Last Knights After
優しい未来
東京の中心部に、超合集国代表陣の宿泊用に用意された施設がある。
その施設の一角、ブリタニア代表団に用意された区画から、賑やかな声が聞こえていた。
時々悲鳴も上がるそれに、周囲の部屋の者たちが何事かと驚き、廊下に顔を覗かせる。
そんな中を、何事もないかのように軽い足取りで歩く日本人の女性が1人。
その手には、近くのスーパーの買い物袋を持っている。
彼女は迷うことなくブリタニア代表団に与えられた一室――ダイニングルームへと入っていった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、咲世子さん」
扉を開いて中へと入れば、真っ先に良く知る少女の声が返ってきた。
そこにいたのは、車椅子に座った、最愛の主の妹君。
兄君より薄い紫の瞳が、嬉しそうに微笑む。
「ただいま戻りました、ナナリー様。ルルーシュ様はどちらに?」
「お兄様は……」
にっこりと笑ったナナリーが、答えようとしたそのときだった。
「うわああああっ!?」
がっしゃーんという何かをぶちまける音と共に、隣のキッチンから盛大な悲鳴が響いた。
驚いて2人揃って隣へ続く扉を見る。
それと同時に、その扉の向こうからルルーシュの怒声が響いた。
「何やってるんだスザクっ!!」
「ち、違っ!?今のはライが……」
「君が勝手にひっくり返ったんだろうっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声から察するに、3人とも怪我はないのだろう。
それに安堵の息をついた瞬間、今度はばたんっと勢いよく扉を開け放つ音が響いた。
「陛下っ!?ご無事ですか!?」
「うわあっ!?」
「ジェレミア!お前もいちいち剣を抜いて入ってくるんじゃないっ!」
どうやら警備についていた忠義の騎士が、スザクの悲鳴を聞きつけて駆けつけたらしい。
そのやり取りに、咲世子はくすっと笑みを零した。
「あらあら。またですか」
「はい。今日も大変です」
そう、休暇と定めた日ならば、こんなことは日常茶飯事なのだ。
だからこそ、ナナリーも咲世子も心配はしない。
顔を見合わせ、くすくすと笑い合うと、咲世子は「少し失礼します」と告げて、ナナリーの傍を離れた。
買い物袋を手にキッチンへの扉を開け、中へと入っていく。
「ルルーシュ様。篠崎咲世子、ただいま戻りました」
「ああ、咲世子。お帰り。すまないな」
「いえいえ。これが私の仕事ですから。本当はこちらも任せていただきたいのですが」
「いいや!駄目だ!今日だけは俺がやる!」
少しむきになったようなその声に、やっぱりナナリーは笑みを零す。
扉の向こうで、咲世子が同じように笑い、スザクとライが呆れている顔が目に浮かんだ。
そのとき、廊下側の扉が唐突に開き、ナナリーはそちらへ視線を移す。
見れば、そこから入ってきたのは、よく知る人たちだった。
「おやおや~。ここは今日も相変わらずだねぇ」
「あら。お帰りなさい、ロイドさん、セシルさん、ニーナさん」
「ただいま戻りました、ナナリー様」
「またやってるのね。あの3人」
「はい。今日は特に気合入っちゃってるんですよ」
「ええ。何と言っても、今日はナナリー様のお誕生日ですから」
「ああ、なるほど」
戻ってきた咲世子の言葉に、納得したように頷いたのはニーナだ。
ルルーシュたちの同級生である彼女は、ルルーシュがナナリーのこととなると周りが見えなくなることを知っていた。
特に、最終決戦を終えてから、それが酷くなってしまっているのは、気のせいだと思いたい。
彼の側近である2人の騎士と秘書である少女は、ルルーシュが幸せならそれでいいと、それを容認してしまっているから、余計に性質が悪かった。
「ルルーシュ!鍋っ!?」
「スザク!見てろって言っただろうっ!?」
「えええええっ!?」
「ああっ!何でライがこんなに上達してるのに、お前はそうもできなくなってるんだっ!」
「無茶言わないでよルルーシュ!僕この1年ちょい、料理なんて全然してないんだから!」
「……こっちは大変だったからな、ホント」
そんな会話をしている間も、キッチンからはぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえてくる。
それにナナリーと咲世子は楽しそうな笑顔を浮かべ、ロイドとセシルは苦笑をしている。
ニーナはニーナで、学生時代のそれぞれの料理の腕前を知っている分、いろいろな不安が心に渦巻いていた。
暫くして、漸くキッチンが静かになる。
食器の音が響く中、今度はルルーシュの指示を出す声だけがこちらに聞こえてきた。
彼の指示の元に動き回っているらしい少年たちの姿を思い浮かべ、やっぱりナナリーは笑う。
数分の後、キッチンへと繋がる扉が開いた。
「お待たせ、ナナリー」
ワゴンを押して部屋に入ってきたルルーシュが、にこりと微笑む。
白いワイシャツと黒いスラックスというラフな格好の彼の前にある料理を見た瞬間、ロイドとセシルが声を上げた。
「すっごぉーい!」
「これ全部陛下たちがお作りになったんですか?」
「スザクが何品か駄目にしたがな……」
「あ、あはははは。ごめん……」
遅れてもう1台のワゴンを押してきたスザクが、申し訳なさそうに謝る。
その後ろから、こちらは飲み物を乗せたワゴンを押して入ってきたライが、盛大なため息をついた。
