Last Knights
Story2.279 開かれた扉
世界へ向けた国際放送を切る。
玉座に背を沈めたルルーシュの左隣に立つライは、ふうっと息を吐いた。
「皮肉なものだな」
「何がだ?」
紫玉の瞳が、隣に立つ紫紺へ向けられる。
スザクと同じ、紺の部分が灰色に染まった騎士服を纏った銀の少年は、一瞬絡み合った視線を外すと、それを前方の扉に向ける。
「あの場所に行くのは、ルルーシュ・ランペルージとして戻るとき、のつもりだったんだろう?」
「……さあな」
短くそう答えると、ルルーシュは彼から視線を外し、同じように前方に向ける。
それは、まだルルーシュがゼロで、ライが騎士団の双璧と呼ばれていた頃の話。
2人の傍にはスザクではなくカレンがいて、3人でほんの少しだけ話をした。
全てが終わったら、アッシュフォード学園へ帰らないか、と。
結局シュナイゼルの策略でその話はうやむやになり、ゼロが『死んだ』ことで、約束は交わされることなく消え去ってしまった。
「……日本なのはともかく、どうして学園なんだ?」
「あの場所には、ニーナが居る可能性が高い」
不満そうなライの問いに、ルルーシュはただ淡々と答える。
その答えに、ライは再び息を吐き出した。
「スザクが言っていたな。ニーナは、フレイヤを創ったことを後悔していたと」
最強の破壊兵器を造ったと、世界からその存在を注目され、欲しがられているニーナ。
最後に会った彼女は、自分の起こした惨劇に震えていたと言った。
こんなことになるなんて思わなかったと、そう言っていたと。
「シュナイゼルの元に戻っていないとしたら、きっとミレイとリヴァルが匿っている。あの3人に繋がる場所は、アッシュフォード学園だ」
日本の中で、彼女が身を寄せることが出来るのは、あの学園だけだ。
ミレイなら、リヴァルなら、きっと彼女を全力で守るだろう。
ブラックリベリオンのときもそうだった。
あの2人は、自ら進んで友人たちを守ろうと、前へ出た。
その彼らの強さを知っているから、疑っていないから、ルルーシュは確信を持って告げる。
ニーナは、あそこにいるのだと。
「3人に、じゃないだろう?」
ふと耳に届いた声に、ルルーシュは視線を動かす。
いつの間にか再び向けられていた紫紺が、冷ややかな目で自分を見下ろしていた。
「僕にも君にもスザクにも、そしてカレンにも繋がる場所だ、あそこは」
ライの言葉に、ルルーシュは目を細める。
アッシュフォード学園。
かつて、確かに自分たちがいた、学び舎。
今は偽りにすり返られた、けれど確かに大切なものが存在する、その場所。
「あそこで、決別するつもりなんだろう」
ルルーシュ・ランペルージという学生であった過去。
ゼロであった過去。
その全てと決別するのに、あれほどふさわしい場所はない。
ルルーシュにとってもスザクにとっても、そしてライにとっても、あの場所は、生徒会は原点とも言えるべき場所であったから。
「行きたくなければ、後方に残ってもいいぞ」
ぴくりと、ライが反応する。
見下ろすルルーシュの顔は、一見冷えているようにも見えた。
けれど、その偽りの紫に哀愁が漂っていることに気づいて、ライは目を細める。
「カレンと、戦いたくはないだろう?」
「それは、君だって同じだろう?」
友人。クラスメイト。生徒会の仲間。戦友。
彼女を表す言葉は、たくさんありすぎた。
ライとC.C.を除けば、ゼロに最も近い場所にいた親衛隊長。
『騎士団の双璧』とまで呼ばれた、ライのパートナー。
本当ならば、戦いたくない、戦いたいはずがない。
けれど、もう全てが遅いのだ。
「……今更だな」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
それはもう、全て過去。
この道を選んだときから、戻れない過去。
大切で、愛しくて、手の届かない思い出の中の世界。
「黒の騎士団は、もうどうでもいい。カレンも、君を殺そうとするなら、容赦しない」
ライの紫紺に浮かび上がるのは、怒りの色。
カレン以外の騎士団初期メンバーに向けられたそれに、ルルーシュは目を細める。
けれど、声をかけることはしなかった。
ライが、慕っていたはずの彼らにその感情を抱いたのは、自分が原因だと知っていたから。
「僕は、彼らを許すつもりはないから」
「お前、俺とスザクの話を聞いていなかったのか?」
「それとこれとは話が別だ」
スザクに残された、シャーリーの言葉。
それを原点に、2人が話し合ったことは知っている。
その結果、2人が手を取り合ったことも、ずっと傍で見ていたライは知っている。
その言葉の意味も、重さも、彼女が、そして2人が教えてくれた。
けれど、それでも尚、ライは許さないと告げた。
ゼロを切り捨てた彼らを、許さないと言ったのだ。
その言葉に、ルルーシュが顔を向けた、そのときだった。
謁見の間の前方の扉が開く。
そこから現れる紺の騎士服を纏った少年の姿に、ルルーシュは口元に笑みを浮かべた。
「ただいま戻りました、陛下」
「ご苦労だったな、スザク」
礼を取るスザクに、ルルーシュは浮かべた笑みを深くする。
ふと、隣に立った騎士が動いたことに気づき、視線を動かした。
「ライ?」
ライはゆっくりと段を降りると、スザクの隣に立ち、段上の玉座に座すルルーシュを見上げた。
そのままスザクと同じように礼を取ると、その紫紺の瞳を真っ直ぐに紫玉へ向けた。
「陛下、我らはあなたと共に参ります。いつも、いかなる時も」
ライの言葉に何かを感じ取ったのか、スザクははっと目を瞠る。
すうっと翡翠の瞳を細めると、再び礼を取り直し、ルルーシュを見上げた。
「たとえその先に、どんな道が待ち受けていようとも」
友人たちと決別することになろうとも。
友に、近しい人に、刃を向けることになろうとも。
暖かいあの場所に、戻れなくなろうとも。
「二度と裏切らない」
「二度と離れない」
彼の想いを知っているから。
全てをかけた願いを、知っているから。
「「我らの願いのために、全てをかけてあなたをお守りいたします」」
かつて敵だった騎士が、常に傍にいた騎士が、揃って頭を下げる。
一瞬驚きの色を浮かべた紫紺は、すぐに細められた。
「よろしく頼むぞ、我が騎士よ」
「「イエス、ユアマジェスティ」」
その瞳に喜びと共に切なさが混じっていたことに、気づけたのは少し離れたところで3人を見ていた魔女と、彼女と共に彼らを見ていた銀髪の科学者だけだった。