月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story0.984 生きろという力

「ギアスは絶対じゃない」

唐突に口を開いたライを、スザクは振り返る。
窓の外を見たままのライは、こちらを見ようとしないまま続けた。

「ユーフェミアのように、抗う人だっている。別のものの力を借りたとはいえ、僕やルルーシュのように解除する人間だっている」
「……君?」
「神根島の遺跡。あそこには、ギアスを増幅する力と、ジェレミア卿の左目と同じ力がある」

その言葉に、ライは軽く目を見開く。
何度も訪れることになった、あの無人島。
ルルーシュとの道が分かたれ、再び重なったあの島の遺跡に、そんな力があるなんて知らなかった。

「ルルーシュはC.C.との接触で。僕はあの遺跡に触れたことで、自分にかかったギアスを解除した」

ライが、ライ自身にかけたギアス。
それをスザクは、既に知っていた。
この道を進むと決めたとき、ライ本人から聞いたのだ。

「そして、君はルルーシュがいつ自分にギアスをかけたか、どんなギアスをかけたか、知ったんだろう?たぶん、自力で思い出して」
「……ああ」
「絶対遵守のギアスは、かけられた前後の記憶が残らない。脳に直接命令を下す副作用のようなものだ。でも、君はぼんやりと残っていたそれを、思い出した。これもギアスが絶対ではないという証拠のひとつ」

絶対ならば、スザクが命令を思い出すこともなかった。
それができたということは、スザク自身がギアスに抗うことが出来たという証拠でもある。
スザクの場合は、ギアスを許せないという想いがそれを可能にしたのではないかというのがライの見解だった。

「使用条件があるのも弱点だ。ロロには時間制限があった。ルルーシュと僕は回数制限。ルルーシュに至っては、直接目を見なければならない。そして、使い続ければ、ギアスは暴走する」

スザクの翡翠の瞳が、僅かに細められる。
暴走という言葉を口にした瞬間、ライの紫紺の瞳に痛みが走ったことに、スザクは気づいていた。

「暴走したギアスは、能力者の意思では制御できない」

かつて、ルルーシュが、そしてライ自身が引き起こした、ギアスの暴走による悲劇。
ギアスという力に飲み込まれ、2人が引き起こした結果。
それに、あのときの2人は気づかなかった。
気づかずに発してしまった言葉が引き金となり、ルルーシュは選び取ろうとした未来を、ライは守るべきものを喪った。

「けれど、もしギアスを支配下に置くことができたなら、それは今の僕たちにとって、強力な武器になる」

そこで漸く、ライの視線が窓から外れる。
ゆっくりとこちらに向けられた紫紺は、真っ直ぐにスザクの翡翠を見つめる。

「スザク、今も死にたいと思っているか?」
「……少なくとも、生きなければならないとは思っているよ」

数日前に交わした約束、交わった願い。
それを叶えるまでは、死ねない。
喪った命に報いるために。
望む明日を、手に入れるために。

スザクの言葉に、ライは微笑む。
一度視線を床へと落とすと、すぐにそれを戻し、口を開いた。

「君にかかった『生きろ』というギアスは、君の生存本能を最大限に引き出している」

死にたいという願いを封じ込め、無理矢理生かすために。
スザクの中に残る、生命体としての本能を引き出し、そのたびに彼を生かし続けてきた。
今までは、それは確かにスザクの意志を捻じ曲げる呪いになっていたけれど。

「もしそれを、自分の意志の支配下に置くことができたなら……」
「それは、戦場で最大の武器になる」

生存本能を引き出すそれは、無理矢理にでもスザクを生かす。
それは逆に言えば、生きようとする意志を増幅させ、そのための力になるということだ。
生き残るという確かな意志を持ってその力を利用したなら、戦士として高い能力を持つスザクにとって、最大の力となるだろう。
戦場では、生き残ることは何よりも難しいことなのだから。

「もちろん頼りすぎるのは危険だ。何度も言うけれど、この力は絶対じゃない」
「それでも、必要だ。今の僕らには」

はっきりと言葉を返せば、ライは驚いたようにこちらを見る。
彼の反応は、当然だ。
神根島で手を取り合ったあの日まで、自分はあれだけギアスを憎み、嫌悪していた。
その自分がギアスを受け入れたことは、彼にとっては驚くべき以外の何物でもないだろう。

薄く微笑んで見せれば、目を丸くしていたライは視線を外した。
そのまま考え込むように視線を外へと戻してしまったライを見て、スザクは首を傾げる。
その顔が、不満そうに歪んでいるように見えたからだ。

「ライ?」
「……いや、ごめん。ちょっと羨ましいと思ったんだ」
「え?」

言葉の意味がわからず、首を傾げる。
何がおかしいのか、ライはふふっと小さく笑った。
再び紫紺の瞳がこちらに向けられる。
穏やかな色を浮かべたそれが、ほんの少しだけ細められた。

「ルルーシュが君にそれをかけたのは、君に生きてほしかったからだろう」

ライの言葉に、スザクは思わず目を見開く。
ルルーシュが、一度は否定したそれ。
数日前の話し合いで、彼が漸く肯定したそれを、ライは羨ましいと言った。

「それが、羨ましいなって」

微笑んでそう告げるライに、驚く。
それが自嘲の笑みに見えて、スザクは目を細めた。

ライは、ルルーシュがスザクのことを大切にしていると思っているのか。
確かに、本当は優しい彼は、再び道の交わった自分を必要だと思ってくれているのかもしれない。
けれど、それ以上に、ルルーシュはライのことを必要だと思っているというのに。

そこまで考えたそのとき、自分の中に浮かび上がった思いに、スザクは思わず笑みを浮かべた。
自分の中に、ルルーシュに対してそんな感情が残っているなんて思わなかった。
いや、本当は知っていた。
だからこそ、認めたくなかっただけなのだとも、気づいていた。
同時に浮かび上がった、目の前の友人に対する想いに苦笑する。

「僕は、君の方が羨ましいけど」
「え?」
「1年以上も前に、ルルーシュが心を開いた君が、羨ましい」
「え……」

予想外の言葉だったのか、ライが驚いたように目を見開く。
そんなライに笑みを向けて、スザクは口を開いた。
自分が知る限りの事実を、告げるために。

「ルルーシュが自分から皇族だってことを明かしたのは、きっと君が初めてだから」

その言葉に、ライの紫紺の瞳が大きく見開かれる。
そう、きっと、ライが初めて。
スザクは出会ったときに知っていた。
ミレイも、ルルーシュと出会った後に祖父から聞いたと言っていた。
だから、きっとルルーシュ自ら、彼の最大の秘密であった皇族という真実を明かしたのは、ライが初めてなのだ。
そこまでルルーシュの信頼を得たライが、羨ましかった。
その信頼を受けて、ルルーシュの手を取ることが羨ましい。
今だからこそ、認めることのできるその感情に苦笑が漏れる。

だからこそ、自分は答えよう。
何度も裏切った自分を、再び信じてくれたルルーシュに応えるために。
何度も大切な人を殺そうとした自分を許し、共に並び立つことを選んだライに応えるために。

「スザク……」
「ちょっとがんばってみるよ。この力、自由に使えるようになってみせる」

ルルーシュの願いを、ライの好意を、無駄にはしない。
この身に宿った、かつて呪いと呼び、今は必要な願いであるこれを、自分自身の意志で力に変えてみせる。

「僕らの願う、明日のためにね」

そのためになら、大切な人を奪い、自分の意志を捻じ曲げ、消したいほど憎んだこの力を受け入れよう。
それこそが、自分に必要な覚悟であるのだから。







2008.9.23~9.29 拍手掲載