Last Knights
Story14.5 捨てられた仮面
外壁に開いた穴から、ダモクレス内部に飛び込む。
ずいぶん高い部分からの突入になってしまったらしく、予想外の長い浮遊感に、受身を取るのを失敗した。
それでも怪我をしなかったのは、手にした鞄をクッション代わりにしたおかげだ。
「つぅ……」
だからと言って、衝撃を完全に殺すことはできない。
寸前のナイトメアからの脱出時にも受けたダメージも加わって、体がぎしぎしと軋んだ。
けれど、ここで立ち止まるわけにはいかないと知っているから、無理矢理体を起こす。
大した怪我をしていないことを確認して立ち上がったそのとき、傍に人の気配を感じて、勢いよく視線を向けた。
「ずいぶん派手な退場の仕方をしたようだな、ライ」
そこにいたのは、拘束衣を着た緑髪の少女。
その姿に、ライはほっと安堵の息を吐いた。
「C.C.。無事でよかった」
「当然だ。私を誰だと思ってる」
「永遠を生きる魔女、だろ?」
薄く微笑んで言ってやれば、C.C.はほんの僅かに目を細めた。
それに痛みが走った気がして、ライは笑みを消す。
これ以上この話題に触れるべきではないと判断し、代わりにずっと気になっていたことを尋ねた。
「フロンティアは?」
「下層に置いてきた」
「キーは抜いてきたんだろうな?」
「当然だ。偽装だってちゃんとしたぞ」
一体彼女がどんな偽装をしてきたのか、全く見当がつかない。
丸わかりの偽装ではないことを祈りながら、ライは軽く息を吐き出した。
それに不満そうな顔を浮かべたC.C.が、不意に笑みを消す。
一瞬足元に落ちた視線は、すぐにライに戻り、その紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「それにしても、本気だったとはな」
「何がだ?」
「カレンにランスロットクラブを討たせることだ」
C.C.の言葉に、今度はライが表情を変えた。
一瞬で感情を消した、その表情。
何かを堪えるときに彼がよくその表情に、C.C.は視線を逸らす。
「お前は、あいつのことを大切にしていたろう?」
「……そうだね。大切だよ、カレンは」
そう、大切だった。
彼女の隣に立つことは心地よくて、できればずっと、『双璧』でいたいとすら思ったこともあった。
「でも、僕にとって一番大切なのは、ルルーシュなんだ」
どんなに彼女が、自分を受け入れてくれた人たちが大切であっても、それ以上に大切なものがある。
大切な、人がいる。
それは絶対に譲れないし、絶対に譲らない。
ルルーシュがいなければ、自分にとっては、何もかもに意味がない。
「……ついに、認めたのか。ゼロレクイエムを」
「認める?まさか」
その瞬間、ライがくつりと笑った。
予想外のその反応に、C.C.がその金の瞳を瞠らせる。
「ライ……?」
不思議そうな、不安そうな、そんな声。
この魔女が、そんな声を出すなんて珍しい。
その珍しい現象に、何だか気分が良くなった気がした。
さらに笑みを深めると、金の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「何度も言っているだろう?僕は、ゼロレクイエムは認めない、絶対に」
「なら……」
「けど、フレイヤとダモクレスを何とかするまでは、契約を守る」
あの時、神根島で交わした約束――いや、契約。
シュナイゼルの世界を否定するためのそれには、力を貸す。
ライがあの2人と結んだのは、そういう契約だ。
「だから、計画どおりにカレンに撃たれた。それだけだ」
皇帝のただ2人の騎士、ナイトオブゼロ。
その2人が2人とも、最終決戦で『戦死』するのは、ルルーシュの計画のひとつだ。
だからライは、ダモクレスを包むブレイズルミナスの向こうでトリスタンがそのシステムを破壊したのを見たとき、狙ってカレンに撃たれた。
わざと大きく隙を作り、シールドの内側に落下するように計算までして。
それは、ずっとカレンと共に戦い、彼女の戦闘スタイルを知っているからこそできた芸当。
ライだけができた――ライでなければできなかった、茶番劇。
「……なら、これからどうするつもりだ?」
「え?」
「シュナイゼルはルルーシュのギアスの支配下に堕ちた。もうここもフレイヤも、あいつの手の中だ」
C.C.の言葉に、ライがその紫紺の瞳を瞠った。
けれど、それは一瞬で、すぐに安心したような笑みを浮かべた。
「そうか……。やったんだな、ルルーシュ」
心からのその表情に、C.C.は僅かに目を細める。
それに一緒になって笑みを浮かべかけ、すぐに表情を引き締めた。
「お前の言葉どおりなら、お前がルルーシュとスザクに対して交わした契約は、もう終わっている。お前は、これからどうするつもりだ?」
「決まっているよ、C.C.」
ふっと、ライが笑う。
それはいつもの彼の笑顔ではない。
彼がふとしたときに浮かべる、王の笑み。
強い意志の下、道を進むと決めたときだけ浮かべる、決意の表情。
「僕らの契約は終わり。なら、僕は僕の計画を進める。それだけだ」
「お前の計画?」
初めて聞いた言葉に、C.C.が訝しげな表情を浮かべる。
それにひとつ微笑むと、ライは足元に置き放した鞄を手に取った。
小さいボストンバックのようなそれを開け、中から何かを取り出す。
一瞬首を傾げたC.C.は、しかし広げられたそれを見た瞬間、その金の瞳を大きく見開いた。
「お前、それは……っ!?」
ばさりと立てて、ライがそれを羽織る。
黒銀の騎士服を包むのは、黒い制服。
左肩にグレーの線が入った、黒の騎士団創設時から所属するメンバーが着用する、今では幹部服ともされているそれだった。
「懐かしいな。これを着るのは、ひと月ぶりだ」
捨てたはずのそれを羽織って、ライは微笑む。
呆然とした様子でじっとその姿を見つめていたC.C.は、その声に我に返り、目の前の少年を睨みつけた。
「ライ、どういうつもりだ?どうして今更……」
「今だからだよ、C.C.」
C.C.の言葉を途中で遮り、ライは真っ直ぐにC.C.を見つめる。
その顔には、先ほどのような王の表情は何処にもない。
ただ真っ直ぐな紫紺が、C.C.の朝日の光を映した瞳を見つめていた。
「今だからこそ、僕は再びこれを着て、ルルーシュの前に立つ」
シュナイゼルがこちらの軍門に下った今、あとはルルーシュとスザクの計画を実行に移すだけだ。
その今だから、ライは再びこの制服に腕を通すのだと告げる。
「だが、その服は……っ」
「僕は」
C.C.の言葉を、ライの強い声が再び遮る。
真っ直ぐに彼女を見つめる紫紺の瞳に、迷いはない。
ただ、強い意志の光だけが、そこに浮かんでいた。
「僕は認めない。ゼロレクイエムは、絶対に」
手にした鞄の中へ再び手を入れる。
それが引き出されたとき、その手の中にあったものを見て、C.C.は目を大きく見開いた。
「邪魔をするなら、君と戦うだけだ。今ここで」
真っ直ぐにこちらに向けられていたのは、黒い塊。
ライが黒の騎士団に入ったばかりの頃から愛用している銃だった。