブルにつける。
元々長方形のそれは、それだけで大人数用のテーブルになった。
「これで7人座れるかな」
「ああ、十分だ」
椅子の用意まで終えると、ライとスザクは元の席に戻る。
大人たちが2人の用意した席に着くのを待って、ルルーシュは新しい茶葉で紅茶を淹れ、配膳をする。
コンポート共に置かれたそれを真っ先に口にしたのはロイドだった。
「うーん。やっぱり陛下の淹れた紅茶は美味しいですねぇ」
「クッキーも。今度是非ご教授願いたいわ」
「もう少し手が空くようになったらかまわないぞ」
「本当ですか?」
ルルーシュの言葉にセシルが目を輝かせる。
それを聞いた瞬間、スザクとロイドはぴたりとその動きを止めた。
「……え?本気ですかセシルさん?」
「やめた方がいいんじゃないかなぁ~?」
「ちょっと、ロイドさん、スザク君。どういう意味かしら?」
セシルににっこりと微笑まれ、スザクとロイドは反射的に視線を逸らす。
理由を知らないルルーシュは3人のそのやり取りに首を傾げ、他の3人は苦笑を浮かべた。
聞いても誰も答えてくれなさそうな状況に、ルルーシュは眉を寄せる。
そのとき、ふと先ほどのライとスザク、C.C.のやり取りを思い出して、向かいに座るC.C.へ視線を向けた。
「話がすっかり逸れたが、俺が来るまで何の話をしてたんだ?」
「うーん?何だったか?」
「C.C.……。君ねぇ……」
「このまま行けば、予定よりも早く計画が実行できるかもしれないって話だよ」
首を傾げたC.C.を、スザクが呆れたような目で見る。
それに知らん顔を決め込む代わりにルルーシュの問いに答えたのは、ライだった。
それを告げた瞬間、ルルーシュの目が本当に少しだけ見開かれる。
大人たちもクッキーに伸ばす手を止め、頭上に広がる空を仰いだ。
「計画かぁ。本当にそうなればいいですよね、陛下」
「あら珍しい。ロイドさん、今のままでもいいって言ってたじゃないですか」
「でも、それは陛下の願いに反するでしょう?」
セシルの問いに、ロイドは迷うことなくそう口にする。

今のままでいいということは、今日という時間に停滞することを望んでいるということだ。
昔ならきっと、それでいいと思っていただろう。
けれど、今は違う。

「陛下のブリタニアは居心地がいいけど、いつまでもそれじゃいけない」
「そうだな。今のままでありたいと思うことが悪いこととは言えないが、そればかりでは先に進めない」
「今を大切に思うことは大切だけど、だからこそ、前に進まなくちゃ。そういうことですよね?陛下」
「……ああ」
手にしたティースプーンを手の中で弄びながらロイドが、ティーカップに手を添えたままジェレミアが言う。
彼らの言葉をまとめ、にっこりとこちらに微笑むセシルに向かい、ルルーシュは笑みを返す。
その紫玉の瞳が、一度隠れた。
再びそれが開かれたとき、そこに浮かんでいたのはそれまでの穏やかな光だけではなかった。

「俺たちは明日が欲しい。そのための手段が変わろうとも、その願いだけは変わらない。あの時の選択が、その結果の今日がそのためにあるのならば、俺は全力でこの計画を進めたいと思う」

強い意志を持った目で、はっきりと告げる。
その言葉に、その場にいる誰もが頷く。
変わらない、彼の願い。
それは既に、この場にいる全員の願いでもあったから。

誰もが未来に希望を見ていたそのとき、唐突にため息をついた者がいた。
思わずその発生源に視線を向ければ、そこにはぐったりとした表情で空を仰ぐスザクがいた。
「最終段階に持っていくのは賛成だけど、簡単に行くかなぁ?」
「何?今更心配か?スザク」
「だって最近ルルーシュの人気ってすごいんだよ?」
呆れたようなC.C.の言葉に、スザクはため息をつきながら答える。
それにルルーシュ以外の全員がぴくりと反応した。
諦めの悪い元貴族階級の人間からの不満の声を除けば、ルルーシュの支持率は日に日に高まっていくばかりだ。
「僕らが計画通りに進めても、世界が許してくれなさそうで」
「まあ計画終了が何年か伸びるのは想定の範囲内だが……」
「「伸びたら困る」」
ルルーシュの言葉に、ライとスザクが声を揃えてはっきりと言い切る。
こんなときばかり息の合う2人の言葉に、ルルーシュは思わず2人を見つめ、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「伸びたら、カレンとの約束、果たせなくなるだろう」
「それに、リヴァルや会長とも約束したじゃないか。2人も待たせることになっちゃうよ」

睨みつけるような目でこちらを見て言う2人に、ルルーシュは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
けれど、すぐに彼らの言葉の意味を理解し、ふっと笑みを浮かべた。

「そうだな」

ライの言うとおり、計画達成が伸びれば伸びるほど、カレンとの約束は果たせなくなってしまう可能性が高くなる。
スザクが言ったミレイとリヴァルとした約束も、遅くなれば遅くなるほど果たしづらくなるかもしれない。
それはルルーシュの、そして2人の望みではない。

