月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

皇帝陛下争奪戦

「第1回!アッシュフォード学園主催ルルーシュ陛下お手製チョコレート争奪戦っ!!」

マイクを片手に、ミレイがびしっと空に向かって人差し指を突きつける。
その後ろでは、アシスタントのアルバイトを引き受けたリヴァルが紙吹雪を力いっぱい投げていた。
ここはアッシュフォード学園の校庭。
周囲には彼女が勤めるテレビ局の番組スタッフがいる。
青空の下、集まっているのはそのスタッフと、周囲を囲むギャラリーだ。

「ってぇ、ちょっと待てぇぇぇーっ!!」

これから始まる撮影を、主に学園の在籍者を中心とするギャラリーがまだかまだかと待ちわびる中、唐突に少年の声が響いた。
その声に、ミレイはマイクを持ったままくるりと振り返る。

「はーい。何でしょう陛下ぁ?」
「それはこっちのセリフです会長っ!!一体何なんですかこれはっ!!」

彼女が振り返った先には、いつかの猫祭衣装の着付けよろしく椅子に縛りつけられたルルーシュ皇帝がいた。
じたばたと暴れる彼に向かい、ミレイはにっこりと笑って立てた人差し指を左右に振る。
「ノンノン。駄目よぉルルちゃん。これはテ・レ・ビ。あなたは皇帝で、私はただのアナウンサー。私に敬語使っちゃだーめ」
「だったらさっさとこれ解け……っ!!」
「えー?だってぇ、解いたらルルちゃん逃げるじゃない」
「当たり前でしょうっ!!何ですかこの『賞品』の札はっ!!」
「だって賞品はルルちゃんのお手製チョコだもの。作る人が賞品になるのは当たり前でしょう?」
「そんな理不尽な……っ!!」
きっぱりはっきり言い切ったミレイに、ルルーシュは頭を抱えたくなった。
実際には、がっちりと縛られてしまっていて、できなかったが。

彼女の無茶苦茶はいつものことだが、今回のこれは酷すぎる。
何故皇帝になってまで、こんな風に自分が悪ふざけの対象にされなければならないのか。
理不尽だ。物凄く理不尽だ。
納得できるはずがない。

その結論に至ったルルーシュは、ぎっと歯を噛み締め、顔を上げる。
そのまま、椅子が倒れそうなほどの勢いで、少し離れた場所にいる自分の騎士たちを呼んだ。

「ライっ!スザクっ!これを解けっ!!」
「ごめん、ルルーシュ。無理」
「んな……っ!?」

テレビの前で皇帝命令だと言えば、2人は逆らえないだろうと踏んでの選択だった。
けれど、その希望はあっさりと打ち破られた。
きっぱりと無理だと言い切ったスザクに、ルルーシュは言葉を失う。
「だって僕たちだって、ルルーシュのチョコもルルーシュも独り占めしたいし」
「諦めてください、お兄様」
「ナ、ナナリーまで……っ!?」
ライとナナリーにまできっぱりと言い切られ、ルルーシュは泣きたくなった。
絶望に染まるその顔を見て、さすがに哀れに思ったのか、ライが困ったような表情を浮かべる。
けれど、これは2月14日のルルーシュを独占できる人物を世界に知らしめるいいイベントだ。
申し訳なく思いつつも、ライもこの勝負を譲る気はなかった。
「だいたい陛下が悪いんですよ。ちゃーんと確認もせずに出演依頼に了承の判なんて押してしまうから」
「そ、それは……っ!?」
「自業自得です。諦めてください」
「ライ、お前……っ!?後で覚えてろよ……っ!!」
ルルーシュが怒りを込めた目でライを睨む。
それに申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、ライは軽くあしらうだけで、相手にしようとしなかった。

そもそも、その出演依頼をルルーシュの書類の束に混ぜたのは他でもない、ライとスザクだ。
わざとルルーシュの書類処理が忙しい日を選んで、同じ内容の書類の中に、ただひとつだけ混ぜたのだ。
事前の打ち合わせの際にその書類に目を通していたルルーシュが、中を確認せずに判を押すと予想した上で、混ぜた。
案の定、ルルーシュは違う書類が混ざっていることに気づかずに判を押してしまい、普段は後からそれをチェックし、ミスを報告する文官も、ライに圧力をかけられ報告することができなかった。

