月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story2.281 押し付けの願い

ワイングラスを掲げ、鳴らし合う。
注がれた赤い酒を一口含んだところで、隣の部屋に続く扉が開いた。
中から、もう何時間も話し込んでいたルルーシュとスザクが姿を見せる。
それを目にすると、C.C.はグラスを置いて立ち上がった。
「もういいのか?」
「ああ」
「計画に変更は?」
「ない。俺たちの決意は変わらない。計画通り進める」
「セシルさん。日本への準備は?」
「問題ないわ」
「そうか。では行こう、スザク」
「イエス、ユアマジェスティ」
ルルーシュの言葉に、スザクは頷く。
騎士としての礼は取らない。
2人の関係は忠誠でも信頼でもなく、契約で成り立つものだから。
その2人の姿を目を細めて見つめていたセシルは、ふと、当然いるだろうと思っていたもう1人の騎士の姿がないことに気づき、周囲を見回した。
「あら?そういえばライ君は?一緒じゃないんですか?」
「あいつなら話の途中で出て行った」
セシルの問いに、視線をこちらへ向けたルルーシュが答える。
その顔が、ほんの少しだけ寂しそうに歪んだ。

「対シュナイゼル以外の計画に関する話は、聞くつもりはないんだそうだ」

その言葉に、セシルとロイドは目を瞠り、スザクとジェレミアは俯いた。
「……まあ、あいつはそう言うだろうな」
ため息を吐き出すようにそう言ったのはC.C.だった。
それを聞いたルルーシュが、ますます寂しそうな表情を浮かべた。

『ゼロレクイエムは認めない』

何度も何度も、はっきりとそう言うライの声が、耳の奥に残っているのだろう。
微笑んだまま、寂しそうに目を伏せたルルーシュを見て、ロイドは困ったように息を吐き出した。
「この中で、彼だけが認めていないんですよね。陛下とスザク君の計画を」
「……そう、だな」
ロイドの言葉に、ルルーシュは苦笑を浮かべる。

「あいつが俺のことを認めないのは、これが最初で最後だろうな」

その言葉に、C.C.の表情に痛みが浮かぶ。
それを見られまいと俯き、目を閉じた。

ライは、いつだってルルーシュを認めてきた。
意見がぶつかることも、喧嘩をすることも、なかったわけじゃない。
けれど、ルルーシュを真っ向から否定することはなかった。
いつだって言葉の先に覆い隠した本当のルルーシュを理解して、意志を認めてくれていた。
仮面の奥にいる本当のルルーシュを疑うことはなかった。
それがルルーシュにとってどれくらい救いになっていたのか、知っているのは本人とC.C.くらいだろう。
そのライが、唯一受け入れずに真っ向から否定したものが、ゼロレクイエムだった。

「それでもあいつはお前の傍にいる。お前と交わした誓約を守るためだけに」
「ああ」

ルルーシュとライが交わした誓約。
お互いを疑わず、共に歩くこと。
ルルーシュに危害を加えることを恐れ、一度は離れたライは、そのためだけに世界に戻ってきた。
彼がそれを生きる理由にしていることも、知っている。

「ルルーシュ……」

目を明けたC.C.に向け、ルルーシュは微笑む。
驚く彼女から視線を外すと、ルルーシュは真っ直ぐに自分を見つめていたジェレミアを見た。
「ジェレミア。お前に頼みたいことがある」
「何でしょうか?陛下」
姿勢を正したジェレミアを見て、ルルーシュはほんの少しだけ目を伏せる。
すぐにそれを開くと、紫玉の瞳が逸らされることなく自分を見つめる琥珀へと向けられた。

「全てが終わった後、あいつが……ライが、もしも俺の後を追おうとしたら、全力で止めて欲しい」

その言葉に、ジェレミアが瞳を大きく見開く。
驚いたのは彼だけではない。
「ルルーシュ……お前……」
C.C.が驚きを隠すことなくルルーシュを呼ぶ。
金の瞳を見開く彼女に薄い笑みを返すと、ルルーシュは静かに目を閉じた。

