Last Knights After
「ひとりぼっちだった皇子様」
それは、ブリタニアの古い物語。
昔、ブリタニアの辺境のある国に、3人の皇子様がいました。
末の皇子様は、2人のお兄さんと違う王妃様から生まれました。
異国の血を引く皇子様は、いつも仲間はずれ。
ひとりぼっちの皇子様は、悲しくて悲しくて、いつも泣いていました。
皇子様のお母さんである王妃様は、それはそれは綺麗な人でした。
ですから、皇子様にはなぜ王妃様が悪く言われるのかわかりません。
王妃様が悪く言われるのは、自分が無力なせいだと、皇子様は泣きました。
ある日のこと、そんな皇子様の前に、魔法使いが現れました。
いつも皇子様を見守っていた魔法使いは、皇子様を不憫に思い、力を授けました。
願いが叶う、魔法の力。
その力を手に入れた皇子様は、たいそう喜びました。
魔法使いが言ったように、悲しむこともなくなりました。
しかし、皇子様はその力を間違ったことに使ってしまったのです。
周りが何でも言うことを聞いてくれるようになった皇子様は、周りの迷惑も考えず、好き勝手にいたずらをしました。
魔法の力で、人々は皇子様に逆らうことはできません。
その皇子様のいたずらを見かねた魔法使いは、皇子様に呪いをかけました。
皇子様が魔法で言うことを聞かせようとすると、言うことを聞かせようとした相手が消えてしまうようになってしまったのです。
皇子様の住んでいるお城は、皇子様を残して誰もいなくなってしまいました。
びっくりした皇子様は、街へと出て行きました。
人がいることにほっとした皇子様は、街の人たちを城へ連れて行こうとします。
すると、今度は街の人たちが消えてしまうではありませんか。
ひとりぼっちになってしまった皇子様の前に、再び魔法使いが現れました。
魔法使いは言いました。
今までと逆のことをすれば、みんな帰ってくると。
その言葉を信じた皇子様は、今度は自分自身に魔法をかけました。
すると、消えてしまった街の人たちが、今度は戻ってきたのです。
王様も、王妃様も、城や街の人たちも。
でも、たったひとり、皇子様だけは、戻ってこなかったのでした。
けれど、この物語には続きがありました。
いなくなった皇子様は、遠い遠い別の国で目を覚ましました。
目覚めたとき、皇子様は自分が皇子であることも、魔法の力を持っていることも忘れていました。
自分が誰なのかもわからず、困っていた皇子様は、別の皇子様に出会いました。
皇子様を助けてくれたその皇子様も、いつも泣いている皇子様でした。
その皇子様は、王様に捨てられ、皇子様であることを隠して生きなければならなかったのです。
その皇子様と一緒に暮らしているうちに、皇子様は少しずつ自分のことを思い出しました。
魔法の力のことも、自分がどうして遠い異国にいるのかも、全て思い出しました。
思い出した皇子様は、知りました。
自分を助けてくれた皇子様も、やはり魔法使いに力をもらっていて、その力で自分を捨てた王様に仕返しをしてやろうとしていたのです。
皇子様は思いました。
僕を助けてくれた皇子様に、僕のような悲しい目に合ってほしくない。
助けてくれた皇子様には、大切な人たちと楽しく暮らしてほしいと。
皇子様は決めました。
僕は助けてくれた皇子様の騎士になろう。
そして、ずっとずっと皇子様を守るんだ。
騎士になった皇子様は、もう1人の皇子様に誓いました。
ずっとずっと傍にいて、皇子様を支えますと。
仕返しのことだけを考えて、ひとりになってしまっていた皇子様は、その言葉に大層喜びました。
騎士になった皇子様は、主人になった皇子様のために、周りの人々に呼びかけました。
皇子様は、本当はとても優しい人です。
だから、みんな皇子様をひとりにしないでと。
騎士になった皇子様の呼びかけを聞き、人々はもう1人の皇子様のところに集まってきました。
自分は捨てられ、ひとりぼっちだと思っていた皇子様は、それを喜びました。
もう自分はひとりじゃない。
ありがとう。
それから、もう1人の皇子様の周りは、たくさんの人で溢れるようになりました。
騎士になった皇子様は、それを大層喜び、もう一度、もう1人の皇子様に誓いました。
僕はずっと皇子様の傍にいます。
だから、もう泣かないで。
皇子様はもう、ひとりではないのですから。
こうして、ひとりぼっちになった皇子様は、もう1人の皇子様と一緒に、ずっとずっと幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
「へぇ……。あの話にそんな続きがあったのね」
後ろからかけられた声に、物語を語っていた少女――C.C.は振り返った。
そこには、いつからいたのか、黒の騎士団の制服を着た紅い髪の少女と、同じ衣服を着た金髪の少年が立っている。
金髪の彼が着ているのは、かつてその位置にいた銀の少年と同じデザインの制服だった。
「こんにちは。お久しぶりです、カレンさん、ジノさん」
「久しぶり~、ナナリー」
「殿下もアーニャも元気そうで何よりです」
C.C.の話の聞き手であったナナリーが、にこりと笑う。
それにカレンが微笑みを返し、ジノがにかっと笑った。
腕を組んだジノは、アーニャにもその笑みを向けると、大きな岩の上に座るC.C.へ視線を戻す。
「その話、ブリタニアでは有名だけど、私も知らなかったなぁ」
「ええ、私もです」
「私も」
ジノの言葉に、ナナリーとアーニャが頷く。
耳にかかる髪を掻き揚げたC.C.は、にやりと笑みを浮かべた。
「そうか?まあ、当然だな」
「何で当然なのよ?」
「この話の続きの部分は、ごく最近できたものだからだ」
「そうなの!?何であんたがそんな話知ってるのよ!」
「何を言っている。お前たちだって知っているだろう」
「え?」
C.C.のその言葉に、カレンは驚き、目を瞬かせた。
視線だけで周囲を見回すが、他の3人も思いつかないらしい。
ナナリーとアーニャは顔を見合わせて首を傾げ、ジノはうーんと思い切り首を捻っている。
それを見たC.C.は、ますます笑みを深める。
「数カ月前まで、目の前で見ていたじゃないか」
「……は?」
カレンが思わず聞き返したその時、突然携帯の呼び出し音らしき音が響いた。
C.C.がスーツのうちポケットに手を突っ込む。
そこから真新しい携帯を引っ張り出すと、手馴れた動作で通話ボタンを押した。
「私だ。……ああ。ああ、わかった。すぐに戻る。少し待っていろ」
短い会話を終え、携帯を切ると、彼女は立ち上がった。
その姿を見て、外交特使の表情を浮かべたナナリーが尋ねる。
「お仕事ですか?C.C.さん」
「ああ。皇子様と騎士になった皇子様に呼び出されてな」
「え?」
その答えに、ナナリーは不思議そうな表情で首を傾げた。
それを見て、C.C.は再び不敵な笑みを浮かべた。
「御伽噺のモデルなんてな、案外近くにいるものだぞ」
くすりと笑みを零してそう告げると、軽やかな足取りでその場を離れていく。
残された4人は、ぱちぱちと目を瞬かせながら、不思議そうに顔を見合わせた。