ルルーシュもそれを知っているから、ライを睨みつける。
その視線から逃れるように、彼は傍にいるナナリーに声をかけた。
「でもナナリーはどうやって参加するんだい?この争奪戦、運動もするって話だよ?」
「もちろん、私はこの足ですから、運動は無理ですよ。ですから、アーニャさん」
ナナリーが呼びかければ、警備員として派遣された黒の騎士団の一般隊員の中からアーニャが姿を見せた。

「私がナナリー殿下の代わりに出る」

いつもどおり、ラウンズ時代から変わらない騎士服に身を包んだ彼女は、腕につけた腕章を見せ、宣言する。
その言葉に驚いたスザクが声を上げた。
「アーニャが!?」
「いいんですか?ミレイさん」
「もちろんOKよ!ナナちゃ……じゃなかった、ナナリー様は特別」
「ありがとうございます、ミレイさん。よろしくお願いしますね、アーニャさん」
「うん、がんばる」
ぱんっとハイタッチをする2人の姿は、微笑ましい。
その姿に和み、幸せな気持ちに浸っていたライとスザクに、くるりと振り返ったアーニャが呼びかけた。
「スザク、ライ」
「何?アーニャ」
スザクが尋ねた途端、アーニャの口元に笑みが浮かぶ。
それは最終決戦の後、ナナリーの正式な騎士となってから増えた表情のひとつ。
何かを企んでいるようなその笑みに、2人がびくりと体を震わせた、その瞬間。

「私が優勝したら、ルル様とナナ様、私が独り占め」

アーニャが口走ったとんでもない一言に、2人は思わず言葉を失った。
にやりと笑い、そのままナナリーと共にその場を離れた彼女の姿を見て、2人は漸く我に返る。

「そういう魂胆か……っ!?」
「さすがナナリーの騎士。恐るべしアーニャ・アールストレイム」
「だからと言って、勝ちは譲らないけどね!」

突然横から響いた声に、2人は驚き、勢いよく隣を見た。
そこにはいつの間にか黒の騎士団の制服を着たカレンがいて、ナナリーとアーニャに向かい、びしっと指を突きつけている。
その姿を見たルルーシュは、げんなりとした表情でため息を吐き出した。
「カレン……。お前まで……」
「何よ!別にいいでしょう!」
本当に嫌そうなルルーシュに向かって、失礼だといわんばかりにカレンは叫ぶ。
そのまま勢いよく反対側を向くと、そこにいたライとスザクに向い、びしっと指を突きつけた。
「だいだい、あんたたちは図々しいのよ!普段ルルーシュにべったりなくせに、バレンタインまで独占しようなんて!」
「騎士が主独占して何が悪いのさ!」
「あっはっはっ。スザク、それは君の言うべきセリフじゃないと思うぞ?」
「う゛……っ!?」
はっきりと言い返したスザクに向い、ライが軽く嫌味を言う。
それが過去、ルルーシュ以外の騎士になったことを示しているとわかっているスザクは、思わず小さく呻き、黙り込んだ。

「とにかく!ルルーシュのバレンタインは私がもらうわっ!普段あんたたちが疲れさせてるルルーシュを、私が癒してやるんだから!」

過去を思い出して落ち込むスザクと、王の笑みを浮かべ笑うライに向い、カレンははっきりと宣言した。
その瞬間、少し潤んだ翡翠と静かな光を浮かべた紫紺がカレンを見る。
そして、同時に口を開いた。
「「カレンじゃ癒されないと思う」」
「ちょっと!何よそれっ!!」
「そうだな。ルルーシュを癒すのは私だ」
一音もずれることなく、完璧に同時に言い切った2人に対して文句を言おうとした瞬間、カレンの背後から声が聞こえた。
聞き覚えのありすぎるその声に、カレンは一瞬固まり、次いで勢いよく振り返る。
そこにいたのは、予想どおり、長い碧の髪をひとつに纏め、藤色のスーツを着た見知った魔女。

「C.C.っ!?」
「違う。クレア・クラークだ」

驚いて名を呼べば、C.C.はいつもどおりのはっきりとした口調でそう訂正する。
その名前は、皇帝の秘書としてルルーシュの隣に立つときに彼女が使っている偽名だった。
本名かと尋ねたことがあったけれど、C.C.自身も、唯一彼女の本名を知っているというルルーシュもそれを否定したから、きっと本当に違うのだろう。
いいや、今はそんなことはどうでもいい。