「なら、そうならないようにナナリーにはがんばってもらわないとな」

紅茶を片手ににやりと笑って見せれば、C.C.が意外なものを見るかのように目を丸くした。
「妹に押し付ける気か?」
「違うな。ナナリーが言い出したんだよ」
さらりと告げれば、ライとスザクを始め、他の3人まで驚いたようにこちらを見る。
それが何だかおかしくて、込み上げてきた笑いを必死に堪えて続きを口にした。

「最終段階でライたちが想定している事態が起きたら、自分が表に立つと、あの子はそう言った」

自分たちの計画の、最後の最後。
それが自分たちの想定どおりに行かなければ、その時ナナリーは皇帝補佐という場所を捨て、別の形で民衆の前に立つ。
そうすることで自分に注目を集めさせ、ルルーシュの計画を成功に持っていくのだと、彼女はルルーシュにはっきりと宣言した。
最初はナナリーに全てを押し付けることになるかもしれないその申し出に戸惑った。
けれど、ルルーシュの庇護の下で囀るだけの小鳥ではない。
ルルーシュ自身もそれは十分にわかっている。
だから、彼女の決意を完全に否定する必要なんて、ない。

「それがあの子の意志なら、俺は喜んでその申し出を受けるさ」

そう言って、ルルーシュは笑う。
妹の成長を喜ぶ、兄の顔で。
最初はその笑顔を呆然と見ていたライが、不意に表情を緩めた。
そのままくすくすと笑みを零した彼に、ルルーシュは思わず眉を寄せる。
「何だ?」
「いや……。前の君は絶対にそんなことを言わなかったなと思って」
「ああ、ライの言うとおりだな」
笑いを必死に堪えて口を開いたライに、C.C.が同意する。
思わず睨みつけようとすると、目の前に座った魔女は予想外にもふわりと微笑んだ。

「大人になったな、ルルーシュ」

まるで子供を見守る母親のようなその笑顔に、ルルーシュは思わず喉まで出かけていた言葉を飲み込む。
唖然とした表情で自分を見つめるルルーシュに、にやりといつもの魔女の笑みを返すと、C.C.は徐に立ち上がった。
そのまま近くのテーブルに置き放していたバスケットに近寄り、中から何かを引っ張り出す。
「なら、その記念に乾杯と行こうか」
「C.C.!?そのワイン何処から持ってきた!」
「気にするな。ちゃんと私の給料で買ったさ。ジェレミア」
「ああ」
驚くルルーシュを軽くあしらうと、C.C.はジェレミアに声をかける。
彼女の意図を理解したらしいジェレミアは、立ち上がると彼女がたった今ワインを取り出したバスケットからワイングラスを取り出し、大人たちの前に並べていく。
ごく自然な流れで始まったそれを見て、ルルーシュは頭を抱えた。
「真昼間から……っ!!」
「たまにはいいじゃないですかぁ、陛下」
「でもロイドさん、仕事は?」
「ざぁんねんでしたぁ。僕もセシル君も、今日の午後はオフですよぉ~」
「ちなみに私もです、陛下」
「……だからと言ってな……」
いくら休みだからと言っても、昼間から酒を飲むのはどうなのか。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、ルルーシュの目の前でワインがグラスに注がれていく。
「ライ君も飲めるんでしょう?」
「ええ、嗜み程度には」
「枢木はどうだ?」
「自分は未成年です、ジェレミアさん」
「それは日本の法律だろう」
「一応国籍は日本のままですから。政治に関わる人間が法律破っちゃったらまずいでしょう」
「なら、お前とルルーシュはこっちだな」
C.C.がバスケットの中から何かを取り出した。
何かと想って視線を向ければ、彼女の手にはジュースのラベルが貼られた瓶があった。
「ぶどうジュース……」
「パーティ用のワイン風だ」
「またそんなものを……」
「だから気にするな。ちゃんと私の給料だ」
皇帝の秘書という立場のC.C.も、それなりの給料を貰っている。
最近の彼女は、自分の欲しい物はちゃんとその中からやり繰りをして出していた。
彼女にそんな生活能力があったことに驚いたが、遠い過去を考えれば突然のことなのかもしれない。
「それでは」
各々が自分の前に置かれたグラスを手に取る。
ついに観念したらしいルルーシュも、ため息をついてジュースの注がれたグラスを手に取った。
それを見て笑ったジェレミアが、ワイングラスを高々と上げる。

「我らの王に!」
「その盟友たる2人の騎士に」
「活躍してくれた僕の最高傑作、ランスロットとクラブに」
「私たちの計画に」

ジェレミアに続き、セシルが、ロイドが、C.C.がグラスを掲げる。
その4人の姿を目を丸くして見つめていたライが、ふと笑った。
その笑顔のまま、手にしたグラスを彼らと同じように掲げた。

「賛同してくれる全ての人に」
「迎え入れてくれる人たちに」

ライに続け、スザクも同じようにグラスを掲げた。
紫紺と翡翠、二対の瞳がルルーシュを見る。
2人だけではない。
先にグラスを掲げた4人も、笑みを浮かべてルルーシュを見た。
6人の視線を受けたルルーシュは、思わずびくりと体を震わせる。
けれど、それはほんの一瞬。
先ほどまで不機嫌だったはずの彼は、はあっと息を吐き出すと、ふっと笑った。
そしてワインに似た色の液体で満たされたグラスを高く上げる。

「そして、俺たちの明日に」

ルルーシュの言葉に、全員が笑う。
乾杯という清々しい声と共に、合わせたグラスが清らかな音を立てた。




2009.4.26
2014.9.28 加筆修正