「というか、下ごしらえは完璧だった君が、あそこまで何もできなくなってると思わなかったよ、スザク」
「ボールに泡立て器突っ込んで、周りに卵を撒き散らしてた君が、こんなに上達しているのも意外だったけどね、ライ」
「ゼロ復活まで、僕ら黒の騎士団の残党は超極貧生活を送ってたもんでね。自炊できなきゃやっていけなかったんだよ」
数ヵ月前のことを思い出したのか、ライは大きなため息をついた。
心なしか「卜部さんありがとう」などという呟きが聞こえてきた気がしたが、聞かなかったことにする。
もう一度ため息をついたスザクの横から、急にぬっと影が伸びた。
「何だ、ピザはないのか」
運ばれた料理の数々を見て、一言目でそんなことを言う人物は、1人しかいない。
突然現れたその少女の姿を見て、ニーナが驚いたように声を上げた。
「C.C.さん!?」
「あ、あなた、いつの間に!」
「何を言う。私はずっとこの部屋にいたぞ」
セシルの問いに、C.C.は相変わらず偉そうに踏ん反り返って答えた。
そう、確かに彼女は最初からこの部屋にいたのだ。
毛布を被って隅のソファに横になっていたから、誰も気づかなかっただけで。
「ピザなら今焼いてるところだ。もうちょっと待て」
「そうか。よし、待ってやろう」
ルルーシュの言葉に、C.C.はにやりと魔女の笑みを浮かべ、ソファに腰を下した。
それにルルーシュが大きなため息をついた、そのときだった。
「ふふふっ」
ふと、耳に届いた笑い声に、全員の視線が1人の少女に集まる。
そこには、楽しそうに笑う車椅子の少女がいた。
「ナナリー様?」
「ふふっ。ごめんなさい。なんでもないんです」
咲世子が呼びかければ、ナナリーは笑顔のまま誤魔化す。
ぱちぱちと目を瞬かせていたルルーシュが、もう一度問いかけようとした、そのときだった。
「陛下!これはどこに置きましょう?」
「ああ。それはテーブルの中央に置いてくれ」
「イエス、ユアマジェスティ」
ばたんと扉を開け、出てきたジェレミアの問いかけに、ルルーシュは言葉をかける機会を失う。
ナナリーが楽しそうだから、いいか。
そんな考えで自身を納得させると、ルルーシュはジェレミアの持つ物――特大の手作りケーキ満足げに笑みを浮かべた。
ナナリーのための料理。
ナナリーのためのケーキ。
準備は全て、完璧だった。
あとは全員が揃うだけだ。
「そういえば、ニーナ。アーニャは?」
「途中で呼び止められてたわ。もうすぐ来ると思うけど」
スザクの問いに、尋ねられたニーナが答える。
あの最終決戦で新皇帝派の敵だったはずのアーニャは、何故かジェレミアに懐き、今ではナナリーの騎士というポジションに収まっていた。
総督に就任する前からナナリーと仲が良かったらしいアーニャが、ナナリーのためのこのパーティに来ないはずがない。
だから、呼び出しもそう時間はかからないだろう。
「そうか。なら、先に始めていようか」
ルルーシュの言葉に、集まった者たちが笑顔で応え、それぞれ手渡されていた『それ』を持つ。
天井に向けてそれを構えると、先端についていた紐を一気に引っ張った。
「ハッピーバースディ、ナナリー!」
ぱんぱんと、クラッカーのなる音が響いて、紙吹雪が部屋に舞う。
その音に、かけられた言葉に、ナナリーは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに細められる、薄紫の瞳。
きらきらと輝く宝石のようなそれに、ルルーシュは目を細めた。
「すまないな。本当はもっとちゃんとしたプレゼントを用意したかったんだが」
「いいんです。お兄様たちがお忙しいのはわかっていますし」
あの停戦の日から、まだ3カ月。
新しい道を歩み始めた世界のため、皇帝である兄とその騎士であるスザクとライが、忙しく駆け回っていることは知っている。
兄の補佐として、少なからず仕事を抱えている自分も同じなのだ。
だから、無理は言わない。
「それに、わがままを聞いてもらえましたから」
にっこりと笑うナナリーに、ルルーシュがきょとんとした表情を浮かべ、スザクとライが顔を見合わせる。
「本当に良かったのかな?僕らの手料理なんて」
「スザク。君は邪魔しかしてない」
「うぐ……っ!」
「ええ。いいんです」
ライの厳しい一言に押し黙るスザクに笑みを零しながら、ナナリーは微笑む。
本当に幸せそうな、綺麗な笑顔で。
「今の私にとって、お兄様とスザクさんとライさんがいることが、一番のプレゼントですから」
その言葉に、3人はその目を大きく見開いた。
驚く3人の顔を見て、ナナリーはくすくすと笑う。
だって、失ってしまったと思ったのだ。
兄も、スザクも、ライも。
あんなに優しかった人たちは、変わってしまったのだと思った。
もう二度と、こんな幸せは戻ってこないと思っていた。
けれど、彼らは、本当は何も変わっていなくて。
相変わらず、優しくて、強くて、温かくて。
あの頃と変わらない楽しくて、優しい時間が戻ってきてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「だから、ありがとうございます」
にっこりと微笑んでそう伝えれば、それまで唖然としていた3人が、ふわりと微笑む。
「こちらこそ。ありがとう、ナナリー」
そう言って微笑む兄に、ナナリーはますますその笑みを深めた。