「ちょっと、まさかあんたも出る気!?」
「当然だろう?私はルルーシュと将来を誓い合った仲だからな」

ふふんと得意そうに笑って答えるC.C.に、カレンは思わず拳を握り締める。
戦時中は決してルルーシュを好きだと認めなかった魔女。
それが、どういうわけか戦後はころりと態度を変え、ルルーシュを愛していると豪語するようになった。
彼女の中でどんな変化があったのかは知らないが、終戦期にルルーシュヘの恋心を自覚したカレンにとっては堪ったものではない。
ただでさえライバルが多いのに、こんな奴にまで参戦されたらいい迷惑だ。
せめて嫌味を言ってやろうと、口を開こうとしたそのときだった。

「お待ちなさいっ!!」

突然正門の方から、それこそ聞き慣れた声が響いた。
ぎょっとし、振り返ると同時に、その方向のギャラリーが割れる。

「ルルーシュ陛下はあなた方なんかに渡しませんわ!」

現れたのは、超合集国最高評議会議長、皇神楽耶。
その脇には合衆国中華代表の天子の姿があり、2人の後ろには星刻とジノが控えている。
そのさらに後ろから、恐らくは神楽耶と天子を追いかけてきたのだろう、扇と杉山、南の姿が見えた。
「か、神楽耶様っ!?」
「神楽耶!?まさか君までルルーシュをっ!?」
「当然でしょう!?私はルルーシュ様の妻になる女なのですから!」
驚くカレンとスザクに向い、神楽耶はきっぱりと言い切る。
ギャラリーの前でのその発言に、あちこちから驚きの声が上がった。
「うえええっ!?」
「ちょ……っ!?皇議長、冗談は……」
「お黙りなさい、扇要。わたくしが超合集国の代表を務めるために日本の代表を辞さねばならず、代わりに総理大臣になっただけのお飾りが。わたくしに意見するなど100万年早いです」
「おかざ……」
「まあ、嘘ではないな」
「扇首相は飾りなんですか?」
「うぐ……っ!?」
容赦ない星刻の言葉と、不思議そうに首を傾げた天子の言葉に、扇の胸に目に見えない槍が突き刺さった。
「天子様って、純粋で残酷だね」
「いいんじゃないか。どうせ扇ジャパンだし」
そのままへなへなと座り込む情けない首相の姿に、スザクは苦笑し、ライはいい気味だといわんばかりの笑顔を浮かべる。
第二次トウキョウ決戦から数か月、かつてゼロの左腕だった銀の少年は、未だに黒の騎士団初期幹部を許していないようだった。
「というわけで、ジノ!わたくしの代わりに参加してください!」
「って、ええっ!?私ですか!?」
「他に誰がいるというのです!それとも、私にスザクやライと張り合えと?」
神楽耶の言葉に、ジノはちらりと2人を見る。
目が合った瞬間、皇帝の騎士2人に微笑まれ、ジノは慌てて目を逸らした。

あれは、あの目は、本気だ。
2人は神楽耶相手であっても、手加減などしないだろう。
黒の騎士団の新たなダブルエースの1人と認められつつあるジノに、超合集国最高評議会議長の命令を断れるはずもなかった。

「……わかりましたよ。でも、いいのか?ミレイ」
「うんうん。OK!ジノも参加するなら、楽しくなりそうだしね!」
ぱんっと手を叩いて、ミレイがにっこり笑う。
彼女が許可を出してしまったのならば、スザクもライも、もう何も言えない。
いくら皇帝の騎士で、世間的にはミレイよりもずっと上の立場にいると言っても、結局彼女には頭が上がらないのだ。
「まあ、ジノの参加は別に構わないとして、神楽耶」
「何かしら?枢木さん?」
「ルルーシュの妻って、ちょっと図々しいんじゃない?」
「あらぁ?本当のことですわ」
「認めませんよ、神楽耶様。ルルーシュは僕の婚約者です」
「ちょっと待て!僕だってそれ認めた覚えないぞライっ!ルルーシュは僕の恋人だっ!」
「違う。間違っているぞ、スザク。ルルーシュは私と将来を誓い合っているのだからな」
超合集国代表と皇帝の騎士、皇帝の秘書の間で、ばちばちと火花が飛ぶ。
実はこの光景は、超合集国評議会が行われるたびに起こる、当たり前の光景となっていた。
だから、関係者は口を挟むことなく静観する。
けれど、今ここにいるのは超合集国代表団の関係者だけではない。
新たな関係発覚とばかりにギャラリーが騒ぎ出す中、1人の男が前に進み出て、その騒ぎを鎮めようとするかのように声を張り上げた。