「誓約破りと、あいつには怒られるかもしれないな。だが、俺はあいつに追いかけてきてほしくないんだ」

それは考えられるひとつの可能性だった。
ルルーシュと共に歩くことを生きる理由にしているライが、この計画を成功させた後、ルルーシュが望んだ道を歩いてくれるとは限らない。
ルルーシュが彼に望む未来を否定し、拒絶する可能性だって十分考えられるのだ。
それを、選んではほしくなかった。
ナイトオブゼロとしてメディアの前に立ってしまった以上、普通の暮らしをすることは無理だろう。
けれど、せめてどこかののどかな場所で静かに暮らしてほしかった。
そして、願うなら、いつかはカレンたちと一緒に笑っていてほしい。
だからジェレミアに託す。
ライに押し付けてしまうこの我侭を、通すために。

「あいつには、俺と同じギアスがある。止められるとしたらギアスの効かないお前しかいない。保険はかけたが、スザク以上に底知れないところがある奴だからな。頼んだぞ、ジェレミア」
「……イエス、ユアマジェスティ」
一瞬戸惑ったような表情をしたジェレミアは、けれどすぐに肯定の返事を返した。
忠義に熱いこの男なら、きっと願いを聞いてくれる。
そんな確信があったから、ルルーシュは安心したように微笑んだ。

その瞬間、ルルーシュとスザクが出てきたものとは反対側の扉が開いた。
ルルーシュとスザクがそちらに視線を向け、他の4人が後ろを振り返る。
入ってきた人物は、自分に視線が集まっていることに気づいたのか、視線をこちらに向けるとにこりと微笑んだ。

「皆さん、お揃いで」
「ライ」

スザクが入ってきた人物の名を呼ぶ。
その声に視線を動かしたライは、すぐにスザクから視線を外すと、ルルーシュを見て微笑んだ。
「2人とも、話は終わったのか?」
「ああ」
「そう。なら行くんだろう?」
「ああ。……ライ」
ルルーシュに名を呼ばれ、ライは外しかけた視線を彼へと戻す。
その顔がほんの少しだけ不機嫌そうに歪んだから、ゼロレクイエムの話だと思ったのだろう。
間違ってはいない。
けれど、昼間ずっと傍にいると言ってくれたライがゼロレクイエムを拒絶している現れのようで、ルルーシュは思わず目を細めた。
「お前には、俺と共に来てもらう」
「……合集国評議会場に?」
「そうだ。C.C.と共に航空艇に待機してもらう」
はっきりとそう告げると傍から驚きの声が聞こえた。
視線を動かせば、そこには慌てて口を押さえているセシルの姿があった。
「いいんですか陛下?それは約束に反することになるんじゃ……」
「大方、文官を連れて行かないなんて言ってないとか言うつもりだろう?僕は一応宰相だし?それとも僕が言うシナリオかな?」
「察しが良くて助かるよ」
「伊達に君の左腕を続けてるわけじゃないからな」
セシルの問いにあっさりと答えたライに満足し、ルルーシュは笑う。
それを見てため息をついたライは、ぶっきらぼうに言い返した。
ぶつぶつと周囲には聞こえない声で何かを呟くと、もう一度ため息をついてから片手を軽く上げ、ひらひらと左右に振った。

「いいよ、行く。というか、君が言い出さないなら僕が言うつもりだったし」
「お前ならそう言うと思ったよ」

はっきりとそう言い切ったライの言葉に、ルルーシュは笑う。
ライのナイトオブゼロとしてのナイトメアはまだ完成していない。
加えて行き先は黒の騎士団が生まれた国、日本だ。
そんな国にルルーシュを1人で行かせるなんて、ライが納得するはずもない。
ライがそう考えると、少しも疑っていなかった自分に苦笑しながら、ルルーシュは一度目を閉じた。
そのまま軽く深呼吸をするように息を吐き出す。
再び開いた紫玉の瞳からは、それまでの穏やかな光は消え去っていた。

「では行こう。世界の明日のために」
「イエス、ユアマジェスティ」

真っ直ぐに前を向いて告げるルルーシュに、スザクが、ジェレミアが、セシルが、ロイドが答える。
言葉は口にしなかったものの、ライとC.C.も頷いた。



世界の明日を迎えるための、最後の戦い。
それがすぐ傍まで迫っていることを知っているのは、このときはまだ世界に彼らだけだった。







2009.4.26