月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story0.937 再会の言葉

租界とゲットーの境界線に近い場所に立つ、シンジュクバベルタワー。
つい先ほどその高層ビルを襲撃したテロリスト――黒の騎士団は、それまでのばらばらだった動きが嘘のように態勢を整えていく。
ただ1人を取り戻すために行われた、この襲撃作戦。
黒の騎士団の動きの変化は、それが確実に成功したことを物語っていた。



ルルーシュの指示に従い、紅蓮弐式と月下が紫の炎に包まれたこの場を離れていく。
それを見送ってから、ルルーシュはゆっくりと振り返った。
視線の先にいたのは、自分の共犯者である魔女と、もう1人。

「……ライ」

名前を呼べば、それまで無表情にこちらを見ていた少年が、笑った。
青月下を背に笑う彼を見て、ルルーシュは目を細める。

「久しぶり、ルルーシュ」

それは紛れもなく、1年前に突然消えた誓約者。
突然アッシュフォード学園に現れ、突然いなくなった少年だった。
彼が消えると同時に失くしたはずの彼に関する記憶は、先ほどの魔女の口付けで、偽りに塗り変えられていた本当の記憶と共に取り戻した。

「お前……、今まで何処にいた?」

紫玉の瞳が、ぎろりとライを睨みつける。
けれど、ライは答えない。
困ったように微笑むだけだ。

「何故いきなりいなくなった……っ!」
「理由は、話したはずだけど」

そう、彼は確かに理由を告げた。
あの日、今は懐かしいトレーラーの自室で、悲しそうに微笑んだ彼の顔は、今でも――いいや、今だからこそ、はっきりと思い出せる。

「長く、生きられないから、だと……?だったら何故今更戻ってきた……っ!?」
「後悔したから、かな」

ふと、ライの顔に浮かんだ笑みが変わる。
先ほどまでの苦笑とは違う、自嘲の笑み。
その笑みに、ルルーシュは思わず続けようとした言葉を呑み込んだ。

「君から離れて、その後起こったことをC.C.に聞いて、後悔した。僕なら、君の力になれたかもしれないのに。でも僕は逃げたんだ。ここから、君から、そして、僕自身から」

そう言って目を伏せるライに、ルルーシュは声をかけることができなかった。
今、目の前にいるライは、1年前の彼とは違っていた。
あの頃には浮かべることのなかった悲しげな表情に、息を呑む。
そのまま何もできずにいると、暫くしてライがゆっくりと視線を上げた。
僅かに見開かれた紫玉と、静かな光を宿した紫紺が、絡み合う。

「話すよ、ルルーシュ。僕の過去。僕が取り戻した記憶、全部。今は時間がないから、簡単にしか話せないけど」

ここはまだ、『テロリストが衝撃した現場』の真っ只中だ。
カレンたちが時間を稼いでくれてはいるが、すぐに増援が来るだろう。
いつまでも、こんなところでぐずぐずしているわけにはいかない。
それはわかっている。
けれど。

「それでも、僕の過去を知ってから、君に判断して欲しいから」
「何……?」

ライの発言の意味が分からなくて、ルルーシュは訝しげに彼を見る。
するとライは、困ったような顔をして、悲しそうに微笑んだ。

「僕が、君の傍にいていいかどうか」

その言葉に、表情に、ルルーシュはその紫玉の瞳を僅かに瞠った。



ライが語ったのは、自身の能力とそれに関わる過去。
ギアス能力者であること。
ギアスを一度暴走させ、家族と故国を喪い、眠りについたこと。
百年以上もの時を過ごした後、この時代で起こされたことと、ギアスが二度目の暴走の兆候を見せていたこと。
その暴走の兆候を感じ取ったために、再び眠りにつくことを選んだこと。

「それで、俺たちの記憶を消したのか……?」
「……本当は、もうここには戻ってくるつもりはなかったから。僕がいなくなってみんなが悲しむより、忘れて笑っていてくれた方がいいと思ったんだ。みんなに、幸せになった欲しかったから。だから……」

その瞬間、ライの頬に衝撃が走った。
ぱんっと軽い音を立てたそれに、いきなりずれた視界に、ルルーシュに頬を叩かれたのだと知る。

「ふざけるな……っ!」
「ルルーシュ……?」

今にも叫び出したいのを、必死に堪えている声。
その声に、ライは呆然としたまま彼の名を呼び、その顔を見た。
その途端、紫紺の瞳が軽く見開かれる。
ルルーシュの紫玉の瞳に、いつの間にか涙が浮かび上がっていた。

「お前がいなくなって、俺がっ!俺たちがっ、どれだけ悲しんだと思っているっ!?」
「え……?」

思わず聞き返したしまったその瞬間、紫玉の瞳に浮かんだ色が強くなった。
それを感じ取ったライは、2発目を予想し、無意識のうちに身構える。
けれど、ルルーシュから放たれたのは、2発目の平手ではなかった。