「及ばずながら、私も参加させてもらう」

その言葉に、それを発した人物に、火花を散らしていた4人とカレンが、ぴたりと動きを止める。
「「ええっ!?」」
一瞬遅れて声を上げたのは、スザクとカレンだった。
それもそのはず、参戦すると宣言したのは、一途に天子に想いを寄せているはずの星刻だったのだから。
予想外すぎるその発言に、半ば諦め、げんなりとした表情で空を見上げていたルルーシュさえも我に返り、勢いよく星刻を見る。
「星刻、何故お前まで……っ!?」
「仕方ないだろう。天子様が、君の手作りチョコとやらを食べたいと言うのだから」
はっきりと言い切った星刻に、ルルーシュは驚いて天子を見る。
目が合った瞬間、天子はその頬を赤く染め、俯く。
前に出た星刻の代わりにジノの背に隠れるようにして、恥かしそうにルルーシュを見上げた。
「あの、この前ブリタニアにお邪魔したとき、神楽耶と一緒にご馳走になったルルーシュ陛下のお料理が、とてもおいしかったんです。だから、つい……」
「天子様……」
可愛らしいその言葉に、ルルーシュの頬が自然と緩む。
ゼロとして、国の代表として会った時には、正直苦手だと思った少女。
けれど、政治なんて関係ないこの場所で恥かしがるその姿を見ていると、何だか新しい妹を持った気分になってくる。
だから、ルルーシュも彼女を邪険にしようとは思わなかった。
「こんな私の作るものでよろしければ、いつでもお作りしますよ?天子様」
「本当ですか!?」
「ええ」
ナナリーに向けるものに似た笑顔を浮かべて答えると、途端に天子の顔がぱあと明るくなる。
「ですって星刻!」
「よかったですね、天子様」
本当に嬉しそうな、花の咲いたようなその笑顔を向けられ、星刻も嬉しそうに微笑んだ。
しかし、その顔はすぐに天子から逸らされ、浮かんでいた笑みが一瞬で消える。
「……が、それとこれとは話が別だ」
「ああ、やっぱりそう来ますか」
「当然だろう。天子様の至福の時間、私が守らずして誰が守る」
「このロリコン」
「まあまあ、スザク。いいでしょう。ですが、こちらも陛下との休暇がかかっていますので、容赦しませんよ?」
「ふっ。望むところだ」
騎士の笑みで笑ったライに、星刻も似たような笑みを浮かべて返す。
その答えに、ライは満足そうににっこりと笑った。
2人の様子を見ていたミレイが、きょろきょろとあたりを見回す。
それ以上誰も参加を申し出ないことを確認すると、彼女は再びマイクのスイッチを入れ、左手を高々と掲げた。

「では、面子も揃ったところで始めるわよ!第1回、アッシュフォード学園主催ルルーシュ陛下お手製チョコレート争奪戦っ!!優勝者にはルルーシュ陛下の手作りチョコと、ルルーシュ陛下とのデート権が与えられます!」

ミレイが口にした言葉に、相変わらず椅子に縛り付けられたままだったルルーシュはぎょっと目を見開いた。
「ちょっとっ!!何で賞品増えてるんですか会長っ!!」
「細かいことは気にしない!」
「全っ然っ細かくないですっ!!」
「では、始めます!第1回戦は……」
「人の話を聞けえぇぇぇぇぇぇっ!!!」
ミレイの言葉にギャラリーが一層盛り上がる中、ルルーシュは必死にばたばたと暴れる。
けれど、その言葉は最強の名を欲しいがままにする先天性お祭アナウンサーに届くことはなく、いつの間にかルルーシュとのデート権までついてしまった争奪戦は幕を開けた。



そして数日後、無理矢理休暇を取ることになったルルーシュは、その大会の優勝者と1日過ごす羽目になるのだった。




2009.2.8