「俺は……っ!お前のこと、忘れることなんてできなかったっ!」

発せられたのは、泣き出したいのを必死に堪えていると言わんばかりの、叫び。
紫玉の瞳には、既に浮かび上がった涙が溜まり始めていて、思いも寄らなかった光景に、ライは息を呑む。

「ずっと、ずっと探していたんだ。顔も、声も、名前もわからないのに、確かに傍にいた誰かを。隣にいてくれたはずの誰かを!それなのに、お前は、どこにもいなくて……。思い出そうとしても、思い出せなくて……っ。俺がっ、どんなに……っ!」
「ルルーシュ……」
「俺だけじゃない!みんなだってそうだ!ナナリーも、カレンも、生徒会のみんなも!ずっとお前を探していた!記憶はなくても、お前の面影を見つけては、悲しそうな顔をしていたんだ!ナナリーなんて、泣いていたんだぞ……っ!」

記憶を失っても、確かに覚えていた存在。
僅かに残るその存在の面影を、自分たちの中にあったはずのそれを、誰もが無意識のうちに探していた。
それは、ルルーシュ自身も、同じで。
誰もいない場所に無意識に声をかけてしまい、そのたびに胸の中に遣る瀬無さが募っていった。

「そんな状態で、俺たちが幸せだったと思うのか……っ!?」

何かが、誰かが足りない喪失感を、ずっと抱えていた。
誰もが寂しさと悲しみを抱えたまま、気のせいだと自身に言い聞かせることで、それを忘れようとしていた。
そんな状態で、自分たちが幸せだったとでも思うのか、この男は。

「……ごめん……」
「謝るくらいなら、もう二度と、こんなことするなっ!」

ルルーシュの言葉に、ライははっと顔を向ける。
だって、それは、その言葉が示す意味は。

「俺たちに幸せでいて欲しいと思うなら、笑っていてほしいと思うのなら、二度と勝手にいなくなるな!」

必死に叫ぶルルーシュの姿に、かつて、学園の礼拝堂で見た姿が重なる。
必死な表情を浮かべ、自分が必要だと言ってくれたときの彼が、重なる。
あの時とは状況も、ルルーシュの態度も、何よりライ自身の態度も違うはずなのに。
それでも、あの時と同じ表情を浮かべるルルーシュに、自然と見入った。

「ルルーシュ……」
「今すぐここで、俺に誓えっ!そうでなければ、俺は許さない……っ」

紫玉に溜まっていた涙が、一滴、頬を伝って流れ落ちた。
それを、綺麗だなんて、思える状況ではないはずなのに。
その心には嘘はつけなくて、小さく息を吐き出すと、ライは笑った。

「誓ったら、許してくれるのか?」
「その誓いを、お前が守り通すならな」

笑みを浮かべて尋ねれば、ふいっと視線を逸らしたルルーシュが、そっけなく言う。
変わらない、あの頃のままの彼の姿に、浮かべた笑みが深まる。

「……わかった。誓うよ、ルルーシュ」

その笑みのまま手を差し出したライに、ルルーシュが視線だけをこちらに向ける。
その態度にすら愛しさを感じながら、ライは紫紺の瞳を真っ直ぐにルルーシュへ向けた。

「僕はもう逃げない。この世界から、みんなから、そして君から」

巻き込むのが怖かった。
喪ってしまうのが怖かった。
だから、ここから逃げ出した。
自分1人だけが咎を受ければいいと、それが最善だと信じていた。

けれど、そんな自分を、必要としてくれる人がいる。
そんな自分を大切だと言ってくれる人がいる。
その事実に、気づいたから。
それを教えてくれた人がいるから。

彼と共に在るならば、何も怖くないのだと、気づいたから。

「今度こそ、僕は君との誓約を果たそう。いつも、いかなる時も、君の傍にいて、共に歩く」

再び告げた誓いの言葉に、漸くルルーシュが笑みを浮かべた。
差し出した手を、ルルーシュの白い手が取る。

「ああ。今度こそ、共に来てくれ、ライ。いつも、いかなる時も」

そう言って微笑むルルーシュに、ライはしっかりと頷き返す。
再び繋がれた手を二度と放すまいと、強く強く握り返した。






そう。あの時、君はそう言ってくれた。
二度とこんな悲しい思いはさせるなと、勝手にいなくなるなと。
今度こそ、いつも、いかなる時も、共に歩くと。

だからこそ、僕は今度こそ、その誓いを果たしてみせる。
例え君に恨まれたとしても、君に憎まれたとしても、この誓いだけは譲らない。

ルルーシュ。僕は、君と共に生きていける『明日』が欲しい。

だから。







2008.10.27~11.3 拍手掲載